5話 借りたお金は返さなくてはいけない

 人の体にリミッターなどというものがあるのだとしたらそれは当然、人体には超えてはならない限界点があるということに他ならない。

 その限界点を超えればどうなるのか? 雄一はそれを身をもって示していた。

 廊下の隅でうずくまって顔を歪めている。

 全身の筋肉が細かく断裂しその修復過程において炎症が発生、簡単に言うとすごい筋肉痛に苛(さいな)まれていた。

 左足などは特に酷(ひど)く歩くことはしばらく無理だろう。

「脳天は鍛えるのが難しい急所のひとつよ! ゆうくんはさっき人間レベルじゃないって言ってたけど正面から行っては倒しきれないと判断したのね。だからこその急所攻撃! それで勝負は決まったようなものだから、後のは駄目押しね。背面から脾臓(ひぞう)を狙ったものだわ。そちらは鬼の筋肉の強さによっては通じない可能性もあったけども問題なかったようね」

「あの……お姉さん。坂木くん大丈夫ですか?」

 睦子は弟のことなど気にせずにしゃべり続けている。愛子は雄一の様子を見て心配になってきた。

「大丈夫よ! ゆうくんは丈夫だから! そう、「シャトゥーン ヒグマの森」の主人公母娘ぐらいに頑丈だわ!」

「何の例えだかさっぱりわかりません」

「そう? じゃあ750ccナナハンに跳ねられても「だったらイけるぜ!」って言えるぐらいに頑丈よ!」

「えーと……ナナハンてバイクのことですよね? 坂木くんバイクに跳ねられたことあるんですか?」

「えぇ! ピンピンしてたもの。で、降神の後遺症だけど本当に大丈夫よ! 前に使ったときは一日も寝てればすっかり元通りだったわ!」

 一日で治る程度のことならそれほど心配することもないのだろう。愛子は安心した。

 だが安心するといろいろと疑問が湧いてきた。

 愛子は苦痛に顔を歪める雄一の前までやってきた。

「ねぇ、坂木くん」

「ん?」

「本当は強いの隠してたの?」

「えーと……」

「倒せるなら逃げ回る必要ってあったの?」

「それは……」

 雄一が言いよどんだ。ひどく恥ずかしげな情けない顔をしている。

「それはね! つれぇわぁ、本当は強いけど目立っちゃうのは困るから実力を隠してるけど、ちょっとしたことで実力がばれちゃってつれぇわぁ。っていう演出をしたかったからなのよ!」

 隣にやってきた睦子がそう言った。

「違う! それだけは絶対に違う!」

 血を吐くような叫びだった。すがるような目で雄一が愛子を見上げる。信じてくれと目で訴えていた。

「……ごめん……私坂木くんのことちょっと誤解してたみたい……大丈夫。信じてあげるから……」

 愛子が坂木の頭をそっとなでた。状況は違うが睦子が雄一を可愛いと言っていたのが何となくわかる。

「誤解って何だよ……」

「心当たりはあると思うんだけど? 初対面のときのこととか」

「あぁ……あれは……その、悪かった……」

「じゃあ、隠しきれなくて参ったなぁ、平穏な学園生活が送れなくなっちゃうなぁ。ちらっ、ちらっ、みたいなことかしら……って、ちょっと! 二人の世界に入らないで! お姉ちゃん寂しいわ!」

 睦子が見つめ合う二人の前をうろうろしながらそう言う。無視されたようで嫌だったのだろう。

「でだ、隠すとかそんなんじゃないんだ。聞かれもしないのに喧嘩が強いです! 何ておおっぴらにするようなやつってただの馬鹿だろ? しかも今年から高校生だぞ? 喧嘩自慢とかしてる場合じゃねーだろ。それに……空手だとか柔道だとかで真っ当に強いなら堂々としてりゃいいと思うけどよ、あんなんだぞ? 姉ちゃんが漫画で読んだ知識を元に作り上げた謎武術なんぞ恥ずかしくて人に見せられるか!」

