3話 サバイバル部にはもう入ったことにされていた

 昼休み、雄一が翔太と弁当を食べている所に愛子がやってきた。

 愛子は何食わぬ顔で近くの空いている椅子を引き寄せると座り込み、自分の弁当を広げ始める。

「え? 野呂さん?」

 翔太が驚きの声を上げる。愛子がやってくるなどとは全く思っていなかった。

「野呂、何しに来たんだよ」

「いつの間にか呼び捨てにされてるんだけど?」

 愛子が雄一の耳元に口を寄せぼそりとつぶやく。

「例の件があるんだから、ふだんから仲良くしてないといざって時にまずいでしょ?」

「んー、そういうもんか?」

「お前ら何こそこそやってんだよ!」

 顔を近づけぼそぼそと喋りあう二人を翔太はうさんくさげに見つめた。

「あぁ、何か弁当一緒に食いたいって。いいだろ?」

「いいけどよ、何だよ、お前ら付き合ってんのかよ」

 そう言われて愛子は困った。言い訳を何も考えていない。

「違うの! えーと、実はこの間、道で倒れていたおばあさんを介抱している坂木君を見かけたの!」

 ――作り話でももう少しリアリティを出せよ! 

「そしたら坂木君も倒れちゃって! 何でも苦しそうなおばあさんを見ていて同じ気分になったとか! 通りがかった私は坂木君とおばあさんを抱えてうちへ! あ、うち病院なのね。で、そしたら坂木君感激しちゃってさ! そんなこんなで意気投合? で仲良くなったわけ……」

 愛子は上目遣いで翔太を見た。テンパッって無理やり言い訳をひねり出しては見たが自分でも途中で何を言っているのか分からなくなっていた。

「そっかぁ、野呂さんすげぇなぁ。二人抱えて運んだのかよー」

 ――信じるなよ!

 まさかと思いながら雄一は翔太を見た。疑う様子がまるでない。

「あ、あぁ、すげぇ、パワーだった」

 雄一も一応話を合わせておいた。

 愛子は自分で言っておきながらも力持ち扱いに不満げな様子だ。

「まぁ弁当食おうぜ!」

「……何か翔太すげぇ、って時々思うよ」

「ん? そうか?」

 三人が食事を再開した。

 だが突然女の子が増えても共通の話題など何も思いつかない。

 困った翔太は雄一を指さしていった。

「なぁ、野呂さん、こいつ変なもんばっか持ってんだけど知ってる?」

「え? 何?」

 愛子もとりあえず食いつく。変なものの一部は昨日見せられた。それ以外にもまだあるのかと思うと好奇心が刺激される。

「坂木、ペンケースの中を見せてやれよ」

「何でだよ」

「いいからいいから」

 そういうと翔太は反対側から、机の中に手を入れてごそごそとやりだした。ペンケースを取り出す。

 ファスナーで閉じるタイプの皮でできたペンケースだ。それ自体には大した特徴もない。

 翔太はファスナーを開けると中身を机の上にばらまいた。

「おい!」

「まぁまぁ」

「まぁまぁじゃねーよ!」

「ほらこれ?」

 翔太はペンを拾い上げた。

「それが?」

「坂木、解説してやれ」

「いやだ!」

「まぁ、いいや、これなんか変だと思わない?」

 愛子は手渡されたそのペンをよく調べてみた。まず重量感がすごかった。普通ペンなどというものは持っていてもその重さを感じることなどほとんどない。これは違う。存在感がありすぎる。

 それと頼りない所がまるでない。材質はプラスチックのようだったがどれだけ力をいれようと歪む気配がなかった。

「変……」

「だよなぁ。これさぁ、タクティカルペンって言うんだってさ。武器になるんだって。このペンのおしりのとこさ、何か付いてるだろ?」

「付いてるね」

 ペンエンドの部分に触らないとわからないような大きさの突起が付いている。

「グラスブレイカーだってさ。車のガラスを割れるんだってよ」

「坂木くん……何のためにこんなの持ってるの……」

「姉ちゃんだよ! 姉ちゃんが勝手に入れるんだよ!」

 雄一は叫んだ。雄一の荷物には知らず知らずに姉がセレクトした奇怪なアイテムが入っている。何度捨ててもいつのまにか入っているので雄一はこの件についてはもう諦めていた。

