一章
世に返り咲く
人間が緊張する周波で奏でられる単調な音楽は、
守護騎士は、彼女ら新生軍艦を戦死者の魔の手から守るために存在している。故に、サイレンが鳴り響くということが新生軍艦の危機を意味すると断言できるのだ。
「最近、戦死者の出現間隔が短くなってきている気がしますわね……」
「その分早く世界が平和になると考えなさいエイヤ=リーサ」
「隊長は前向きですわねぇ」
守護騎士達は格納庫へと移動した。そして、そこにあるとても大きな魔法陣の上に並ぶ。
「出撃!」
蘭子が高らかにそう叫ぶと、彼女らの姿はあっという間に跡形もなく消え去った。蘭子らは、次の瞬間には新生軍艦の甲板上に転移していた。
「戦死者──絶対に殺してやる……」
「気を静めなさいベアトリーチェ。そう熱くなっていては倒せるものも倒せなくなるわよ」
ベアトリーチェは大きく深呼吸をし、心を落ち着かせる。
「いくわよ、あなた達。発艦します!」
新生軍艦アドミラル・シェリアの甲板に出現した青い魔法陣を蹴り、守護騎士達は天高く舞い上がった。
『敵は一時の方向にいるわ。でも、やけに静かなのよね……』
アドミラル・シェリアの動力源のシェリア・フォーサイスが、此度の戦闘の不審な点を述べた。
戦死者は基本的に、過去に撃墜された無人戦闘機や無人軍艦を連れて人間の前に現れる。少数ながら、あのハルトマンでさえ連れていた。
そういうわけなので、彼女らとの戦闘は非常に賑やかだ。今回のように、敵が一機たりとも空を飛んでいないなんてことは一度もなかった。いつもよりも慎重に行動する必要があるだろう。
「見えましたわ!」
マナで作った双眼鏡を覗き込んでいたエイヤ=リーサが戦死者を見つけた。
「あの姿は……」
訝しげに呟くエイヤ=リーサに、ベアトリーチェはこう問いかける。
「誰? 知ってる人?」
エイヤ=リーサは答えなかった。
肉眼でも戦死者の姿をはっきりと認識できる距離まで近付いた一行は、驚きのあまりその場で立ち止まってしまった。
「あはは……投降しまーす……」
両手を挙げて苦笑を浮かべる戦死者。結われていた髪こそ解けてはいるが、その姿はシャルロッテ・シューマッハそのものだった。
「シャル……? シャルなの!?」
ベアトリーチェは親友のところへと向かおうとする。しかしそれを蘭子が止めた。
「エイヤ=リーサ、ヴィルヘルミーナ。戦死者を捕縛しなさい」
「ちょ、ちょっと待ってよ隊長! シャルは仲間でしょ!? 捕縛なんて……!」
「シャルロッテ・シューマッハは死んだのよ。今私達の目の前にいるのはただの戦死者。捕縛、もしくは撃破以外の選択肢はないわ」
「そんな……!」
エイヤ=リーサとヴィルヘルミーナは頷き、銃口をシャルロッテに向けながらじわじわと近付いた。
「後ろ手でいいですか?」
捕縛される立場のシャルロッテは、自主的に腕を後ろに回して揃えた。
「……わたくしの名前を言ってみなさい?」
手首を紐で結びながら、エイヤ=リーサが問いかけた。
「エイヤ=リーサ。エイヤ=リーサ・カタヤイネン大尉であります」
エイヤ=リーサは目を泳がせた。
「……私は?」
トリガーに指をかけた銃をシャルロッテに向けるヴィルヘルミーナも質問した。
「お久しぶりですね、ヴィルヘルミーナ・ユーティライネン少尉」
ヴィルヘルミーナは震えていた。同時に、カタカタと銃が震えている。
「しっかり銃を構えないと、舐められちゃいますよ?」
ヴィルヘルミーナは顔を逸らした。その様子を見ていたシャルロッテは、再び苦笑いをした。
エイヤ=リーサが紐を結び終える。
「拘束完了。隊長、どうしますの?」
「帰投するわ。彼女には色々と聞くことがある」
