五〇パーセントの確率

「……あ、光輝こうきさん。いらっしゃい」


「遅いぞぉ、光輝くん」


あやさん、自分の家じゃないんだから」


 遅れて来た光輝を結衣ゆいが家に入れた。すぐにお茶を入れる為、光輝を居間に通してから台所に向かう。


「あれ……お姉様?」


 結衣が周囲を見渡すが、姉の姿がない。時間はもう五時半。いつもなら姉は台所で自分の夕食を作ってるのだが、いなかった。


「部屋かな?」


 疑問を感じながらお茶を入れ、居間に向かう。結衣が居間にお茶を持って行くと、光輝の体を彩が指で突いていた。


「何してるんですか?」


 結衣に気付いて彩が満面の笑みで振り返る。それとは対照に、光輝は目に涙を浮べていた。


「いやぁ、光輝くんが体中絆創膏ばんそうこうだらけだからさぁ、軽く突いて遊んでたのさ」


「し、白川さん……止めてくれない、かな」


「え? えと、彩さん駄目です!」


 彩が笑って突くのを止めたその時だった。突然居間の障子が開き、長刀を持った男達が押し入ってきたのだ。あっという間に囲まれる。


「何だ何だ? 時代劇の撮影みたい!」


「彩さん、今はしゃいでる場合じゃないよね?」


 長刀を持った男達の間を通り、姉が三人の前に出てきた。結衣が今までで一番大きな声を出す。


「お姉様! 一体何をなさるお積りですか?!」


「黙れ」


 姉の平手打ちで結衣が倒される。彩が駆け寄り、姉を睨んだ。


「家族でどんな事情があるのか知らないけどさ……暴力は話の出来ない奴のする事だよ、結衣姉ゆいあね!」


「黙れと言っているの」


 姉の指示で結衣と彩に長刀が向けられる。光輝が立ち上がろうとすると、光輝の喉元に長刀が向けられた。刃が首に触れる。


「お姉……様。何で……」


 結衣がかすれた声で訊く。倒れた時に畳に頭を打ち付けてしまったので、意識が薄くなっていた。畳でなければ、出血だってしていたかもしれない。


 姉はそんな結衣を暫く見下ろすと、ポケットから結衣のケータイを取り出して受信したメールを見せた。


「さっき届いたメール……見て、貴方達の名前よ? このメールに書かれた十人の内、五人は必ず二四時間以内に死ぬの」


 メールに書かれた自分の名前を見て、彩が唾を飲む。光輝はよく見えなかったが、彩の反応から悟った。姉が続ける。


「でも最後……最後の十人目に書かれた名前がね? 私、白川美郷しらかわみさとだったの。この意味が分かる?」


「……貴方も、僕らと同じで死ぬ運命にあるって事かい?」


「そう。このままじゃ、私の死ぬ確率は五〇パーセント……でも、その確率を下げる方法はあるわ。私以外の九人の内、五人殺せばいい」


「……納得だよ」


 美郷が手で指示すると、彩と結衣の首にも長刀が向けられた。美郷がクスクス笑う。


「いいわ……これで私は生き残れるだけじゃない。今度こそ巫女としてここに居られる……結衣、貴方が巫女になんてならなければ、私はここまで汚れずに済んだ!」


 美郷が顔を手で覆い、笑う。そして指と指の隙間から、結衣を睨んだ。


「最後に一つだけ、教えてあげましょうか? 結衣。何でお母様が――先代の巫女がなくなられたのか」


「何でって……お母さんは病気で――」


「毒よ」


 毒と言う言葉が結衣の思考を止める。美郷は手で覆った顔でニヤついた。


「お母様が亡くなれば、次の巫女は私……そう思って私は、お母様の食事に二ヶ月もの間毒を盛り続けたわ。病気で衰弱してる様に見せる為、二ヶ月も毒のビンを肌身離さず持ってるのは、疲れたわ」


「そんな……そんな……」


 結衣の目に涙が溜まる。だがそれと同時に、美郷の顔から笑みが消えた。


「でも、何故か死の前日、先代が次の巫女にと指名したのは……結衣、貴方だった。確かに姉妹……巫女になれる確率は、五〇パーセントだった。でも、巫女としての働きも使命も全て頭に叩き込んだ私じゃなく、何で何も知らない妹の貴方が選ばれるのよ!」


