2話 吸血鬼はそこらにいる

「で、お前の姉ちゃんなんだがやはり想像通りだな。むちゃくちゃ可愛いじゃねーかよ!」

 教室にやってきた翔太は先に登校していた雄一に興奮交じりにまくしたてた。

 どうやら雄一と一緒に登校する睦子の姿を見たらしい。

「つーか俺はお前を見かけなかったがどこで見てたんだよ」

「お前のすぐ後ろだ!」

「……ストーカーかよ」

 翔太は雄一の非難交じりの視線も気にせず着席した。

「あれで腐女子とか言われても信じられねーんだけど」

「それじゃねーって。中二病だ」

「何か違うのか?」

「全然違う。ねえちゃんは腐ってねーよ。……まぁあれだ、例えばだな、漫画の名言ベスト3を選ぶとする。お前ならどうする?」

「うん? えーとそうだなオタクっぽけりゃいいんだろ、あれだ「私の戦闘力は五十三万です」とかそんなんだろ? ドラゴンボールなら読んだことあるぜ」

 ドラゴンボール。

 雄一は嫌な記憶を思い出した。姉に散々かめはめ波の練習をさせられた思い出がよみがえってくる。

「ねえちゃんの一位は『とっくの昔に義眼じゃよ』だな」

「え? いや、意味がわからん」

「ちなみに二位は『ミギー、ぼ、防御たのむ……』だ」

「……一応聞いとくけど三位は?」

「三位は『ばかなッエネルギー保存の法則はどうなる!?』だな」

「わからん……だが、何だか深い溝があることは感じた」

「まぁそういうことだ」

 ちなみに同率三位としては他にも「ジャイアンとさらば」と「一線を越える!」がある。

 だがそれはあまり言いたくなかった。シチュエーションとともに考えるといろいろとまずい。

「ねえちゃんなら、サバイバル部の部長をやってるからそんなに興味あるなら入ったら?」

「あーどうかなーそれは、俺にはサッカーが……」

「まぁ無理にとは言わないけどな」

「そーいやお前は部活どうすんの?」

「俺? ……まぁ多分そのサバイバル部に入ることになると思う……」

 正直気はすすまなかったが、姉に逆らうことはできない。

 担任がやってきたのでその話はそこで終わった。


   *****


 放課後、雄一は屋上にいた。

 最近の学校では屋上が閉鎖されているところも多いらしいが星辰高校では開放されている。

 ここにいるのは何となくだった。

 屋上の柵越しに中庭をぼーっと見ながらいろいろと考え込んでいる。

 殺人鬼に脅されてからしばらく経つが特に何事も起こっていない。

 取り立てて仲良くすることもなかったが顔を合わせれば挨拶をする程度の普通のクラスメイトという関係だ。

 だがこのまま放置しておいていいのだろうかとも思う。

 身の回りでは殺さないと言っていたが、日常的に殺人を行っているとも言っていた。ということはこの数日の間にもどこかで彼女に殺されている人がいるのだろう。

 別に正義の味方のつもりはないがそれは駄目なんじゃないかと思う。

 それにバレれば皆殺しにして去るとも言っていた。何かのきっかけでバレてしまうことがないとも限らない。その場合のことも考えておかないといけない。

 ――けどなぁ……実際問題、殺人鬼何てどーすりゃいいんだよ……。

 殴り合いで勝てるだろうかと考える。ただの女子高生が相手ならまず勝てるだろう。

 だが校舎の四階から飛び降りて平気な人間をただの女子高生と考えることはできない。

 全貌が見えなかった。刃物を付きつけられたので得意武器はナイフのような物なのかもしれないがそれだけとも限らない。

 ――もっと情報がいるなぁ。……これもねえちゃんに相談した方がいいのかなぁ。

 クラスメイトに殺人鬼がいるんだ。と姉に相談してみるとどうなるか考えてみた。

 多分嬉々として話に乗ってくるだろう。その場合の末路は明らかだ。殺人鬼との対決を強制されるに決まっている。

