憧れ

「えと・・ここは何だい? 光輝くん」


 彩に訊かれ、光輝が立ち止まる。そこは光輝にとって、思い出のある場所だった。


「あぁ、植物園だよ。何回か来た事あるんだ」


「へぇ……入ってもいいかい?」


「え、神探しは?」


 彩は光輝の問いに答える前に、ガラスの扉を開けて入っていってしまった。


 光輝が追いかけて入ると、彩が赤い花に顔を近付けていた。


「いい匂い……君も嗅いでみたら?」


「う、うん」


 彩の隣に歩み寄り、光輝が匂いを嗅ぐ。その隣で笑う彩に、光輝はすぐ顔を離した。


「もういいのかい?」


「あ、うん……」


 赤い花の前に立つ光輝の顔が赤くなる。光輝は深く下を向き、顔を隠した。彩が顔を覗こうとしたが、すぐに止めて歩き出した。


「あそこにもたくさんあるよ。行ってみようよ」


「あ、うん……そうだね」


 彩が歩いた先にある花全てに顔を近付け、匂いを嗅ぐ。その後で光輝にも嗅がせて、彩は光輝の反応を楽しそうに見ていた。


「ラフレシアだって! 嗅いでみなよ、光輝くん!」


 顔を近付ける前から悪臭を漂わせているラフレシアを指差し、彩が笑って言う。光輝は首を横に振り、慌てて断った。


 そんな事をしながら植物園を歩いていると、草原エリアで一人の男が座って本を読んでいた。ここまで来て、初めての他人だ。


「へぇ、なかなか気持ち良さそうな事してるじゃないか、あの人」


 彩がそう言うと、光輝もその人に気付いた。そしてどういう訳か、光輝がその人に向かって歩き出す。


「何してるの? 聖陽せいよう兄さん」


 光輝が話しかけると、男は振り返って本を閉じ、立ち上がった。


「光輝! 少し身長……伸びたか?」


「うぅん。気のせいだよ」


 光輝が笑って答える。彩と居る時より随分と気軽な感じだった。彩は察したのか、出てこない。背の高い草花の後ろに隠れて、光輝達を見ていた。


「学校はどうだ? 友達出来たか?」


「まぁ……一応」


 元気のない光輝の返事に、聖陽は笑って頭を掻いた。苦笑いだった。


「別に多くなくていい。少なくても、信頼出来る仲間がいればいいんだ。大丈夫、お前は一人になりはしないよ」


「……うん、ありがとう。兄さん」


 聖陽は足元に置いてあったバッグを持ち上げ、肩にかけた。


「そろそろ行く。俺も大学で課題やらなきゃいけないしな」


「うん、じゃあね」


 聖陽が見えなくなるまで、光輝はその場から動かなかった。暫くして彩の方に戻ると、彩が首を傾げて訊いてきた。


「あの人は?」


「あぁ……桐谷聖陽きりたにせいようさん。昔からお世話になってるんだ。お兄さんみたいな存在だよ」


「ふぅん。また会ったら、僕にも紹介してよ」


 光輝は頷き、今日初めての笑顔を見せた。彩が笑い、少し遠くにある黄色い花の方に歩いていった。


「この花、フリージアって言うんだね。花言葉は――」


「憧れ……」


「何だ、知ってるのか」


 光輝がしゃがみ、フリージアの花に顔を近付ける。甘い香りが光輝の鼻をくすぐった。


「聖陽兄さんが教えてくれたんだ。僕が兄さんに抱いてる感情でもある」


「……そっか」


 二人は暫く、フリージアの前で座っていた。





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