死人宣告

「ねぇ、光輝こうきくん。昨日言った神社に、帰り行ってみようよ」


「昨日の?」


 昨日、結衣ゆいを送った神社はあらゆる障害を取り除いてくれる事で有名らしい。それを知ったあやが、昼休みに行こうと提案してきた。購買部で買ってきたコロッケパンをかじり、光輝はお茶で流し込んだ。


「いいけど……何かあるの?」


「いやいや、あらゆる障害を取り除いてくれるって言うんだし、僕らももうじき受験生だろ? 無事に進学出来るようお願いしようと思ってね」


 ゲームと何か関係があるのかと思っていた光輝は、深い理由がない事に少し意外だと思った。だがそれと同時に、光輝は安心もした。彩が――自分が危険な目に遭わないと思ったからだ。


「さて……ここだよね?」


 帰り道、言っていた神社に来た。昨日はよく見ていなかったが、赤い鳥居が入り口で立ち、緑色の瓦が大きな木造の社を屋根となって覆っていた。


「よく見ると立派だよねぇ」


「うん。俺は来た事ないけど、正月とかすごいらしいからね」


「へぇ……来年はここで初参りしようかな」


 賽銭箱まで歩いていると、光輝が隅の方でほうきで掃いている人に気付いた。掃いていた方も気付き、頭を下げる。間違いなく結衣だった。


「君、何見とれてるのさ」


「へ?」


 思わず声が裏返る。光輝は自分にも気付かない内に結衣を見続けていたのだ。彩に言われて気付き、光輝は段々恥ずかしくなった。


 二人で十円ずつ賽銭箱に入れ、願う。彩は終わると、横の方を見て溜め息をついた。


「光輝くん」


「え、何? 何?」


 彩に腕を引かれて行くと、ほうきを持った結衣と背の高い女性が立っていた。女性が頭を下げる。


「昨日、妹がご迷惑をお掛けしたようで。申し訳ありませんでした」


 彩が笑って言った。その直前に彩のポケットのケータイが揺れた事に、光輝が気付く。


「いいんですよ。元々は彼がぶつかったせいですから」


「す、すみません……」


 結衣の姉に謝ると、姉は光輝に笑みを見せた。


「まぁ、結衣の前方不注意も原因ですから……ね?」


 姉に見下ろされ、結衣は頭を下げる。その顔は何かに怯えている様に見えた。


「ありがとう……ございました」


「では、私達はこれで」


 姉に背を押され、結衣は行ってしまった。光輝は呼び止めようとしたが声が出ず、止められなかった。


「……光輝くん、気付いたかい?」


「え?」


 彩に突然訊かれ、光輝が聞き返す。彩はケータイを開き、メールを見ていた。


「あの子……怯えてた」


 彩と光輝の頭に、彼女の震える声とあの怯えた顔が思い出される。彩は光輝にメール画面を見せた。


「あの結衣って子、参加者だ。Dのメールを持ってる」


「あの子が?」


「……今日は訊ける雰囲気じゃないね。明日、もう一度来ようか。君も気になるんだろう?」


 光輝は少し躊躇いながらも頷いた。彩はケータイをしまい、光輝を連れて鳥居を出た。


 その夜。


「あの、お姉様……」


 ふすまを開け、結衣は姉の部屋に入る。その隣で、長刀なぎなたを持っている男が結衣を睨んでいた。


「どうしたの?」


「えと……私のケータイ――」


「ケータイを返して欲しいとは、言わないわよね?」


 姉に言われ、結衣は言葉をなくした。暫く沈黙が続くと、姉は白のケータイを持って立ち上がり、結衣を見下ろした。ゆっくり近寄り、結衣と距離を詰める。


「明日、また札を立てるわ。巫女様の予言ですもの。神様を信じさせる為にもちゃんと教えてあげましょう」


 姉が結衣を睨む。その目は確実に、妹を見る目ではなかった。


「ねぇ、巫女様。貴方のメールだものね」


「は、はい……」


 部屋を出て襖を閉じる。結衣は自分の部屋へとゆっくり歩いていた。


 神様捜索のメールのはずなのに……あれでどうやって捜すと言うのですか? 神様……何で……。


 結衣の目から涙が溢れる。そして声を殺して泣きながら、部屋へと歩き続けた。


「何で私に……死ぬ人を予知するメールなんて託されたのですか……D――Deathデスメールなんて……何で」


 履いていた足袋に、結衣の涙が落ちる。白い足袋に、小さなシミが出来た。


 翌日、神社の前に札が立てられた。そしてそこに、十人の名前が書いてある。そして朝早くお参りに来た人やランニング途中の人は、その札を見て悪寒を感じた。


『死人宣告。明日みょうにちまで亡くならない事を祈る。犀門寺さいもんでら巫女より』


 最近はこのような札が毎朝立たされる様になった。毎朝十人の名前が札に書かれ、今日死ぬのだと宣告する。そして何より恐ろしいのは、書かれた十人の内五人が、確実に死んでいるという事だった。


 あらゆる障害を取り除いてくれると噂の神社が、人の死を予告する神社となってしまったのである。


「……で、これがその札って訳ね」


 朝早く来た彩が看板を見る。その後ろで光輝は、彩に気付かれない様にボサボサの頭を掻きながら欠伸していた。

 

