ヒロインの失敗は逆ハーエンド

七瀬美緒

ヒロインの失敗は逆ハーエンド

「お前との婚約は破棄する!」


 そんな言葉を耳にした瞬間、私はハッとして瞬きを繰り返した。

 今のって、乙女ゲームなんかで良く聞くクライマックス定番の言葉だよね?


 そんな事を思いながら前を見てギョッとした。

 そこには、金髪縦ロールに紫の瞳を持つ美女が立っていた。

 まあ、ただ立っていただけでは何て事ないけど、驚いた理由は『見覚えがある』所為だ。


 慌てて周囲を見ると、私の右横には長いストレートの銀髪を後ろで一纏めにした金目の美青年。詰襟の白い服に黒のズボン、ブーツを履き、右肩から左脇腹に向かって赤い布を襷掛けして、胸には勲章。

 所謂いわゆる王子様――って、うん、王子だ。何故か分かる。この人、第三王子だ。


 王子の斜め後ろには、炎の様な真っ赤な髪にルビーの瞳を持つ騎士装束を着た――って、この人も騎士だと分かる。王子の護衛の騎士だ、うん。


 左横を見てみると、こげ茶の髪に海色の瞳を持つ――この人、貴族だよー。というか、何で私そんな事分かるの!?


 そして私の斜め前には黒髪の後ろ姿。これは――茶色の瞳を持つ幼馴染みだと唐突に理解した。


 ……私の周りに居るのは皆美形。そして、見覚えある。


 有る筈だよ! これって「君と恋する空の下」って乙女ゲームの攻略対象達じゃない!

 何私、今流行の乙女ゲーム転生しちゃった前世持ち!?


 しかも、目の前に居る金髪美女って、王道の悪役令嬢だよ!

 何! 何でこんな事になってるの!?


 そんな私のパニックをよそに、話はオートで進んでいく。


「お前のステラに対する行いは目に余る物がある」


 そう言って、王子は私の腰をギュッと抱き締めた。

 ぎょえー! えっ! 『ステラ』って私の事? それってまんまヒロインのオフィシャル名じゃない!


「私は王子として、この学園の生徒会長として、お前を許す訳にはいかない!」

「アレクシエル様! わたくしはっ……!!」


 ちょっと待って?

 私がヒロインポジで、周りに攻略対象が居て、目の前には悪役令嬢……これって……これって……これって――!!

 これって、逆ハーエンドのクライマックス、悪役糾弾イベだよ!

 糾弾が無事済んだらエンディングだよね? でも……でも、何故だろう。嫌な予感しかしない。


 ねえ、これで本当に良いの?


「本日この時を持って、エリカ・ミュラファクト公爵令嬢。お前との婚約破棄を明言し、また学院つ――」


「わあぁぁぁぁあっ!!」


 悪い予感に従い、私は思わず飛び出す。

 そしてそのまま――糾弾されていた筈の悪役令嬢に縋り付いてしまった。


「「「「ステラッ!?」」」」

「な、なんですのっ!?」


 驚いた声の五重奏。

 まあ、それはそうだろう。今まで黙っていた少女(私の事ね)が突然、奇声を上げて糾弾されていた人に抱き付けば驚くって。

 でも何故だかそれが正しい事に思えて仕方ない。

 うん、周りが離れろとか大騒ぎしている間に記憶を整理しよう。


 王子――アレクシエル・フォン・クライスト。このクライスト王国の第三王子。

 完璧な王子様との呼び声が高く、公務を行うかたわら学院の生徒会長も務めている。

 ただ最近は、公務はパパッと済ませ、生徒会室には寄り付きもしていなかった様な……?


 騎士――カイン・ホルスト。王子の護衛で幼馴染みな伯爵家の二子。

 寡黙だが騎士の仕事に誇りを持ち、誠心誠意王子の警護に当たっている。実は腹黒。

 ただ最近は、王子に同行しているのを余り見掛け無かった様な……?


 貴族――ロベルト・ディアール。宰相を務めるディアール侯爵子息。

 女性との浮名を流す事数知れず。ただ、その瞳は常に冷静。生徒会副会長でもある。

 ただ最近は、ずっと私の傍に居て、生徒会室に行っていなかった様な……?


 幼馴染み――ソラ・ハルバレニ。ハルバレニ男爵家の二子。

 犬の様に元気一杯。実は既に冒険者としてかなりの実績を持つ。

 ただ最近は、全然ギルドの依頼を受けていなかった様な……?


 ダメじゃん、こいつら! 職務放棄してるよ!!


 うん、そういえば。


 悪役令嬢――エリカ・ミュラファクト。公爵令嬢。

 キツイ顔立ちの美人。顔に比例したかの様なキツイ性格。何でもズバズバ言う。

 最近は、「貴女の所為で彼等が仕事をしない」と散々言われ、さっさと別れろと、手を替え品を替えいびられた。


 今なら分かる。この悪役令嬢、行動はアレだけど、言ってる事は正しいじゃないか!!


