全てを託した戦友の為に

「かっはっは! 人間なんて庇うからそんな目に遭うのだよ痴れ者が!」

 ノヴォトニーは高らかに笑い声を上げた。

「……次はお前よ戦死者ヘルト

 蘭子は強引にシャルロッテからマナの刀を引き抜いた。シャルロッテはふらつきながら落ちていった。

「やれるものならやってみろ人間! 私は他の戦死者の何倍も強いぞ!」

 ノヴォトニーの言葉に迷いはない。本当にそう思っているのだ。

 蘭子はノヴォトニーの強気な発言に物怖じせず、全速力で突っ込んだ。

 ノヴォトニーはタイミングを合わせて横に移動し、それを回避した。続けて武器庫からアサルトライフルを取り出した。

「もう一ついくぞぉ!」

 ノヴォトニーは二つ目の武器庫を開け、同じ種類のアサルトライフルをもう一丁手に取った。それを蘭子目掛けて大胆に乱射する。

「非力な人間には真似できぬだろう!?」

 発砲による反動を物ともせずに、ノヴォトニーは引き金を引き続ける。

「くっ、避けきれないか……!」

 アサルトライフルによる弾幕は、先ほど彼女が使っていたガトリングガンのそれと大差なかった。むしろ小回りが利き、素早く銃を移動させられる分こちらの方が上位とまで言える。

 蘭子はシールドを展開し、弾切れを待った。

「よし!」

 鉄の雨が止んだと同時に、蘭子は跳躍した。だが、それはノヴォトニーの想定内の出来事だった。

「対空機銃用意! フォイヤー!」

 ノヴォトニーが言うと、それまで待機していた軍艦が空に向かって発砲を開始した。

 弾丸の壁によって、蘭子は後退を余儀なくされた。

 軍艦は対空機銃をあちらこちらにばら撒き、他の守護騎士達の妨害もした。

「これが私達の力だ! お前はそこで見ていろ!」

 ノヴォトニーは身長の三分の一程度の大きさをしている長細い何かを取り出し始めた。

「新しく手に入った火炎放射器を試してみるつもりだったが、今回はもういい。このナパーム弾で派手にいかせてもらうぞ!」

 ノヴォトニーはそれに触れることなく、武器庫から直接島に向けて投下した。

「燃えろ!」

 軍艦の攻撃によって上手く動くことができない蘭子は、ナパーム弾が落ちていくのを、緑豊かな島が火の海に包まれるのを見ていることしかできなかった。

「また、私は仲間を失うの……?」

 蘭子は自分の胸にそう聞いた。そして一つの答えを導き出した。

 蘭子は被弾を恐れずに、仲間のいる島の方へと急降下した。その背中をノヴォトニーが逃すわけもなく、彼女は再度アサルトライフルの引き金を引いた。

「させませんわよ!」

 そんな二人の間に割って入ってきたのは、エイヤ=リーサだった。

「エイヤ=リーサ! そっちはもう片付いたの?」

 魔法通信を使って蘭子が問うと、怒りを含んだ声でエイヤ=リーサが、

「そんなわけないでしょう! あの場は二人に任せて、わたくしがあなたの尻拭いをしにきたんです!」

 と怒鳴った。

「尻拭い……確かにそうね」

 敵に背を向けるこの行動が誤りだということは、蘭子自身も十分理解していた。分かっていながらなお背を向けているのだ。

「……背中は任せたわよ!」

 蘭子は島に近付き、ベアトリーチェの名を何度も叫んだ。しかし、それに答える者はこの激しく燃える島にはいなかった。

「くそっ……今突っ込めばまだ間に合うか……? 考えろ私。ベアトリーチェならどこに隠れようとする?」

「あのー……」

「あの子のことだから、きっと森の中であたふたしているでしょうね……となれば……」

「隊長ー?」

「うるさい! 今考え事をしてるの!!」

 怒号しながら後ろを振り返った蘭子は、驚きのあまり目を見開いて固まってしまった。

「あはは……ごめんなさい、空気読めなくて……」

 蘭子の視線の先にいたのは、死んだはずのシャルロッテとベアトリーチェだった。シャルロッテの胸部には荒々しく包帯が巻かれており、蘭子はそれがベアトリーチェのしたことだと気付いた。