「ゆうくんたら、高校生にもなったっていうのに恥ずかしがっちゃって」

「高校生だから恥ずかしいんだよ!」

「あの……坂木くんが恥ずかしいっていうなら黙ってるけど、それはいいとして、この鬼の人どうするの?」

 愛子が言い争う姉弟の間に割って入り、鬼の少年を指さす。

 まだ聞きたいことはあったが、いつ起き上がってくるのかと思うと気が気ではない。のんびり話をしている場合でもないと愛子は思った。

「そうね。これを放っておくわけにもいかないわ。けど、私はこれからエスカレーター講習に行かないといけないし」

「え? いやそんなんいいだろ? こっちの方が大事だろ?」

「何言ってるのゆうくん。約束は大事よ。大人の世界では信頼はとても重要なことなの」

「ぐっ……急に常識人ぶりやがって……」

 睦子が倒れている少年の側にしゃがみ込んだ。あちこちを触って何かを調べている。

「なるほど。まるっきり外国の少年て感じね。ほら見て、瞳は青よ」

 少年のまぶたを開いて睦子が言う。

 金の髪と青い瞳に彫りの深い顔立ち。近くで見れば日本人ではないとよくわかった。

「角は最初に見たときはあったけど今はないみたいね。力を発揮するときだけ出現するのかしら? ……なるほど。鬼、外国人説を地でいっているわけね。知ってた? 桃太郎の鬼は外国人だっていう説? ていうか天狗(てんぐ)も外国人だっていう説もあるし、何でも外国人にしちゃえばいいのかしら? 河童(かっぱ)とかも外国人て言い張れないこともないかと思うし……」

「うんちくはいいからさ、どうすんだよ?」

「とりあえず捕まえておきましょう。ゆうくん……はまだ無理か。じゃあ野呂さん。そっち持ってくれる?」

 睦子が少年の手を取り持ち上げた。反対の手を指さしている。二人がかりで引きずるつもりらしい。

 愛子は言われたとおりに少年の手を取ると陸子と協力しあって部室の前まで運んだ。

「気を失ってるみたいだけど、そのうち起きるだろ? 部室に閉じ込めるぐらいで大丈夫なのか?」

 雄一は本気で攻撃していた。とは言っても姉に言われたままに積極的に殺そうとまでは思っていなかったので多少の手加減はしている。結果的には気を失う程度ですんだらしい。

「そうね。ゆうくんの脱童貞ってわけには行かなかったみたいね」

「いや、そっちの心配はしてねぇよ」

「大丈夫よ。鬼対策だってばっちりなんだから!」

 そう言いながら睦子は部室の鍵を開けた。

 愛子と睦子の二人で部室の中へと少年を放り込む。

 何をするつもりか気になった雄一はどうにか起き上がった。少し回復してきている。走り回るのは無理だがゆっくり歩くぐらいはどうにかなった。

 時間をかけて部室へと入った頃には鬼対策とやらは終わっていた。

 少年が注連縄(しめなわ)でぐるぐる巻にされて部室の床に転がされている。

 その注連縄(しめなわ)には干し魚や何かの葉っぱが差し込んであったり、貼りつけられたりしていた。

 口には桃が突っ込んである。潰れていないところを見ると作り物なのだろう。猿轡(さるぐつわ)の代わりらしい。

 少年の周りには豆が満載された升や、木でできた剣なども置かれていた。

 雄一は倒れそうになった。身体的なダメージのせいではない。あまりの出鱈目さにめまいがしそうになったためだ。

「ゆうくんもう歩けるの! じゃあ大丈夫そうね! 一人で帰れるんだったら家には送らずに部活に行くけど」

「あぁ、帰るぐらいなら何とかな。で、それなんだよ?」

「鬼対策よ! 鰯と柊(ひいらぎ)の葉と節分の豆よ! 一応中国系の用心で桃とか木剣とか銭剣も出しておいたわ!」

「どこにあったとかは聞かないけどさ、効果あんのか?」

 この部室も自宅の姉の部屋と同様訳の分からないもので埋め尽くされるようになっている。何があろうが不思議ではなかった。

「大丈夫よ! 妖怪とか怪異とか都市伝説とかは、大体みんなが常識的に知っているものが効果あるのよ。そうでなければこんなに強力な生き物がこの世界にのさばっていないわけはないわ。つまり彼らには弱点が多すぎるということ。吸血鬼なんかもそうね。陽に弱い、ニンニクに弱い、十字架に弱い、流水が渡れない、鏡に映らない。そんなわけでどんどん淘汰されていったってわけ!」

