優しい人
音楽の時間。音楽は選択授業なので、全クラスから音楽の授業を選んだ生徒達が授業を受ける。二組の光輝と四組のティアが、唯一同じ教室で受ける授業である。
「はい、では早速歌って頂くのですが……誰か弾けますか?」
音楽教師が訊くと、一人の生徒が手を揚げた。
「Teacher! 私がやりたいでス!」
「浜崎さんか……じゃあ今日は私が弾きますから、再来週までに弾けるようにしておいて下さいね」
「ハイ!」
周囲の友達がティアと話す。その内容は応援ではなく、出来るのかと言う事だった。隣で聞いていた光輝の頭にも、同じ疑問が
「コーキクン、ちょといいですカ?」
光輝が帰ろうと教室を出ると、ティアに声を掛けられた。光輝は勿論、その周囲の人も驚いている。
「お願いしたいことがあるんデス。少しお手伝いをお頼みしたいですが…イイですカ?」
「え、えと……いいけど――」
「ホントですカ?! ありがとございマス! じゃあ行きマショ!」
「え、ちょっと!」
ティアに持っていたバッグを引っ張られ、光輝は走ってはいけない廊下を走って行ってしまった。
「ねぇ、光輝くん? あれ、どこ行ったんだろう……先帰ったのかな?」
彩はそう言って教室を出て行った。
光輝が連れて来られたのは、四階の自習室だった。ピアノがあって、他の人の邪魔にならない場所なんてここしかない。ティアはピアノの前に座り、楽譜をピアノに置いた。
「コレを再来週までに弾けるようなりたいデス! だからゴシドーをお願いシマス!」
「指導って……俺、そんなに凄くは――」
「ワタシ、スゴイて思ってまス! 知ってるんですヨ? コーキクンが2年前に音楽祭で優勝した事! 私は参加……出来ませんでしたケド、コーキクンをソンケーしてるんデス!」
光輝は暫く黙り、頭を抱える。ティアはそんな光輝をジッと見つめ、光輝が何か言うのを待っていた。そして光輝は溜め息をつくと、顔を上げて頷いた。
「僕が力になれるか分からないけど……頑張ろうね、ティアさん」
頑張ろうと言う言葉にティアの表情が晴れる。そして光輝の手を強く握った。
「よろしくお願いします、コーキクン!」
ティアの指が鍵盤に置かれる。そして優しく鍵盤を押し、音色を部屋中に響かせた。それと同時に揺れるのは、光輝のEメール。
『途中、スピードの変化に注意。二つ目の楽譜に集中』
そっか……今は隣にティアさんがいるから。
初めてEメールが役に立ったと実感し、光輝はティアにピアノを弾かせた。
そして三時間、度々送られてくるEメールと光輝の指導を元に、練習は続いた。ティアがウンと腕を伸ばす。
「ここまでにしようか、ティアさん」
ティアは窓の外の暗い空を見て頷いた。
「えと、長い間お付き合いしてくれて、アリガトウゴザイマシタ」
「いいよ。長くなっちゃって、ごめんね」
「そなことないデスヨ! こんなに長く付き合ってくれて……コーキクンは優しいヒトでス。ありがとうデス!」
ティアが笑って言う。光輝はその笑顔に救われた気がした。ティアはバッグに楽譜をしまうと、光輝に振り向いて微笑んだ。
「いつか、コーキクンのピアノ聞きたいでス。聞かせてくれマスか?」
光輝はバッグを持ち上げ、頷いた。
「いつか、聞かせられる自信が俺についたら……その時は聞かせるよ」
「ハイ! 楽しみにしてマス!」
ティアの笑顔に光輝は笑顔で返した。そうしてると、何だか楽になる。しかしすぐに照れて、光輝は顔を逸らした。
「もう遅いね……送ろうか?」
「ホントですカ?! アリガトゴザイマス! じゃあ、行きマショ!」
またティアにバッグを引っ張られ、光輝は自習室を出た。
その後、自習室に入って電気を消した男が一人、ケータイを開いた。
「誰がこの部屋を使っていたのでしょうか?」
男の質問に答えるようにメールが来る。男はメールを開いた。
『二年二組、斉藤光輝。二年四組、浜崎・T・フレイ』
「彼らですか……御門さんがいないとは、意外ですね」
男はケータイを閉じ、部屋を後にした。
「少し話してみましょうか、彼らとね」
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