第3話

「あることを考えるんだそうです」山本はまた興奮し始めている。くどい説明はゴメンだが、今は山本しか彼女のことを知らないから聞く他ない。酒が進まぬうちに。

「何を考えるんだ?」

「昨日の事です」

「昨日の何を?」

「昨日の自分だそうです、自分」

「で?それだけか?」

「それだけです。それだけで、変わる」

「何が?」

「何が変わるのか、具体的には彼女にもわからないそうですけど、内面というのか、例えば爪とか言ってましたけど」

「爪?」

「そうです、爪が伸びない」

「はぁ?なんだそれ」

「彼女の爪は伸びないそうです。ここ数十年、爪を切っていないらしいんですが、伸びないから切らない」

「DNAの異常かなにかで老化しないのか?」

「そうかもしれませんね、でも、もっと不思議なのは、忘れてしまう事らしいんです」

「記憶喪失もあるのか?」

「ゴメンなさい、忘れるというより、記憶が変わってしまう」

「これはこれは、精神分裂症状気味だな」心配になってきた。いまさら俺が心配したってどうにもならないけれど。

「ある瞬間に記憶が変わって行くのがわかるんだそうです。徐々に記憶が塗り変わって行く、気持ち悪いんだそうです」

「なんだかオカルトだな」

「そうなんですが、不思議に辻褄が合うらしいんですよ」

「ちょっと待てよ。そんな込み入った話を駅前の立ち話で良く聞けたな」

「、、、ゴメンなさい、ルルさんに会ったのは一週前でして、それから2回ほど一緒に食事をしまして、そこで色々話を聞きました」なんで隠すんだ。

「なんで隠してたんだ?やましい事でもあるのか?」

「あります」ニヤニヤしてる山本は珍しい。

「まあどうでもいいけど」

「どうでも良くないでしょう?」

「ん?」

「知ってましたよ、ルルさんとの事は」

「…」知っていたのか山本は。

「研究室で知らなかった人はいませんよ」そうだったのか。


「それはそれとして、今回のルルさんに、いや、1人の人間に起きている事は、面白いことだと思いませんか」

「精神を病んでる件か」

「自分はそうは思っていません。実際、彼女の見た目は20代で、実年齢は42歳でした。そして」山本はもったいつけてる。

「そして?」

「ある実験をしてみたんです」

「どんな」

「一緒に食事はしなかったと、記憶を塗り替えてみる実験です。考えるだけだそうですから、やってみるのは簡単でした」

「なんだか、宗教じみてきたな」

「彼女が言うには、記憶が塗り変わったそうです。私と3回食事をした記憶が2回の食事に塗り変わった」

「3回です。私の記憶では2回しか食事はしていない」

「じゃぁ2回が正しい。だから彼女は精神に問題があるって事だな」

「本当に私の記憶が正しくて彼女の記憶が間違っている、病に蝕まれているのでしょうか。自信がなくなってきました」

「おいおい、山本、お前は正常だ。俺が保証する」


「そうだといいんですけど」山本の目には困惑が広がっている。こんな山本を見るは初めてかもしれない。

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