第6話

 モノクロのビジョンだった。

 女。男。口論の様子。包丁。

 見えたのはその程度だったが、問題は、僕にはその女性の顔に見覚えがある、ということだ。

「絶対に殺してはいけない」

 断言すると、二人はきょとんとしたが、瞬時に真剣な表情になった。

「私に出来ることがあるならばいくらでも手伝いますよ。一ノ瀬さんは私の恩人ですから」

「まあ、俺もやってやらないことはないぜ。凛ちゃんがやるならね」

「すみません、彼女に死なれては、僕は困るんです」

 見えた稚拙なビジョンを、彼らに説明する。恐らくまだ一週間は猶予があるはずだ。それでも、間違っても彼女を殺してはならないため、急がなくてはいけない。

 唐草凛には、見えた男の特徴を伝え、それについて心当たりのある死者は居ないか、調べてもらうことにした。高円寺にはそこから割り出された情報で導いた人物について調査し、顔が分かった段階で経歴を見てもらうように頼んだ。

 二人とはそこで別れた。とても楽しげに会話を続ける余裕はない。

 家に帰ると、帰宅の遅さに多少怒られたが、それもあまり耳には入らなかった。

 そこからは気の抜けたような長い夜を過ごした。

 途方もない夢も見たような気がする。

 翌日、学校が終わるとすぐに街に出た。そこでまた彼女に会えないものか、辛抱強く待ち続けたりしてみたが、あまり功を奏さなかった。

 そうしているうちに早々と唐草凛から連絡が入り、男のことが分かった、と言われた。すぐに高円寺に情報を回すように頼む。

 その日の夜には高円寺はとりあえず、簡単な情報を回してくれた。

 二人とも、真剣に向き合ってくれたのか、えらく仕事が速くて助かる。

「君が見たのと合っているかは分からないが、凛ちゃんから回ってきた男について分かったことを伝える。名前は郡山幸仁、年齢二十六。俺が言えたことでもないけど、定職には就いていない。ヒモみたいなことをして繋いでいるらしい。周囲からの評判はよくないな」

「そうですか」

「ここまでがとりあえず、自力による探偵調査の結果な。そこから、写真を手に入れて少しだけど経歴を読んでみた。この男、どうやら婦女暴行で逮捕歴があるらしい。それも一度や二度じゃない。相当な性悪男だ。一回は、そのまま殺しまでしてる。よく野放しにされたな」

「なるほど」

「君が見たって言うのがこの男である可能性が高いのは、間違いなさそうだ」

「ありがとう、助かります」

 通話を終えると、そのままベッドに倒れこんでしまった。

 重要な人物、大切な人間が死ぬかもしれないと、思ったことがなかった。死は当たり前にそこかしこに存在していると十分に理解していたつもりが、まさか自分の一番大切な人に訪れるわけがない、とどこかで思っていたのかもしれない。そうならば、無意識にしても、実に愚かなことだ。その辺の人間と変わりない。特殊な能力を持つこの僕が死を軽んじるなど、あってはならないことのはずだった。

 随分長い夜に思える。

 計画を立てなければならない。

 僕の大切な人を、死から回避させるための、取って置きの計画を。

 そのためにはなんとしてもまず、その郡山という男と直接会う必要があった。

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