 だが一人でこの問題を抱え続けるのはつらい。誰か協力者が欲しいところだった。

 協力者として望ましいのは誰だろう? まず秘密を共有できて漏らさない、口の硬い人物。これは重要だ。バレれば皆殺しらしいのでうかつに喋られてはまずい。

 それと殺人鬼に相対できるような強さも欲しい所だ。殺人鬼がどの程度強いのかはわからないが、わからない以上最大の戦力が欲しい。

 ――ってそんな都合がいいやついるかよ……。

 雄一はため息をついた。

 この学校に入ってから一番仲がいいのは前の席の翔太だ。

 だが翔太は相談相手としてふさわしいのかと考えるとそうは思えなかった。まともに信じてもらえるとは思えない。

 そう考えると、相談相手の条件で最優先されるのは、殺人鬼が一緒のクラスにいるなんていう馬鹿馬鹿しい話をちゃんと聞いてくれる人物ということになる。

 そんな人物に心当たりなどあるわけがない。姉を除いては。

 雄一はそんなことをぐるぐると考え続けていた。

 するとぼーっと見ていた中庭に誰かがいることに気づいた。

 姉命名の能力、魔眼ソウルリーダーだが今のところ大して役には立っていない。役に立つどころかトラブルを呼び込んだだけだ。

 活用方法はあまり思いつかなかったが多少便利に使える効能としては遠距離でも問題なく人の頭上に文字が見え、そこに人がいることがわかるということだ。

 このため離れた位置にいて顔も見えないような人物の素性が何となくわかる。

 この対象が見も知らない人物であれば「男子生徒」のような意味のない情報なのだが、クラスメイトのような特徴的な肩書きが表示されればそこに誰がいるのかがわかる。

 そのことから中庭にいるのがクラスメイトだとわかった。

「使えるかな……」

 雄一は床においていた鞄(かばん)を拾うと中を確認した。大きめのボストンバックタイプの学生鞄だ。

 教科書を入れるだけならこの大きさは必要ない。

 これは姉が選んだもので姉特選の様々なモノが入っている。職質にでも遭えばしょっぴかれそうな代物だった。

「何というのか……こんなものを使う日が来るとは思わなかったんだが……」

 雄一は中庭に行くことにした。


   *****


 野呂愛子は押し殺すようにして泣いていた。本当ならわんわんと泣き叫びたいところでもあったが、高校生にもなってそれはできない。

 放課後の人気のない中庭でベンチに腰掛けうつむいている。元々小さな体を縮こまらせるようにしていた。

 ふられた。

 愛子はそんなに勉強ができる方ではない。この平均的な実力の学校として知られる星辰高校に入るのにも必死の努力をした。

 隆史(たかし)と同じ学校に通うためだ。

 だがそんな努力も入学一週間目にして無駄になった。

「ごめん……俺好きな子がいるんだ……」

 その瞬間が何度もリフレインする。中庭に呼び出し告白した結果がこれだった。

 愛子は楽天的な性格で失敗する可能性を考えていなかった。それゆえにまさかの結果にぼう然とした。

 気づくと隆史はいない。いつの間にベンチに座ったのか覚えていないが、そこで泣き続けている自分に気づいた。

 ばら色の高校生活が灰色に塗りつぶされていくようだ。何もする気になれない。

「なぁ? 大丈夫?」

 愛子はのろのろと声の方を向いた。

 心配そうな顔をして見つめている少年がいる。

 知っている顔だ。同じクラスで後ろの方にいる男の子。坂木雄一だ。

 どきりとした。間近で見たことがなかったのでよく分からなかったが、とても整った顔をしている。

 手には大きなボストンバッグを持っていた。帰るところなのかもしれない。

 首からかけている大きな十字架が印象的だ。クリスチャンなのだろうか。