「Gメールで見ても、すごい的中確率だよ。必ず五人、きっかり死んでるんだもの」


「朝から怖い話だね……」


 鳥居を潜り、二人で神社を歩く。すると、石畳の上で掃き掃除する人を見つけた。


「あれ? 光輝くん、あの人……間違いなく彼女だよね?」


 彩に訊かれて光輝が眠い目を細めて見ると、確かに結衣だった。二人は結衣に近付き、話しかける。結衣は一瞬体をピクリとさせたが、二人だと気付いて息を漏らした。


「お二人共、朝早いんですね」


「いやいや、いつもこんな爺さんみたいに起きてる訳じゃないよ。休みなのに目が覚めちゃって、だから彼を叩き起こして散歩って訳さ」


「本当に叩かれたよ……」


 光輝が頭を擦って言う。すると、結衣がクスクス笑った。二人が彼女の笑顔を見るのは、初めての事だった。彩もつられて笑う。


「何だ君、笑ったら可愛いじゃないか」


 彩にそう言われる。だが否定するのかと思ったら、照れて頬を手で覆った。思わずほうきを落としそうになる。だがその箒を彩が手に取り、何故か光輝に渡した。


「結衣ちゃんだったっけか。他にほうきあるだろう? 僕らもやるから、持ってきてくれないか?」


「え? でも……」


「今から帰っても、僕らする事ないしさ。社会貢献したい気分なんだ。それとも困る事でもあるのかな?」


「あ、ないですけど……いいんですか?」


 彩が笑って光輝の背中を叩く。


「彼もやる気みたいだし、いいの! いいの! さっ、早く持ってきて!」


「は、はい」


 結衣がトコトコと歩いて行くと、彩は真剣な目になって光輝の方を一瞥した。


「今日、僕らが参加者だって教えよう。彼女がどんな反応するか分からないけど、彼女にも協力して欲しいからね」


「う、うん……」


 やっぱりまだ諦めていなかった。明海の忠告を無視する気しか彩にはないのだと、光輝は悟った。やはりこのゲームを任せるのは無理なのだろうか。


 結衣が持ってきたほうきで掃き掃除を続けていると、結衣のお姉さんが出てきた。結衣はそれに気付くと、二歩下がって光輝の後ろに隠れる様にした。


「あら? 貴方達は昨日の……」


「超暇だったんでぇ、お手伝いしに来ました。ね? 光輝くん」


「あ、はい……一人では大変そうだったので」


 そう言うと、結衣の姉は一瞬光輝の後ろの結衣を睨んでから二人に笑って言った。


「それはそれは、わざわざありがとうございます。どうぞ、お茶でも出しますから。上がって下さいな」


「じゃあ、遠慮なく」


「彩さん、少しは遠慮しなよ……」


 結局、結衣の姉に誘われるままに家にお邪魔し、畳床の居間に通して貰った。そしてお茶を出して貰って姉が部屋を出て行ってから、彩は結衣に訊いた。


「お邪魔してから言うのもなんだけどさ。結衣ちゃんの親はまだ寝てるのかい?」


 結衣は俯き、暫くしてから顔を上げた。自分の服の袖を、握りしめている。


「お父さんは他のお寺に今行ってまして……お母さんはいないんです。五年前に亡くなりました」


「……そっか」


 結衣は首を横に振った。だがその時結衣は、光輝が悲しげな目をしていたのに気付いた。何故そんな目をしたのか訊こうとしたが、止めた。光輝の気に障ってしまってはいけないと、躊躇った。


 そんな躊躇う結衣に、彩は躊躇わず話を続けた。


「そういえば、いつからここの巫女様はあんな札を立てる様になったんだい?」


 結衣は黙って袖を掴む。彩は続けた。


「ここは障害を取り除いてくれる神社だろう? なのに何も関係ない死の予告なんて、何でしてるのかなって」


 彩が続けるが結衣は黙ったまま。そんな時だった。光輝が立ち上がり、結衣の隣に膝を付いた。


「ごめんね、白川さん。辛い事ばかり聞いてるんだよね? いいんだ、答えなくて。彩さんには俺から言っておくから」


 そう言って光輝は彩の腕を引っ張って行ってしまった。残った結衣は一人、鼻を啜った。


「どうしたんだよ、光輝くん」


 神社を出て腕を離した光輝に、彩が訊く。だが光輝は無言のまま、振り向かない。


「ねぇ、光輝くん! 言わないと分からないぞぉ」


 彩が訊き続ける。


「ねぇ、光輝――」


「彩さん。自分勝手過ぎない?」


「え?」


 いきなりの光輝の言葉に彩が戸惑う。光輝はやっと振り返り、続けた。


「さっきの白川さん……多分、泣くのをこらえてた。さっきの質問には、泣くのを堪えてて答えられなかったんだ」


「そんな――」


「訳ないって言い切れるの? 彩さん、他人の事を考えない人は協力なんて得られないよ。今日は止めよう。少し落ち着いてから、彼女に話そう」


 光輝はその場に彩を残し、帰って行った。


「斉藤……光輝さん」


 一人残った結衣が自分の左手を見る。先程光輝が隣で膝をついた時、指先が自分の手に触れたのだ。結衣は1人自分の手をさすり、涙を零す。だがその口角は、柔らかく上がっていた。



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