8話 俺達の戦いはこれからだ!(最終話)
一瞬で間合いを詰めてきた奈月がメスを振るう。
それを雄一はトンファーで受け、受けた瞬間に後退した。
ゴトンと音がする。トンファーが半ばから絶たれ落ちた音だ。
斬鉄。
それが得物の特性か、術者の技量なのか、切り裂きジャックの能力なのかはわからない。ただこのメスをまともに食らうのはまずいと雄一は判断した。かすっただけでも腕一本斬り飛ばされそうだ。
「切り裂きジャックの被害者数にはいろいろな説があるんだけど確実とされるのは五名。みんな売春婦なんだけど切り裂きジャックの事件が始まってからだと言うのに部屋に自ら招き入れた形跡があることから犯人女性説なんてのもあるの。それと切り裂きっていうぐらいだから凶器は刃物で、被害者によっては高度に外科的な技術で臓器が摘出された形跡があることから医療関係者とも目されている……と、考えると武内さんは女で医療用メスで闘うってのはこれはこれでベタな感じよね」
雄一達の戦いをろくに見もせずに睦子は切り裂きジャックについての説明をしていた。
愛子も今更雄一の心配などしなくていいと思ったのか、のんきにそれを聞いている。
「でもジャックって男の名前じゃないんですか?」
「うん。だから女性説の場合は切り裂きジルとか切り裂きジェーンとも呼ばれているの。ジャックってのは日本語で言うなら太郎君みたいな感じね。ジェーンだったら花子さん?」
「あのな! そんな解説してる場合かよ!」
縦横無尽に襲いかかるメスをかわしながら雄一は叫んだ。
「ゆうくん、がんばれー!」
「坂木くん、がんばって!」
睦子と愛子が応援の声をあげる。そこに緊張感などまるでない。
何も心配されていないことに雄一はめげそうになった。
「でも坂木くん昨日は凄いスピードで動いて茨木くんやっつけたと思うんですけど、あれは使わないんですか?」
「一応使ってはいるのよ。ただ全開にしてないってだけでね。昨日の今日だし完全には回復してないのかな。それにゆうくんはあぁ見えていろいろ考えてるのよ。多分、武内さんの仲間を警戒してるんだと思うの。武内さん一人に力を使いきって動けなくなるのはまずいと考えたと思うわ!」
――その通りだが、一々解説すんな!
攻撃を回避し続けながら雄一は心の中で自嘲した。見透かされるのは何となく腹が立つ。
「へぇ、ほんと舐められたもんだわ……」
底冷えのするような声で奈月がぼそりとつぶやく。
攻撃が一段と加速した。
雄一は下手に攻撃をすることができなくなった。うかつに手を出せばそこを切られるだろう。それがあったので回避に徹していたがそれも危うくなってきた。
既に奈月のメスは目で捉えられる速度を超えていた。銃を捨てるだけのことはある、確実に銃弾よりも早い。
それが左右別々に変幻自在の動きを見せる。これを防ぐなど不可能と思えた。
雄一が今避けているのも半ば勘だ。これを続けていればいつかは捉えられてしまうだろう。
早めに打開する他ない。雄一は意識を集中させる。極限の集中の果て、メスが描く軌跡へと無造作に両手を突き出した。
「な!」
奈月が驚きに目を見張る。
雄一はは奈月の両手首を掴(つか)みとっていた。
*****
雄一が力を込めてくる。メスは奈月の手からこぼれ落ちた。そのまま握りつぶす勢いで力を込めてくるがそこまでは叶わない。二人は膠着状態に陥った。
「へぇ、ゆうくんの握撃に耐えるなんて大したものだわ! 弱降神(じやくふるかみ)状態だから握力二百キログラムは超えてるはずなんだけど。やっぱり妖怪の類なのかしら」
「何かボディーソープみたいな言い方ですね……」
暢気な会話が聞こえてくるが奈月にはそれを気にしている余裕などなくなっていた。
奈月は自らの斬撃に全てを委ねていた。アイデンティティと言ってもいい。それが彼女の本質だ。
それをかわされ続けただけでも信じ難いが、よもや止められるとは思ってもいなかった。
だがそれで放心してしまうわけにもいかない。戦いはまだ続いている。