 愛子は急に涙でボロボロの顔を見られるのが恥ずかしくなりうつむいて縮こまった。

 雄一は愛子の態度を気にせず隣に座った。

「ほら」

 雄一はボストンバッグからハンカチを取り出し愛子に手渡した。

 愛子も無視できずに受け取る。変わったハンカチだった。

 ベージュの生地に汚れと見まがうような模様が浮き出ている。それはぼんやりと人の形をしていた。

 正直趣味が悪いと思ったが男の子というのはこんなものなのかもしれない。

 好意を素直に受け取ることにした愛子はハンカチで涙をぬぐった。

「んーこれはだめか」

 雄一がぼそりと言う。愛子は自分が落ち込んでいるのを慰めようとしているのだと捉えた。

「坂木くん……だよね? どうして?」

「あぁ、屋上から見えて気になってさ。迷惑なら帰るけど」

 雄一はバッグから本を取り出した。皮で装丁された立派な本だ。それをめくり始めた。

 愛子はちらりとそちらを見る。

 日本語ではなかった。英語ですらない。何が書いてあるのか全くわからなかった。

 雄一はただそこにいるだけらしい。特に慰めの言葉をかけるでもなかったが、愛子はそれだけで少し心が落ち着いていくのを感じた。

 ――ふられたばっかりなのに……。

 愛子は雄一のことが気になった。

 傷心につけこんでいるというふうでもなかったがずるいとも思う。

 押し付けがましくない優しさが心地よかった。

「これでもないか……」

 雄一はパタンと本を閉じる。結局パラパラとめくっていただけのようだ。

「日本に住んでてこれはないと思うけどなぁ」

 雄一はぶつぶつと何かを言っている。

「野呂さん、手出してくれる?」

「う、うん」

 愛子は素直に手を出した。

 いきなり現れた大して親密でもない、男の子の言うことを聞いているのは結局のところ雄一が美少年だからだ。これが醜男なら最初に現れた時点で逃げ出しているだろう。

 ぽんと、愛子の手の上に何かが置かれた。

 金色で細長く両端がとがっている。独鈷杵(とつこしよ)と呼ばれる仏具だった。

「ギャー!」

 愛子の手から煙が立ち上った。独鈷杵を取り落とす。手首を押さえて転げまわった。

 愛子の手はジュウジュウと音を立てて焼けただれている。

「な、な、何しよるんじゃー!」

 愛子が立ち上がり叫んだ。同じく立ち上がっている雄一を見上げるようにして睨(にら)みつけた。

「これか!」

 雄一はガッツポーズを取っている。

「ならこれも効くのか? 観自在菩薩、行深般若波羅蜜多時……」

 独特の節で歌い上げられる般若心経(はんにゃしんぎょう)だ。

 聴いた愛子は耳を押さえてまたもや転げまわる。

「やめて! やめて!」

 雄一はそれを聞き入れ唱えるのをやめた。

「うーん、日本に住んでてこれは大変じゃないのか?」

 雄一が憐れむように愛子を見下ろす。

「な、何なのよ! 一体!」

「ん? あぁ野呂さんが吸血鬼らしいから弱点を探ってた」

 愛子が固まった。

 絶対に知られてはいけない秘密だ。ばれるようなことは今まで一切したつもりはなかったのにあっさりとバレている。

「な、何で!」

「その説明はするけど……そうだな、俺に協力してもらいたいことがあるんだ」

 雄一はさわやかな笑顔でそう言う。

 愛子は自分の平穏な高校生活が終わったことをひしひしと感じていた。


   *****


 雄一は家路についている。

 その後ろには野呂愛子が落ち込んだ様子でついてきていた。

 愛子は高校一年生にしては小柄な方だ。ショートボブで愛きょうのある可愛らしい顔をしているがスタイルはあまりよくない。胸もくびれもお尻もない。よく言えばスレンダー。悪く言えばずん胴といった感じだ。

