6話 サバイバル部へようこそ!

 昨日の顛末(てんまつ)を放置したままでは気が気ではなかったがいつも通りに授業を受けた後、雄一と愛子はサバイバル部の部室へと向かった。

 文化系の部室は老朽化した北校舎にまとめられている。

 ちなみに運動系の部室はグラウンドに建ててあるプレハブ小屋で、この格差に対して運動部からは常にクレームがあげられていた。

 とは言っても運動部の部室をわざわざグラウンドから離れた北校舎に用意する必然性は学校側にはなく検討事項としてあげられつつも結局の所うやむやにされてしまっている。

「私昨日からずっと気になって仕方なかったんだけど、坂木君は?」

「え? あぁ帰ったら速攻寝たな。起きて飯食ってまた寝て気がついたら朝だ」

「何も考えてないの? これからどうするかとか?」

「……とりあえずは話でもするしかないかと思ってたんだけど」

 雄一は頭をかきながら言った。

 武内奈月はこの日学校を休んでいた。

 とにかく話をつけなくてはならないと意気込んで登校してきたのだが少し気が抜けてしまった。

 なので当面の問題としては部室に放り込んでおいた殺人鬼をどうするかということだ。

 二人は北校舎へと入った。

 旧校舎とも呼ばれているがさほど旧(ふる)いわけでもないし使えないわけでもないのだが、なぜか新校舎の建設が進められた結果無駄になったこちらの校舎は文化系の部室や物置として使用されている。