奈月の両手は塞がれた。だがそれは雄一も同じだ。
奈月は考える。この状態から何をしてくるのか、頭突きか? 膝か? 場合によっては顎を打ちぬくような蹴りがくるかもしれない。密着状態からの攻防を一瞬で考える。
だが雄一の攻撃は奈月の想像を超えた。
上だ。
頭上から蹴りが降ってきた。
それは奈月の脳天を直撃する。為す術なく奈月はその場に崩れ落ちた。
*****
「え? 何ですか? え? あれ?」
愛子は今見たものが何なのかにわかには信じられなかった。
雄一が上体を前傾させ、右足を後ろへと跳ねあげる。爪先が弧を描き背中越しに奈月の脳天に直撃した。
人の体がそんなふうに動くなど愛子には思いもよらなかった。
「スコーピオンよ! スペシャルナンバーワンフィニッシュ! 柔軟性を活かして背中越しに相手を蹴るの!」
「……なんですかね、坂木くんの足が長いのが妙にむかつくんですけど……」
「どんなすごい技でもね、くることがわかってると意外に耐えられたりするものなの。でもあれは全くわかってなかった感じだわ」
雄一は膝をついた奈月を見下ろしていた。
奈月が顔を上げる。潤んだ瞳で見上げてきた。
「へ?」
「ひどいことしないで……」
「え、いや、お前が変な計画をやめるんならそれでいいんだけど……」
奈月の豹変に雄一は戸惑った。
奈月がゆっくりと手を伸ばしてくる。雄一はその手を掴み奈月を助け起こそうとした。
「ゆうくん! 駄目!」
睦子が立ち上がり叫ぶ。
奈月が立ち上がりざま雄一の手を引く。体勢がくずれた。
そこに容赦のない一撃、金的蹴りが叩きこまれた。奈月の変わり様に面食らっていた雄一にそれをかわす余裕はなかった。
奈月の蹴りは雄一の股間を直撃した。
*****
確実に捉えた。奈月は勝利を確信した。
雄一はただ立っているだけでも隙がなく正中線を防御できる姿勢を常に取り続けている。そこで奈月は油断を誘い無理やり体勢を崩し、たたらを踏ませ足を開かせた。
そこへ全力で蹴りを食らわせる。
なでるだけでも効く男にとって最大の急所だ。睾丸が破裂したかもしれない。下手をすればショック死することもあるだろう。
奈月は勝利の笑みを浮かべた。
だがそれも一瞬のことだ。次の瞬間にその笑みは崩れ去った。雄一の拳が奈月の顔面に突き刺さる。
奈月は地面に叩きつけられそのまま滑り鋼材の山に激突した。
「痛ぇだろうが!」
雄一は苛立ち混じりの叫びを上げた。
*****
「……えーと、その、坂木くん蹴られてましたよね……その、あそこを……」
愛子が言いづらそうに言う。股間が急所だということぐらいは知っていた。
「もう……ゆうくん、油断しすぎね。金的だったからよかったものの、代わりのメスでも飛び出してきてたら危ない所だったわ!」
安心したのか睦子はほっと息を吐きまた鋼材に腰掛けた。
「よかったんですか?」
「ゆうくん戦闘中はコツカケしてるから大丈夫よ。腹筋の操作で睾丸を体内に収納してるの」
「は?」
何を言われているのかさっぱりわからない。男の子の身体には詳しくないがそんなことができるものなのだろうか? 少なくとも保健体育でそんなことを習った記憶は愛子にはなかった。
「古流武術なんかでは体内操作に関する技術ってあるものなの。内臓の位置を動かしたり、内臓の機能を一時的に低下させたりしてその分を力に回すとか。コツカケはその中でも簡単な部類よ。まぁ、最初は無理やり押し込んだりしたけど」
「え? 押し込んだって……」
愛子が真っ赤になった。いかがわしいことを想像してしまった。
「え? やーね。まだ毛も生えてない頃だからノーカンよ! ノーカン!」
睦子が手をバタバタと振りながらそう言う。
愛子は毛が生えてからやったら、ワンカウントなんだろうかとどうでもいいことを考えた。
「そこ! その話はやめろ! あれはトラウマだ!」
「ねぇ野呂さん、日本では金玉とか言うけど、アメリカではファミリージュエル、家族の宝石って言うらしいわ。似たような発想なのかしらね。あ、ゆうくんの宝石は無事みたいだから安心してね。十分使い物になると思うわ!」