 愛子が驚いたような顔をしている。

 雄一の顔が少し青ざめた。

 ここに弱点があまりない吸血鬼がいるのだ。姉理論は通用しないのではないかと思える。

「姉ちゃん、あのさ。例えば何だけどさ、そーゆー弱点がない吸血鬼とかいたらどーすんだ?」

「そうね、そんなこともあるかもしれないわ! けれど大丈夫。弱点がないということはその分吸血鬼としての力が弱いのよ! そんな吸血鬼なら脅威ではないわ!」

「どんな理屈だよ……」

「まぁ、鬼ぐらい有名なら大丈夫よ! 日本ではいまだに節分の行事を行ってるのよ! 当然効果があるに決まってるわ!」

 自信満々にそう言って睦子は部室を出た。

 愛子も睦子に続いて出てくる。その顔は困惑に彩られていた。何のためにこんなことをしているのかさっぱりわからないのだろう。

 ――大丈夫だ。野呂。俺もわからん。

「なぁ、こいつ置いとくのはいいけどさ、誰かが来たらどうすんの? 見回りの先生とか鍵持ってんだろ? これ見られたらまずくないか?」

「ゆうくん賢いわ! 私はそんなこと考えてなかった! でも大丈夫! お姉ちゃんがいいこと思いついたから!」

 そう言って睦子は再度部室に入ると、サインペンとコピー用紙、セロハンテープを持って出てきた。

「張り紙をしておけば大丈夫!」

 睦子が床にコピー用紙をおいて座り込み、さらさらと文字を書いていく。

 何を書いているのか気になった雄一は覗き込んでみた。華麗な筆跡でこう書いてある。

 ――冷やし中華始めました。

「開けたくなるわ! 中で何やってんのか気になって仕方ねぇ!」

「間違えたわ! 張り紙のイメージからつい!」

 睦子は用紙をくしゃくしゃに丸めると、再度無駄に達筆に文字を連ねた。本来書きたかったのはこちらなのだろう。そこにはこう書かれていた。

 ――バルサンたいています。


   *****


「まぁ何というのか、ゴキブリ扱いは少し可哀想な気もするな」

「そう? 私は全く思わないけど」

 雄一は愛子に肩を貸してもらいながら校門へと向かっていた。夕日が照らす並木道を二人で歩いている。

 この時間帯に学校に残っている者達は部活動などで忙しいのだろう。他には誰もいなかった。

 身長差があるため雄一が愛子の肩に手を載せ体重を少し分散させるような形だ。左足をひきずるようにしている。

 睦子は張り紙を貼って部室に鍵をかけると「遅刻しちゃうわ!」と叫んで慌てて走っていった。

「坂木くん大丈夫なの?」

「あぁ、一日寝れば大丈夫だろ。これまでの感じだと明日にはそれなりに動けるようになるはずだ」

「だったらいいんだけど……ねぇ、お金返してくれない?」

「え?」

「五百円玉渡したでしょ? 返してよ」

「くれって言っただろ!」

「……くれって言ったら、五千円もらえるほど世の中甘くないと思うけど?」

「いや、投げてどっか行ったし」

「わかった。投げた分はいい。あれは必要だったと諦める。けど投げたのは八枚だったよね? 千円残ってるでしょ?」

「……よく見てたな……あ、いや、別にちょろまかそうとか思ってたわけじゃねーぞ! 忘れてただけだ」

 愛子が雄一を半閉じの目で見る。あからさまに疑っていた。

「後で返してね。今はいいけど」

「……金持ちのくせにケチくさいな……」

「金持ちってのはお金の計算に細かくないとなれないもの。というか何で五百円玉なの? 十円玉でもいいんじゃない?」

「お金に細かいってそういうことかよ! ……そうだな。単に重さと大きさの問題かな。五百円玉で練習してたからあれが一番投げやすい」

「ねぇ? 他にも何かびっくり技ってあるの?」

 愛子が期待に満ちた目で雄一を見つめる。雄一は露骨に嫌そうな顔をした。

「はぁ……そうだな。まぁいろいろあるけど、今の流れで言えば割り箸投げたりできるな」

「割り箸ってコンビニでもらうようなの? あんなの投げて意味あるわけ?」

「畳ぐらいなら貫通するぞ?」

「……坂木くんは一体何と戦ってるの?」

 呆れたような顔で愛子は雄一を見た。今日見せられた雄一の身体能力は異常だった。それこそ鬼や化け物とでも闘うことを想定しているとしか思えない。

「別に何とも戦ってねーよ! そんな日々化け物と戦ってるような人生送ってるなら殺人鬼にびびったりしてねぇ」

「あぁ、それもそうなのかな」

 そう言うと愛子は何やら考えこみだした。

「どうしたんだ?」

「えーと……お礼を言うべきかと思ったんだけど……そもそも坂木くんに巻き込まれなきゃこんな目に会ってないわけだし……やっぱりやめとく」

「そりゃそうだな。俺は野呂に迷惑かけてるだけだし……まぁこの埋め合わせはいずれするよ。野呂の兄貴のこととかもあるしな。そっちはそっちでどうしていいかまだわかんないけど」

「そう言えばさっきは最後まで聞かなかったんだけど逃げてたのは何で? やっつけちゃえばよかったじゃない」

「あのな……あんな化け物相手に闘うなんて普通考えるか? 逃げるだろ?」

 雄一は呆れたように言った。現代日本に生きるものとして襲われたから反撃するという野蛮なことを真っ先に考えたくはない。逃げて済むならそれに越したことはないのだ。

「それはそうだけど……じゃあ何で結局戦ったの?」

「姉ちゃんが勝てるって言ったからだな。姉ちゃんはあんなんだけどそのあたりの目利きは間違いはない。姉ちゃんがあそこで逃げろって言ったなら今度は三人で逃避行を繰り広げるつもりだった」