 二階へ上がり一番奥の部屋へと向かう。

 すぐに様子がおかしいことに気づいた。部室の前で女生徒がおろおろとしている。

 栗色に染めた髪をふわりとカールさせた、おっとりとした雰囲気の少女だ。

 雄一が見ると頭上には「異世界マニア」という文字が浮いている。

 落ち着かない様子できょろきょろとしていたがやってきた雄一達と目が合った。

「あ! 坂木弟君!」

「えーと、織原(おりはら)さんでしたっけ?」

 多少の面識はあった。

 織原加奈子。睦子の友達だ。家に遊びに来たことが何度かあり顔を合わせたことがある。

 だがそれぐらいの関わりしかなく人となりまではしらない。

「大変なの! バルサンたいてるって! どうしよう! 坂木さんにはいつもこんなにごちゃごちゃ物置いてたら不衛生だって言ってたのに!」

「えーとそれは……」

 ――バルサンたいています。

 雄一はドアを見た。張り紙はまだ貼ってある。

 ドアに手をかけてみるも鍵がかかっていた。睦子はまだ来ていないらしい。

「やめて! 出てきちゃう! あれが! 黒いのが!」

「えーとゴキブ……」

「言わないで!」

 ゴキブリが出たわけではないと言おうとしただけだったのだが、あまりの剣幕に雄一は口を閉ざした。

「坂木くん……この人は?」

 愛子がこそこそと聞いてくる。

「姉ちゃんの友達でサバイバル部の部員の織原さん……だったと思う」

「中にいる人見られて大丈夫?」

「……まぁ部員なら大丈夫だと思うけど……」

 そう言って加奈子を見てみる。

 ゴキブリがいるかもしれないというだけでここまで慌てている人に注連縄(しめなわ)でぐるぐる巻にされている少年を見せていいものかどうか雄一にもあまり自信はなかった。

「あの、織原さん。部室の鍵は持ってないんですか?」

「開けるつもりはないわ!」

「えーとですね、この張り紙はねえちゃんの冗談なんです。バルサンはたいてないですよ。だからアレも出たわけじゃありません」

「ホントに!」

「えぇ」

 加奈子は胸をなでおろした。本気で怖がっていたようだ。

「でも鍵は本当に持ってないの。家に忘れてきちゃって」

「そうですか。鍵を持ってるのって誰ですか?」

「部長と副部長。坂木さんと私だけね」

「じゃあ姉ちゃんくるまでこのままか。三人でただ突っ立ってるのも間抜けですね」

 雄一は手に持っていた鞄(かばん)を床に下ろした。

 鞄(かばん)を開け中から何かを取り出す。

 ツールボックスだった。開けると中には先端が細い金属製のドライバーのような物が並んでいる。

「坂木くん……それは?」

「ロックピック。これぐらいのシリンダー錠ならすぐに開けられるから……」

「泥棒!」

「人聞き悪いこというなよ!」

「だ、だって!」

「別に不法侵入しようってわけじゃない。どうせ入るんだ。遅いか早いかだけだろ?」

「そこまでしなくても待ってたらいいんじゃ……」

「わかったよ」

 意外に思いつつも雄一はツールボックスをしまった。

「いろいろお姉さんのせいにしてるけど、坂木くん自身も十分にずれてるよね……」

「なんか言ったか?」

「べつにー?」

 それからさほど待つこともなく睦子がやって来た。

「ねえちゃん、遅いよ。何やってんだよ」

「そう言えば坂木さん先に行ってって言ったけど何やってたの?」

 睦子と加奈子は同じクラスだ。一緒にくればいいのにとは雄一も思った。

「それはね! バルサンたいてます。じゃやっぱりまずいかなと思って別の張り紙を用意してたの!」

「張り紙はもういいよ! 役目済んでるから!」

「バルサンじゃ誤解されるかもしれないし、嘘をついてる気がするの!」

「……あぁ、誤解はされまくってたよ、さっきまでな」

「それでね、これを書いてきたの!」

 そう言うと睦子はバルサンの張り紙を剥がし、持ってきた新たな張り紙を貼りつけた。

 ――魔城ガッデム

「意味がわからんわ! ここサバイバル部だよな! これも嘘だよな!」

「そう? 中にグリード様がいるかと思うとおいそれとは入れないと思うのだけど。それに私がこの部屋を魔城ガッデムと名付けたのだから嘘ではないわ」

「そのネタどんだけの人が拾ってくれるんだよ!」

「……そうね、じゃあ折衷案としてこんなのはどう?」

 睦子はサインペンを取り出し張り紙に直接書き入れ修正を施した。

 ――魔城ガッデ部

「だから何部だよ!」


   *****


 睦子が鍵を開けドアを開く。

 雄一が最初に気づいたのは異臭だった。

 注連縄(しめなわ)でぐるぐる巻にされた少年は昨日最後に転がされた位置そのままで動いた様子はない。

 意識は取り戻したようだがその目に力はなかった。ぐったりとしている。

 口に嵌められた作り物の桃はそのままで涎(よだれ)が床に広がっていた。

 下半身も濡れている。それが異臭の原因だった。

「あー、別に俺が謝ることじゃないと思うんだが、なんかすまねぇって気分になった」

「なるほど。こうなる可能性を全く考慮にいれていなかったわ! 野呂さん! バケツと雑巾を持ってきてくれないかしら。ゆうくんは何が着替えがあったらそれを貸して頂戴」

「体育で使った体操服ならあるけど……まぁ多少汗臭くてもその格好よりはましか」

 愛子は言われたようにバケツ等を取りに行った。

 睦子は注連縄を外している。雄一は一瞬緊張したが殺人鬼の少年に抵抗する気力はないようでされるがままだった。

