第20話

「さあ教えてやろう。なんなりと学ぶが良い。なんなら師匠と呼んでも……」


「セルヴィさんに言いつけるぞ」


「やめろ。師匠と呼んでやってもいいからそれはやめてくれ」


 話が終わった後、俺と空楼はオグルっちに連れられ、魔法について学ぶべく焼け果てて更地となった領主館の『元・中庭~元・東館』へと繰り出していた。

 屋敷に被害が出ては適わないからとセルヴィに外に出され、オグルっちが太陽に当たらないよう丁度日陰になっているこの場所に移動した訳だが、初っ端から屋敷に被害が出るほど派手な魔法が使えるのだろうか。


 日陰に立つオグルっちの前に、俺と空楼が並ぶ。

 ハートは監督のため少し離れた位置で俺達を見守っていた。

 ウィルは席を外しているようだ。


「ふむ、そうだな。ではまずは何か適当な魔法を使ってみろ。――あ、降聖魔術とか陽遁術とかは駄目だぞ。我輩が死ぬ」


「いや、俺達まだ何の魔法も使えねぇんだけど」


「は? そんな筈はなかろう。人族でも生まれつき多少の魔法は使えるだろう?」


 知らんわ。

 そんな当然のように言われても、使えないものは使えない。



 ――ん? 待てよ? 元々使えるって……。

 もしかして森であの大鍋の焚き火が大きくなったのは俺の秘められし力が……!


「いやいや水燈、道中の魔犬の時にそれでやらかしたばっかでしょ。オグルっちさん、僕達〚デスペナフ〛に来たばかりだから魔法とか全然わからないんですよ。もうちょっと原理的なコトから説明してもらえませんか?」


 黒歴史を再開拓し始めそうになった俺をいなし、空楼が助け舟をだした。


「ふ~む。原理と言われてもなぁ。魔法など普通に使えるだもんだろう? どうやれば出来るかなど、我輩知らんぞ」


「普通にっていわれてもなぁ」



 ――魔法が使えるのが当然の世界ならば、わざわざ「魔法を使えるようになる方法」など把握していないのか。


 人間に例えるなら、突然宇宙人に「息をする」のにはどうすればいいかと聞かれて、説明できるだろうか? という感じだろう。

 恐らく、二愛のように「解糖系とクエン酸回路と電子伝達系の反射過程を順行することで~」などと即答できる人はごく少数だ。


 言えたとして「横隔膜を縮めて肺に空気を取り入れる」くらいじゃないだろうか。

 相手は「横隔膜? なにそれ美味しいの?」というレベルだ。

 もうお手上げだろう。

 因みに横隔膜は美味しくない。


 自然と出来ることを出来ない者に説明するのは存外難しい。



 ――ともあれ、オグルっち本当に使えねぇな。



 領主としても無能。魔法の教師としても無能。始祖種というヴァンパイアにとって崇拝対象になる存在なのに、部下からの尊敬度はセルヴィを見た通りである。

 領主としてもヴァンパイアとしても役立たずでは、一体後は何が残るのだろう。


「領主殿。その説明は私が請け負おう」


 オグルっちがどう言えば良いのか思い悩んで頭を唸らせていると、見兼ねたハートが声をかけてきてくれた。


「私も《転生者》だから、魔法を使えるようになる所までならある程度親身になれるだろう。領主殿は基礎が出来てから上級者としてこの二人を鍛えて頂きたい」


「ふむ。そうだな。我輩は高貴な使い手なので、まだまだひよっこの貴様らとでは目線が違い過ぎて話が伝わらんだろう。せめてマッチ程度の魔法でも使えるようになったら我輩の叡智を貸してやろう」