「つ、使い物ってあの……」
愛子は更に赤くなりうつむいた。言わんとすることは一つだ。それぐらい十分想像ができてしまった。
*****
「うわぁぁ! いい加減その話はやめろ!」
雄一は大声をあげ会話をやめさせようと必死になった。姉がクラスメイトの女子と自分の金玉を話題に会話している。死にたくなってきた。
だがそんなことばかり気にしているわけにもいかない。戦いはまだ終わっていないのだ。
雄一は奈月を見た。
奈月がふらふらと立ち上がる。曲がった鼻を無理やり治し、溜まった鼻血を勢い良く吹き出した。
「ははっ、すごい……何これ? え? 坂木くん、あなた本当に人間なの?」
「なぁ……このあたりでやめにしねーか? 俺らはお前の事喋ったりしねーし。お前も馬鹿なこと考えるのはやめろ」
「何かな、これ? ねぇ、今すっごい興奮してるんだけど。わかる?」
奈月がふらつきながら雄一へと歩いてくる。
「わかんねーよ」
「続けようよ、ねぇ。もっと、もっと!」
奈月が間合いに入った。同時に右の貫手(ぬきて)を雄一の首へと放つ。左の貫手は脇腹を狙っていた。メスを持っていなくとも十分な威力のあるそれは、またしても雄一へは届かなかった。
雄一はその攻撃に合わせ腰を落とし両手を突き出す。後から出したその両手突きは先に奈月の胸を捉えた。双撞掌(そうとうしよう)と呼ばれる技に近い。両の掌底を同時に叩きつけていた。
奈月は再度吹っ飛び壁面にぶつかるとそれ以上動かない。ここに勝負は決した。
随分と派手な幕引きだがこれは雄一の手加減ゆえだ。本気なら全ての衝撃を逃さずに叩きこむ。その場合は吹き飛ばされることなく崩れ落ちるようにして沈むことになっただろう。
雄一ががくりと膝を突く。降神(ふるかみ)の後遺症だ。ゆっくりと使用してはいたが限界が訪れた。
「ゆうくんのスケベ!」
「はぁ?」
思いもしない言葉に雄一はあんぐりと口を開けた。
「坂木くんのエッチ!」
「えぇ?」
睦子につられたのか愛子までそんなことを言ってくる。
咄嗟に出した技だったが、睦子達から見ると胸を鷲掴みにしているかのように見えた。これは姉にかめはめ波の練習と称して身につけさせられた技だ。なぜ批難されるのか理解し難い。
死闘を制した果てが、姉とクラスメイトの女子によるスケベ呼ばわりだ。雄一はやるせなくなってきた。
「いや……俺なんでこんな言われようなの?」
「ゆうくん! そりゃ野呂さんに比べたら大きかったから触りたくなったのかもしれないけど、浮気はよくないわ!」
「えーと、お姉さん、地味に傷つくのでそういう言い方はやめてください……」
「はぁ……で勝ったんだとは思うんだけどこれでどうすりゃいいんだ?」
雄一は床に寝転んだ。座っているのもしんどくなってきている。二日連続の戦闘はさすがに堪(こた)えた。
「話をするしかないんじゃないの? 勝負ははっきりついたんだし、さすがに言うこと聞くんじゃ……」
愛子が言う。これで駄目ならどうしていいものかわからない。
「何だこりゃ?」
突然の声に皆が振り向く。
男だ。全身が筋肉で膨れているような大男。手には日本刀を持っている。それが戦いの跡を見て驚きの声を上げていた。
「くそ! ペース配分を間違えた……」
雄一が身を起こそうとする。仲間がいることはわかっていたのに奈月にばかり気を取られすぎていた。
力が入らない。立ち上がることすら今は無理だった。
「姉ちゃん!」
すがるように雄一が叫ぶ。
「はいはい、大丈夫、大丈夫。ゆうくんで対処できないことがあったときの為に私がついてきたんだから」
それに応え睦子がゆっくりと立ち上がった。
*****
「あなたは敵ってことでいいのかしら?」
「お、お姉さん、大丈夫なんですか?」
愛子が睦子の後ろに隠れながら聞いた。見上げんばかりの大男だ。雄一ならまだしも女の睦子で戦いになるとはとても思えない。
