第19話


「このお館様バカのせいで、我々領主陣は完全に舐められきっています。恥ずかしながらあまり役に立つことは出来ませんが、せめて感謝の印として必要な物資や情報、拠点として館の空いている部屋、あとお館様を提供させて頂きます」


説明が終了した後。

セルヴィが最後にそう付け加えた。

実質的に領主である彼女には、自領の失態の尻拭いをさせてしまうことに引目があるのだろう。

さっきまでの事務的な態度とは打って変わって、大変申し訳無さそうな態度だった。


「いやお館様はいらないだろ」


「そうでも無いんじゃない? 一応は領主なんだから、オグルっちさんの首を持って行けば獣人族の人達も話を聞いてくれるかもしれないよ?」


「あ、なるほど」


 空楼の提案に頷く。

領主の無能っぷりを散々聞かされた後だったので、てっきり邪魔なのを押し付けられたのかと思ったが、 ちゃんとした用途があったんだな。


「いや、それは無理です。獣人達が求めているのは領地の明け渡し。今更この馬鹿の首ごときでは収まりません。そもそもヴァンパイアだから死んだら灰になりますしね」


やっつけ気味の俺と空楼の会話を、冷静に窘めるセルヴィさん。

自分のあるじを首チョンパすること自体には反対しなかった。


「じゃあ、何のためにゴミっ……オグルっちを? 正直あんまりいらねぇんだけど」


「うむ、貴様今なんて言おうとした。我輩そういうの聞こえるからな」


知らん顔して茶菓子を齧っていたくせに、自分の悪口はしっかり耳に届くらしい。

オグルっちが耳聡く聞きつけ、俺に顔を近づけて、ん? ん? と詰問してくる。



――うぜぇ。



「我輩は由緒正しき純血のヴァンパイアだぞ。我輩と同じ空気を吸えるだけでも万金の価値がある。最上の保養品だと思えばいいのだ」


「はい。こんなでもヴァンパイアの端くれなので、【不死身】系統の天能を持っています。無限使用できる肉の盾かサンドバッグだと思っていただければ……」


「おいっセルヴィ! なんだそれは、聞いていないぞ!」


「それぐらいしか価値が無いんだからグダグダ言ってないで働きやがれでございます」


あまりにもあまりな扱いにオグルっちが叫ぶ。

唾を飛ばすオグルっちに、セルヴィは動揺することもなく冷たく返した。


「このまま獣人達に領地を乗っ取られでもすれば、私にまで火の粉が降りかかりかねないんです。せめてフィーアハルスの方々に少しでも恩を売っておいて下さいませでコノヤロー」


さらに言い募ろうとしたおぐるに、にセルヴィは濁り切った目で吐き捨てるように言い捨てた。

 もう既に言葉端々に本音を隠せていなくなっている。

彼女の目元には影を落が落ちており、怒りとストレスの暗幕が背後に漂っていた。


これ以上オグルっちストレスの原因の相手をさせていると、色々と爆発しかねない。

見かねたハートが助け舟を出す。


「政治の腕と頭の出来はともかくとして、領主様は、上位種のヴァンパイアの中でも最高位に近い始祖種だ。水燈達はこっちの戦闘やら魔法やらについて全く心得が無いのだから、そこらの手ほどきをしてもらえばいいのではないか?」


 流石にオグルっちの見かねたハートがフォローを入れてくるが、かなりストレートに政治手腕と頭脳の部分を斬り捨てており、むしろけっこう無礼なセリフとなっている。


「魔法か。俺達にも使えるらしいけど、何かトラウマ的なモノがあるんだよなあ」


「トラウマ? 既に魔法を使った経験があるのか?」


〚デスペナフ〛に来てすぐ、獣人達に捕まった時。

極限状態で使った俺の魔法が、鍋の火力を強火にしてしまったアレである。


「…………それは魔法ではなく獣人族の粋な計らいだと思うが。〚デスペナフ〛において、魔法の存在はかなり大きい。もし使えなくとも、仕組みや対処法を知っているだけでもかなり違うぞ」



 確かに。

 異世界モノのお約束として剣と魔法が幅を利かせるのは定石である。

 俺も武術には自信があったつもりだったが――道中で魔犬を切り刻んだハートの件で完全に失せた。

 万が一〚デスペナフ〛の住民達が皆、ハート並の武術を持っているとしたら、魔法の一つでも使えないと自分の身すら守れないだろう。



 ――――と、いうような切実な現実的問題を差し置いても、魔法を教えて貰えることは大変魅力がある。

そも魔法というのは全思春期男子の夢であり、ロマンだ。

 せっかく異世界(地獄ではあるが)に来たのだから、習得しない手は無い。


「ふむふむ。我輩に教えを請いたいのか! そうかぁ、そうだなぁ。どうしてもと言うなら教えてやらんこともないが、それはつまり我輩の弟子となるということだ。それはつまり、我輩をお師匠様と崇めても相違ないというわけで~。ムフフ」