 美郷が手を外し、結衣を見下ろす。その目はもう妹を見る目ではなく、憎む対象を見る目だった。


「今日貴方の名前が書かれたのは、私が巫女になれる機会を神様が下さった証拠。今日から、私が巫女よ」


 結衣が泣き崩れる。彩が背中を擦り、結衣を宥めた。結衣が涙を拭き、鼻をすすりながら声を震わせる。


「信じたく……ありません。お姉様……」


「そう? でも、真実よ。貴方は巫女として、何も出来ていない!」


 美郷が声を上げる。だがその時、結衣はまた声を震わせた。


「信じたく、ありません……でした。お母さんの言っていた通りだったなんて! 私は信じたくありませんでした!」


「……え?」


 美郷が言葉を失う。その場にいた全員の動きが、止まった。


「何を言ってるの? 結衣……」


 美郷を含む全員の動きが止まる。動いてるのは唯一、泣き崩れている結衣だけだった。周囲の男達も驚愕して脱力し、光輝と彩に向けられていた長刀を下げていた。


「結衣、馬鹿な事を言わないで……母が――先代の巫女が知っていた? 何を馬鹿な事を……」


 美郷はそう何度も繰り返し、結衣に訊く。しかし結衣は首を横に振り、顔を少し上げた。


「お母さんは……知っていました。お姉様が毒を盛っていた事……一度、お姉様がお父さんと一緒に出掛けられた時に話して下さいました」


「話して――」


 姉が両手で顔を覆う。それと逆に、結衣は目をこすりながら顔を上げ、徐々に立ち上がりだした。


「お母さんの言う事は……信じられなかったけど。もう、信じるしかないと分かりました」


「何を……結衣!」


 美郷が声を荒げて脅そうとする。結衣は涙の溜まった目で美郷を睨んだ。威圧できた訳ではないのに、美郷の台詞を奪う。結衣は固まったまま、動けなくなった。


「お母さんは言っていました……お姉様は昔から、人々にあがめられ、頼られ、皆に求められる巫女に憧れて来た。誰からも憧れる人になりたいと、いつも言っておられたと」


 美郷が指と指の隙間から結衣を睨む。だが結衣が怯む事なく美郷を見つめ返していると、美郷は急に息を切らし始めた。


「お姉様……憧れの存在になる為に、その憧れを殺すなんて……私は、貴方を軽蔑します」


 “軽蔑”

 

 その言葉が美郷の息の乱れを止めた。美郷の目が、再び憎しみに染まる。


「殺しなさい」


「し、しかし……美郷様」


 男達が躊躇いを見せると、美郷は白い目で男達を睨んだ。憎しみこそ篭ってないものの、その目は男達を黙らせる。


「殺せと言っているでしょう? どうせ貴方達なんて、金で敵味方変えるしかない無能者。使われる人間は、黙って使われなさい」


 金を受け取ってるのか、こいつら……。

 

 男達が渋々と言った様子で長刀を光輝達に再度向ける。


「彩さん」


 光輝が小さな声で彩に話しかける。彩は気付かれない様に光輝の方に少しだけ耳を向けた。


「何か……聞こえないかな?」


 彩が耳を澄ます。すると確かに、バイクのエンジン音が聞こえてきた。どんどん近付いて来ている。


「ってか……近過ぎない?」


 彩がそう言ったその時だった。赤と黒のバイクが一台の補助席を付けて、外から入ってきた。男達をね、光輝の真後ろで止まる。突然の事で全員動きが止まったが、ヘルメットを被った運転手が自分の背を指差した。


「乗りなさい」


 運転手がそう言うと、彩は結衣の腕を引っ張って補助席に押し込み、運転手の後ろに乗った。光輝が補助席の方に飛び乗ると、運転手はアクセルを回し、バッグで外に飛び出してから走り出した。


「助かった……かな?」


 神社を飛び出して彩が後ろを向く。誰も追ってこないのを確認すると、彩は安堵の溜め息を付いた。


「ありがとうございます。助けてくれて」


「構いません。それより、このまま警察に見られる訳にいかないので……そこでいいですかね」


 三人をバイクから降ろすと、運転手はヘルメットを取った。その後ろ姿を見て、彩が首を傾げる。


「あれ? どこかで――」


「彩さん、気付いてなかったんだね……すみません、明海あかみ先生」


 白髪の頭を掻き、明海が振り返る。彩は驚いて思わず頭を下げた。


「やれやれ、やはり言う事を聞くような人達ではなかったようですね。こんな事に巻き込まれているとは」


 彩が笑って誤魔化すと、明海は頭を掻きながら結衣に歩み寄った。


「さて……君、参加者ですよね? 神捜索ゲームの」


 結衣が頷くと、明海はヘルメットをバイクに乗せた。


「君のケータイとメールは今、お姉さんに取り上げられているのでしたね」


「何で知って――」


 明海が手を出し、質問しようとした彩を止めた。


「少々他の参加者と出会いましてね。彼女に、斉藤さん達が参加者である事を教えたと言うので、バイクで飛ばしてきました」


「あの人ですか? あの人は今……」


「残念ながら、分かりません。私にあなたの事を言うと、去って行きましたから」


 結衣はそれだけを聞くと、脱力して膝を付いた。だがそれと同時だった。先程の男達が追いかけてきたのだ。長刀は持っていないものの、数が多い。あっという間に囲まれた。


「先生、もっかいバイクで逃げましょう!」


「駄目です。こんな公の場で、人なんて撥ねられる訳ないでしょう」


 彩と明海が言い合っていると、姉が息を切らしてやってきた。走ったのか、汗だくだ。


「やっと見つけた。さっきはよくもやってくれましたね」


 美郷が明海を指差すと、明海は頭を数回掻いてから美郷の前に立った。そして暫く美郷を見下ろすと、突然美郷の頭を鷲掴みした。


「痛い! 痛い痛い! 何を――」


「人を指差すな、礼儀知らず」


 突如口調が変わった事に、美郷と彩、結衣が驚いた。だが光輝は、いつも通りと言った様子のままでいる。


「歳は大学生か? もうすぐ社会人になるなら、社会の常識を叩き込め。でないと、社会に殺されるぞ」


 完全に雰囲気が違う。口調だけじゃなく、明海の眼光の鋭さも何もかもが、いつもと違っていた。恐怖すら感じる。


「ったく……説教だけで済まそうと思ってたのによ!」


「ちょっ……先生、どしたの?」


 彩が光輝に訊くと、光輝は数歩下がってから答えた。


「先生、怒ると怖いんだ。俺も、噂で聞いた程度なんだけどさ――」


 男の一人が明海に殴りかかる。だが明海は振り向きもせずに裏拳で殴り飛ばして、たった一撃で気絶させた。


「先生、元総長だったらしいんだ。不良達のね」





  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る