第9話

 一日置いた日曜日、夕方近くの喫茶店で、僕のひねり出した稚拙な計画について二人に話すと、二人はしばらく考え込むように視線をさ迷わせたが、やがて頷いた。

「いいよ、やろう」

「うまくいくかはわかりませんが、がんばってみます」

 良好な返答に、感謝しか浮かばない。

「ありがとう。本当に」

「でもその女性、――名前はなんと言ったっけ」

「工藤絵里です」

「その工藤さんと君がどういう関係かは、教えてくれないわけだね?」

「ええ、申し訳ないですけど。多分高円寺さんの能力を持ってしても、わからないと思いますよ」

「いや、今更君に対して使おうとは思わないよ」

「すみません」

「計画が万全だとは、正直思わない。人を殺しているようなやつだしね。おびき出すにも相当警戒されるだろう。でも、やるだけの価値はある。屑を罰して、その工藤さんを助けてやろう」

 高円寺は空元気にも思えるような軽薄な口調でそう言った。唐草凛は珍しく何も食べずにじっと話を聞き、しきりに頷きを繰り返している。時々、視線がどこかに向くが、恐らく話題に対する周囲の目が気になるのだろう。

 僕の計画において、もっとも重要な立ち位置を占めるのは、高円寺になる。はっきり言えば、唐草凛の役割は、彼女でなくてはならない、というほどのものではない。ましてや僕はこの計画に関して、全く能力を活かすことができない。それでもやってくれるというこの二人が、内心どんな感情を抱いているのかなど、到底わかりもしない。

 坊主頭を掻き毟りながら、高円寺は一枚の写真を懐から取り出した。

「ところで君の見た男はこいつで合ってるんだよな?」

 差し出された写真に視線を落とす。

 間違えようもない。

 僕は高円寺の目を見つめ、重く、頷いた。

 高円寺は頷きを返してから、続ける。

「早いほうが良いんだろうが、経歴を読むには多分一日はかかる。こいつ、相当濃厚な人生を生きているみたいでね。取捨選択するのも難しいから、おおよそ該当する時期を選んで読むとしても、そうだな、やっぱり一日はかかる。計画の実行はだから、あさっての火曜あたりが好ましい。君の見たビジョンから推察するに、郡山が工藤さんを殺すのは木曜日ごろだったか?」

「ええ。必ず、とは言い切れません。だから、火曜日は絶好の日取りだと思います」

「高円寺さん、その頃の経歴が読めたら、すぐに連絡をください。私も『その人たち』を探すのに時間がかかりそうですから」

「わかった。深夜になっても構わない?」

「ええ、起きてます」

「すまないね」

「いや、謝るなら僕ですよ。こんな、説明不十分にも関わらず、二人とも、本当に」

「いいんだ。君の知らないところで、いや凛ちゃんに関してはそうでもないけど、ともかく俺もね、救われてるんだよ」

 何の話をしているのかわからなかったが、唐草凜はどこか納得したような顔をしている。二人の間ではそのあたりの会話もあったのだろうか。まあ、構わないが。

 決行が火曜日に予定されると、早々に解散する流れになった。

 会計を済ませてから先に凜が帰り、僕と高円寺は二人になった。

 高円寺は商店街だろうが何も気にする風でもなく煙草を吸い始めた。

「本当にすみません」

「いいんだよ」

「本来ならこんなやり方、間違っているかもしれないのに」

「能力の使い方に関してなら、間違いかどうかなんて、俺たちしか持ってないんだから、判断もつけられないよ。俺たちがしたいと思ってしたことが正解なんじゃないのかな。興味もないし、意味もないさ」

 相変わらずの口ぶりだ。

 僕は横目で高円寺を眺めながら、決意を固める。

「あの」

 高円寺はこちらにちらりと視線を向けてから、煙を吐き出した。

「なんだ?」

「……高円寺さんに、一つ言っておかなければならないことがあります」

「どうした? 改まって」

「高円寺さんは多分、誤解していることがあるんです」

「誤解?」

「ええ。高円寺さんは、僕のことを偽善者だと言いましたよね? 他人に死の予告を、遠まわしなりともすることは、偽善だと」

「そんな風に言ったかな」

 とぼけたような表情を見せる。

 だがそれもこちらの真剣な眼差しによってか、すぐに消えた。

「でもね、違うんです。本当は――」このときの高円寺の顔は忘れられないだろう。「それでも、本当にやっていただけますか」

 長い灰がぽとりと落ちた。

 僕たちは知らず、立ち止まっていた。

 長い沈黙の後、高円寺は口元だけに、無理に笑顔を貼り付けたような、微妙な表情を見せた。

「やるよ。やるに決まってるさ」

「助かります」

 僕は久しぶりに心から、微笑むことができたように思う。

 郡山幸仁の居住地について教えてもらう。彼をおびき出すのは僕の役目なのだ。

 高円寺と別れ、電車に乗って家に帰った。

 布団に篭もり、二人から準備万端の合図が来るのを待ちわびた。

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