「ふーん……信頼してるんだね」

「あのな! 何かいい話みたいにしようとしてんじゃねーよ!」

「そう? 少なくともうちの兄妹よりは仲はよさそうだけど?」

「……まぁ悪くはないけどな。けど高校生にもなって姉ちゃんと仲がいいとかってのも恥ずかしくないか?」

「そういうものかな? まぁ私も今更お兄ちゃんと仲良くするのもちょっとね……」

 二人はかなりゆっくりと歩いて校門までやってきた。

 その校門の直前で雄一が急に立ち止まった。愛子は訝(いぶか)しげに雄一を見る。

「あいつのことすっかり忘れてた……野呂……何もわからないフリをしろ……」

「え?」

 雄一が校門のあたりを見つめながら愛子に小声で言う。

 学校の敷地はぐるりと人の高さほどの植え込みで囲まれたようになっていた。そのため校門を出た所は見えなくなっているのだがそこに何かの気配を感じたということらしい。

 雄一が緊張している。愛子の肩に置かれた手が力んでいるのがわかった。

「こんにちは。坂木くん、野呂さん。ん? もうこんばんは、かな?」

 武内奈月が校門の影から現れそう言った。

 学校のブレザーを着たままだ。家には帰らずに外を出歩いていたらしい。

「しらじらしいな」

「何が?」

 奈月は何を言われたのかわからないといった不思議そうな顔をした。雄一はそこで奈月が愛子の手前そうしていると気づいた。

「何でもない。武内は今頃学校に何しにきたんだ? 忘れ物か?」

「そんな感じ」

 雄一は話を合わせた。愛子を部外者と思っているならできるだけそう思わせた方がいいと考えた。

「最近仲がいいみたいだけど二人はつきあってるの?」

「え、えーっと……」

 愛子が顔を赤くしてうろたえている。このままではボロが出そうだ。

「別にそんなんじゃない。足をくじいた俺をたまたま通りがかった野呂が助けてくれただけだ」

 雄一は愛子から離れると校門に背中を預けた。

「野呂。ここまでありがとう。もう大丈夫だから先に行ってくれ」

「え、でも……」

「ゆっくり歩けば大丈夫だから。家まで付き合わせるのも悪いしな」

 早く行け! そう思いながら雄一は愛子を見つめた。

「うん。じゃあまた。気をつけて帰ってね」

 そう言うと愛子は校門を出ていった。

 残された二人は黙ったままだ。

 しばらく待ってから奈月が口を開いた。

「生きてるとは思わなかった」

「随分とのんびりしてたじゃねーか」

 憎まれ口を叩きながらも雄一はまだ動けるか全身を確認していた。

 左足以外は無理をすれば動きそうだとわかる。

 だが奈月が殺人鬼の少年と同等以上の能力を有しているなら今の状態では勝ち目はないと思えた。

「私がどこにいたか知らないくせに、のんびりしてたかどうかなんてわかるの? ……まぁそうね。正直な話もう無理だと思ったから急いでいくこともないと思ってた。しばらく前から学校の周囲を探ってたの。でも警察が来る様子もないし騒ぎにもなっていない。だからどういうことか見に来たんだけど……何があったの?」