「他にもほらこれ」

 翔太は別のペンを拾った。グリップをひねる。刃が飛び出した。

「え?」

 別のペン状のものを拾う。かちりと音がしたと思ったら、ボッという音とともに火柱が上がる。

「はぁ?」

「ペンバーナーだってさ。つーかこん何どこで売ってんだよって感じだよな!」

「うるせぇ! ほっといてくれ!」

「坂木くん……捕まらないでね……」

 愛子が憐れみ混じりに言う。

 雄一は言葉に詰まった。職質は雄一の大敵だ。いつもこそこそと警らのおまわりさんを避けるようにしている。

「ぶちまけたのはお前だからな。ちゃんとしまえよ! あ、それは気をつけろ!」

 翔太が文房具をペンケースへとしまっていたが、定規に手を出そうとしたところで雄一が止めた。

「それ片側が研いであってすげー切れ味だから」

「いや、それはやばすぎんだろ……」

 スチールの定規だ。その片側が丁寧に研いである。不用意に触れば怪我をする所だった。

「姉ちゃんが古い漫画読んで影響受けたんだよ……」

「何の漫画だよ」

「……他にも自転車のスポークをとがらせたやつもある……」

「なぁ、お前一度ちゃんと姉ちゃんと話し合った方がいいぞ」

 翔太が呆れたように言う。

 無駄なんだよ。雄一はそうつぶやいた。


   *****


「でさ、具体的に何かすることってあるの?」

 放課後の屋上。そこに雄一と愛子はいた。他には誰もいない。特に用もなく屋上にやってくるものはいないためだ。

 雄一は金網越しにグラウンドを見ていた。愛子は金網に背を預けぼうっと空を見つめている。

「考えてみたけどとりあえず様子みるしかないよな。野呂はさ、この近辺で殺人事件が起こってるとか聞いたことある?」

「ない……と思うけど。少なくとも同じ市ならニュースで見ても気づくと思う。違う市とか県だとそこまで気にならないからわかんない」

「だよなぁ。本当に人殺しなんてしてるのかな?」

「私に聞かれてもね、武内さんが殺人鬼だって言ってるのは坂木くんだけなわけだし」

「いや、本人が認めたんだぞ?」

「だから、それを私は知らないし、まぁ何か見えるとかってのは信じたけど」

「まぁなぁ、証拠はないしなぁ」

 作戦会議のつもりだったがすぐにネタは尽きてしまった。

「まぁ、こっちはすぐにすることもないし、先に野呂の兄さんの方を考えるか。兄さんは何か計画を進めてるのか? その……世界征服?」

「……裏地が赤い、黒いマント買ってきてた……」

 非常に言いづらそうに愛子は言った。

「えーと、形から入るタイプ?」

「鏡の前でマントひるがえす練習してた……」

「なぁ……そいつほっといても大丈夫じゃね?」

「そんな気がしてきた……。ていうか坂木くんが愚痴を聞いてもらいたかった気持ちは少しわかってきた。一人で悩むんじゃなくて人に話すだけでも少しましな感じ」

「あぁ、そりゃどうも。お役にたてて何よりだ……まぁ、何だ、お互い家族には苦労するな」

 突然屋上の扉が開いた。そこから勢い良く飛び出してきたのは雄一の苦労の原因、つまり姉だ。

「ゆうくんいた! 部室にくるようにって言ってたのに!」

 雄一は振り向き姉を見つめため息をついた。あまりクラスメイトにこの姉を見せたくはない。

「ねえちゃん……もうちょっとしたら行こうと思ってたんだよ……」

「えーと、この人が坂木くんのお姉さん?」

「そうだよ」

 雄一は嫌で仕方がないといった口調でそう言う。

 愛子はまたもや打ちのめされたような気分になった。妹もそうだが姉も美人で嫌になってくる。

「え? ゆうくんが女の子と一緒って……おめでとう! わかった! 邪魔はしない、私は理解のあるお姉ちゃんだから! そうよね、高校生にもなったら彼女の一人ぐらいゆうくんならすぐに作れるよね!」

