第17話
部下が、自分の財布から勝手に金を抜いていたという事実に灰になり、それでも自分で言い出したからには仕事をサボる訳にはいかない領主業務一日目。
そろそろ日が傾き始め、涼さが増してきた。
書類の山が半分ほどになり、ティーポットの紅茶も冷め切った頃。
「ふむ。今までに無いほど頑張ったが――飽きたな」
領主は、ゆとり世代もビックリな速度で仕事を放棄したくなっていた。
何だかんだと言いつつも、仕事は完璧にこなしていたセルヴィ。
既にチェックも済んでおり、オグルがしなければならないのは単調な印押し作業だけだった。
やる気を出したのに、大したやりがいのない仕事しかないと気持ちが削がれる現象が発動し、部屋の扉をチラ見しながらセルヴィへの言い訳を考え始めた時。
――コンコン。
扉をノックする音が響き、領主は慌てて居住まいを正した。
「ななな、何かね?」
「失礼します。お館さ……――どうなされたのですか?」
後ろ暗い考えがあったため、未遂であるのに挙動不審になってしまった領主がどもる。
入って来たのはセルヴィではない下級ヴァンパイアのメイドだった。
「なんだ脅かすな。セルヴィかと思ったではないか」
「また逃げようとしておられたのですか? あまりセルヴィメイド長に負担を掛けないで下さいね。その内、寝首を刈られますよ」
「忠告ありがとう。ついさっき首をすげ替えられそうになったところだ。ところで何の用だ? 久々に仕事中なのだが、セルヴィが見てこいと言われたのなら命を削る勢いで働いてたと言っておけ」
「それ言うと本当に命を削るレベルで働かされますよ。――お館様にお客さまです。なんでも獣人の者達が領主であるお館様に願い入れがあると」
「ほう! 民が領主である我輩に直談判とな!?」
「領主である」という部分を強調しながら激しく反応する領主。
丁度デスクワークもダレてきたところであり、領民の直談判というイベント的業務に領主様は目を輝かせた。
□□□□
領主が応接室に行くと、猫耳と犬耳の獣人の娘が数人の部下と共に頭を垂れて跪いていた。
館の中でではほとんど得られない恭しい態度。
自分が望んでいた領主としての扱いを受けることができ、領主は満足気に頷く。
しかし、流石にここで舐められるような事をすれば、後でセルヴィに何を言われるか分からない。
領主は頬が緩まないように気をつけながら、用件を述べさせた。
身振り手振りで、熱心に主張を繰り広げる犬耳の娘を半眼で眺めながら流し聞く。
話し終えた獣人達が緊張した面持ちで領主を見つめている。
領主は余裕気に見えて実は何も考えていないだけの顔で彼等を見下ろした。
(要は自分達の集落を自分達の手で守ることを了承して欲しいということか。なんだ、大したことではないではないか。認めてやっても構わんだろう。)
「うむ、いいだろう。どなたらに自治を認めよう」
猫耳と犬耳の娘らがパッと目を輝かせた。
恭しく顔を下げて努めて冷静を装おうとしているが、振れまくっている尻尾が嬉しさを隠しきれていない。
何やらいいことをしたようで、いい仕事をした気分になる領主。
しかし、タダで認めてしまうのは甘すぎるかなと不安になり、またここでうまく儲けを出せば、セルヴィに褒められるかなと思った領主は、適当に思いついた最悪の一言付け足す。
「ただし、防衛に回していた分の労役は別にやること。また、自治をする地域はそれぞれ今までとは他に領地の収益の五%の税を納めること」
この言葉に獣人達の表情がピキリと強張る。
今回、獣人達がお館様に求めたのは自由自治権。
この『深森』では、私兵を持たないヴァンパイアの領主の代わりに労役の一つとして獣人達が代わる代わる領地の防衛に当っていた。
つまり、今まで領地の治安維持や災害の防止はあくまで領主様の指揮下であっただけで、自治自体は獣人達が務めていたのである。
それを今までの兵役の分も別で働き、自治権に税までかけられればそもそもの生活が立ちゆかなくなる。
領主は「自治権」を与えることを褒美か何かのように考えているが、「自治」を全て自分達で行うことはむしろ実質的には負担であり、援助こそ受けてもこのような条件は飲めるはずもなかった。
獣人達は苦言混じりに譲歩を引き出そうとするも、領主もここで引けば舐められると思い込んでいるので悠然として引かない。
しかし、獣人達もいきなり無条件に聞き入てもらえるとは思っていなかった。
これは遠回しに自治権は渡せないと否認されているのだと思い、撤回して後日改めて伺おうと「今回はここで――」と引き下がろうとした。
――が。
無能の下を地で行く領主に、そのような高度な交渉展開など分かるはずもない。
税を払いたくなくて逃げたのだと勘違いし、もう決定したから今日からこれでいくと言い出した。
まさかの暴挙に、獣人達は猛然と異議申し立てをした。
しかし腹芸をこなしたつもりの領主は、これで話は終いだと応接室を後に部屋を後にしてしまう。
あまりに理不尽な領主の判断に、呆然自失となった獣人達は領主館からフラフラした足取りで退去していった。
――その三十分後。
オグルは事情を知ったセルヴィにお仕置きを受けた後で、黒棺に鎖で巻かれて閉じ込められ、馬鹿の代わりにセルヴィが獣人達に再度の会談を設けようとしたするも、獣人達はこれを拒絶。
オグルが作り出した軋轢に、セルヴィが頭を抱え込んだ矢先。
領主館に火が放たれたのであった。
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