4 自衛官

「あはははははははは」

 高らかな笑い声とともに銃を連射している者もいた。

 ひょっとしたら、人魚たちの忌まわしい、この世ならざる姿を見て、一時的に錯乱したのかもしれない。

 そのまま御子神と一緒にキッチンにたどり着くと、そこから御華子は外に出た。

 自動小銃の音が、一気に大きく聞こえてくる。

 激しい雨音のなかでも、銃の音というのはよく通るものだ、と奇妙なことを考えた。

「思い出したよ……俺は、言ってみれば自衛隊の尖兵みたいなものだったんだ」

 ふと違和感を覚えた。

 普段の御子神は「僕」という一人称を使っていなかっただろうか。

 「俺」というのは狩人になったときだけだ。

 いま、御子神のなかでなにが起きているかは推測するしかない。

 御子神の状態のまま、ショウコと融合したことにより、彼の人格も変化しているのかもしれなかった。

 つまり「御子神」と「狩人」の人格が、一時的に交じり合っている可能性がある。

 むろん御華子は精神医学の知識などないので、ただの素人考えだが、案外、当たっているのではないかという気もした。

 もしそうであれば、なぜ御子神が自衛隊の襲撃のことを知っているか、説明がつくからだ。

 おそらく狩人は最初から、自衛隊の特殊部隊のことは知らされているはずだ。

 人格が混ざったことで、その知識までもが御子神に流れ込んできたのかもしれない。

 その瞬間、異様な人影がこちらにむかってくることに気づいた。

 一瞬、人間ではなく新たな怪物かと思ったほどだ。

 その全身は、分厚い鎧のようなもので覆われている。

 漆黒の鎧のあちこちに、パイプのようなものが取りつけられていた。

 目のあたりには、映画でたまに見かけるような、いわゆる暗視装置のゴーグルのようなものが設置されている。

 自動小銃とおぼしきものを手にしていた。

 おそらくこの格好が、特殊部隊の専用装備なのだろう。

 これなら人魚の鋭い鉤爪からも、身を守れそうだ。

「く、来るな……」

 まだ若い男の声だが、危険な徴候がした。

 どう聞いても、冷静さを失っているようにしか思えない。

「お前たちも怪物か……くそっ、なんでこんなところに……話が違うぞっ」

「落ち着いてくださいっ」

「うるさいっ」

 男は悲鳴じみた声を漏らした。

「あはは……なんだよあの半魚人……そりゃ何度も画像は見せられたけどよ……」

 画像と現実では、衝撃度が違った、ということかもしれない。

「それに……お前の右手! 『狩人』は仲間って聞かされたけど、お前も本当は奴らの仲間なんじゃあないのか? 俺たちの味方のふりをしているだけだろう!」

「違います! これは特殊な作戦だとあなたも理解しているはずだ!」

「違う! 罠なんだよ! 最初から俺ははめられていたん! くそ、こんなことならレンジャー徽章なんて取るんじゃあなかった! そもそもこの部隊にはきっと、陸自でも厄介者が集められていて、みんな怪物に殺させるつもりなんだ!」

 いくらなんでも、常識的に考えて自衛隊がそこまで面倒で手間のかかることをするとは思えない。

 レンジャーというのは自衛隊のエリートだと聞いたことがあるから、この自衛官はきっとその腕を買われて部隊に配属されたのだろう。

 しかし、いまは明らかに錯乱している。

 完全に被害妄想の虜になっているのだ。

 さらに厄介なのは、「彼が自動小銃の銃口をこちらに向けていること」だった。

 ちょっとしたパニックで、いつ撃ってくるかわからない。

「うわあああああああ」

 やはり恐慌に捕われたらしい別の自衛官が絶叫し、銃を連射する音が聞こえてきた。

 まるでそれに呼応するかのように、眼前の自衛官も悲鳴をあげる。

「死ね、化物!」

 その刹那、なにかが恐ろしい速度で風を切る音がした。

 次の瞬間、自衛官の頭部が至近距離で散弾でも浴びたかのようにごっそりとなくなっていた。ショゴスの触腕がやったのだ。

 続いて、わずかに角度がずれた自動小銃が発砲される。

 あやうく御華子と御子神に命中しそうだったが、アスファルトを削っただけでなんとかすんだ。

「くそっ……なんでこんなことにっ」

 続いて、御子神が顔を横に向けると、嘔吐を始めた。

 気の毒に思ったが、同時に冷静に今、自分たちがきわめて危機的な状況に置かれていることを理解した。

 おそらく「御子神は」人を殺すのは初めての経験だったのだろう。

 殺人という行為は、人間の精神に巨大なストレスをもたらすという。

 しかも本来、仲間のはずの自衛隊員を自衛のためとはいえ殺してしまったのだから、罪悪感も大きいはずだ。

 つまり、御子神と狩人の人格が中途半端に混じったままでは、とてもではないが人魚顔や人魚とも戦えないだろう。

 まだ人魚相手なら、完全な怪物とも言えるのであるいは楽かもしれない。

 しかし人魚顔は、あくまで人魚に似ているだけの「人間」なのだ。

 さらに絶望的なことに御華子は思い至った。

 果たして自衛隊の特殊部隊は「なんのためにこの龍蛇にやってきた」のだろうか。

 忌まわしい邪神に仕えるものを殲滅するため、と考えるのが妥当だろう。

 自衛隊が動いている以上、当然、日本という国家の意志が働いているはずだ。

 現在の憲法では、自衛隊の行動はいろいろ制限されていたはずだ。

 しかしこれは、なにも事情を知らないものが見れば「自衛隊が民間人を虐殺している」ようにも見える。

 当然、龍蛇集落の全員が、抹殺対象となっているに違いない。目撃者に生き延びられたら、大変なことになる。

 さらにいえば、この自分は人魚の血もひいているのだから、それだけで殺されてもおかしくはなかった。

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