 雄一は鞄(かばん)から体操服を取り出すと少年の制服を脱がせて着せた。半袖の体操服にハーフパンツだ。

 脱がせた制服はどうするかは迷ったがゴミ袋に入れることにした。その際に制服を検(あらた)め、苦無が数本と撒菱、携帯が出てきたのでそれは机の上に置く。

 ――忍者かよ……。

 加奈子は部室に入るとそのままふらふらと奥へ行き窓を開け空を見つめていた。現実逃避をしているらしい。

 着替えさせた少年は椅子に座らせ、再度注連縄で椅子ごとくくりつけた。

 愛子の持ってきた雑巾で床を掃除して換気をすると一応の始末はついた。

「じゃあ改めて。野呂さん、ゆうくん! サバイバル部へようこそ!」

 雄一はあたりの様子をうかがう。昨日は散々逃げまわった挙げ句でそんな余裕もなかった。

 元は教室として使われていた部屋なので部室としては広い方なのだが物がひしめいているためあまり広くは感じられない。

 目立つのは本棚だ。部屋の半分程は本棚で占められている。図書館のように本棚が幾つも並行して置かれていた。

 それとダンボール箱。中はわからないがたくさん積み上げてあった。

 それらの合間に仮面やら壷やら人形やらが雑多に置いてある。

 壁面には物はおかれておらず、カラフルな石がいっぱいに付けられていた。

 床から天井まで間隔を空けて付けられている。天井を見上げるとそこにも石は付けられていた。

「ねぇ……あれ何?」

 愛子が壁を指して訊いた。

「ん? あぁ、あれはボルダリングの練習用だな。岩登りの練習に使うんだよ」

「何でそんなものが……」

「それはね! サバイバルには登攀(とうはん)能力が重要だと考えているからよ!」

 睦子が嬉々として喋り出す。

 ぐったりとして縛り付けられた殺人鬼はほったらかしでいいのかと雄一は心配になってきた。

「あー、ねえちゃん、そーゆー話は後にしてくれよ。とにかくこいつどうにかしよう」

 雄一が殺人鬼の少年を指さす。

「そうね! いつまでもこのままというわけにもいかないわね」

 そう言うと睦子は少年に近づき口から歯型のついた作り物の桃を外した。

「よぉ。喋れるか?」

「……何なんだよ……お前ら……鬼畜かよ……鬼よりひでぇぞ……」

 喉が掠れている。

 丸一日飲まず食わずなので人なら当然の結果だ。

 たとえ鬼だとしてもそのあたりは人間とそう変わりないらしい。

「まぁ少し可哀想かとも思ったが襲ってきたのはそっちだからな。あ、野呂! 水持ってきてくれよ」

「何か私さっきから使い走りばかりじゃない?」

 そう言いながらも愛子はコップに水を入れて持ってきた。コップはそこらに置いてある銀製のワイングラスのようなコップだ。

 それを受け取った雄一はそのコップを少年の口元にあて水を注(そそ)ぎ込んだ。

 少年は少しむせながらもそれを飲み干した。

「俺を襲った理由は大体わかってる。武内奈月だろ?」

「あ? 武内ってだれだ?」

「は?」

「……あぁ、あいつか。ここではそう名乗ってんだな。そうだよ。あいつと交渉してお前を殺せば狩り場を使えることになってた」

 少し考えた後に少年は言った。誤魔化すつもりではなく本当にわからなかったのだろう。

「……はぁ……いいか。その話は無しになった。だからお前は俺を殺しても何の得もない。わかったか?」

「はっ! 何あまっちょろいこと言ってんだ? 正体を知られた以上お前らは皆殺しに決まってんだろうが!」

「ゆうくん」

 黙って聞いていた睦子が口を挟んできた。

「何?」

「その子、自分の立場ってものをわかってないみたいだから」

 睦子が静かな口調でそう言う。雄一は怯え後ずさった。

「すまん……えーと茨木君だったか? ねーちゃんがあんな感じのときは……」

「鬼は外」

 睦子がいつの間にか手にしていた升から豆をすくい取り少年に投げつけた。

 少年の露出している腕部分に当たった豆はそのまま貫通して背後へと抜ける。

 散弾でも食らったかのような傷跡には本人よりも先に愛子が悲鳴をあげた。

「きゃー!」

「ギャー!」

 雄一はこんな大騒ぎをしていて大丈夫なのかと心配になった。

 隣の新聞部も活動している時間帯だ。

 そう言えばと加奈子を見てみる。窓の外を見て小鳥に話しかけていた。現実逃避絶賛続行中だ。

「いい? 鬼なんか退治するのは簡単だし、跡形もなく消すことも造作ないわ。あなたを始末して証拠も残さないなんて朝飯前なの。それを踏まえた上で慎重に発言することをお勧めするわ」

「な、何なんだよ! お前は! 何でこんなことが!」

「別にお前なんかどうだっていいんだが、一応アドバイスだ。姉ちゃんには逆らうな」

 弟として実感のこもった言葉だった。

「……わかった。だからそいつを止めてくれ!」

 睦子は第二弾を放(ほう)るべく豆を振りかぶっていた。次の狙いは顔だ。

 先ほどの劇的な威力から考えると命に関わりそうだった。

 雄一は手を上げ睦子にやめるよう促した。

「幾つか頼みごととか訊きたいことがある。そうだな、まず俺達を狙うのをやめてくれ」

「わかったよ。けどよぉ、お前は俺が言うこと信用すんのか?」

「……信用はしないけど、お前が俺たちにびびって近づいてこないって期待はしてるよ。次は俺も手加減しないし、姉ちゃんは喜んで鬼退治するし、あそこのちびっこいのはお前の血を吸い尽くすぞ。そして織原さんは空を見つめてる」

