第1話 勇士達の世界
[勇士――それは選ばれた者のみが手にする事を許される称号]
[勇士――それは人類が唯一『妖獣』に対抗できる存在]
[勇士――それは決して諦めず、戦い抜く者]
[勇士――それは…]
などと、『勇士』である者達が、どのよう者なのか、長々と彫られた末に、最後に
[勇士達よ――決して恐れることなかれ。その勇気が、我らの未来を切り開くのだ]
…と、それを眺めていた少年は深く溜め息をつき、それらが彫られた板から離れようとした、その時。
「海斗くーん!」
海斗と呼ばれた少年がその言葉に反応し、振り向くより早く、少年の背後から走り寄って来た少女が、少年の背に抱きついた。
「おわっ!?」
体勢を崩した少年は、そのまま前に倒れ込みそうになるが、その板に手を付き、なんとか踏みとどまる。
「ってぇ...ってなんだ、お前か、華月…」
華月と呼ばれた少女は、少年から離れると、上目遣いで少年の目を覗きこみ、不満気に唇を尖らせる。
「だから~、華月じゃなくて、彩花って呼んで、って言ってるじゃない!」
ぷんすか!とでも擬音を発しそうな少女を無視し、少年は歩き出す。
「って、ちょっと待ってよ、海斗君~!」
その少女の声を残して…
――この世界は、滅ぶ運命にあった。
そう思わせるほど、この世界は、絶望に満ち溢れていた。
街は瓦礫の山に変貌し、空は赤く染め上げられていた。
以前は全く活動していなかったらしい富士山からは、時折火山灰が降り注ぎ、街を灰色に染め、
以前は比較的穏やかだったらしい太平洋からは、時折津波が押し寄せ、街を水で飲み込む。
大人たちは世界に絶望し、子供たちは生まれてきたことを嘆く。
――この世界は、そんな世界だった。
地平線、水平線の遥か彼方には、肌の色も、言語も全く違う人々が生きているらしいが、少年にはそれが信じられなかった。
少年がいくら腕の良い『勇士』だからといって、海を渡ることが出来る訳ではない。
だから、少年にはその真偽を確かめることができない。
――いつか、確かめることができるのだろうか。
水平線の彼方を見やり、少年はそんな事を考える。
「…海斗君?」
その思考は、隣に立つ少女、華月彩花に遮られる。
――華月彩花。
海斗と同じ勇士。とはいえ、この学園にいる限り、海斗と同じような少年少女たちは皆『勇士』という事になるのだが。
海斗は今、この学園での入学式を終え、1年生になったばかりだ。
それはこの少女も同じ。
この少女、華月彩花は、入学試験のあった2月、不運にも予期せぬ事態に遭遇し、命の危機にあった。
それを救ったのが、彼女と並び立つ少年。暁海斗。
本来なら3学年にならないと無いような、【疾風の双刃】等、多数の二つ名を既に所持している。
彼が、少女の窮地を救った。
しかしその少年は、少女の命を救ったというのに、誇ることも無い。
(――そういう所もカッコいいよね…)
救われた側の彩花は、入学し、海斗を見たその日から海斗に寄り添っている。
無事1年生になり、奇しくも同じ組になった彼らは、それからずっと共に出撃し、妖獣と戦ってきた。
その度に彩花は、海斗の勇士としての異様さを目の当たりにしてきた。
同じ勇士のはずなのに、まるで別次元の強さを、その目で追い続けてきた。
その度に、彩花はますます海斗に惹かれていった。
だが、彼自身の鈍感さゆえか、はたまたわざと気付かないふりをしているのか、彩花が彼にアタックを試みても、彼はただ軽くあしらうだけだった。
「むー、でもこれだけアピールしてるのに、ここまで無視されるものなのかなぁ…?」
「…どうした華月、何か言ったか?」
そう言う海斗に、またしても不満そうに、彩花が口を膨らませて言う。
「だから華月じゃなくて、彩花って呼んでって言ってるでしょ!」
そう言いながら海斗に詰め寄る彩花だが、それをいつもの様にという感じで、海斗が軽くあしらう。
「はいはい…もうすぐ教室着くぞ」
またしても無視された彩花は、頬を膨らませながら、海斗と並び歩く。
海斗と彩花が教室に入ると、一人の少年が声をかけてくる。
「よう海斗、横浜まで行った割には速かったな!」
その少年も、海斗や彩花と同じように、手の甲に紋章がある。
「…ああ。そういう渡瀬こそ、埼玉まで行ったくせにもう戻ってきてたのか」
その少年、渡瀬翔は、「まあな」と言いつつ、教室に目を向ける。
東京都郊外にあるこの学校は、妖獣による被害を受けなかったものをそのまま使っている。
その内装は2000年初期頃のものであり、ここ数十年の文明が停止していることを如実に表していた。
その教室には、たった今帰投した海斗、彩花、それと少し前に帰投した翔とそのパートナーである少女しかいなかった。
「他の奴らは…まだ戻って来てないみたいだな」
そう言って自分の座る席へと移動する海斗と、彩花がそれを追いかける。
「他の奴らは俺らと違って近場の任務だろうし、もう少しで帰ってくるだろ、多分」
暇なのか、手でペンを弄りながら言う翔。他の三人も、背もたれに体を預けて休んだり、机の整理をしたり、本を読んでいたりと、各々暇をもて余していた。
(というか、また渡瀬と…星谷だっけか、あいつらまた喧嘩したのか)
と、海斗がその少女、星谷夏美の方を見ていると、視線に気付いたのか、こちらを向く。
「…?海斗さん、どうかした?」
その言葉に、海斗は顔をしかめながら、
「あー…別にどうもしてないけど…」
と返す。
海斗は、勇士として、あまりにずば抜けたその才能の影響で、同学年の生徒たちからは畏怖や羨望、尊敬のまなざしで見られている事が多い。
本人の人付き合いの悪さもあるが、そういったこともあり、海斗には友人という存在が少数しかいなかった。
また、勇士としてあまりに優れているからといい、一部の生徒は海斗に敬語を使っていることがある。ただ、本人はこれをあまりよく思っていなかった。
(まあ、さん付けなのにタメ口なのは違和感があるが、そもそも人とあまり会話しないから、別にいいか…)
と、友人の少なさ故に、そんなことを思って流す海斗。
そして、自分の席でそれぞれの時間を過ごす四人だったが、翔の言った通り、近場での任務にあたっていたクラスメイトたちが戻って来ると共に、教室にも活気が出てくる。
こんな世界なのに、よく騒ぐ元気があるもんだ、と思いつつ、海斗はその喧騒の外で目を閉じる。
暁の双刃 ~運命に抗う者達~ 楼河 @rorga
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