「貴女、この手を離しなさい!」


 耳元で騒がれ、私は思わず縋り付く手の力を強め、キッとエリカ様を見る。


「放しません! というか、エリカ様、手伝って下さい……!!」

「は……?」


 ポカンとするエリカ様。いまだ離れろとしか言わない攻略対象。

 取り敢えず、攻略対象は無視して話を進めてみる。


「だって考えてもみて下さい。エリカ様の行動は褒められたものではありませんが、言葉は正しかった」

「「「「ステラ! 何を言っているんだ!!」」」」

「アレク様は公務も会長職も手抜きするし」

「うっ……」

「カイン様は護衛放棄しているし」

「ぐ……」

「ロベルト様も副会長職軽く見てるし」

「おや……」

「ソラは依頼を受けないから、困っている人が増える一方」

「うぐ……」

「こんな人達を放置してたら社会の迷惑でしかありません!!」

「「「「――!!」」」」


 ▽アレクシエル、カイン、ロベルト、ソラは精神にダメージを負った!!


「更生させるには私だけでは力不足です! だからエリカ様! 助けて下さい……!!」


 ホント、切実に助けてほしい。

 この人達、私だけじゃキッツイです、間違いなく。


 必死の形相で懇願する私を見ていたエリカ様。

 一つ溜め息を吐くと、苦笑いを浮かべながら頷いた。


「分かりました。そこまで言われては断れませんわ。貴女に行った事への謝罪も含め、協力しますわ」

「あ、ありがとうございます!」

「そうと決まれば手加減抜き! ビシバシしつけますわよっ!」

「はいっ!!」


 悪役令嬢って、頼ってくる人に弱いって法則でもあるのかな(笑)

 取り敢えず、更生仲間ゲットです。


 * * * * *


 アレクシエル王子の言葉を遮った為かエリカ様の学園追放はなくなり、私と共に四人の更生に奮闘。


 先ず、アレクシエル王子はというと……。


「こんなに未決済書類溜め込んで! これが終わらなければ、本日は帰れないものと思ってくださいまし!!」

「何!?」

「口より手を動かして下さい!」

「ステラ……」


 何か、リアルorzになってるけど気にしちゃいけない。心を鬼にして躾け中。

 生徒会長の仕事はこれを続ければ何とかなるけど、公務の方はこうはいかない。

 仕方ないのでエリカに耳元で作戦を授けてもらい、必殺☆泣き落とし!


「分かった! やる! きちんとやるから……っ!!」


 と、言質を取りました。

 アレクシエル王子は有言実行タイプなので、これで大丈夫だろうと思う。


 次、カイン様はというと……。


「護衛というものは、口先だけで出来る物ではありませんのよ! 貴方、騎士の位を返上する気ですか!?」

「そんな訳ないだろう!」

「じゃあ、またアレクシエル王子に付き従うんですね? その方が格好良いです」

「ステラ……」


 飴と鞭? 何の事? 適材適所です!(笑)

 腹黒封印して頑張って。


 続いて、ロベルト様はというと……。


「未確認や未作成の書類を溜め込んで! 副会長のお仕事は遊びではありませんのよ! 急ぎの物から早速取り掛かって下さい!!」

「口煩い人ですね」

「言われたくなければパパッと終わらせれば良いんですよ。ロベルト様は優秀ですからあっという間に終わりますよね!」

「ステラ……」


 はい。こちらも適材適所。

 それにロベルト様、実は人間観察力があったようで、副会長の仕事をしながら父である宰相様の補佐まで始めた様です。

 どこか排他的な所があったというのに……変われば変わるもんだね。


 最後、ソラはというと……。


「学生でも冒険者である以上、月に三回依頼を受ける義務があります。貴方、数カ月の間、一度も受けていないって……冒険者資格返納した方が良いのではなくて?」

「冗談じゃない。返す訳ないだろう!」

「じゃあ、さっさと受けて、パパッとクリアしてこなきゃね。行ってらっしゃい」

「ステラ……」


 エリカ様と共に追い出しました!(笑)

 ここ数日は学院に戻っていない様なので頑張って依頼をこなしているのだと思われる。

 ただ……学院には来るべきでは? 勉強放っておいて良いの?


 ――こんな感じで、エリカ様と私で彼等の尻に火をつけ(失礼)、時に貶し、時に褒め、更生は進む。


「……ステラさんがこんな方だとは思ってもみませんでしたわ」

「え?」


 四人に教育的指導を行い、時間が空いたのでまったりティータイム。

 そんな時、エリカ様がしみじみ呟いた。


「見目麗しい殿方に取り入って、ちやほやされるのを良しとする方だと思っていましたのに、まさか更生を手伝ってほしいと言われるとは考えてもみませんでしたわ」

「デスヨネー」


 あの瞬間、前世なんて思い出さなければ、現在ハーレムまっしぐらだったろうねー。

 というか逆ハーって……以前の私ヒロインマジパネェ。

 私なら、絶対無理が出てくるから面倒くさくてイラナイ。


「まあ、ステラさんが常識ある方だったので学院の平和は守られたようですし……終わり良ければ総て良しですわね」

「アハハ、ソウデスネー」


 実は、あんまり良くない。

 まあ、自分の役割を思い出した彼等は徐々にではあるけど冷静さを取り戻し、四六時中私の周りに居る事はなくなったので、それは良いのかもしれない。

 だけど……。


「ステラ! 少し時間が出来たので、一緒にお茶でも飲まないか?」


 わざわざ護衛のカイン様を置いてきて(まいて?)お誘いを掛けてくるアレクシエル王子。

 その瞳に宿る熱は何故か前以上。


 でもね、第三王子様。私と貴方の身分差とか考えようよー。

 私はしがない子爵令嬢。結婚相手としては伯爵家……頑張って侯爵家の中の下辺りがギリギリかな?

