家族、ところにより衝撃
クダラレイタロウ
玄関
けだるい夏の午後は、いつも通る道なのにどこかよそよそしく感じた。それでも僕は、のしのしと力任せに歩く。僕は腹が立っていた。
今日、社会の授業を聞いていたら、とんでもないことが発覚した。どうしてみんな、それを僕に言ってくれなかったんだろう。そして僕は、ちゃんと考えてみたらわかったはずなのに、どうして今の今まで気がつかなかったんだろう。僕は自分自身にも腹を立てていた。
ポケットの中で、さっきからスマホがぶんぶん鳴っているのもお構いなしに、僕はばんと玄関の戸を開けた。僕が帰宅した気配に気がついたのか、慌てたような足音が奥の部屋から聞こえてくる。ほとんど間もなく、お母さんが奥の部屋から顔を出した。
「なんだ、帰ってきた」
お母さんはおかえりも言ってくれず、そのまま自分のスマホを取り出し、電話をかけた。相手はすぐに出たようだった。
「ああ、もしもし
電話の向こうの陽翔兄ちゃんはそんなに気を悪くした様子は無かった。相手がお母さんだからかもしれない。次に顔を合わせたら、僕には文句を言ってくるかもしれない。というか絶対、言ってくる。
お母さんは手短に陽翔兄ちゃんとの電話を終えると、さっきの僕みたいにのしのしと僕の前まで歩いてきた。お母さんの足音の響き方が、さっきまでの僕の足音と似たものを感じて、変なところで遺伝を感じる。
「あんた。ケータイ持ってったんでしょ? 何で電話に出ないのよ」
午前中、お母さんには一度メールを送っている。スマホを忘れたわけじゃないことはもうばれている。
怪訝そうな視線を、僕はまっすぐ睨み返す。だけどそれに気付いてもお母さんは臆すこともなかった。
「何怒ってんのよ。もうすぐ、
癪だったし、お母さんの声を聞いているのが煩わしかった。
「その前に話があるんだけど」
途中で話を遮ってしまう。僕も反抗期突入かもしれないと他人事のように思う。
「何よ。まずは着替えてらっしゃいよ」
時計を見る。約束の時間は六時で、今はもう五時半を過ぎている。確かにこの制服姿のまま久田さんを迎えるのは、自分が中学生だと主張しているみたいで、気が向かない。
歯噛みしながら、僕は返事をせずに自分の部屋に向かった。制服を脱ぎ捨て、足が長く見えるらしい細身のデニムに履き替えた。Yシャツの下に着ていた薄いグレーのTシャツは汗染みができていたので、汗染みの出にくい黒いTシャツに着替えた。陽翔兄ちゃんと一緒に選んだやつで、ちょっと大人っぽく見えるやつだ。それを今着るのはちょっと癪でもあったんだけど、久田さんとやらには極力、子どもっぽく見られたくない。姿見で自分をチェックする。悪くない。誕生日を迎えていない僕はまだ十二歳だけど、身長はもう百七十五を超えている。まだ服は子どもっぽいものが多いけど、このセレクトなら子どもっぽさは最大限、抑えられていると思う。お母さんからよく久田さんの話は聞いているが、顔を合わせるのは初めてだ。あんまり舐めてかかられたくない。汗でひどいことになっている衣類を洗濯かごに突っ込んできてから、僕は居間に向かう。
腕によりをかけているのか、台所からはお醤油っぽいいい匂いがしていた。たぶん、魚を煮ている。魚を甘じょっぱく煮るのが、お母さんは得意だ。味にうるさい親戚のおばちゃんをも、上手だと言わしめる。もしかしたらおべっかかもしれないけど、少なくとも僕は好きだ。お腹がぐうと鳴ったけど、今はそれどころじゃない。
「何で電話に出なかったの」
鍋の中身ににらめっこを挑みながら、お母さんが訊ねてきた。僕はすぐに応えなかった。どこから突っ込むべきか、ちょっと考えなきゃいけないと思ったからだ。
「お母さん」
「僕って、陽翔兄ちゃんの、おじさんなんだよね?」
口にしてみても、やはり違和感しかない。日本語としてもおかしい気がすごいする。
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