第22話



「それで、人族の【天能アビリティ】は何なんだ?」


 俺は早く魔法的なモノを使いたくて、つむじをウズウズさせながらハートに尋ねた。

 しかし、ハートは「ん?」と小首を傾げながら。


「無いぞ?」


「へ?」


「だから、人族には生まれ持つ【天能】は無いぞ。残念ながら」


「………………」



 ――なんなんだよもおおお!

 ちょっと期待したのに魔能も使えないのかよ。


 そう言えば、ファンタジーの世界でも大体、人間だけそういう魔法的要素とか天性の技能みたいなのはない。

 大概、頭脳だとか勇気だとかが人間の武器だ~というのがお決まりだが、今そういうのは求めていなかった。

 テンションがだだ下がりししゃがみこんで砂を弄り始めた俺に、しかしハートは少し笑みを含んだ得意気な顔で人差し指をピンと立て。


「だが、その代わり《転生者》はほぼ全員が【個能《ユニーク】を使える」


 と、自慢するように言った。


「…………【個能ユニーク】? それは本当に俺にも使えるんだろうな。 《転生者》は全員――ってことは【個能】っていうのは、そもそもどんな者でも使えるモノじゃないってことか?」


「ん。その通りだ。【個能ユニーク】というのはその名の通り、唯一無二の魔能のコトだ。使い手によって魔法の力や特性は千差万別。どんな魔能かは君しだい!」


「なんかの啓示広告の謳い文句みたいだね」


「それは俺等でも簡単に使えるのか?」


「使える。ただ――望んでいるような魔能とは限らない」


「? 望んでいるような魔法とは限らないってどういうことだ?」


「【個能ユニーク】の魔能は使い手の人格や性格、意思精神といったものの総合体――つまりその人の人生を魔法に反映させるものだ。だから、一度死んで人生を完結させている《転生者》は大抵これを使えるのだが、これは人によって本当に十人十色なんだ」


 その人物の象徴――――魂に蓄積された生涯の結晶が魔法になって現れるらしい。

 それゆえ、内面が未熟で不安定なままでは出現せず、しっかりと人生を歩んで自己を確定させなければならない。

 この世界なら、自己を決定させるほどの信条や覚悟、または一種の悟りのような境地に辿り着いた超越者だけが手に入れることの出来るチカラらしい。



 それは正に人生の総結晶――……まあそりゃ、一回人生を完結させてりゃその条件は満たされるわな。



「なるほど――具体的には、例えばどんなのが出てくるんだ?」


「どんなのでもだ。武器や道具を魔法として生み出すこともあれば、特殊な力が備わることもある。勇敢で正義感のある者が炎の大剣を作りだすこともあれば、無鉄砲な者が試しに使ってみたたら、一回限りの自爆魔法だったこともあった」


「なにそれ怖い」


「使い手の人格や性格に依存するって言うのはどういう感じなの?」


「ん~。例えば、私なら道中で魔犬を倒した『切開メス』っていうのが個能の力の一部だぞ。子供の時から人を切ってばかりいたから、こんな個能になった。ウィルなら【魔南瓜パンプキン】という個能をもっている。あのカボチャの身体が個能になるな」



 ――今、サラッと流したけど、子供の時から人を切ってたって言ったよな?



