第21話



「じゃあ、魔法で無双とかは出来ねぇのか……」


 俺はハートの説明に項垂れた。

 期待していた「焼きつくせ! フハハハッ」的なノリの魔法は使え無さそうだ。


 魔法使いになりたければ、やはり小さいころから魔力の修行とかしておかなければならないのだろうか。

 無職で転生をした人もそれで魔導王とかになってたし。


 ――せっかく転生するなら赤ん坊からの方が良かったかな…………いや赤ん坊で転生者してたら確実に獣人の所で死んでたか。



「まあ期待しすぎたね。えっと、もう一つの固有魔法――『魔能』っていうのは?」


 少しクールダウンしたところで空楼が聞いた。


「こっちは場合よっては結構強力なのが使えるぞ」


「おお? 場合によっては?」


「うむ。『魔能』には【天能アビリティ】と【個能ユニーク】という二種類の力があるんだ」


「ほほう


「まず【天能アビリティ】っていうのは、生まれ持った能力のことだ。種族毎に備わる【天能アビリティ】もあって、有名なのでいうと、エルフの【森の射手】・獣人種の【超五感】・竜種の【息吹ブレス】とかだな」


 上げられたのはメジャーな種族名であり、俺でもどのようなモノなのか大体想像できた。

 エルフは弓矢が得意だったり、獣人が身体能力が高かったりするのは前世のファンタジーでもよく出てきた。

 種族ごとの特性がこの【天能アビリティ】に当たるということらしい。


「領主殿はヴァンパイアだから、かなり強力な【天能アビリティ】を持っているはずだぞ」


 ハートがオグルっちを振り返り言うと、オグルっちは「ん?」と読んでいた本を閉じ、こちらに歩いてきた。


「我輩の出番か?」


「はい。領主様のヴァンパイアの【天能アビリティ】を見せて頂きたい」


「ふむ。いいだろう。――そうであるなあ…………あまり派手なモノは昼間だと無理であるし、“血操術”は服が汚れるからセルヴィに怒られる……」


 オグルっちはそう言う、と喜々として俺達に披露する魔法を選び出した。

 顎に手を当て悩んでいる。

 しょうがないから見せてやろうという態度だが、よく見ると口角がピクピクと動いており、玩具を自慢する子供のように嬉しげであった。


「【天能アビリティ】って種族毎に一つじゃないのか?」


「そんなことないぞ? 確かに二つ以上持っていいる種族は少ないが、ヴァンパイアなんかは【不死身】や【吸血】といった、かなり多くの【天能アビリティ】を保有している。領主殿は、弱点が多い代わりに強力な【天能アビリティ】を多く持つ第Ⅹ種系の始祖だから相当な数を持たれているはずだぞ」


 ――へえ。

 ヴァンパイアって凄いんだな。


 ヴァンパイアらしいスペックに感心する俺だったが、唯一知っているヴァンパイアがあまりにも残念なため畏怖が一切無起こらない。


「その通りだ。我輩はヴァンパイアの【天能アビリティ】数は全種族の中でも随一であるぞ。その分弱点も多いがな。頭を潰されたら死ぬし、心臓を木の杭で貫かれたら死ぬし、銀の銃弾で撃ちぬかれても死ぬ」


「それ大体どんな種族でも死ぬからな」


 弱点の次元も流石はバンパイアだった。

 しかし日光で灰になったり、にんにくを食べると極度のアレルギーで呼吸困難になるなどの弱点もあるらしいので、それなりのリスクは背負っているようだ。


「ていうか、【不死身】系の能力を持ってても死なない訳じゃないんですね」


「【不死身】は自然には朽ちない身体という意味であるからな。普通の傷や病気では死なんが、弱点を付けば殺すことはできるであろう。ヴァンパイアなんかは聖魔法でも殺せるぞ」


 空楼の疑問にオグルっちが気さくに答える。


 …………あっさり自分の攻略法を教えていいのだろうか。

 今までこのユルっユルな領主が殺されていないのは、セルヴィが必死でサポートしてきたからだろうことが改めて察せられた。



 俺と空楼が へぇー。と聞いていると、オグルっちが使う【天能】を決めたらしい。


「よし、ではコレを見せてやろう」


 言うとオグルっちはパタパタとロープを叩いて皺を伸ばした後、貴族のような礼の姿勢――腰を伸ばして右手を軽く胸に当てた姿勢をとった。


 お、何をするんだ? と俺と空楼がオグルっちの動作を見ていると、オグルっちはフッ――と身体の力を抜き、ニコリと微笑んだ。


 ――――ゾッッ!!