「ねぇ」

「ん?」

「さっきの……独鈷杵以外のは何だったの?」

「あぁ、まぁ十字架は見たまんま。効かなかったけど。ハンカチは聖骸布のミニチュア版で、読んでた本はコーランだな」

「何でそんなもん持ち歩いてんのよ!」

 愛子が叫ぶように言う。そんなものを持ち歩いている高校生がいるとは思えなかった。

「姉ちゃんの趣味でな。持たされてる。妖怪や悪魔が出たら大変だ! ってな」

「そのお姉さんて何者なの……」

「姉ちゃんのことはほっといてくれ……俺も困ってる」

「あたしも困ってる!」

「まぁ、何だ。あまりそこらでおおっぴらにできる話でもないだろ? 俺んちで話そう」

「……何でそんなに仲良くもない男の子のうちに……」

 愛子がぼそりと言った。男の子のうちに連れ込まれるという状況には不安しか覚えない。

「あ、何か変な心配してる? 大丈夫だよ。親もいるし妹もすぐに帰ってくる。姉ちゃんは部活やってるけどな」

 そう言う間にあっさりと家に到着した。徒歩十分は伊達ではない。

「ただいまー」

「お邪魔します」

「おかえりなさい、あらお友達?」

 母親が玄関で出迎えた。突然つれてきた女の子を見て訝(いぶか)しげな様子だ。

「そう。野呂さん」

「野呂愛子です、はじめまして」

「ゆうちゃんが、女の子を連れてくるなんて珍しいわねぇ。はじめまして。仲良くしてあげてね」

 そう言われても仲良くできる気はあまりしない。今は脅されているような立場だ。

 二階に上がってすぐが雄一の部屋だった。

 愛子は男の子の部屋ということで身構えていたが意外にも整頓された部屋だった。

 学習机が二つ並んでいて二段ベッドがある。他には本棚やテレビ。二人部屋のようだった。坂木家の家族構成は聞いていないが弟でもいるのだろうかと愛子は思った。

 愛子は部屋の真ん中に置いてあるローテーブルの前に座った。

 雄一は部屋に案内してから飲み物を取りに行き、すぐに戻ってきた。

「オレンジジュースでいいか?」

「持ってきてから聞かないでくれる?」

「ま、そりゃそうだな」

 あまり仲がいいと言える状態ではなかった。

 雄一はジュースをテーブルに置くと愛子に対面するように座った。

「それで? 説明してくれる?」

「あぁ……何というのかある日突然、人の頭の上に字が浮かんで見えるようになった。野呂の場合だと「吸血鬼」って書いてある」

「はぁ?」

「いや、まぁ信じられないだろうけどな。でも野呂の正体を見破ってるんだ。証明にならないか?」

 愛子は考え込んだ。

 正体がばれるような素振りは一切見せていない。それどころか自分が吸血鬼だなどとふだんは意識すらしていなかった。

 たとえ同族同士だったとしても見た目だけで吸血鬼かどうかなどわかるはずがない。

「まぁ……とりあえずは信じてあげる。けどどうして私にそんな話を?」

「この能力のおかげで少し困ったことになった。クラスの中にいる殺人鬼の正体を見破っちまってな。で、見破ったことがそいつにバレた。そのことを俺一人で抱え込むのは正直つらくて仲間を捜してたんだ。で、その殺人鬼は……」

「ちょっと! 知りたくない! それ以上言わないで!」

「武内奈月なんだが」

 愛子はがっくり肩を落とし沈み込んだ。

 聞いてしまった以上何事もなかったかのようにクラスメイトとして接するのは難しい。

「で、野呂を秘密の共有者にしようと思ったのはだな、吸血鬼って隠してるみたいだし、それで脅せば言うこと聞いてくれるかなってのと、同じ鬼だし何か分かんないかなぁってことなんだけど」