 シャルロッテにお姫様抱っこをされているベアトリーチェは言う。

「隊長、可愛いところもあるんだね」

「……何のことかしら?」

「気付いてるくせに。涙目になってるよー?」

 蘭子はベアトリーチェをキッと睨み、袖で涙を拭いた。それからは、いつもの調子に戻ったようだった。

「シャルロッテ、この度はベアトリーチェを助けてくれてありがとう。そしてごめんなさい。私はあなたのことを──」

『終わったのなら早く援護にきてくださいません!? わたくしを殺す気ですの!?』

 三人が空を見上げると、そこにはノヴォトニーと同じようにマナのアサルトライフルを二丁構えるエイヤ=リーサの姿があった。

「い、今いくわ! それまで持ちこたえて!」

 慌てて援護に向かう蘭子の後ろを二人は追い掛けた。

「しっかし、エイヤは本当に天才だよね。生成するのが難しい銃を、しかも二つも同時に使うなんて」

 ベアトリーチェは、横を飛ぶシャルロッテにそう言った。

「はい。あの子は、もっともっと強くなりますよ。お兄さんを越えてしまうかもしれませんね?」

「いや~、あの人は越えられないでしょ。あのハルトマンを一人で退避させた男だよ?」

「そういえば救援要請をしてましたね。ちゃんときてくれたんだ……」

 あの日の戦いは、駆け付けたエイヤ=リーサの兄が終わらせたらしい。

「私達も負けないように頑張りましょうね、ビーチェ!」

「うん!」

 四対一となったノヴォトニーは、明らかに不満そうな顔で舌打ちした。

「結局、お前はそちら側に付くのだなシューマッハ」

「……私は守護騎士ヴェヒターなので」

「……分かった。ならば安らかに眠るといい!」

 ノヴォトニーはカッと目を見開き、武器庫を一度に十開いた。クロスした両手の先にある武器庫からアサルトライフルを取り出し、発砲する。

「あの弾幕はしっかり見てれば避けれるわ。一気に距離を詰めて叩くわよ」

「「「了解!」」」

 シャルロッテ達は、ノヴォトニーを囲むように散り散りに飛行した。直線上に味方がいない者は、適宜発砲もしている。

「図に乗るなよ人間どもがぁ!」

 ノヴォトニーが回避する先にはあらかじめ開かれていた武器庫があり、彼女は毎度異なる種類の武器をそこから出していた。

「隊長~! これじゃジリ貧ですよぉ!」

「くっ……! 私が切り込むわ! 隙を見つけてあなた達が始末して頂戴!」

 蘭子が刀を構えて突っ込んでいった。

「おい、対空機銃を止めるな! 撃て撃て撃てー!」

 ノヴォトニーは発砲を促したが、辺りには静寂が広がったままだった。

「私の命令が聞けぬのか──」

 ノヴォトニーは横を向いている船の姿を見て、 言葉を詰まらせた。隣には平べったい船がおり、そちらはまだピンピンしているといった様子だった。

『アドミラル・シェリア、一隻撃破しました! 対空戦は苦手なので、安全なところへと退避させてもらいます!』

 アドミラル・シェリアの艦長こと、キリエ・カレルギスがそう告げる。すると、彼女の乗船している装甲空母は一八〇度旋回し、早々に戦線からの離脱を試みた。

「おのれおのれおのれぇ! お前達だけは必ず倒す! ククク……準備は既に整った」

 ノヴォトニーは、自身の頭上に軍艦一隻程度なら収まりそうなほど巨大な魔法陣を展開した。そこから顔を覗かせるのは無数の銃器達で、それらは赤いマナによって操作されていた。

 何か嫌な予感がする──直観的にそう判断した蘭子は、魔法陣によって更なる速度上昇をし、ノヴォトニーの胴体目掛けて刀を突き出した。

 ノヴォトニーはそれを素手で掴む。溢れ出る血液など、既に彼女の脳みそは認識していなかった。

「これを準備するのには少々時間が必要だったのだ。見せてやろう。私のとっておきを!」

 ノヴォトニーは刀を後方に引き、蘭子を自分に近付かせた。その後、刀から蘭子の腕へと持ち替え、空高く腕を持ち上げる。

 ノヴォトニーの怪力に為す術なく放り投げられた蘭子の眼前には、先程出現したばかりの巨大な魔法陣が広がっていた。

「一斉射撃! これが私の【終わり無き驟雨(レッヒェンシャウアー)】だっ!!」

 主なき銃器達は、まるで生きているかのように銃口を蘭子に集中させた。そして。

「早く下がらないと──!」

 蘭子が後退するよりも先に引き金が動いた。万事休す。絶体絶命。シャルロッテが戦死者特有の力技で助けに向かうが、それももう間に合わない。誰もが蘭子の死を確信したその時だった。

「え──」

 身体に無数の穴を穿たれたのは、蘭子ではなくノヴォトニーだった。

 脳の処理が追い付かないノヴォトニーは、しばらくの間俯いたまま動こうとしなかった。

 その隙に、シャルロッテは蘭子を後ろに下げた。

 ノヴォトニーは血を吹き、魔法陣の上で膝を付く。

「どういうことだ……!?」

 自分が撃たれたことは理解したが、その方法が分からないノヴォトニーは苦しそうにそう言った。

 その問いに答えたのは、最年少の白髪の少女だった。

「わたくしの弾は一度きりではありませんわ。一粒で二度美味しいというものですわね」

 エイヤ=リーサが後ろ髪を掻き上げながら自信満々に言った。

「なるほど、把握した。しかしながら、なにゆえこのタイミングで……?」

「そんなの決まっていますわ。油断が垣間見えたから──ですわね」

「仲間が窮地に陥っているというのにこいつは……」

 ノヴォトニーはフッと笑った。

「認めよう。私はお前達には敵わぬ」

「では、自然の理に従って、あの世へと旅立ちなさい」

「うむ、そうさせてもらう……お前達もろともな!!」

 ノヴォトニーは強引に目に巻いた包帯を外した。彼女の両目には眼球がなく、代わりに右目にだけ青いマナが埋め込まれていた。

「私の願いは人間の絶滅! 我が両の眼を奪ったお前達は絶対に許さない!」

 ノヴォトニーは右手で青いマナを抉り出し、それを小さな魔法陣へと変換した。

「戦死者ってマナが赤くなるんでしょ!? どういうことなの!?」

「聞くな! 聞かずとも直に分かることよ。さぁ最期の日の続きを始めようじゃないか! キルシュナーよ、お前の代わりに私が殺してやるぞ!」

 ノヴォトニーが両手を広げると、魔法陣から丸い鉄の塊が出現した。大きさは野球のボール程度だった。

「あぁキルシュナーよ。消えゆく私に器を授けてくれてありがとう……! お前の記憶は私を苦しめたが、同時に生きる目標を与えてくれた。ありがとうキルシュナー。私もすぐにそちらへ向かう──」

 ノヴォトニーはそう言って天を仰いだ。その目からは涙が流れているようにも見えた。

「──起爆」

 直後、球体が激しく爆発した。

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