 ハートは、オグルっちが教え子を取られて拗ねないように見事に言いくるめつつ、俺と空楼に魔法についての説明を始めた。


「コホン。まず魔法には大きく分けて二種類あるんだ。基本的に修行を積めば覚えられる普通魔法『魔術』と、固有魔法の『魔能』と呼ばれるものの二種類だな」


「普通魔法と固有魔法? どう違うんだ?」


「普通魔法は字の通りだ。修行やら反復練習で後天的に習得できるもののことだな」


 例えば……と。

 ハートが右掌を上に向け、右手首を左手で支えながら言葉を紡いだ。


「私の手の平を見ていろ。――『我が掌よ、火の理を宿せ。燃える放炎は裂波の如く』」


 ――ボボッ


 ハートが呪文を唱えると共に、右の掌から現れた閃光がハートの顔を赤く照らし、ハートの掌からオレンジ色の火風が吹き出した。


「「おお~!」」


 火が出たのは一瞬であったが、吹き出た火はハートの身長ほどの大きさを見せた。

 オイルやアルコールを使った手品とは比べ物にならない。

 正に『魔術』と呼べるレベルのものであった。


「すげえ。本当に魔法じゃねえか!」


「こんな本格的なのが使えるんだね」


 思わずはしゃぐ俺と空楼。

 しかし、ハートは額に汗を浮かべながら、浮かれる彼等に苦笑する。


「今のは初級魔法の【バーンファイア】という魔法だ。言っておくが、これでも《転生者》が使える中ではかなり高レベルな魔術だぞ? 私はコレと、コレより もう少し簡単な魔術しか使えない。《転生者》は魔術と相性が悪いんだ。大抵の魔術は道具を使った方がよっぽど効率が良いし、あまり大層なモノは期待しない 方がいい」


 そう言うハートは膝に手をついて荒い息で喘いでいる。

 白黒の髪も激しくエクササイズしたかのように汗でぐっちょりだ。



 ――エロい。

 違う。そこじゃないぞ俺。



 ハートの様子からは、今の火の波を放つ魔術だけで相当体力を消費したことが伺える。

 魔法自体はそこまで大したモノには見えなかったが、相当に大変な魔法だったらしい。


「え、人族は相性が悪いって何でだ?」 


 喜びに手を上げたポーズのままで俺がハートに問た。


「人族というより《転生者》だな。そもそも魔法の無い世界にいた《転生者》の身体には、魔力を使う機能が備わっていない。《転生者》は〚デスペナフ〛で肉 体が再構築された時にこの世界で生きられるだけの肉体に作り変えられる。死んだ人間をそのまま転生すると死んだままだからな。その時に多少なり〚デスペナ フ〛に魂が適応するために魔力をコントロール出来るようになるが、一生使うことのなかった機能が新たに肉体に宿ってもなかなか使いこなせるものではない」


 ――――いうなれば、人間のカラダに尻尾や羽をくっつけたようなものだろうか。

 生まれた時からそれがあるならば自然と使うこともできるだろうが、死ぬまでそれを一切使うこと無く人生を終えてきた《転生者》には上手く扱えないのだろう。


 ……というか。


「肉体を再構築? 俺のこの身体ってこれ自前じゃないのか?」


「ああ、それはそうだろう。ほとんどの《転生者》は死んだ時に前世の肉体を壊されてから〚デスペナフ〛に来ているんだ。私の身体も最後は大分スプラッタだったぞ。ほぼ挽肉だ」


 やめろ。

 グロイの苦手なんだよ。

 知り合いのグチャグチャになった姿とか想像したくない。


「それ聞きたくなかった……。でも確かに、俺もザックリやられたけど傷跡も無くなってたもんな」


「大体死ぬ直前、魂が覚えている最も健全な身体になるらしい。その上でで〚デスペナフ〛に不自然でないように、魂が適応しようとするのだ。その御蔭で前世の世界と同じように動けていたり、問題なく会話で意思疎通ができていたりするだろ?」


「あ、確かに、〚デスペナフ〛の言葉で話す獣人の言葉も聞いてて段々分かるようになったな」


 アレは肉体と精神がこの世界に適応していっていたのか。


「そもそも前世でも私と水燈は国が違うから違う言語の筈だしな。ま、それでも元々全く無かった魔法能力まで十全に使えるようにはならないんだよ。精々さっ き私が使ったのが限界だろう。それも一回使っただけでフルマラソン並に疲れる。実用性は皆無だな。放火器でも使った方が早い」


 一応異世界ボーナス的なものはあったらしい。

 しかし安定の残念理論。

 折角異世界に転生したのになかなかままならないものである。



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