男も戸惑っていた。想定外の事態が発生している。男の役目はただ入り口を封鎖することだけだった。万が一の逃亡を阻止するためだ。まさか自分たちのボスが負けて倒れているなど思ってもいなかった。
「大丈夫よ。相手が大きいからってびびってなんかいられないわ! そりゃ力では負けるかもしれないけども、人を無力化するのに力はそんなに重要ではないのよ?」
我を取り戻した男は一気に距離を詰めるべく駆け出した。与し易しと見たのか、倒れている雄一は無視し睦子達目掛けてやってくる。
睦子はブレザーのポケットから何かを取り出し、下からふわりと放り投げた。
それは突進してきた男の顔にちょうど当たる軌跡を描く。男はそれを回避しようと首を振ったが少し遅かった。ゆっくり飛んでくるその物体の危険性に男は気づけなかった。
それは男の顔の前で爆発音を上げた。
「えーと……」
愛子はその結果を呆然と見下ろした。
男が顔を押さえのたうち回っている。悲惨だった。なぜこんなことになったのかよくわからない。
「ほらね。どんな大男でも顔が爆発したらとても立ってなんていられないわ!」
「それはそうでしょうけど……何をしたんですか?」
「電池爆弾よ! 電池で作った自作の爆弾!」
「……それ持ち歩いてるんですか?」
「護身用にね!」
そういえばと愛子は雄一の筆入れの中や鞄(かばん)の中の事を思い出した。姉が選んだ物騒な物がいろいろ入っていると聞いている。ならば当然姉もそういった物を持っているのだろう。
「で、これで止めよ!」
睦子が懐から何かを取り出す。
愛子はそれをみてぎょっとした。銃のように見えた。
睦子がそれを男に向けて引き金を引く。糸のようなものが飛び出して男に突き刺さると男はそれっきり動かなくなった。
「それ……拳銃ですか?」
「これはね、テイザーガンもどきよ! 作ったの! 日本では違法らしいから内緒にしてね! これはね、スタンガンの一種なの。スタンガンはわかる?」
違法だと言うなら爆発物も違法に思えたがそれはあえて無視して愛子は応えた。
「護身用のやつですよね? 電気でビリビリってする?」
「そう! これはね、遠距離でも仕えるように電極が飛び出すようになってるの!」
睦子は嬉しそうにテイザーガンもどきの解説をする。
愛子はこの姉弟が一体何なのかますますわからなくなってきた。
「はぁ……これで終わりか? 他にはいねえだろうな?」
雄一が安堵の溜め息をつき、寝転がったままあたりを見回して言う。仲間とやらがそれ以上に出てくる気配はなかった。
「終わりみたいね。じゃぁ……ちょっと休んでゆうくんが動けるようになったら帰りましょうか!」
「え? こいつらどうすんだよ?」
「しばらくは起きないと思うわ。だから書き置きでもしていったらいいと思うの」
そう言うと睦子は倒れ気を失っている奈月の元へと行った。
そして何やらごそごそとやっている。書き置きとやらを書いているのだろう。
しばらくすると睦子はその書き置きを置いて戻ってきた。
「さぁ! 帰りましょう!」
睦子は張り切ってそう言った。
*****
「織原さん! 大魔王の最新話はすごくよかったわ!」
「そ、そう?」
「えぇ、ベルンノート閣下の魔象が勇者軍団を踏みつぶして蹴散らしながら進軍するあたりの爽快感ったらなかったわ!」
「あ、ありがとう……」
加奈子さんが照れている。
――なんだよ、魔象って……。
雄一はサバイバル部の天井にあるボルダリング用の突起にぶら下がりながらそんなことを思っていた。
何となく壁の岩を掴んで登り始めて天井まで達してしまいそのまま何となく天井の中ほどまで来てしまっている。
そこから部室を見下ろしていた。
部室の中心にある机には睦子、加奈子、愛子が並んでいる。
「このあとどうなるのかしら! いえ、言わないで! 楽しみにしてるから!」
「そうね、次あたりで十二魔天の最後の一人が登場するとだけ言っておこうかしら」
「そろい踏みね! でもそうなると人類側の勇者とバランス悪くなってこない?」