「吸わないし、ちびってゆーな!」

 愛子が憤慨していた。ちび扱いは腹に据えかねるらしい。

「……金輪際お前らには近づかねーよ……」

「よし。一つ目はそれだ。で、二つ目。武内奈月について訊きたい。あいつは何者だ? お前と同じような感じか?」

 武内奈月の実力がこの少年と同程度だというならどうとでもなる。知っておきたい情報だった。

「あいつは……性質として人を襲うという意味では同類だが、俺ら土着の鬼とは違うよ。あいつは外来種だ」

「んーと、まず人を襲うってのは何なんだ?」

「食事だよ。ま、俺は好きでやってるんだが、仲間の中にゃそれで悩んでるやつもいるな」

「人を食うのか!?」

「食わねぇよ。なんつーのか精神的充足のためにやってる。ま、いわば呪(のろ)いみたいなもんだな。人を殺さないとおかしくなる。狂っていく。吸血鬼どもが血を吸うのと同じようなもんだ。生き物として考えりゃ必要栄養素とカロリーを取れりゃいいはずだが、それでもあいつらは血を吸う。それが業だ。同じように俺らは人殺しの業に囚われてる」

「それは武内も同じと考えていいのか?」

「まぁな。で、お前が知りたいのはあいつがどれぐらい強いのかってことだろ? 直接見たわけじゃないが、多分俺よりは強いんじゃないか?」

「なぜそう思うんだ?」

「酒呑の兄貴があいつの狩り場に手を出して半殺しにされた。酒呑の兄貴は俺より強い。だから、あいつは俺より強い」

「なるほどね」

 この少年より強いということがわかっただけでは今までと大して変わりはない。最大限警戒するしかなかった。

「俺はこんなもんだけど、野呂は何かこいつに訊きたいことある?」

「え? 私? 別にないけど?」

「姉ちゃんは?」

「私も特にないわ。これはゆうくんの問題だと思うし。もちろん手助けはしてあげるけど。お姉ちゃんだから! 弟の自主性にまかせるの!」

「はいはい……で、こいつどうすりゃいいんだ?」

「もう用がないんだったら帰してあげたら?」

 そう言って睦子はあっさりと少年の注連縄を解いた。

「だそうだ。帰っていいよ」

 少年は立ち上がり縛られていた両腕を確認している。右腕は豆にやられて動かないようだった。血は既に止まっていたが即座に治るわけでもないらしい。

「なぁ……あんたら一体何なんだ?」

「星辰高校サバイバル部よ! この世知辛い世の中を生き抜くための知識と技術を身に付けるための部活なの! 自然災害や大規模なテロから生き抜くのはもちろん、鬼や妖怪からも身を守るわ!」

