第018話
「えーと。――つまり、あー…………領主さん、が」
「ふむ? ああ、まだ名乗っていなかったな。我輩の名はサンオグル。【深森】の領主にして第Ⅹ始祖のツイエン・Ⅹ・サンオグルだ。気軽にオグルっちとでも呼ぶがいい」
「気安過ぎるだろ。……まあいいか。――今の話を要約すると、オグルっちが嘆願に訪れた獣人達に阿呆過ぎる対応したことで、獣人達に自分達の領地の領主として見切られた上に館を燃やされたってことでいいのか?」
俺が今語られた話をセルヴィに確認する。
「その通りでございます鳴師様。自治権を否認するために無理な要求をしたのならまだしも、自治権を与えて無理な重税を取るという思いつきの案をそのまま押し通しやがったため、この
話している内にまた憤りが再燃したのか、セルヴィの言葉遣いが所々素になっている。
空気を読まず、それをからかおうとしたオグルっちが後ろに控えていた執事達に慌てて口を塞がれた。
「獣人達は今どうしてるんだ?」
「使えない領主は要らないと考えた獣人族は現在、このウジ虫領主からの独立を謳い、徹底交戦の意思を示しています」
獣人の世界は完全な実力社会。
領主としての実力が皆無なオグルっちに付き従うつもりは無いということらしい。
――なんというか、自業自得にも程があるだろう。
始めにオグルっちがぐったりしていたのは、その粗相についてセルヴィさんにこってり絞られたからだったんだな。
自由自治を願い出てきた獣人の申し出をぞんざいに扱った上に、阿呆みたいな条例を臣下に相談することもなく勝手に決め、一人で自分の馬鹿さ加減をアピールしまっくって、獣人達に愛想をつかさた挙句の果てに放火されたのだ。
―― 原因も責任もオグルっち以外に見当たらない。
そもそも何でこの人を領主にしたんだ。
「本っ当にこのグズお館様は碌な事をしませんね。なんで一ヶ月ぶりに印押しだけの仕事を任せただけで、一日で反乱からの領地を内部分裂させるまでにできるんですか」
「し、仕方ないだろう。この領地の自治体系とか知らなかったのだ。自由自治がどうとか分かる訳が無いだろう」
「そもそも領主のお館様がそれを把握していないのがおかしいのです。それに、一番問題なのはそこではなくて、その後のお館様の対応でしょう。分からないなら適当に勢いに任せるのでは無く、私に相談するなり執事に任せるなりすればこんなことには。…………ハア、もう」
怒る気力すら消え失せたセルヴィさんが、重い溜息をついた。
つくづく、苦労人――
「――ジャア、獣人達が妙な動きをしていることについてハ、領主サマは関与していないんですカ?」
「うむ。関与しているとしたら、セルヴィが何か知っているだろう。我輩に教えるとすぐバレるからな。そういう暗事は大体我輩には秘密でやる」
いっそ清々しいまでの責任放棄。それでいいのか領主様。
一応体裁を踏まえて領主であるツオグルっちに水を向ける形をとっているが、この人がここにいる意味が飾り以外に無さ過ぎる。
俺達一同が無言の視線をセルヴィさんに送った。
「……もうこの丨お
―― 言い切った。
完全に開き直ったセルヴィが堂々と言い放った。
その姿はもはや尊くまであり、 常日頃から領地を切り盛りする為政者の威風を纏っている。
そして完全に役立たず宣言をされたオグルっちはさして気にする素振りもなく、グラスに満たされた赤い液体を優雅に呷っていた。
――もう本当にセルヴィさんが領主でいいのではないのだろうか。
前世で大統領がオグルっちみたいのだったら、軽く革命が起こるぞ。
むしろ今まで反乱が起きなかったことの方が奇跡に近い。
獣人云々より、まずこの領主を処分するべきだと思う。
「では、率直に聞くが、獣人達は何を企んでいるのだ? 領主側はそれにどこまで関わっている?」
目を細め、ハートがセルヴィさんの目を射竦める。
殺気とも感じられるほどの迫力を宿したハートの双眸に、セルヴィさんは思わず顎を引くが、それでも努めて冷静な声で答える。
