New Sky
名無無名
序章
散り逝く花
「シャル! 右舷からくるよ!」
「了解!」
シャルロッテ・シューマッハは、足裏に青い魔法陣を出現させ、それを強く蹴った。魔法陣は衝撃に反応し、彼女の身体を弾き飛ばす。
シャルロッテは凄まじい速さで前進し、あっという間に
彼女はマナの剣を構え、戦死者の胴体を二つに分けた。
「まずは一人……!」
シャルロッテは落ちる戦死者の後方で身体を捩り、エイヤ=リーサ・カタヤイネンが足止めをしている戦死者の方へと飛んだ。
「ちっ、同志が一人落とされたか……」
ハルトマンと名乗る長髪の少女は、後方から迫ってくるシャルロッテを見て舌打ちした。
「よそ見厳禁ですわよっ!」
齢十二にして少佐の地位を手に入れた少女エイヤ=リーサがマナの銃を発砲する。
ハルトマンはそれを視界に捉えることなく、しかも最小限の動きで回避した。
「カタヤイネン。お前の攻撃は素直すぎるんだよ。毎度毎度頭ばっかり狙ってりゃ、当たるもんも当たらねーよ」
「……アドバイス感謝しますわ。ですが──」
エイヤ=リーサはニッと笑い、その場にしゃがみ込む。直後、彼女が撃った全てのマナの弾丸が、エーリヒ目掛けて再度動き始めた。
「何ィ!?」
油断していたエーリヒは咄嗟に回避することができず、被害を抑えるための防御態勢に入った。腕と赤い魔法陣で急所を保護する。
彼女の身体からは、人間と同じ赤い血液が吹き出していた。
エイヤ=リーサの攻撃が止むと、ハルトマンは憎悪のこもった声で、
「やるじゃん……!」
と言った。
ハルトマンは飛んできたシャルロッテの腕を掴み、でんぐり返しをするかのようにエイヤ=リーサの方へと投げ飛ばした。
「わっ!」
「っ──!」
ハルトマンを斬るために剣を構えていたシャルロッテは、刃を向けてエイヤ=リーサと接触した。彼女の剣は仲間の胴体を裂いてしまった。
「消えろッ!!」
ハルトマンはマナの武器庫から取り出した旧世代のアサルトライフルを二人に向けて発砲した。
シャルロッテはエイヤ=リーサの小さい身体を支えながら、素早い動作で上空へと移動した。
貫いたままの剣を引き抜き、エイヤ=リーサに謝罪の言葉を述べる。
「ごめんなさい、エイヤ! すぐに治しますから……!」
シャルロッテの言葉通り、エイヤ=リーサの胴体に刻まれた傷跡は瞬く間に消滅した。残ったのは身体と同時に裂かれた服に空いた穴だけだった。
「【枯れぬ花園(リリジャスガーデン)】……その回復力は健在ですわね」
シャルロッテの能力は、枯れぬ花園と名付けられた。彼女の身体から溢れ出す莫大な量のマナには、生物の傷を瞬時に治癒する力がある。効果はシャルロッテに近付けば近付くほど強くなり、効果範囲は彼女を中心として半径約一キロメートルに及ぶ。
枯れぬ花園の神髄は、既に生物であることを捨てている戦死者には効果がないというところにある。ノータイムかつマナの消費なしで回復を行えるシャルロッテは、戦死者と戦うために生まれてきたと言っても過言ではない異能力者と言えるだろう。
「ほう。いいものを持ってるじゃねーか。んじゃ、アタシも一つお見せしてやろうか」
ハルトマンはシャルロッテらを追撃せず、遥か上空へと飛び去っていった。
「待ちなさいっ!」
魔法陣を展開し、後を追おうとするエイヤ=リーサを、シャルロッテが制止する。
「待ってくださいエイヤ。私達では彼女の上昇速度に追い付くことはできません。ここは他の人と合流して、より生存性の高い迎撃準備をするのが懸命だと思います」
「くっ……分かりましたわ」
エイヤ=リーサは類稀なる戦闘の才能を持っているが、中身は年相応だ。なので、年長である周りの人々が道を示してやる必要がある。今回はその役目をシャルロッテが担った。
「
『ヴィルヘルミーナと一緒に、両足義足の戦死者と交戦中よ。相手の攻撃は正確だけど、移動速度は大したことないからすぐに終わるわ』
蘭子の得意とする戦闘スタイルはドッグファイト。確実性はあるが消耗が激しく、長期戦は不向きだ。
ヴィルヘルミーナ・ユーティライネンは、異能力を活かしたオールラウンダーだ。蘭子と組んでいるのならば、中距離以遠からの援護をしていることだろう。
