金の天使と黒の悪魔

 一人取り残されたシャルロッテは、今の自分にできることを模索した。しかし、保護室に閉じ込められている今、彼女にできることなど一つとしてなかった。

 シャルロッテは、諦めてベッドに横になった。少し硬めの寝心地のよくないベッドが、お前には寝る資格もないと告げているように感じられた。

 上に伸ばした手のひらに、魔法陣を出現させる。

 やはりそれは青色ではなく、赤色だった。

「はぁ……」

 溜め息を吐いて身体を横に向けたその時、鉄格子の方から物音が聞こえてきた。

 出撃令が下ったこの時に、保護室までやってくる人などいるはずもない。シャルロッテは起き上がって、鉄格子の外を覗いた。

「わお! びっくりした!」

 金髪ショートヘアの女性が、ぴょんと後ろに飛び退いた。

「カチューシャさん!」

「エカテリーナさんねー。これでも私の方が上司なんだから」

「サイレン鳴ってましたよね? どうしてここに?」

 シャルロッテが疑問を口にすると、エカテリーナはポケットからあるものを取り出した。

「こうするためだよ」

 エカテリーナは左手の人差し指を口の前で立てながら、器用に片手だけで解錠した。

「……怒られますよ?」

「だから黙っててほしいんだよね」

 何故エカテリーナが危険を冒してまでこのようなことをしたのか──シャルロッテにはまるで理解できなかった。

「それじゃ、私も出撃するから」

「待ってください! 脚はもう平気なんですか?」

 シャルロッテが命を落とした時──正確には、シャルロッテが入隊した一年前の時点で、エカテリーナは戦闘による負傷によって出撃を止められていたのだ。当時はこのように歩くこともままならず、最悪の場合はもう二度と大地を踏みしめられないかもしれないとまで言われていた。

エカテリーナは笑った。

「目覚めたんだよね、能力」

 エカテリーナはもともと、親のコネで守護騎士ヴェヒターになった一般人だった。持っているマナの量も少なく、訓練も積んでいない貧弱な肉体だった彼女は必死に特訓し、遂に出撃を許されるほどにまで成長した。一部では、マナを持たない者を空に出すわけにはいかないと言われていたそうだが、その声はすぐに押し潰された。結果論だが、この発言をした者の方が正しいことを言っていたということになる。

「超再生って言うのかな。受けた傷がね、すぐに治っちゃうの」

 その名は【巻き戻る時計(アヴァロンアールツト)】。マナがある限り、何人たりともエカテリーナを倒すことは叶わない。

 シャルロッテは、最弱の仲間が最強の異能力を手に入れたことに歓喜した。

「凄いじゃないですか! もう、私の助けはいりませんね」

「シャルの助け……ね」

 物憂げな表情になったエカテリーナを見て、シャルロッテははっとした。

「そ、そうでした。何故か、カチューシャさんの脚は治せなかったんですよね、私」

「何でだろうね?」

 エカテリーナは、返答を聞く前に駆けていった。


 鍵こそ開けてもらったものの、勝手に出ていくのは流石にまずいと思ったシャルロッテは、再びベッドの上に座っていた。そして考える。

 自分は本当にシャルロッテ・シューマッハなのか。枯れぬ花園リリジャスガーデンはどこにいってしまったのか──

 その時だった。

『シャル、聞こえる!?』

 ベアトリーチェからの魔法通信──これが使えるということは、戦死者ヘルトシャルロッテのマナは守護騎士シャルロッテのマナと同一ということだ。

「どうしたんですか、ビーチェ!?」

 ベアトリーチェの早口に驚いたシャルロッテは、ベッドから飛び起きた。

『よかった、出てくれた……まず始めに、隊長を説得しきれなくてごめんね。こんなこと言っても何にもならないけど、私は今のシャルも大好きだよ』

「……突然どうしたんですか?」

『シャルと過ごした時間は私の宝物。あなたに出会えて本当に本当によかった』

 二人の会話は全く通じていなかった。それもそのはずだ。ベアトリーチェはシャルロッテと話をするために魔法通信をしているわけではないのだから──

『二人でお揃いのリボンを買いにいったこと、覚えてる? なくしちゃうなんて酷いよ。高かったのにぃ!』

「……また買いにいきましょう?」

 この時シャルロッテは、ベアトリーチェの置かれている状況を把握していた。

 籠の鍵を開けてくれたエカテリーナに感謝しつつ、シャルロッテはアドミラル・シェリアの甲板に降り立った。

『……そう、だね』

 少女の寂しい声が脳内に響き渡る。

『あのさ、気付いてないっぽいから言うけど、私今死にかけてるんだよね』

「知ってます。今から助けにいきますので、現在地を教えてくれませんか?」

『助けにって、鍵はどうするのさ!?』

「詳しい話は後ほど。今はビーチェを助けることに専念させてください」

 アドミラル・シェリアの搭乗員が、甲板に立つシャルロッテを警戒している。中には彼女の方に銃を向けている者もいた。だが、今のシャルロッテには彼女らの姿など目に入っていなかった。

