ちはやぶる

クロタ

上 私はお姉ちゃん

 お姉ちゃんが死んだ。


 お姉ちゃんは十九歳という若さで癌を患って、ずっと戦っていた。

 だから、やっとの思いで合格したと喜んでいた大学生活も、その幕が上がることは無かった。

 忙しくもきっと楽しかったであろうキャンパスライフも、友人とはしゃぎ合えたはずのサークル活動も、全て幻であったかのように病魔は掻き消した。


 私の自慢のお姉ちゃん。いつだって皆の中心で、いつだって笑顔の中心だった尊敬するお姉ちゃんなら、大学でもきっと素敵な思い出を作れただろうにと思うと、自分のことでもないのにどうしようもなく胸が痛んで、涙が溢れた。

 

 そんなお姉ちゃんの葬式で私は、お姉ちゃんの顔を見れなかった。最期のお別れを言う時でさえ、お母さんに促されても、俯いてお姉ちゃんの胸の辺りだけを見ていた。

 だって、その時お姉ちゃんの顔なんて見たら、私の何かがぽっきりと折れてしまいそうだったから。

 それに、きっと私は、最後までお姉ちゃんの死を認めたくなかったんだと思う。だって、そんなの、あんまりじゃないか。


 それでも、家に帰ると仏壇にお姉ちゃんの遺影が飾られていて、今度こそ抑えていたものが爆発した。私の中のをなみなみと湛えていたダムは決壊して、溢れでたの奔流が洪水のように私の中を乱暴に満たしていった。


―――――――――――――――


 気が付くと私は、自室の天井をぼんやりと見上げていた。

 どうやって自分の部屋のベッドまで来たのか、あれから一体何があったのか。間の記憶がすっぽりと抜けている。そもそも、今が何日の何曜日なのかすら分からない。

 けれど、私の頭はそんなこともどうでも良いと言うかのように、ひどく落ち着いていた。いや、もしかしたら麻痺していただけなのかもしれない。

 暫く、そんな麻酔がかかったような不明瞭な思考の海に身体を委ねていると、不意に一つの記憶あわが生まれた。


『私が死んじゃったら、立派なお姉ちゃんとして美香を守ってあげてね』


 それは、お姉ちゃんが死ぬ数日前に言った言葉。お姉ちゃんが私に残し、託した最後の言葉。


 ――そうだ。そうだった。

 私はお姉ちゃんとしたんだ。病魔に侵されて、その上薬の副作用で身体中痛むはずなのに、私に心配させまいと穏やかに浮かべたその笑顔に、誓ったんだ。


 ――約束、守らなきゃ。

 お姉ちゃんはいなくなっちゃったけれど、私にはまだ、美香がいた。


 ――お姉ちゃん。見ててね。

 私にはまだ、がいる。



「――私は、お姉ちゃんだ」

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ちはやぶる クロタ @kurotaline

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