「エイヤと共にそちらに向かいます。上空に戦死者が一人いるはずなので警戒してください」
『了解。そいつも私が落としてあげるわ』
「あはは。無理はしないでくださいね……」
蘭子の好戦的な性格を見ていると、彼女が軍に入隊した理由がよく分かる。
「あの戦死者の姿は見えません。今のうちに合流しますわよ!」
「はい!」
シャルロッテとエイヤ=リーサは蘭子のマナを感知し、そちらに向かって移動を開始した。
「やれやれ。しつこいお嬢さんだ」
義足の戦死者が呆れるように呟いた。
「ヴィルヘルミーナ、援護を」
「……ん」
ヴィルヘルミーナは、蘭子に追われている義足の戦死者の少し前方にマナの弾を発射した。
それを回避するために、彼は一瞬速度を落とす。
「今のは見越し射撃かい? うちのラルの方が上手いね」
「……おつ」
戦死者の嘲笑に、ヴィルヘルミーナはこの二文字を返した。
「かれ様!」
残りの文字を蘭子が補完する。彼女は戦死者に向かって弾丸の雨を浴びせた。
「ぐっ……!」
なかなか落ちない戦死者に痺れを切らしたのか、ヴィルヘルミーナも発砲に加わる。
「後少し……!」
彼のこの発言が何を意味するのか。彼女らはそれをすぐに理解することになる。
「よくやったぞバーダー!」
刹那、上空からハルトマンが急降下してきた。
彼女の瞳は蘭子を捉えており、また伸ばされた右の手もそちらを向いていた。
間に合わない。もう蘭子が回避するのも防御用の魔法陣を展開するのも不可能な距離まで接近している。
それでも蘭子は瞼を持ち上げ、ハルトマンを睨み続けた。永久にハルトマンの脳内に自分の姿が残るように。
ハルトマンは一人の異能力者の頭部をがっちりと掴んだ。勢いは殺さずに、そのまま下降を続ける。
「シャルロッテ……?」
ハルトマンが掴んだのは羽原蘭子ではなく、二人と合流するために駆け付けていたシャルロッテ・シューマッハだったのだ。
シャルロッテは蘭子を庇うため、決死の覚悟で二人の間に割り込んだ。ただ守りたいという感情だけを持って。
「シャルー!!」
アドミラル・ロンドを護衛していたベアトリーチェ・デ・ルーカが、親友の愛称を叫んだ。
シャルロッテは声の方に視線を移し、優しく微笑んだ。
直後、ハルトマンはシャルロッテを投げるように手を離した。シャルロッテはアドミラル・ロンドの甲板に穴を穿ち、なお落ちていく。
艦の底まで落ちた彼女の肉体は砕け、抉れ、真っ赤に染まっていた。
自慢の回復力も既に機能しておらず、まるでそんなものは初めからなかったと思えるほどの静寂がそこにはあった。
……もう息はないだろう。シャルロッテの姿は、誰しもがそう思うほどボロボロだった。
だが、ハルトマンは追撃を止めなかった。両手を前方に突き出し、手のひらにマナを集中させる。
「さようなら。
「止めろぉぉぉ!!」
撃ち込まれるマナの光線。それはシャルロッテを焦がしながらアドミラル・ロンドに穴を開けた。
「甲板に被弾! 浸水しています!」
「……許さない。許さないっ!!」
ベアトリーチェは友の仇を討つためにハルトマンとの距離を詰めた。
「止まりなさいベアトリーチェ! 大佐が合流するまで時間稼ぎをするのよ!」
「私は、死ぬのなんて怖くない──! シャルの仇を討てるのならば、私は何だってする!!」
「そのシャルロッテのためにも、あなたは生きねばならないの!」
ベアトリーチェは前方に魔法陣を出現させ、その場で制止した。
「シャルロッテのためにも、あなたは戦わなければいけない。戦死者を全員殺すまでは死ぬのは許さないわよ」
「あん? つまんねーこと言うなよ羽原。せっかくお前の部下が有終の美を飾ろうとしてるってのになぁ?」
「黙りなさい戦死者。あなたには有終の美すら飾らせてあげないわ」
「大佐様の力があればアタシなんてイチコロってか? だっせーなお前」
蘭子は決してハルトマンの挑発に乗らなかった。いかなる時も冷静に──それが彼女の流儀だ。
「なら、こっちからいかせてもらうかぁ!」
ハルトマンは再び上昇した。
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