 なにげに衝撃の自白である。

 俺はハートの事を見た目は恐ろしいけど意外とまともなのでは…………と思っていたのに、しっかり見た目通りであった。

 勿論、どんな事情があったのかは怖くて聞けない。

 ハートも常識人っぽい立ち振舞で忘れそうになるが、しっかり地獄トリップするだけの狂人なようだ。


 ――しかし、そうか。

 あの道中の魔犬を撃退したあれ。

 【個能ユニーク】の力だったのか。


 よく考えれば、どんな剣豪でも不意の一瞬で生き物の心臓をくり抜くなんてできるはずがない。

 神業もいいところだ。

 ハートの持つ個能によるものだといえば、確かに納得できる。


「人格や性格、意思精神か。――…………全身がカボチャになるってどういう精神状況なんだ?」


「さあ……? それに関しては私もずっと疑問に思っている。――カボチャから生まれたとかそんなんじゃないか?」


「なに太郎だよ。桃から生まれた英雄でも身体は人間だったぞ」



 ……本当にどういう育ちかたをしたのだろう。

 ――やべえ、凄い気になってきた。


「一応言っておくが、《転生者》に前世の事を聞くのは禁忌タブーだぞ。――それは兎も角、とにかくやってみよう。しょぼい魔能だったとしても、大体無いよりはマシだろう」


「いきなりやっても大丈夫なのか? 使ってみたら即自爆とか無いよな?」


「…………………」


 ハートは白く細い指を唇に当て、少し考えてから俺と空楼を交互に見てから、視線を逸らして言った。


「……まあ…………大……丈夫だろう………………多分?」


「大丈夫じゃないよな!? それ絶対大丈夫じゃないよな!?」


「尋常じゃないぐらい躊躇いながら言ったよね? 「大丈夫じゃなさそうだけどコイツらなら自爆しても別に良いかな」みたいな感じだったでしょ」


「うっ」


 非常にあやふやにな返答を返してきたハートが。

 俺と空楼に激しく突っ込まれ、たじろぐ。


「違うんだ。水燈は多分問題がないだろうけど、空楼が……その……」


「僕?」


 自分を指差して首をかしげる空楼。


「そう。空楼は人格がその……へ、変態だろう?」


 やや言い淀んだ割には、ド直球で指摘するハート。

 確かに、空楼はモザイクと条例規制物とピンク色の何かで出来ている。

 だがそれが……―――ああ、そういうことか。


「私は今まで色んな変人奇人とその【個能ユニーク】を見てきたが、空楼みたい奴が使う魔能は、ほぼ確実に碌なことが起きない。ましてや、今回はギルドカードに、種族の壁を超越した変態である認定されたレベルの奴だ。どんな個能が現れるか分かったもんじゃ無い」


「全くもってその通りだな」


 空楼の性格や精神が反映された魔法。

 どんな惨状になるか誰も想像がつかない。

 近くにいる者の服が全部破けるとかならまだ可愛いもんだが、公共のメディアにお見せ出来ないような魔法が出現する危険性がある。


「ほほう、それなら尚更どうなるか見てみたいね。ではまずは僕から……」


 キランと目を光らせ空楼が言う。


「さあ! まずは様子見も兼ねて水燈から行ってみようか! な、水燈!」


「そそ、そうだな! いや~魔能、どんなのが楽しみだな! これはもう一番にやらないと楽しみなのが堪え切れなくて体が内側から破裂してしまう」


 空楼のセリフに被せるように激しく主張した。


「破裂するの!? じゃあまあ水燈からでも良いけど……――僕もやってみたいから早くしてね?」


「お、おう!」


 空楼は渋々俺に順番を譲ってくれた。


 ――あっぶね~。


 なんとかいきなり18Rの展開になることは避けられたが、油断は出来ない。

 できれば空楼には魔能を使わせずに切り上なければ。


「ふう。――じゃあ、何をすれば良いんだ? まずは小宇宙コスモを感じればいいのか?」


「何のことかよく分からないが、【個能】を発現させるのはそんなに難しいことではないよ。自分の中で、己の象徴をイメージすれば良いんだ」


「己の象徴をイメージ……」


「そう。自分を現すもの。自分に必要な力を頭に思い浮かべるんだよ」



 ――俺を現す力か。



 俺は目を閉じ、意識を内側に集中させる。



 俺らしい力。


 どんなものだろう。


 他の人を蹴散らせるような強力な魔法?


 オグルっちの【黒灰B A T 細胞 M A N】のような不思議な能力?


 なんか違うな。


 俺といえば――イケメン、カッコいい男だな。うん。


 どんな力を手に入れるにしても、俺の顔に見合うだけの格好良さが無いとやっぱり駄目だよな。


 どんなのが良いだろう。


 魔法、技能、武器・・・。


 ――剣。そうだ、剣がいい。


 カコイイ、ゲームや漫画の主人公が持つようなカコイイ聖剣。


 壮美な装飾に精研された刀身。


 宝石の散りばめられた俺の面の如く美しい剣を両の手の間に思い浮かべる。


 瞼の裏にホワッとした光の粒子が散り、一本の刀剣を形取っていく。


 次第にその形容がはっきりしていき、掌にひんやりとした感覚が伝わってきた。


「――水燈」


 ハートが静かな声で水燈に声をかける。

 俺はゆっくりと瞼を上げた。


「これが――俺の【個能ユニーク】か」


 

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