「……で、何しろってのよ」

「そうだな、まぁとりあえずは俺の愚痴を聞いてくれるだけでいいんだけど」

「脅迫されて愚痴を聞くって何それ……」

「あいつ、バレたら学校中皆殺しにするって言ってんだぞ! そんなもん一人で抱えられるか!」

 雄一が突然大きな声を出した。

「ちょっと! お母さんに聞かれてもまずいんじゃないの!?」

「あぁ、すまん」

「わかった。話を聞くだけでいいなら聞いてあげる」

「助かる。でだ。話し聞くだけって言っておいてなんだけど一応聞いておきたい。野呂は戦ったりできるか?」

「え? 戦うって?」

「ほら、何か吸血鬼パワーみたいなので殺人鬼ぐらい楽勝でひねれるとかってことなら俺のストレスも大分軽減できるかなと」

「無理。私人間とそんなに変わらないから」

「え? 蝙蝠(こうもり)になったり霧になったり血を吸って仲間を増やしたり」

「全部無理。あ、他にも言っておくと鏡には写るし、流れ水も渡れるし、招かれなくても人の家に入れるよ」

「それ、本当に吸血鬼なのかよ?」

 雄一はうさんくさいものを見る目で愛子を見た。

「私だって別に好きでやってるわけじゃない!」

「まぁそりゃそうか。すまん」

「まぁいいけど。とにかく吸血鬼っぽい弱点はないよ。そうじゃないとこうやって学校なんて通えないし」

「でも、お経とかは駄目なんだろ?」

「まあね。仏教圏の吸血鬼だから。けどふだんの生活で仏教に関わることなんてほとんどないし」

「血は吸わないって言ってたけどだったらどこが吸血鬼なわけ?」

「血は加熱して料理に混ぜて食べてる。生の血なんて生臭くて無理だし」

「血は人の血?」

 肝心の部分を聞いてみた。これが牛や豚の血でいいようなものなら人間と何ら変わりない。

「うん。でも人を襲ったりはしてない。輸血用血液を使ってる。私の家病院だから。野呂総合病院て知ってる?」

「あぁ、聞いたことあるな。え? じゃ野呂は結構金持ち?」

 野呂総合病院。この地域では中心的な病院だ。ベッド数は優に千床を超えるマンモス病院としても知られている。

「まぁ謙遜しても嫌みだろうから言うけどお金はある方だと思う」

「家族も皆吸血鬼?」

「そう。遺伝するからね」

 話を聞く限りでは戦力にはなりそうになかった。ならば戦うとすれば雄一が一人でやるしかない。

 話が途切れ沈黙が訪れた。

 ほぼ初対面で吸血鬼やら殺人鬼やら以外には特に話題はない。

 階下から「ただいま」という声が聞こえてきた。女の子の声だ。妹が帰ってくると聞いていたのでそれだろう。階段を上がってくる音がする。

 足音は部屋の前で止まりドアを開けて入ってきた。てっきり通りすぎて奥の部屋へと行くと思っていた愛子は少し驚いた。

「ただいま、おにいちゃん」

「あぁおかえり、友達来てるから。こいつ妹の依子」

 雄一が軽く妹を紹介する。

 愛子は一目見た瞬間に負けを悟った。何が負けかというと女子力とかそういったものでだ。

 雄一の見た目から想像してしかるべきだったが、美少女すぎる。中学生だと思われるが、愛子よりもずっと大人っぽい。

 愛子は何だか打ちひしがれてしまった。

「え? ……女の人?」

 依子が目を丸くしていた。

 驚いている。そう言えば母親も驚いていたと愛子は思い出した。今まで女子を連れてくることはなかったらしい。

「こんにちは。野呂愛子っていうの。よろしくね」

 何となくお姉さんぶって上品に言ってみたつもりだが成功したかどうかはわからない。

「はい。よろしくお願いします」

 そう言うと二つある机のうち一つに向かい鞄(かばん)を置く。

 入り口の横にあるクローゼットを開くと制服を脱ぎ始めた。

「え?」

 愛子は驚いた。なぜここで服を脱ぎだすのか意味がわからない。

 ――ここ坂木君の部屋だよね?