 ―-うっぜえ……。



 俺と空楼が魔法を教わりたいと言うと、途端にしたり顔でニヤけ始めたオグルっち。

こき下ろされてばかりだったからか、俺達に「お願い」されることがよっぽど嬉しいらしい。

また、師匠と呼ばれることに憧れがあるのか、チラチラ期待した顔でこちらを見てくるのが大変イラッと来る。


「いい加減に黙れないのですかお館様? お前がやらかして大勢の方々に迷惑を掛けているという自覚を持てコラ。お館様が水燈様方に教授するのは義務であり、拒否権なしの強制労働なのよ。立場は師匠どころか家畜や奴隷と同列なのを勘違いしてんじゃねえよ」


「……ハイ。調子に乗りましたごめんなさい」


 ガリガリと、かき氷器なみの破壊力でオグルっちの自尊心を砕くシルヴィ。

ついにオグルっちに対する我慢が限界を迎えたらしい。

あるじをお前呼ばわりしだした。


 オグルっちはシルヴィの本気の口撃に一瞬で心を折られたようで、 かなり酷い言葉遣いをされていることに怒ることもなく叱られた子犬のように蹲って落ち込んでいた。





△▼△▼△▼△▼





 木洩れ日の光が踊り、静寂を気遣うような木々のざわめきが囁く森の中。


 苔の蒸した岩の上で、降り注ぐ光を慈しむように空を見上げている少女がいた。

 彼女は白を基調としたスリットの入った礼服を着、流れるような桃色の髪を垂らしている。

 幻想的な森の中で絵画のように佇む彼女の側に、音もなく一人の影が茂みから姿を現した。


「どうでぇしたか?」


 少女は振り返ることもなく、木洩れ日に瞳を揺らしながら影に問う。


 ……スッ。


 影は少女の所作に特別な蠢きも見せず、ただ恭しく跪き、胸に手を当てた。

 その動作を見たのか、見てないのか、影の胸中を知った少女は再び言葉を影に紡ぐ。


「そうでぇすか。うまくいきましたか。仕込みもほぼ万全にしまぁしたし……そろそろ動いてもいいでぇしょう」


 少女の言葉に影が、一歩踏み出して指を懐の剣に添えた。

 指を一本、二本目が触れた所でを降ろし、懐からカードのような物を取り出した。

 その動作に初めて少女が初めて影に目を向けて、カードに書かれた内容を目で追いながら呟いた。


「ああ、そうでぇすね。新しく誘われてきた魂がそれでぇすか…………へぇ? 「因子」と密な関わりの者なのでぇすか。――丁度いい。ワタクシが被るのに利用させていただきましょう。あの愚羽に伝えておきなさぁい」


 少女の言葉に影は恭しく礼を深め。

 ――スウ と身を引き、影は森の中へと再び姿を融かし、消えた。

 影の動向を当然の如く無視し、少女は空に浮かぶ大きな陽に語りかける。


「ああ、手に取るようにぃ感じられますわ。捻じれ、混ざり、絡まりあった感情の匂いが。――んんっやはり感情とは素晴らしいでぇす」


 影が去ったことなど気にもとめず、少女は一人空中に言葉を紡ぐ。

 その火照った顔は狂気に蕩けており、焦点の定まっていない瞳は只々光を飲み込んでいた。


「ともすれば争い。ともすれば信じあう。醜く美しく、私の掌の上にあって、私のものにはなってくれない。」


 少女は慈しむように手を翳し。

 その目に大きな炎の狂気かんじょうを浮かべる。


「ああ。――私の感情を受け止めてくれるのは誰でぇしょう。憎みたい。喜びたい。悲しみたい。焦がれたい。嫉妬したい。愛したい。……愛したい。愛したい愛したい愛したい愛したい愛したい愛したい」


 焼かれた心が殊更鈍く、少女の表情に光悦とした色を滲ませた。

 彼女はただ、今日も何も写していない瞳に描く「誰か」に思いを馳せる。


「ああ。私に愛させてくれる人は誰でしょう。愛してくれるのは誰でしょう。主よ。今日も私は愛しましょう。全ては感情みこころのままに」


 少女の崇めは森の中に散りゆき。

 また、少女の姿もその言葉の中へと消えていった 。


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