銀の髪留め

「ねぇねぇ、明海あかみ先生って結婚してるの?」


 数学の授業中彩が光輝こうきに話しかける。ノートを取っていた光輝は突然の質問に動揺したが、声を小さくして答えた。


「先生、先月も恋人を振ったんだって噂なんだ」


「先月も? 前に同じ事があったのかい?」


 光輝は答えにくそうにすると、逆に彩に訊いた。


「Gメールで調べられないの?」


「うん……何か調べられないんだよなぁ。予想だけど、人の事を調べるには時間が掛かるんだと思う。先生といられたのは一瞬だしね」


 つまり、長い間いる人ほど深く調べられるって訳……。


「でも何で気になったの?」


「いや、興味本意でさ」


「そんな興味だけで調べられてはたまりませんね」


 話を聞いていた明海が二人の間に来てボソッと言う。そして彩の方を見て、頭を掻いた。


「暇なようですね。黒板の問題を三問、式も書いて解いて下さい」


 面倒そうに返事をして、あやが黒板の方に行く。それと同時に、明海が皆に気付かれない様に光輝の机に紙切れを置いた。光輝が紙切れに書かれたメモに目を通す。


『彼女を止めてあげて下さいね』


 ゲームには参加するなと言うのが、明海の忠告だった。神の何を知ってるのか分からないが、子供だからと出るなと言われている。


「フゥ、どうかしたのかい?」


 戻ってきた彩が光輝に訊くと、光輝は首を横に振った。


 帰宅時


「ねぇ、本当に何もないのかい?」


「何もないよ」


 明海が何かしたと思って彩がしつこく訊くが、光輝が首を横に振る。そんな時だった。前から歩いて来た女の子が、光輝にぶつかったのだ。大きな紙袋を両腕でしっかり抱えて落とさないようにした為、思い切り尻餅をついてしまった。


「ごめんなさい……」


「大丈夫だよ。立てる?」


 光輝が訊くと、彼女は荷物を抱えたまま立とうとした。だが荷物が大きくて立てない。見かねた彩が手を貸して立たせた。


「あ、ありがとうございます……」


 彼女は彩と大して背は変わらず、少し小さいくらい。蒼い長髪に銀の髪留めをしている。光輝達を上目遣いで見つめ、顔を逸らす。彩が笑みを見せて彼女に訊いた。


「随分重そうだけど、家は遠いのかい?」


「えと……少し遠いですけど、大丈夫です」


「大丈夫って言われてもなぁ」


 先程の彼女の様子を思い出し、彩が頭を掻く。そして後ろで立つ光輝の方に振り返り、彼女を指差して言った。


「光輝くん、君がぶつかったんだ。荷物くらい持ってあげなさいよ」


「え? でも大丈夫って……」


「あのねぇ、光輝くん。大丈夫ですかって初見の人に言われて、大丈夫じゃないって言う人がいると思っているのかい?」


 暫く困っていた光輝が一歩踏み出し、彼女の荷物に腕を伸ばした。


「さっきはごめんね。家まで持って行くよ」


「え、えと……いいんですか?」


 光輝が頷く。彼女は少し迷った後、荷物を渡した。


「お願いします……」


 三〇分ほど歩いた後、彼女が家だといった場所はなんと神社だった。彩と光輝で驚き、顔を見合わせる。彼女は玄関まで二人と行くと、光輝から荷物を受け取った。


「ありがとうございました……では」


 彼女が背を向ける。だがその一瞬、光輝は彼女の悲しげな顔が目に入った。


「あ、あの!」


 自分でも気付かない内に彼女を呼び止めていた。振り返った彼女に、光輝は少し戸惑ってから訊いた。


「俺……斉藤光輝さいとうこうきって言うんだ」


 何で名前を言ったのか。だが彼女はその言葉に答えるように言った。


白川結衣しらかわゆいと言います……また会えたら、いいですね」


 彼女は微笑んでから扉を開け、家に入っていった。



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