 愛子が驚いているのをみて雄一は言った。

「おい、お客さんの前で着替えるなよ、はしたない。廊下で着替えろよ」

「あ、ごめんなさい」

 依子は着替えを持って廊下へと出ていった。

「どういうこと! え? 妹さんと一緒の部屋なの!?」

「そうだけど」

 雄一はそれがどうした、と言った様子で全く疑問には思っていないようだ。

「おかしいでしょ! 中学生の妹と一緒の部屋なんて!」

「そう言われてもな。うち、子供部屋二つしかないし」

「お姉さんいるんだよね?」

「姉ちゃん、俺、依子の三人兄弟だな」

「その場合、普通姉と妹で一緒の部屋にならない!?」

「姉ちゃんが一番偉いから、一人部屋は姉ちゃんのものだな」

 愛子には理解し難かった。それで妹さんは文句がないのだろうか?

「ちなみに兄特権で二段ベッドの下が俺だ!」

 自慢げに言うが上下でそう大した違いがあるように思えなかった。

「……妹さんいつも坂木君の前で着替えてるわけ?」

 汚らしい物をみるような目で愛子は雄一を見た。

「はぁ? 妹が着替えてるからって何だよ。家族の裸みてどうこう思うわけねーだろ」

 この件についてはわかりあえる気がしない愛子だった。


   *****


 妹が帰ってきたためこのまま話をするのもまずいか愛子は思っていたが、妹は着替えるとそのまま階下へと下りていったらしい。

 だからと言ってこのままだらだらと過ごすわけにもいかないので愛子はとりあえず話にけりを付けることにした。

「とりあえず協力はする。もう知っちゃった以上仕方ないし。でさ、代わりと言っては何だけど私も悩んでることがあってその件で助けてくれない?」

「ん? さっき泣いてたのと関係ある?」

「あー、あれね。ギャーギャー言ってたら何かもうどうでもよくなった」

 そう言って愛子は手をひらひらとさせる。焼けただれていたはずだがすっかり元に戻っている。

「あれ? 独鈷杵握って火傷してなかった?」

「この手の怪我はすぐ治るんだよね。まぁふだんは急に怪我が治ってもおかしいし抑えてるんだけど」

「悩みって?」

「私のお兄ちゃんのことなんだけど……えーと、知ってるかな、中二病って」

「……あぁ、かなり詳しい方だと思う……」

 雄一としてはあまり話題にしたくない単語だった。

「私のお兄ちゃんがそれなの」

「……まぁ別に趣味は人それぞれじゃないか? 人に迷惑をかけてなけりゃ」

 そう言って雄一は姉を思い出す。

 人に迷惑をかけているかどうかは微妙だが少なくとも弟には迷惑をかけている。

「迷惑は……これからかけると思う……闇を支配する古(いにしえ)の種族だとか、真祖だとか言い出して……世界征服するとか言い出した……」

 非常に言いづらそうだ。なるほど、口に出すと馬鹿みたいだなと雄一は思った。

「そっちの中二病かよ」

「え? そっちってどっち?」

「……あぁ俺分類であれだけど、中二病は大別すると二つある。リアル系と妄想系だ。野呂の兄は妄想系だな。……あー、いや吸血鬼ってところは本物なのか」

 本来の中二病はここで言うリアル系だ。ある芸能人がラジオ番組で提唱したもので、中学生ぐらいにありがちな背伸びして大人ぶるような行動を指す。

 対して妄想系は邪気眼などとも言われる。隠された真の力があるとか、右腕が暴走するとかいう設定のキャラ作りをするようなタイプだ。最近のアニメや漫画に出てくるのはこの手のタイプが多い。

「まぁ分類はどうでもいいけど、お兄ちゃんをどうにかして真っ当な人間にしたいの」

 ――あれ? 何かおかしなことになってないか? まぁ今更なかったことにもできないしなぁ……。

「わかったよ。野呂の兄の件も一緒に考えよう」

 殺人鬼の問題をどうにかするために協力者を探したら、中二病吸血鬼の問題が現れてきた。

 雄一をとりまく環境は更にややこしくなり始めていた。

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