シャルロッテは地下の保護室に幽閉された。扉こそ鉄格子だが、中の環境自体は悪いものではない。室内は埃一つなく、ふかふかではないもののベッドが用意されている。トイレは様式で、洗面所も備え付けられていた。
「あなたには聞きたいこと、言いたいことがいくつかあります。許可が下りたらまた会いましょう」
エイヤ=リーサが立ち去ろうとしたその時、
「離してよ隊長! 私はシャルに会わなきゃいけないの!」
「危険よ。殺されるかもしれないわ」
「シャルはそんな子じゃない!」
「彼女はシャルロッテじゃない。戦死者よ」
「隊長……最低っ!」
蘭子とベアトリーチェのやり取りを聞いたエイヤ=リーサは、こちらを振り返って肩を竦めた。
「あはは……エイヤはもう行ってください。もうすぐここも戦場になるでしょうから……」
「お言葉に甘えさせて戴きますわ。ごきげんよう」
立ち去ったエイヤ=リーサに、予想外の出来事が降りかかった。
「ねぇエイヤ! シャルはシャルだよね!?」
「あなたなら分かるでしょうエイヤ=リーサ。彼女は戦死者だと」
シャルロッテは、十六歳と十八歳に責められる十二歳の少女を不憫に思った。
数分間の死闘の末、保護室の中に三人の少女が入ってくることになった。
白髪の幼い娘はげっそりと疲弊していたが、シャルロッテには微笑みかけることしかできなかった。
「これより、尋問を始めます」
シャルロッテをベッドに座らせ、彼女の真正面に立った蘭子がそう宣言する。
手にはマナの銃が握られており、シャルロッテが少しでも不審な動きを見せればいつでも撃ち抜けるといった状況だ。
「よ、よろしくお願いします……」
この尋問には不安しかない。シャルロッテはそう思っていた。
「まず、あなたの名前を教えてください」
「シャルロッテ・シューマッハ。階級は中尉でアドミラル・ロンドの守護騎士をやっていました」
シャルロッテは聞かれた以上のことを答えた。一刻も早くエイヤ=リーサをこの場から解放してやりたかったからだ。
「ほら! やっぱりシャルだよ!」
ドヤ顔で蘭子を指差すベアトリーチェを無視して、彼女は質問を続けた。
「あなたはハルトマンの手によって殺害されました。この一文に異論はありますか?」
「……ありません」
シャルロッテはハルトマンに頭部を掴まれ、アドミラル・ロンドに抱擁されながら命を落とした時のことを思い出した。あの時の恐怖を、痛みを、決意を。
「分かりました。では最後に、マナを放出してください」
「隊長!?」
項垂れていたエイヤ=リーサが勢いよく頭を持ち上げ、驚きを込めた声色でそう発言した。
「聞こえませんでしたか? マナを放出してくださいシャルロッテ・シューマッハ」
「……分かりました」
シャルロッテは、赤い魔法陣を出現させた。
「赤──戦死者のマナの色ですね」
守護騎士のマナの色は海と同じ青。対する戦死者のマナの色は鮮血のように赤い。これは守護騎士にとっての常識だった。
蘭子は引き金に指を当てた。
「待ってよ隊長! この子はシャルの記憶を持ってた! シャルしか知らないこともだよ!?」
「そうね。でも彼女が戦死者であることも事実。私達は戦死者を殺すのが仕事よ」
「……たとえそれがかつての仲間でも?」
「……そうよ」
血も涙もないなぁと、シャルロッテはまるで人事のようにそう思っていた。
「そういえば、【枯れぬ花園】はどうなりましたの?」
「それが、どうやら使えなくなってしまったようなんです」
「そう……ですの。あの能力には何度も助けてもらいましたのに……」
エイヤ=リーサはその場で頷いた。その表情は暗く、まるでもう一人仲間を失ったかのようだった。