「うふふっ、それは大丈夫。勇者側にも強力な味方が登場するから」
「あ、ごめんなさいね。結局言わせちゃったみたいで」
「いいの。そんなふうに喜んでくれるのは坂木さんだけだし……」
加奈子が少し沈んだような声になる。雄一は罪悪感にかられた。結局まだ加奈子の小説は読んでいない。
今の雰囲気から察するにあまり人気がないのだろう。
「すいません、私まだ読んでないんです……その……字がいっぱいで……」
「い、いいの。無理しないで!」
「いえ! 読みますから!」
――なーんか平和な感じだよなぁ。
雄一は天井から手を離した。軽く着地を決めると愛子達の向かいの席に座る。
昨日は気を失ったままの奈月達は放置してそのまま帰ってきた。雄一はいつものごとく降神の後遺症で爆睡。気がつけば朝だ。
奈月の物騒な計画を聞いた後だったので警戒しながら学校に向かったのだが特に何事も起こっていなかった。
奈月も普通に朝から学校に来ている。怪我が目立っている様子はなかった。一晩で治ったのだろう。このあたりは妖異の類ということなのかもしれない。
とりあえず雄一も挨拶をしてみたのだが、目を合わせたと思ったらすぐに逸らされた。それはそうか、気まずいよな、と雄一も納得しそのまま授業を受けた。
それからも特に何も起きずに放課後となり現在に至るというわけだ。
「……なぁ? 他の部員はどうしたんだよ?」
今更ながら雄一はそんなことを聞いた。昨日も今日も参加メンバーは変わらない。本当に他に部員がいるのかと疑問に思えてきた。
「まぁ参加は自由だしね。気が向いたらやってくると思うわ」
「後何人いるんだ?」
「後二人よ。……三人かな?」
「何で疑問形なんだよ。部員の数ぐらい把握しとけよ」
「そうじゃないのよ……と、ちょうど来たみたいね」
部室のドアが開く。
部員が来たのかと雄一はそちらを見た。
武内奈月がそこにいた。
「は?」
奈月がずかずかと部室に入り込んでくる。手には紙切れを一枚持っていて、それを睦子の前までやってくると手渡した。
雄一は紙切れを覗きこんでみた。
入部届だった。
「はぁ?」
「あぁ、これはね、昨日書き置きと一緒に置いておいたのよ!」
「ちょっとまて! 武内! お前一体何がしたいんだ!」
「何がって……部活?」
首をかしげる。今までのような刺々しい雰囲気はなく自然な仕草に見えた。
「その……お腹一杯になったしね……」
奈月は雄一から目をそらしてぼそりとつぶやく。
「意味がわからん……姉ちゃん一体何を書き置きしたんだよ……」
「それはね、昨日見てて思ったの。武内さんの殺人衝動みたいなものは、実は性衝動に近いものじゃないかって! だとするとそれは身体を動かすことで発散出来ると思うの! ゆうくんに殴り飛ばされて気絶した武内さんはとても満たされた顔をしていたもの。だから、わざわざ人を殺したりしなくても、ゆうくんと殴りあったりしてればいいんじゃないかなぁ、って思ってそんなことを書いておいたの」
――なんだそれは? どういう理屈だ?
雄一は奈月を見た。どことなく顔が赤い気がする。照れているのかもしれない。
「ちょっ! ちょっと待って下さい! せ、性衝動って……」
愛子が顔を真っ赤にして立ち上がる。いろいろと言いたいことがあるのかもしれないがうまく言葉になっていない。
雄一はそんな愛子を見ながら全然関係ないことを考えたいた。
――この部、女子率高すぎだろ! 何だ? もしかして男は俺一人か? 残り二人の部員はどうなんだ?
「これからもよろしくね、坂木雄一くん」
奈月が微笑(ほほえ)む。
――え? 一応これでこの件は片付いたのか?
多分そうなのだろう。
ただ、この件は波乱に満ちた高校生活の序章にしか過ぎなかった。それを雄一は後ほど嫌というほど思い知ることになる。
雄一の高校生活はまだ始まったばかりだった。
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