殺される

 明海あかみが殴り飛ばした事でスイッチが入り、男達が襲い掛かってきた。最初の標的だった結衣ではなく、明海を狙う。


 明海に殴りかかる男達。だが明海はその拳をかわし、自分の拳を相手に叩き込む。決して筋肉質とは言えない細い腕から放たれた拳は、殴った相手を一撃で悶絶させた。


「何をしているの?! 結衣ゆいよ! 結衣を殺すの!」


 美郷みさとの指示も、男達の耳には入らない。目の前で味方を倒していく明海に熱くなり、冷静さを欠いていた。全員明海に向かって行っては、返り討ちにされる。


「おいおい、光輝こうきくん。先生強すぎじゃないか? 戦闘ゲームだったら、僕は絶対得意キャラにしてるよ」


「冗談言ってる場合じゃないよ。白川しらかわさんと隠れてて」


 光輝に言われ、あやは結衣を連れて隅に生えてる木の後ろに隠れた。


「……学習能力のない方々だ。目の前の光景から、自分の力量と比較……そして計算すれば!」


 明海のストレートが男の鼻を折った。鼻血を噴いて男がわめく。


「自分に果たして可能か不可能か……理解出来ると思いませんか?」


 な、何か決め台詞言ってるんだけど……先生。


 彩が木の陰から少し顔を出し、状況を見る。明海の格闘により、半分以上がそこで倒れている。光輝は少し離れたところでケータイを握っていた。


「さて……どうしたものかな? にしても……」


 男達を倒していく明海を見て、彩は木の後ろに隠れなおした。


「やっぱり強すぎだよ、先生。大体、何歳なのさ」


 普段の授業では年寄りっぽいのに、今は若々しいイメージがあった。見た目からははっきりとした年齢を予想させない。まさに年齢不詳である。


「普段もあぁやって体動かせば――」


 彩がハッとなる。美郷が自分達の方を見つめてニヤ付いているのだ。独り言が大き過ぎた。


 やっちゃったぁ! って、あれ?


 彩が周囲を見渡す。結衣がいない。


 どこに行って――


 美郷が近付いてくる。しかも腕を勢いよく振り下ろすと、袖からナイフが飛び出してきた。


 完全にここに結衣ちゃんがいると思ってるなぁ? 好都合と言えば好都合だけど、僕の安全はどうしよう……もう、あのナイフ以外にも絶対持ってる気がする。さっきの手品みたいにさ!


 美郷がナイフを振りながら走ってきた。


 その時結衣は一人、彩が周囲を見渡している隙に木の陰から体勢を低くして逃げていた。小さい草と枝の塊が密集した場所に潜り込み、身を隠す。


 見つかる。あのままじゃ、見つかって殺される……Dメールの通りに殺される。やだよぉ……やだよぉ……。


 隠れた時に枝で腕と頬を切ってしまっていた。涙が頬を伝うと、傷口に沁みる。枝の間から外を見ると、明海が男達を殴り飛ばしていた。目をこすり、しっかり見る。


 初めて会った人が……殴ってる。殴ってる。でもそれは、私を助けてくれる為じゃない。たださっきのお姉様が気に入らなかっただけ。私もあの人の機嫌を損ねればきっと……殺される。


 結衣にはもう、恐怖しかなかった。今はもう、殺される事しか考えられない。全ての考えが、結論が死にしか辿り着かない。恐怖しかない。


「死にたくない」


 死と言うものを、理解し切れてる訳じゃない。どんなものか、分かり切ってる訳じゃない。けど怖い。死にたくない。結衣は体育座りで俯き、自分の腕を力一杯掴んだ。震えているのが分かる。心臓の鼓動じゃない。


「死にたくない……死にたくないです、お母様ぁ」


 震えが止まらない。涙が止まらない。恐怖が治まらない。何も聞こえなくなってきた。深夜で冷えるはずなのに、その冷たさが分からない。何も、感じない。


「……さん……わさん……し……わさん……白川さん」


 何も感じないはずの結衣の耳に声が届く。その微かな声の方を向くと、広い背中がそこにはあった。


 誰の?


「白川さん。そこでジッとしてて。もうすぐ、先生が助けてくれるから」


 聞き覚えのある声。まだ会ったばかりのその声の人は、どこか頼りないと思ってしまった。いつも隣にいる女の人に先を越されて。自分の意見を最初に言ってるところなんて見たことなくて。いつも遠慮してる感じで……でも何故か、安心出来る。


「光輝くん! 光輝くん逃げろ!」


 彩が光輝に叫びながら走ってくる。その彩を美郷が追いかけるのを見て、光輝は息を吐いた。


「……女性殴ったら、酷いよね。聖陽兄さん」


 彩が通り過ぎる。光輝が一歩も動かないのを見て、彩が振り返って止まった。


「光輝くん! ナイフ持ってるんだ! 逃げろ!」


 美郷が腕を引く。光輝はそれでも退こうとしない。


「光輝くん! 僕の言葉が聞こえないのか!」


「でもさ、兄さん言うよね?」


 ナイフが光輝に迫る。


「女性から逃げてばかりだなんて、男らしくないって!」


 光輝が美郷の手を掴む。ナイフが光輝の手を貫いた。目の前で光輝が刺され、結衣が目を逸らす。


「貴方、馬鹿なんじゃないの? 普通避けるものよ」


 痛みを堪える光輝は、声を押し殺して美郷の手を離さない。


「離してくれないかしら。私、結衣を――先代の巫女を殺さないといけないの」


 光輝は離す様子がない。それどころか更に力が入った。


「いい加減、離し――」


「巫女って、すごい人なの?」


 突然の質問に美郷が固まる。結衣もその問いで顔を上げ、しっかり光輝を見上げた。


「俺は正直、巫女って言うのがすごいのかどうかなんて知らないから……白川さん――結衣さんを殺してまでなるものなのか、よく分からないけどさ。結衣さん、怖がってたよ? お姉さんが来る度、いる間ずっとビクビクしてた」


 結衣の目から涙が流れる。泣き声を出さないよう堪えながら、光輝と美郷を見上げた。


「メール――ケータイを奪ったのはお姉さん、貴方だ。それは結衣さんに返して貰う。貴方は、結衣さんからお母さんを奪って……それで命まで奪おうとしてる! これ以上、結衣さんから何か奪うのは、何でかな……他人だけど許せない」


 美郷は舌を打ち、掴まれてない腕を思い切り振った。先程と同じく、袖からナイフが出てくる。


「忘れたのかしら? 私は貴方も殺す気だって事……かっこ付けたまま、死んで」


「光輝くん!」


 美郷のナイフが光輝の喉目掛けて振られる。彩が走るが、間に合わない。数滴の血が、零れ(こぼれ)落ちた。


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