「枯れぬ花園が使えない──なるほど、合点がいきました。つまりあなたはシャルロッテの記憶を持った小癪な戦死者というわけですね」
「隊長!」
「ベアトリーチェ。もし二人のシャルロッテがあなたの前に現れたとしたら、あなたはどうやって本物を見分けますか?」
ベアトリーチェは強く言い返した。
「いっぱい質問する! 一緒に買ったリボンのこととか、シャルの好きなカフェのスイーツの話とか!」
「どちらも同じ記憶を共有していたら?」
「それは、その……」
「異能力は一人につき一つ。二つとして同じものは存在しない。つまりこの問いの答えは二人に枯れぬ花園を使わせる、よ」
ベアトリーチェは何も言い返さなかった。いや、言い返せなかった。その代わりに、彼女は新たな質問を投げかけた。
「どうして隊長はそこまでこの子をシャルだと認めないんですか?」
蘭子は一番聞かれたくなかった質問に動揺し、肩を動かした。その後すぐに、揺れ動く心を静めるために息を吐いてからこう言った。
「彼女が私の目の前で亡くなったからよ」
自分の発言がトリガーとなったのか、蘭子は次々と胸の内を打ち明け始めた。
「私を庇ったシャルロッテは、そのまま私の前を落ちていったわ。あなたは知らないでしょう? あの子、踏ん張るために一度足裏に魔法陣を展開していたのよ……?」
ベアトリーチェが息を呑む。
「でも耐えられなかった。その時あの子の足元から何かが折れる音が響いたわ」
蘭子は頭を抱え、目を見開きながら下を向いた。
「あの子は落ちていった。私はその光景から目が離せなかったわ。あの子がこちらを見ていたから。そしてこう言ったの──」
「──ごめんなさい」
シャルロッテは言った。途端、蘭子は銃を消し彼女の胸ぐらに掴みかかった。
「あれは何なの!? 私に対する呪い!? お前が自分を殺したんだって言いたかったの!?」
「隊長、落ち着いて……!」
エイヤ=リーサが必死に蘭子の手を振り解こうとする。シャルロッテはそんな彼女の眼前に手を挙げ、止めるよう促した。
「違いますよ隊長。私にそんな考えはありませんでした」
「そう、無自覚だったのね。でも私はその無自覚のせいで苦しんでたの……毎晩毎晩毎晩毎晩あなたが私の前で死んでいくのよ!!」
「それは……ごめんなさい」
「その声で──その姿で謝らないで!!」
蘭子は心の底から叫んだ。
「だから私には痛いほど分かる。私の大好きなシャルロッテは死んだんだって! いい? もう一度言うわよ。シャルロッテは死んだの! あの子の姿はもう見られないはずなのよ!!」
誰よりも死を実感したからこそ、誰よりも目の前に死人がいる事実を受け入れられない。蘭子の冷たい態度は現実逃避の現れだったのだ。
「……熱くなってしまったわね。私はあなたをシャルロッテだとは認めない。言いたかったのはそれだけよ」
急にいつもの冷静さを取り戻した蘭子は、そう言って保護室を出た。
残された二人は、居心地が悪そうに互いに顔を見合わせていた。
「私のせいで、嫌な思いをさせてしまいましたね。ごめんなさい……」
「気にすることはありませんわ。隊長の気持ちもよく分かりましたし」
「隊長はああ言ったけど、私はシャルのことを信じてるから……」
シャルロッテは目に涙を浮かべた。そして、自分がこの部隊に配属されて本当によかったと思った。
「いつか、隊長もシャルのことを分かってくれるよ。だから──」
辺りにサイレンが鳴り響いた。
「行きますわよ、ビーチェ」
「うん、エイヤ!」
二人は保護室を飛び出した。きちんと鍵を掛けて。
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