「はは……なんだそりゃ……サバイバル技術……これがねぇ。こんなもんに……」

 少年があたりに散らばる注連縄やら鰯やらを見つめて自嘲するようにつぶやいた。

 そして再度椅子に腰掛けた。

「は?」

「なぁ、あんたら部活のために集まったんだろ? よけりゃちょっと見せてもらっていいか?」

「何だそりゃ! 帰れよ! 邪魔だ!」

「いいわ! 是非見ていって頂戴!」

「おい!」

「サバイバル部は来るものは拒まないわ!」

 無駄にかっこ良く睦子はそう言った。


   *****


「織原さんどうしたのかしら? 外ばかり見つめて」

「え? 坂木さん? ん? 私は何も見てないから!」

「そうね、織原さんは何も見てないわ。だからこっちに来て部活を始めましょう」

「え、でも……」

 加奈子は外を見たままだ。部屋の中を見ようとしない。

「大丈夫よ。注連縄でぐるぐる巻になっておしっこを漏らしている男の子がいたような気がしたかもしれないけど、それは気のせいなの」

「ほんと? ほんとにそうなの?」

「えぇ、ほんとよ。ほら振り返ってみて」

 加奈子は睦子にうながされ振り返った。

「ひぅ!」

 加奈子が金髪の少年を見て小さな悲鳴をあげた。

「大丈夫よ。あの子はゆうくんのお友達なの。さっきまでそこで転がってたような気がするかもしれないけどそれも気のせいなの」

「ほんと! ほんとに気のせい?」

「ほんとよ。織原さんはいろいろと気にし過ぎなのよ。そんなんじゃ異世界に行ったときに大変よ?」

「そ、そう。そうよね。異世界に行ったら大変よね。もっと図太くならなきゃ」

 ――どーゆー説得の仕方だよ!