「ちげーよ!」

「今日は部活はいいから! 二人でお幸せに! あ、これ今日の資料だったんだけど今渡しておくから読んでおいて!」

「そんなもん家で渡せばいいだろ?」

 そういって睦子は分厚い紙の束を渡してきた。何かの資料のコピーのように見える。

 愛子はその資料を覗きこむ。雄一はその資料を愛子にそのまま手渡した。

「え? いいの?」

「興味ないし」

 そう言われても愛子も特別興味があるわけでもなかったが、渡されてしまったので見ないわけにも行かない。パラパラとめくってみた。

 図と専門用語ばかりで何が何だかわからない。

「え? 何ですか? これ?」

 思わず聞いてしまった。

 睦子は得意満面といった顔でそれに答える。

「エレベータのマニュアルよ! 東芝と三菱とフジエレベータのものがあるわ! エスカレータもね!」

「あの、それは見たら分かったんですけど、何のために……」

「サバイバルのためよ! 我がサバイバル部では様々なシチュエーションで生き残る、サバイぶるために色んな知識が必要になるの!」

「サバイぶるって何だよ!」

 睦子は雄一のツッコミは無視して話を進めた。

「知ってる? 映画でよくあるような、天上のハッチから脱出なんてまず無理なの。あれ内側からは開かないから! 私はよくエレベータの天井を見上げてるからよく知ってるわ! でもそれだと突然何者かに襲われたときとかに困るでしょ?」

「あぁ……よく知ってるよ……ねえちゃんエレベータの中でいつもキョロキョロしてるよな……」

「でもね、エレベータには壁の下の方に穴があいてるの! 知ってた! 棺桶を運ぶために開くようになってるの! いざってときはそこに隠れるといいわ!」

「いや……そこ普通鍵かかってないか?」

 雄一が呆れたようにいう。愛子も初耳だったがそんな扉があるとして鍵がかかっていてもおかしくないだろう。

「ピッキングしたら大丈夫!」

「てかさ、何がいざって時なんだよ。何から身を隠すんだよ」

「……ゾンビとか? 多分ゾンビなら頭悪そうだから隠れたら大丈夫!」

 愛子はエレベータについて語る睦子を見てあっ気にとられていた。確かに雄一の言うようにいろいろと残念な感じだった。

「あ、最近のエレベータだと側部救出口ってのもあるわ。隣のエレベータに乗り移ったりできるらしいの。ロマンよね!」

「はぁ」

「エスカレータはね、保守用に下に潜れるところがあるの! だから天井が崩落してエスカレータの上が通れなくなっても、下を通って上に出られるかもしれない! 覚えておくといいわ!」

「坂木くん……お姉さんは一体何を……」

 愛子は助けを求めるかのように雄一を見た。雄一としてもこの姉を見て困惑する気持ちはとてもよくわかる。

「あぁ……えーとだな、姉ちゃんはサバイバル部ってとこの部長だ」

「うん」

「で、何かあほらしいことをくっちゃべるだけの部だ」

「違うわ!」

 睦子が血相を変えて言う

「サバイバルの知識は現代を生き抜くための必須事項なの! 突然の大地震、バイオハザード、孤島で殺人事件発生、遊星からエイリアン来襲、突然荒廃した未来世界に、異世界に飛ばされたら……世の中は数限りない危険であふれているの! それらから身を守るために様々なシチュエーションをシミュレーションし検討しあう。サバイバル部はそんな部活よ!」

「ねーから。エイリアンとか異世界とかねーから」

 雄一にはやはり阿呆らしい、ありえないことを考えてぐだぐだしているだけの部活にしか思えない。天が落ちてくることを心配したという故事、杞憂。まさにそんな感じだ。

「それにくっちゃべるだけじゃないわ! 今日の議題はこれ! この保守マニュアルに従ってエスカレータの下に潜る練習をするのよ!」

「頼むから……街中のエスカレータに手を出すなよ……」

 雄一はすがるようにそう言った。人様に迷惑をかけるようなことはしないと信じたいところだが信じ切れない部分もある。

「大丈夫! メーカーに協力は取り付けてあるから! 社会見学よ!」

「何だその行動力は……」

 睦子の人脈はよくわからなかった。ちなみに資金源もよくわからない。

 姉の部屋にあった数々の武器。本物ゆえに結構な値段がするはずだ。そこらの女子高生が買いあさることなどできないはずなのだがどうやって手に入れているのか雄一には謎だった。

