教室

 今日、社会の授業で、家計図の勉強をした。僕から見て、お母さんのことを第一親等と呼ぶとか、そういうやつ。兄弟とおじいちゃんおばあちゃんがおんなじ第二親等という扱いなのもびっくりした。一般的な呼び名もおさらいして、自分の周りの家族が、実際にはどういう関係にあたるのか、当てはめていってみましょうと、女の社会の先生がにこにこしながら言って、時間をくれた。こんがらがりやすいから、関係が分からなくなったら質問してほしいと。お父さんが死んでしまっている今のところ、僕にとって第一親等はお母さんしかいない。死んだお父さんのことをちょっと思い出して、ひとりでにちょっと悲しくなったり、子どもができるまで第一親等はお母さんだけだし、僕は一人っ子だから、第二親等はおじいちゃんとおばあちゃんだけだ。大事にしなきゃと思ったりした。

 わかりやすいところを読み解くまではそんな感じだったけど、家計図を改めて作っていくと、恐ろしいことが分かってきた。

 死んだお父さんのお兄ちゃんが正泰まさやすおじちゃんだから、僕から見たら伯父、鞠絵まりえおばちゃんは、あれ? 僕から見たらそう言えば従姉いとこなのか。おばちゃんなんて呼んでいて良かったのかな。鞠絵おばちゃんの笑顔を思い出しながら、それでもちょっと傷つけちゃっていたのかなと思って、ひやりとした。

 だけど、次の瞬間には、そんなこともすっかり忘れてしまった。

 鞠絵おばちゃんの息子は、陽翔兄ちゃんだ。

「先生!」

 思わず声を上げてしまった。

「どうしたの?」

 僕は突然、大きな声を出してしまった気がしたのに、先生はにこにこと訊ね返した。

「いとこのお姉ちゃんに子どもがいるんですけど、その子のことって何て言うんですか?」

 いとこのお姉ちゃんとは、鞠絵おばちゃんを指すんだけど、普段おばちゃんと呼んでいることは言う必要が無いし、ややこしくなりそうだったから伏せた。

「いとこの子ども? ううん、そうだねえ」

 先生は手許にある紙を見て、説明する。

「一般的にいとこ違いってお互いに呼びあうらしいけど、難しく言うなら従甥じゅうせい従姪じゅうてつって言うわね」

 先生はもともと黒板に書いてあった従兄弟の”従”の字から矢印を引っ張り、甥姪って漢字を書いた。

「じゅうおい、じゅうめいじゃないの?」

 他の男子が口を挟んだ。

「違うよ。甥姪はたぶん訓読みだから、たぶん従がつくと音読みの読み方に変わっちゃうんじゃないかな。漢字のことは先生そこまで詳しくないけど」

 先生が微笑みながら説明する。語呂も悪いじゃん、とその男子と仲のいい子が更に口を挟むと、小さく笑いが起きた。

「じゃあ、その従甥からは何て呼ばれるんですか?」

「呼ばれる?」

 先生はきょとんとした。

「えっと、いとこの子どもからが本人だとしたらってことだから……」

 こんがらがって言いよどんだら、みんなが黙ってこっちを見たので、余計に焦った。

「母親のいとこのことを、何て呼ぶかってことです」

 かなり簡単に言ったつもりだったけど、それでも先生はちょっと困った顔をして、またさっき見ていた紙に目を落とす。

「うーんと……そうだね。これもいとこ違いって言うんだけど」

 先生自体もそれだと納得がいかないみたいで、いよいよ紙を持ち上げてにらめっこし始めた。

「そのいとこは年下ってことだよね」

 にらめっこした状態のまま、先生が訊く。母親のいとこ。今は本人が陽翔兄ちゃんに置き換わっている。母親は鞠絵おばちゃん、じゃなくて鞠絵姉ちゃんだ。鞠絵姉ちゃんから見て、僕は年下。だから合ってる。

「そうです」

 ちょっと迷ったくせに、僕の返事ははっきり響いた。たぶんここまでしつこく質問していたら、僕の友だちは、陽翔兄ちゃんのことを訊いてるんだって気付いちゃうかもしれない。陽翔兄ちゃんはいま高校生だけど、親戚の中では年が近いし、家も近い。出身の小中学校だって一緒だ。だから、同世代の友だちや、本当の兄弟とおんなじくらい仲良しだ。本当の兄弟がどんなものか、一人っ子の僕は厳密には知らないんだけど、陽翔兄ちゃんに対して、お兄ちゃんがもしいたら、こんな感じなんだろうなあと思ったことは何度もある。と言うか、小さい時は一緒に住んでいない実のお兄ちゃんだと勘違いしていたくらいだ。そんな距離感の陽翔兄ちゃんのことは、友だちといる時に話題に出したことももちろんある。陽翔兄ちゃんに、僕とまとめて面倒を見てもらったことのある友だちすらいる。だけどその時は、そんなことまで気が回らなかった。

「じゅうしゅくふって呼ぶらしいよ」

「ジューシュクフ?」

 全くもって漢字が浮かばなかった。

「こうやって、書きます。だから、叔父さんの仲間ってことだね」

 従叔父、と先生が思いっきり紙を見ながら書いた。ついでみたいに付け加えた言葉が、僕に雷を落とした。

 叔父さん。おじさん、の仲間。僕のほうが、年下なのに。陽翔兄ちゃんに、弟よって熱っぽく呼ばれたことがあるのが、ぼうっと思い出された。あの時、陽翔兄ちゃんはどこまで、知っていたんだろう。僕が叔父さんの仲間だって、知っていたんだろうか。陽翔兄ちゃんもこの先生に社会を教わっていたらしいから、カリキュラムが変わっていなければ、これとおんなじ授業を受けているはずだ。中一の時の陽翔兄ちゃん。何か変わった様子があった記憶は、全く無かった。あの時もその前も、今も変わらない。弟みたいに、僕を扱う。

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