 雄一はテーブルにつっぷしながらそう思った。

 テーブルは折りたたみの細長いものを二つくっつけたものだ。そこに愛子、雄一、金髪の少年が並んで座っている。

 その向かいに睦子と連れてこられた加奈子さんが座った。

「じゃあ部活を始めるわ!」

「ちょっと待ってくれ」

 雄一が手を上げた。

「俺サバイバル部に入るなんて一言も言ってないんだけど? 野呂もそうだ」

 どうせ無駄だろうとは思いつつも雄一は一応抵抗してみた。

「そうだったかしら。そういえば入部届をもらってないわね。じゃぁ今書いて!」

 睦子が入部届を持ってきて二人の前に置いた。

 やはり入部しないという選択肢は睦子の中にないらしい。

「……わかったよ。入るけど……兼部でもいいんだろ?」

「ん? それは構わないけど……ゆうくん他に入りたい部活でもあるの?」

「合唱部」

「え? 何で?」

 隣の愛子が驚いた。

 サバイバル部が嫌にしても、合唱部に入部したいとは夢にも思っていなかった。

「え? 何で驚かれてんの? 単にピアノ弾(ひ)きたいだけなんだけど」

「坂木くんピアノ弾くの?」

「悪いかよ、趣味だ。うちにあるのは電子ピアノだからな。できるならちゃんとしたのでやりたい」

 坂木家では子供達全員をピアノ教室に通わせていた。

 そのうち続いたのは雄一だけだ。姉と妹は早々に脱落した。

 雄一も中学生のときに教室通いはやめたが家の電子ピアノで趣味として楽しんでいる。

「野呂さん、あなたも他にどこか入りたい部活でもあるのかしら?」

「えーと、特には考えてなかったんですが……」

「だったらサバイバル部に入るといいわ! 部活への参加は自由よ! 気が向いたときだけ来てくれればいいし。今日も来てるのは私と織原さんだけよ!」

「いや、それはどうなんだ? 部長と副部長だけが活動してる部活って……」

「だからゆうくんも合唱部に入りたいなら入るといいわ!」

「わかったよ。とりあえず籍はおく。それでいいだろ?」

「私もとりあえず……」

 二人は入部届にサインした。

 睦子はそれを満面の笑みを浮かべて回収する。

「じゃあ改めて。何度もあらためてる気もするけど、ようこそサバイバル部へ!」

「一応よろしく」

「よろしくおねがいします」

 雄一がおざなりに、愛子がそれなりに真面目に返事を返した。

「じゃあまずは自己紹介ね」

「えー?」

 雄一が不満の声を上げた。雄一は全員を知っているため面倒臭く思えたのだ。

「じゃまずは私。坂木睦子。部長よ! 専門は架空武術! はい次、織原さん」

 睦子が次を促した。加奈子が立ち上がりぺこりと挨拶をする。

「織原加奈子です。副部長です。専門は異世界です」

「はい。じゃあゆうくん」

「坂木雄一です」

 ぶっきらぼうにそう言った。

「えー、それだけー?」

 睦子が不満の声を上げる。

「専門とかねーから」

「まぁいいわ。次、野呂さん」

「はい、野呂愛子です。よろしくおねがいします」

「はい、よろしくね。じゃあ次は隣の鬼の人」

 睦子が鬼の少年を指さした。

「は? 俺もか?」

「そうよ。一緒にいるのに名前も知らないなんて悲しいわ!」

「わかったよ……。茨木京四郎。十五歳。高校に通ってるとしたら一年だな」

「通ってるとしたら、ってお前学ラン着てただろ?」

「あれは人に紛れるためのカモフラージュだ。俺たちみたいなのは普通学校に通ったりしねーよ。武内だっけ? あいつぐらいのもんだよ。わざわざ学校に行くようなやつは」

「さて自己紹介が終わった所で早速始めましょうか!」

 睦子が立ち上がるとホワイトボードを引っ張ってくる。

 黒いマジックペンでそこに「異世界サバイバル検討会」と書いた。

「えーと、何ですかそれ?」

 愛子が戸惑いながら質問する。

「ん? 今回は異世界に行ったとしてどうやって生き抜くかというのを皆で考えるの!」

「なぁ、それ意味あんのか? 大地震とかさ、万が一ってことだとしても核戦争後の世界とかならわかるけどさ、異世界って何だよ」

「ないとは言い切れないわ!」

 自信満々に睦子は断言した。

 確かに異世界が存在しないという証明などしようもない。

「今回は初心者も多いことだし簡単な所からね。珪素生物の世界にトリップした場合の検討は初心者じゃ難しいし」

「いや、それ初心者とか上級者とかあんのかよ」

「と、いうことで今回は、日本語が通じて、日本の常識がある程度通用するような世界、戦国時代にトリップした場合を考えることにするわ! 進行は織原さんお願いね。議事録は野呂さんお願いできるかしら」

「え? 私ですか? そんなの書いたことないんですけど」

「大丈夫よ。書ける所だけ書いてくれたら。足りない所は皆で補完するから」

 そう言ってペンとノートを愛子の方へと押しやった。

「はい。進行を承りました。よろしくおねがいします。早速ですが、戦国時代トリップを扱った作品を幾つかあげてみます」

 加奈子さんがホワイトボードに書きだした。

・戦国自衛隊

・織田信奈の野望

・信長協奏曲

・信長のシェフ

・タイムスリップ戦国時代

「と、まぁ商業作品だけでもかなりの数がありますので全ては書ききれませんしWeb小説なども含めるとそれこそ山のようにあるわけです。今回はそうですね、たまたまかもしれませんが信長関連作品が最近流行ってるように思いますので、信長軍に入ったらどう立ちまわるのがいいか? という観点で検討しようかと思います」

 おっとりおどおどとした雰囲気だった加奈子が立て板に水といった様子ですらすらと喋り出したことに雄一達は驚いた。

 ――こう見えてもやっぱりねえちゃんの友達だよな……。

「そうそう、初めに言っておきますと信長協奏曲の始まり方はあんまりだと思います。塀から落ちたらトリップしてました。たまたま信長にぶつかりました。たまたま信長にそっくりだったので入れ替わることになりました。で、あっさり馬を乗り回せますとか、ほんとナメとんか! と言いたくなりますよね! どこのWeb小説だよ! って感じですよ! で、先ほどあげた戦国時代トリップ物作品ですが、飽くまでとっかかりということにしてください。信長に関しての資料としては「信長公記」が随一です。まぁこれも数々の写本がありまして微妙に内容が異なったりもするわけで、そのまま信じるわけには行きませんが、少なくともそこらのドラマやら漫画やらに出てくる江戸時代以降に成立したような、うさんくさい伝記を元にしたものよりはよほど信頼性があります。あ、間違っても「信長記」を参考にしちゃ駄目ですよ。こっちは小説ですからね。桶狭間が谷になっちゃったのはこの小説が原因なんですよ。タイトルが似てますので注意してくださいね。で、私としては信長の部下になるような選択がそもそも間違いだと思っています。信長は異常性格者です。どんな気まぐれで殺されてしまうかわかりません。かなりの数の部下や一族郎党を殺しまくってます。このあたりの話は美化するのが難しいためか信長が主人公の話ではあまり書かれないようですね。ですが、まぁそれを言ってしまうと話が進みませんので信長の部下としてうまく立ち回れたとしてですね。その場合幾つかのポイントがあります。桶狭間の戦い、金ヶ崎の退き口、本能寺の変。このあたりですかね。このイベントをいかに回避するかが……」

 雄一は思った。

 ――どこが初心者向けだよ!

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