 雄一はポケットを探った。愛子から借りた五百円玉が残り二枚。武器としては心もとない限りだ。

「お前のアドバイス通り逃げまわってたんだよ。そんで足をくじいたってわけだ。必死に逃げ回ってたらいつのまにかあいつはいなくなってた」

「へぇ? にわかには信じられない話だけど……そうね、信じてあげる」

「ん?」

 苦しい言い訳だと思っていた雄一だがすんなりと受け入れられて拍子抜けしてしまった。

「坂木くんが生きてる以上そういうことなんでしょうね。あいつ気まぐれだし途中で飽きたのかも」

 それはそうかと雄一は思った。あれに襲われて生き延びる、ましてや反撃して倒すというのを想定するのは無理だろう。

 ならばこれも話を合わせておくべきだと雄一は考えた。

「……だったらもう俺を狙うなって言っといてくれよ。無理に俺を殺すつもりはないんだろ?」

「そうね。坂木くんが死んでくれるなら面倒がなくていいかと思ったんだけど、あいつにまかせると逆に面倒なことになりそうだし……やめるようには言っておく。けど彼が言うことを聞くかどうかはわからない。だから忠告ね。帰り道は気をつけた方がいい。狩りはまだ続いているかも。油断した所を後ろからばっさり……なんてこともあるかもね」

 そう言い残すと奈月は去っていった。

 周りに誰もいなくなったことを確認すると、雄一は校門に背をあずけた状態からずり落ちしゃがみこんだ。

 ゆっくりと息を吐き力を抜く。かなり緊張していたようだった。

「坂木くん!」

 必死な声に雄一は顔を上げた。愛子が真っ青な顔で目の前に立っている。

「バレちゃった!」

「はぁ!?」

「そこの角で待ってたんだけど武内さんがこっち来ちゃって……」

「お前……さっさと帰っとけよ……」

 雄一はため息をついた。

「だ、だって! 武内さんは電車通学だし帰るにしても駅の方に行くはずだと思って……」

「で、何がバレた?」

「武内さんが急に出てきて、びっくりしちゃって、そしたら「勝手に携帯の番号教えないで」って言われて「ごめん」って言っちゃった……」

 雄一は頭を抱えた。

 雄一が奈月のことを愛子に喋ったかどうかはそれだけではわからないはずだが、状況から考えると雄一と愛子が結託していると思われたはずだ。

 愛子が余計なことを言わなかったとしても、そうやってカマをかけてくる時点で既に疑われている。

「……まぁバレただろうな……で、見逃してくれたのか?」

「そのまま歩いていっちゃったけど……」

 雄一は考え込んだ。

 どうごまかせばいいのか必死で考える。

 だがどうしたらいいものかまとまりがつかない。

「今日の所は帰って寝る!」

 疲れているし体中が痛い。これ以上ややこしいことを考えるのは今の雄一には無理だった。

「えー! 何それ!」

「とりあえず明日考えよう!」

 雄一はただ問題を先送りにしているだけのことを堂々と口にした。

 結局自宅には再度愛子の肩を貸してもらい、送り届けてもらうことになった。

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