第5話
種明かしをすれば、簡単な話である。
高円寺嗣彦にであったその日、そのあまりにも偽善者染みた提案に不信感を抱いた僕は、死者の声が聞こえるという唐草凛に頼んで、彼の母親が本当に僕の番組に出たのか(これに関しては凛には秘密にしている為説明に手間取った)、その八日後に死んだのかを調べさせた。十年も前の人の声を聞き取れるかは分からない、とは言ったが、実際に彼の母親が死んだのは今年の初めで、容易に嘘は見抜けた。
それから他の死者の手を借りて高円寺嗣彦についての情報収集も行った。大学を中退して以降働きもせずふらふらしている二十五歳だ、という情報はそこで仕入れた。手段は違えど、知ろうと思えばたいていのことは知れる。
今日もしも高円寺がよからぬ方向へ話を持っていこうとするならば(これはもちろん、僕が利用されると言うあってはならない事態に関してである)この作戦を実行しようとあらかじめ手を打ってあった。唐草凛は終始僕らの後をつけていて、こちらからの連絡(お金のやり取りをしている最中に机の下でそっと携帯を操作した)によって予定通りにことが運んだに過ぎない。
唐草凛の登場により全てを白状すると、高円寺嗣彦は怒る気力もなくしたのか、それとも単純に安堵したのか、だらりと椅子に腰掛けた。それから、くたびれた微笑を浮かべると、
「君たちも大層なことを考えるね」
と皮肉めいた口調で言った。
「悪いことをしたとは思いますが、あなたのしようとしていたビジネスも、悪いことですから」
「君には敵わんな。とことん偽善を振りかざすつもりか。発想が子ども過ぎる」
「偽善とは違いますよ。利用されるのが嫌いなだけです。僕は常に利用する側でいたい」
「ずいぶんひねくれたお坊ちゃんだ」
「あなたならその理由も分かるのでは?」
「……まあ、分からなくもない」
高円寺はすっかり項垂れた様子で、くゆらせる煙草の煙も、頼りなく消えていく。
凛は僕たちを見比べながら、様子を伺い、小声で聞いてきた。
「あの、パフェか何かを頼んでも……」
ため息しか出てこない。
唐草凛がパフェに喰らいついている間に、僕は高円寺との話を進めた。基本的に彼にはすでに僕の情報はインプットされているので、彼が話の主導権を握る形になった。お互いのプロフィールを把握しておくことは、今後利用するにあたり重要な要素になる。
とは言え、高円寺はおおよそ、昨日今日で嘘偽りを吐いたわけではなく、好きな子の経歴を覗き見たという変態的趣向も真実だったし、仕入れたのは出身地くらいなものだった。遠路はるばる、というのも嘘ではなかったらしい。
有益なものは一つもなかったが、この男の存在自体はずいぶん有益なのだろう。
「まあそんなところだよ。なあ、俺、もう帰ってもいいかな」
「駄目ですよ。あなたは今日から僕の支配下です」
「何でだよ」
「何でも言うとおりにするって言ったのは高円寺さんですよ」
「ひぇー、最近の若者って怖いな」
「あなたもまだ十分若者ですよ」
言いつつも、高円寺はすでにどこか吹っ切れているのか、厭らしさは感じなかった。
「まあ君の相方はずいぶん可愛らしい子みたいだし、そんなに悪い話でもなさそうだな」
当の唐草凛はいつの間にやらパフェを平らげ、それからぼんやりと視線をどこかに投げていたかと思うと、すっかり冷めた僕のコーヒーを飲んでむせた。
「コーヒーって嫌いです。苦いだけの飲み物を、どうして人は飲むのでしょうか」
「愚問だね、凛ちゃん」ここで初めて、高円寺は唐草凛に話しかけた。
「愚問ですか?」
「あらゆることに理由があると考えるのは、愚かだよ。大抵の物事は、あるべくしてある、それだけ。コーヒーもそう。飲みたいから飲む。なぜ飲みたいか、どうして飲むのかなんてことは、コーヒーの存在にはあまり関係がない。俺たちの力もそう。身についてしまったから持っているだけ。そこに理由や意味を見出すのは、それこそ無意味だ。だからこれをどう使うかだけを考えればいい」
「どう使うか、ですか。言いたいことは分かりますけど、あんまり気分の良い話でもなさそうですね、高円寺さんの場合」
「ああ、多分そうだろうね」僕も口を挟む。「この人は多分、ろくなことを考えてないよ」
「失礼だなあ君たち。俺だって、いろいろ考えてるんだよ」
「大学を辞めてふらふらしているくせに?」
「じゃあ君は、目的意識もないくせに大学に通っているほうがえらいと言うのか? 最近の若者ってただ就職するまでの、将来について考えるまでの時間稼ぎに大学に進むだけだろ。あるいは右向け右の理論かな。そこで得られるものってなんだ? 経歴の見える俺にとって、そういった流されただけの過去なんてくそほどの価値もないね。学歴とか職歴とか、生きていくうえでは重要視されるような物事が、俺にとってはそこかしこに溢れていて自由に見れる。学歴がよくても職歴がよくても、過去が消せるわけじゃない。どこぞの有名な社長さんも、若い頃はやんちゃしてたりね。そういうのが分かるんだよ。そんな企業に勤めたいとも思わないし、それなら学歴なんて必要ない。省かれたくないから、普通から逸れたくないからと固執するだけ、金と時間の無駄だね」
「金の無駄。うーん、それはいけませんね」
「だろう、凛ちゃんは話が分かるね」
「金のことだけですよ、この子は」
「失礼ですね」
そこからも下らない世間話が続いていた。
二人は馬が合うらしく、ずいぶん話が弾んでいるのをあえてさえぎる必要性も感じず、僕は一人窓の外を見ていた。
人々は今日も虚ろな安心に安堵して生きている。死は絶対にして、なおかつ真実ではないと、どこかで思っている。身近な人が死のうとも、自分にはそれは訪れないのだと、考えている。
下らない妄言だ。
と、そのとき、窓外の一人に関して、イメージがわきあがる。
思わず、派手な音を立てて立ち上がっていた。
「どうした?」
「なんですか?」
――今のは、今の人は。
「なんか見えたのか?」
僕はゆっくりと腰を下ろした。
――あの人が。あの人が死ぬのか?
そんなことがあるのか?
あっていいのか?
いや。
「……全ての物事に理由がないとしても、僕たちが出会ったことには理由があるかもしれません」
「何だ? どうした?」
「ビジョンが見えました」
「見えたんですか?」
「うん。どうしても助けたい人」
「どうしても?」
「僕の、大切な人です」
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