 王子なんて論外です。


 そんな訳でやんわりとお断りしているのに……王子、しつこい!!

 こんな時は、困った時のエリカ様。


「わたくしとの婚約破棄は正式決定されましたので、殿下のお相手は誰でも大丈夫ですわよ」

「そういう問題ではなくて……」

「そうですわね。身分差はどうしようもないですわね」


 優雅にお茶を飲み、エリカ様はコロコロと笑った。


「ステラさんが本気で殿下をお好きなら、我がミュラファクト家に養女として入りますか? 今の貴女ならわたくし、喜んで父に進言しますわよ」

「はっ!?」

「そうすれば、身分差の問題は解消。我がミュラファクト家も王家と繋がりが出来る。一石二鳥で万々歳ですわ」

「……」


 え、何それ。そんなのあり!?

 っていうか、私、王子を好きなの??


 そりゃ、素敵だなーとか思いはするけど、『私』になった時から『常識』というものがしっかり手かせ足かせになってて、そういう対象で見てなかった。

 それに、王子からはっきり何かを言われた訳じゃない。

 自意識過剰だったらどうすんの! 立ち直れないよ!?


 そこまで考えて気付く。立ち直れない?


 …………うん、そういう事か…………。


 気持ちって、いつの間にか勝手に育つものだって知ってはいたけど……まさか、ね。こうくるとは。


 でもね……ホント、『私』は何も言われてない訳よ。

 ヒロインだった時の記憶を探ると、言葉にされてはいるけど……。

 それが『今』も続いているかは分からない。

 だって、カイン様やロベルト様、ソラと今は良い友人関係を築いてるから。

 気持ちが変わらないとは……言えない。


 どうすれば良いのか、分からない。


「ステラ!」


 また、アレクシエル王子が遣って来た。嬉しそうに。

 私はそれを迎え……どうしようか悩む。

 はっきりさせた方が良いよね? これ以上、つらくなる前に……。


 意を決して顔を上げた瞬間。

 アレクシエル王子に両手を握られた。


「アレク、様……?」


 顔を上げた先には真剣な金色の瞳。

 その瞳に魅入られ、言葉を失う。


「……ステラに更生しろと言われ、公務や会長の仕事をした時、私がいかに愚かだったか実感した。恋にうつつを抜かし、遣るべき事を放棄する等、有ってはならない事だ」

「……」

「以前の様に仕事に精を出し、ステラに会う事を控え……改めて自覚した。私はステラがどうしようもなく好きなのだと」

「え……」


 聞き間違えかと思ったけれど、アレクシエル王子の顔は真剣なまま。


「私の言葉を遮ったあの瞬間から別人の様だとカイン達とも話した。確かに、別人の様に思えるが……それでも、根本的な所は変わっていないと『解った』」


「他人を思い遣る心。私が惹かれたその部分は、以前も今も変わっていない。それだけで十分だ」


 アレクシエル王子は握る手に力を込め、はっきり言った。


「ずっと、私のかたわらに居て欲しい。ステラが居てくれるのなら、私は今以上の私になれる」


「今度はもう間違えない。私は私の務めを果たし、ステラと共に生きていきたい」


「君を、愛してる」


 呆然と、アレクシエル王子の顔を見る事しか出来なかった。

 こんな展開、予想外過ぎ。


「……返事は?」


 甘く艶の増した瞳と声が、逃がさないと言わんばかりに私の心と体を縛る。

 良いのかな? これに応えても……。


 そう、悩んだのに。


「……はい……」


 言葉が無意識に零れ落ちていた。

 理性ではなく本能こころが王子を求めてしまった。


 私の返事を聞いたアレクシエル王子は顔を蕩けさせ、そっと私を抱き締める。


「ありがとう」


 それだけで……これで良かったのだと思えた。単純だけどね。


 その後。

 エリカ様の計らいでミュラファクト侯爵家の養女となり、私はアレクシエル王子の正式な婚約者となった。


 王子妃となる為、今は必死に花嫁修業中。王宮のしきたりとか滅茶苦茶大変!

 でも、返事しちゃった以上、頑張るしかない。


 そんな私をアレクシエル王子は傍で支えてくれる。

 私も、王子が無茶をしない様にしっかり見張り、支える様にしている。

 持ちつ持たれつ。良いね、こういう関係って。


 逆ハーエンドを迎えそうな時はどうなるかと思ったけど、嫌な予感に従って行動して良かったのかもしれない。

 今だから、そう思える。

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