 シャルロッテは今、一人の少女を救うことだけを考えている。他のものは認識するだけ体力の無駄だ。

 落ち着いた声のシャルロッテに倣って、ベアトリーチェもはっきりとした口調で言った。

『シェリアの甲板から二時の方向に、でっかい島があるんだ。ざっと五キロメートルくらい飛んだかなぁ』

 シャルロッテは、アドミラル・シェリアの進行方向へと飛んだ。守護騎士の時よりもずっと速いスピードで。

「これが赤のマナですか……」

 シャルロッテは戦死者のマナを、荒々しいがとても力強いものだと感じていた。そして、少々後ろめたく感じていたこの赤色に、感謝の念を抱いた。

『そこに私はいるよ。戦死者が二人と随伴艦が一隻。後戦闘機がいっぱいいるから気を付けて』

 ベアトリーチェの言葉通り、一つの島を取り囲むように様々な人と鉄が光るものを撃ち合っていた。その中心にベアトリーチェがいるとなれば、救出するのは簡単ではないだろう。

「戦場、捉えました。あっ、ビーチェに一つ言っておきますね。原則、が護衛してる艦も戦場に向かうことになるので、○時の方向に○キロメートル進んだところーという情報は役に立たないことが多いです。次回からは気を付けてくださいね」

 ベアトリーチェが初めて護ることになったアドミラル・ロンドは補給艦だった。なので、基本的に戦闘には参加せず、生き延びる立ち回り、特に遠方での待機行動を優先していた。だからベアトリーチェにこのような癖が付いてしまっていてもおかしくはない。

 しかしながら、今護衛しているアドミラル・シェリアは、戦闘に特化した装甲空母だ。

 他の空母ならいざ知らず、この艦は魚雷を撃てる異能力者を山ほど積んでいる。どうやら、守護騎士の天敵たる軍艦を、彼女らの代わりに沈めるためらしい。敵艦を沈めるためには、ある程度の接近が必要となる。進行方向も変わるし、敵との距離だって縮まるということだ。

 余談だが、この大胆な戦術を編み出したのは、他でもないアドミラル・シェリアの核たるシェリアらしい。

「以後気を付けます……」

 以後──シャルロッテが今一番聞きたかった言葉だ。

 そうこうしているうちに、シャルロッテは目的地である島付近まできていた。

 上空を飛ぶ戦闘機を幾つか落としながら、島への着地を図る。

「待て!」

 シャルロッテが魔法陣を展開しようとしたまさにその時、包帯で両目と首を覆っている戦死者の少女が彼女を呼び止めた。

「初めて顔だな。救援か?」

 幼い声で少女はそう問い掛けた。

 シャルロッテは考える。あえてここで敵対する必要はないと。

 より迅速かつ安全にベアトリーチェを救出するためには、戦死者との交戦を避ける必要がある。

 シャルロッテは問いにこう答えた。

「はい。たまたま近くを飛んでいたので、お手伝いしようかなと思いまして。あっ、申し遅れました。私はシューマッハ。よろしくお願いします!」

 シャルロッテがそう言うと、少女は嬉しそうに笑って、

「それはありがたい! 私はノヴォトニー。人類を最も憎んでいる戦死者だ!」

 と言った。

「今はあの島に一人の守護騎士を追い込んでいたところだ。この火炎放射器で島ごと焼いてやるつもりだぞ!」

 ノヴォトニーはおもちゃを見せびらかす子供のように火炎放射器を手に持った。それは戦死者のマナによって改造されており、性能が未知のものとなっていた。

 シャルロッテは、この危険なものをどのようにして取り上げるか思慮を巡らせた。導き出された答えはこれだ。

「わぁ、格好いいですねそれ! よかったら、その仕事を私にやらせてもらえませんか!?」

「そうしてやりたいのは山々だが、お前の実力が分からない以上、この任務を任せるわけにはいかない」

「ですが、ノヴォトニーさんが空で戦わないと勝つのは厳しくないですか? 見た感じ押されてますよね?」

「然り。だからお前が空で戦え。戦死者となっているのだ、私ほどではないにせよ、実力は十分にあるのだろう?」

 幼い見た目に反して、ノヴォトニーはこれでもかというほど慎重だった。

 次の策を練るシャルロッテだったが、どれほど考えてもノヴォトニーを納得させられる案は思い浮かばなかった。

 ならば最終手段だと、シャルロッテは武器庫を開いた。しかし、そこから武器を出すには至らなかった。

「この裏切り者がぁぁぁ!!」

 蘭子がマナの刀で二人を攻撃してきたからだ。

 シャルロッテとノヴォトニーは左右に割れるように飛び、蘭子の攻撃を回避した。

「戦死者め。私がぶっ殺してやる!!」

 蘭子にはシャルロッテしか見えていなかった。

 信じるか信じないかの瀬戸際にいた蘭子は、その対象が戦死者と仲良く会話をしている姿で確信を持った。こいつは戦死者だと。

 蘭子の猛攻に押されるシャルロッテ。彼女は決して反撃しようとはせず、ただ回避と防御を繰り返していた。

「そのまま引き付けていろ!」

 ノヴォトニーはそれを、シャルロッテが囮になってくれていると勘違いした。彼女が武器庫から出したガトリングガンの引き金を引くと、銃口から五月雨のように弾丸が射出された。

 シャルロッテは身体を捻って蘭子の近接攻撃を躱し、背後に回ってシールドを展開した。

「貴様、何のつもりだ!?」

 ノヴォトニーが牙を剥き出しにしながら怒号した。

 シャルロッテは何も答えなかった。

 数十秒の発砲の末、ようやく鉄の雨は止んだ。

 シャルロッテのマナは大きく減り、じきに戦闘続行が不可能となってしまうというところまできていた。

 そんな彼女の胸部を、一本のマナが貫いた。

「が……は……!?」

「早く落ちなさい……!」

 シャルロッテを刺したのは蘭子だった。

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