「他には毎日走りこみをやってるわ! サバイバルにはとにかく体力が必要なの! 後は握力と腕力を鍛えたり。ビルから落ちそうになったときに助かるためよ! そう言えばお名前を聞いてなかったわ! 何ていうお名前かしら!」

「……野呂愛子です……」

 終始興奮気味の睦子に愛子は引いていた。

「そう、野呂さん! ノロウィルスみたいでかわいい名前ね!」

「……そりゃねーだろ……」

 言うに事欠いてノロウィルス。もう少し何とかならねーのかよ。と雄一は頭を抱えた。失礼すぎると思う。

「じゃあ、野呂さんもサバイバル部に入るのね!」

「え?」

 どうしてそうなるのかまるで分からなかった愛子はきょとんとした顔をした。

「何が、じゃあ、だよ!」

「入部届を用意しておくから! ゆうくんに預けておくから書いてゆうくんに渡してね!」

 そういうと睦子は立ち去った。

 威勢よくしゃべり続けていたかと思うとあっという間にいなくなる。愛子は睦子の勢いにまるで着いていけなかった。

「えーと……」

「……俺が苦労してるのが分かってもらえただろうか……」

「うん……」

 愛子は睦子が出ていった屋上の扉を見つめながらそう言った。


   *****


 特に話すこともなくなった二人は帰ることにした。

「俺、教室に鞄(かばん)置きっぱなしだった」

 愛子は帰る用意はしていたので付き合う必要はなかったがとりあえず教室の前まで付いていった。途中まで一緒に帰ろうと思ってのことだ。

 帰る方向はほぼ同じで、坂木家より更に十分ほど歩いた所に愛子の家がある。

 雄一が教室のドアを開いた。

 少年がいた。他には誰もいない教室の真ん中で机に腰掛けている。学生服に野球帽をかぶった少年だった。

 雄一はそれを視認した瞬間にドアを勢いよくスライドさせ閉めた。

 同時にまっすぐに腰を落とし尻もちをついたようになり、そのまま後転し壁際までさがり「野呂伏せろ!」と叫ぶ。

 コスンといった軽い音と同時に木製のドアに二つ穴が穿(うが)たれ、鈍い音とともに背後の壁が揺れた。

 ドアを貫いた何かは廊下のコンクリート壁に突き刺さり震えている。苦無。手裏剣の一種だ。それが二つ壁に生えたようになっている。

 先ほどまでの頭の位置だった。立っていればそのまま両目に突き刺さっていただろう。

「え?」

 愛子は何が何だかわからない。

 教室に入ろうとした雄一が突然後ろまわりをして何事かを叫んだ。

「伏せろって言っただろうが! って今更伏せても仕方ない。逃げるぞ!」

 雄一は立ち上がると愛子の手を取った。

 いきなり手を繋(つな)がれて愛子はドギマギとしたがそんな悠長なことを考えている暇もなく、雄一はそのまま走りだした。

「え? え? 何?」

 愛子は引っ張られるようにしてされるがままだ。慌てて同じように走りだすも状況が見えない。

「殺人鬼だ!」

「え? 武内さん?」

「違う! 殺人鬼Ⅱだ!」

 愛子は後ろを振り向いた。

 自分たちの教室のドアが開き、少年が出てくる。

 遠目ではよくわからないが背丈からすると同年代程度に見える少年だ。黒詰めの学生服なので違う学校の生徒なのかもしれない。

「殺人鬼Ⅱってあの人が?」

「そうだよ! 頭の上にそう書いてある!」

 ――Ⅱって何だよ! まだⅠも攻略してねーだろうが!

 少年はゆっくりと雄一達の方へと歩き出した。

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