「獣人達の動きは私も少し前から察知はしていたのですが、目的や原因も含めて詳細は不明です。獣人が領主館に接触してきたこと自体が今回で初めてですし……」
領地の運営に関して、獣人はノータッチの状態だったらしい。
これはセルヴィが今までしっかりとした統治を行ってきた証拠だろう。
また、これまで領主の無能さがバレなかった理由でもある。
「何かちょっとでも分からないのか?」
「そうですね。――今回の「自治権」要求もそうですが、わざわざ使者を立てて謁見を申し込んでいたり、領主側との対立を表明してくると同時に、領主館と獣 人達の住処の境界線に防護柵を組んで、しっかり自分達の領域を明確に主張してきたたりと、ほどんど野生生活をしている獣人らしくない――まるでしっかりと した組織系統を持った国家のような動き方が気になりますね」
政治どころか自分達が住んでいる土地の管理すらほぼセルヴィに丸投げしていたような者達が、ほんの一ヶ月かそこらで国家並みの統制力を持つ。
―― 自然な文化成長ではまずありえないことだ。
「――獣人達の国、か。ギルドから聞いていた通りだな。コレはもうほぼほぼ確定か……」
「だネ~。獣人族の異常な変化の裏には、彼等に知識と文明を与えた「誰か」が居ル」
むむむっ。と眉間にシワを寄せて考えこむハートとウィル。
あまり良い展開ではないらしい。
獣人達を動かして組織だった活動をさせている存在がいる。
それは俺と同じ《転生者》か、あるいはハート達の敵に当たる者だ。
もし「天使」や、フィーアファルスの敵国の仕業だった場合、 俺と空楼はこの世界の大きな因縁に巻き込まれることになる。
俺達が成り行きでこの調査に参加したとしても、その“敵”は俺達の事をフィーアハルスの人間、自分たちに敵対する者だと認識することになるからだ。
そしてもう一つの可能性、黒幕となる人物が《転生者》であったとき。その場合は普通に依頼の通り動けば良いのだが…………このタイミングに出てきて、かつ獣人を掌握からの国家建設をやり遂げる力のある《転生者》。
なんだか心当たりがあり過ぎる。
……そう、俺と空楼と一緒に死んだ幼馴染、二愛だ。
もし黒幕が《転生者》であり、しかも二愛だった場合、恐らくフィーアハルスの敵国にブラックリスト登録されるよりよっぽど面倒なことになるだろう。
まず俺と空楼の国家転覆罪の容疑が立証される。
加担どころか黒幕だからな。容疑は文字通り真っ黒だ。
それに、今の依頼が遂行されていった後も大変なことに成るだろう。
もしハートが二愛を捕らえた場合はフィーアハルスを敵に回さなければならないし、二愛が獣人を率いてハートを倒した場合、フィーアハルスと獣人の国で戦争が勃発して巻き込まれることは必至だ。
――碌な未来が見えてこねぇ……。
俺は掌で瞼を覆い、空を仰いだ。
どう転んでも最悪な結果が待っている。
この騒動の最良の結果が、「黒幕が見も知らぬ怪物級の《転生者》でそれと戦うこと」とかもう死にたい。
ギルドでこの依頼を受けてしまった時点で回避不可のバットエンドルートまっしぐらだった。
ギルドマスターのあの男……まさかこうなることを分かった上で俺達にこの依頼につかせたのか?
いや、あの男が二愛のことを知ってる筈はない。
黒幕と敵対させて、フィーアファルスに入るしかない状況に追い込む狙いはあったかもしれないが。
ハートとウィルが、セルヴィと細かい情報のすり合わせをしている傍らで、オグルっちは我関せずと紅茶を啜っていた。
…………そもそもコイツがしっかり領主やってれば、 俺達がこんな面倒な展開に付き合わされることはなかった。
俺の胸中には、八つ当たりにしては 割と正当性のある怒りが湧いてきていた。
オグルが領主でなければ今頃、1・2発殴っていただろう。
イケメンでなければ更に4・5発だ。
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