 俺の背筋を震えが駆け巡った。

 オグルっちの顔が一変。どこまでも冷たい透き通った蒼眼が穿くような眼光を灯し、口元が妖しく歪んだ。

オグルっちの表情からは今までの巫山戯た雰囲気が消え、ヴァンパイアの始祖種として相応しい、咽返るような気品が溢れた。

 人形のように整った顔がその存在の危うさを増す。

 さっきまでと同じ人物、同じ顔のはずなのに、目の前の人物に対して俺の身体は震えの警鐘を知らせてくる。


 俺が無意識に息を飲み込み、流れ落ちた冷や汗が足元に染みこんだ時、オグルっちが。



 ――――「【黒灰B A T 細胞 M A N】」―――――



 と、濡れた真っ赤な舌を唇に這わせ。

 ゾクリと背筋を撫でられるよな艶めかしい声音で囁いた。


 瞬間。


 漆黒のドレスが屋敷の影と融け、オグルっちの身体が幾数もの影となって散った。


 ――ヴァサバサ


 散開した影が俺達の周囲を飛翔する。


「うわっ」


「わひっ」


 驚きたたらを踏んだ俺の身体をおちょくるようにつつき。

 影達は俺達の頭上を旋回した。


『『『フハハハ』』』


 どこからかエコーしたようなヴァンさんの声が聞こえてきた。

 声の元が特定できず、キョロキョロと辺りを見回す俺と空楼の耳に、幼い児のように甲高い、たまらなく楽しそうな声が反響する。


『おいおい。どこを見ているのだ?』


『我輩はここだぞ?』


『そっちじゃない馬鹿め』


『こっちだ』『ここだ』『違う』『それだ』『何をやっている』『我輩の魅力を見失うとは』『何度いわせる』『そこだ』『それじゃない』『我輩我輩我輩』『この愚図共』『だからこっちだと』『いいかげん』

『いつまでかかている』『ほらほらこっち』『あれだと』『愚鈍め』『我輩だろう』………………。


「あぁあああっうるせえ!!」


 四方八方から聞こえるオグルの声が俺の耳を蹂躙する。

 俺達の頭上で好き勝手に飛び回る影――無数の蝙蝠たちは、それぞれが俺と空楼に向かって鬱陶しさ極まりない自己主張を繰り返していた。


『『『フハハハ』』』


 あまりの耳障りな声の嵐に俺がブチ切れると、またしても舞う蝙蝠達から微妙にブレ合った心底愉快そうな笑い声が響いた。


「ああ~耳痛い。これがオグルっちさんの【天能】なのかな?」


『『『その通りだ』』』


『これは』『身体を無数の蝙蝠に』『変質させ』『操る』『能力である』


『この状態』『であっても』『他の能力も』『使えるので』『大変』『便利なので』『ある』『ある』


 空楼の言葉に、一言毎に別の蝙蝠が口を開く。

 声が近くなったり遠くなったりするため、俺達は嫌に耳障りで酔いそうな感覚に襲われた。


「気持ち悪ぃ。――凄いのは分かったから戻ってくれ」


 俺が素直に負けを認め、そう告げると。

 蝙蝠と化したオグルっち「達」は。


『『『フハハハ。戻って欲しければ捕まえてみろ! ホレホレホレ』』』


 より一層調子に乗り、更に激しく飛び回た。

 終えrが怒りのままに蝙蝠に掴みかかるが、蝙蝠は縦横無尽にそれぞれおちょくるように飛び去っていく。

 また、蝙蝠の一匹を掴んでも掴まれた部分を支点に更に小さく分裂し、一向に捕らえられない。


『『『フハハハ。どうしたどうした。フハハハ!』』』



「声が気持ち悪いぅおぇえええ!」


「くっそ! どうすりゃいいんだよ。無敵過ぎるだろこの能力っ!」


 リバースした空楼の横で、完全に頭に血が上り舞い狂う蝙蝠達を捕らえられない俺が悔し紛れに叫んだ。


「水燈も空楼も落ち着け。どんなに強力な能力にも、必ず欠点がある。よく観察していれば……」


 と、その様子を後ろで見ていたハートが声を掛けた時。

 俺の鼻先を掠めたり耳元で羽ばたいたりと、俺と空楼えをうおちょくり続けていた蝙蝠の一匹が勢い余って館の影かた飛び出した。


 ――ジュッ。


『『『 ! 』』』


 館の影の外に出てしまい、カラリと降り注いでいる陽の光に射すくめられた蝙蝠が、煙を上げて溶けるように灰になった。


『『『熱っっつあ゛――熱ぃああああああ」


 自由に飛び回っていた蝙蝠達が、館の影の隅に突っ込むような勢いで集まり、オグルっちの姿に戻ると泣きながらノミのように悶え転げまわった。

 一瞬でありえないほど情けない姿になったオグルに呆然としつつも、俺が状況を飲み込んだ。


「あ、そうか。「蝙蝠になっても他の【天能】が持続する」ってことは、弱点の特性も細分化した分身にも受け継がれているってことなのか」



 ――なるほど。

 これがこの能力・・・・の弱点か。



 蝙蝠になればさっきのように物理干渉は効かないが、その代わりに的が増える訳だから、一つ一つの動きが雑になって陽の光に射たれる危険も大きくなり、一匹毎が小さいから少しの陽の光でも大ダメージになる。


 ヒーヒーと這いつくばって肩を震わせるオグルっち。

 ……オグルっちが【天能】を使った時のあの冷え切った瞳に射すくめられ、俺はさっき本能的にオグルっちに恐怖心を覚えてしまったが、やっぱりオグルっちはオグルっちであった。

 少し強張っていた肩の力が抜ける。


「…………フー……」


 俺は息を吐き出すと、苦笑いしながら館の影に歩いて行った。

 相変わらず泣きべそをかいているオグルっちの背中をさすってやる。


 オグルっちはマントの端が焦げている他に特に欠けている部位は無さそうに見えるが、「痛い痛い」と喚いていた。マントに痛覚でも通っているのだろうか。

 たしかさっきの魔能を使った時も服やマントも一緒に蝙蝠になっていたが、どういう仕組なのか良く分からない。



 ――-しかし、今の【黒灰B A T 細胞 M A N】も、制限や弱点に気をつけてオグルっちのように阿呆みたく自滅しなければ、相当便利な能力だったな。


 オグルっちの介抱をしながら俺はさっきの現象を思い起こしてニヤニヤした。

 こんな力が使えれば、それこそアメコミのヒーローのように動くことができるだろう。

 これは期待が高まる。


 


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