第015話 自業自得のファイアーハウス
「――フゥム。さて、ようこそ我輩の館へ。消火の手伝い感謝する」
「はあ…………」
高貴で古びた雰囲気の漂う広い部屋。
控えめかつ高価な装飾品に飾られた壁には、窓が一つも無い。
絨毯は血のように赤く、金糸の刺繍が擦れたような模様を描いていた。
壁に掛かっている誰も写ってない肖像画の数々は、不気味に部屋の中の訪問者を見つめている。
寂れた貴族・王族の館を思わせる奇怪な空間美。
正にヴァンパイアの居城に相応しい館の内装だ。しかしそれを室内に充満している焦げ臭さが台無しにしていた。
中央にある白いクロスに包まれた長方形の長いテーブルには、五人の人物が座している。
長テーブルの最端――上座に座り、ぐったりとしているのはこの館の主だ。
丈に余裕のある漆黒のドレスを纏っており、その上には前開きの黒い紳士服を羽織っていた。
不健康そうな真っ白な肌には染みの一つも無く、恐ろしいまでに整った造形は同じ男であっても吸い込まれそうな美しさがある。
軽くウェーブのかかった艷やかな髪は、瞳を見え隠ししており、完成された美顔に危うげな魅力を醸し出していた。
――ま、俺のほうがカッコイイがな。
俺はヴァンパイアの領主をじっくり観察した後、ヴァンパイアでも俺の美貌には敵わないことを再確認し、椅子に腰を深く沈めた。
ヴァンパイアは恐ろしい程の美しさを持ち、その美貌は年齢によって老化することはないと聞いていたが、その条件ならうちの家族に2名程当てはまる人物がいるので、それ程凄いことでもないだろう。
むしろヴァンパイアより自分のカッコよさが怖い。
しかし気怠げな表情の館主は、そんな俺の勝ち誇った視線を意にも介さず、まるで客などいないかのようにぐでーっと椅子に沈み込んでいた。
領主が持双眼を縁取る疲労の色は、俺達が目撃した珍事による物だと推測される。
領主の背後に立てられている黒い棺はヴァンパイアの存在と威厳を醸し出していたが、こちらも先の騒動のせいで端がやや焼け焦げてしまっており、どこか残念感が否めなかった。
「アノ~領主サマ? これは一体何があったんでしょうカ。そろそろ説明頂きたいのですガ」
「フム。そうだな。――話の前に、こちらもそこの簀巻について説明してもらいたい。最近の人族ではそんなファッションが流行っているのか?」
領主はウィルの遠慮がちな声掛けに鬱そうに答えながら、チラチラと相変わらず簀巻のままの空楼を見た。
簀巻のままモゾモゾと芋蟲のように蠢く空楼、縄で縛られた布の端にトレンディな顔だけが乗っかっている様は、奇妙な抽象オブジェのようだ。多分万博とか行けば似たようなのがあると思う。
「まあ領主殿の前でこれは少々無礼だな。ウィル。」
「ホイホイ」
「ぷはぁ。――やっと動ける」
簀巻を解かれた空楼が改めて席に着く。
空楼の扱かわれ方が既にペットの域に達しているが、全ての原因が本人に帰結するので俺も何も言わない。
「エ~。ボク達が見た限り、館が燃えていたように見えたんデスが。ヴァンパイアには求愛の為に自分の館を燃やす、みたいな文化でもあるんデスカ?」
「どこの猟奇偏愛者だ我輩は。……貴様らはフィーアハルスからの使者であったな。用件は『深森』の獣人共のことであろう?」
「その通りだ。我が国に反旗を翻そうなどと考えているなら……と思い勇んで来たのだが、何やら事情があられるようだな」
どんよりとした雰囲気でしんどそうに口を開いたヴァンパイアの領主に、ハートが答える。
『深森』の調査――――フィーアハルスからの依頼の足掛かりとするため、俺と空楼はハート達と共にヴァンパイアの領主が住むという森の奥の館へと出向いた。
しかし、目的地にたどり着いた俺達を出迎えたのは、雰囲気たっぷりなゴーストハウスでは無く燃え盛る火事物件。
今にも館を飲み込もうとしている太炎に、呆然と立ち尽くした俺達は訳も分からぬまま執事達に水バケツを押し付けられ、必死に館の消火活動に加わった。
どうにか館の火を消し止め、燃え残った応接室に通され今に至る訳だが……。
「燃やされたのだよ、館を。ボッとな。あの忌々しい獣人どもに」
卑屈な半笑いで、領主が適当な口調をもって言い放つ。
「獣人達に? 詳しく聞かせて貰ってもいいだろうか」
獣人というワードに顔を険しくするハート。
元々迫力のある表情筋が三割増しの迫力を持つ。
しかし、相変わらずぐったりしている領主はその恐怖の顔貌を見ることもせず、適当に手を振り答えた。
「あ~……。良いだろう。セルヴィ」
「はい」
頭痛を堪えるように頭に手を当て、領主が呼びかけると、側に控えていた金髪一つ括りのメイドがスッと領主側に進み出た。
「放火された経緯と理由を話してやれ」
「お館様。失礼ですが、お館様は先程の火事の時私に棺ごと本館へ自分を運ばせましたね?」
「ん? ああそうだな。太陽を浴びるわけにはいかなかったし、火は嫌いだ。そもそも我輩は黒棺に閉じ込められていたからな」
「お館様が棺に閉じ籠もっている間に、私は従者達に指示を飛ばし、館を鎮火し、自分では一歩も動かない役立たずを一人で本館まで運びこんだのです」
「……何が言いたい?」
「私は疲れてんだよ。全部お前のせいなんだから説明ぐらい自分でしろやこの屑が、ということです」
「口悪っ?! 仮にも我輩はお館様であるぞ、もっと敬え! そもそも今回のコレは我輩のせいでは無いだろうが!」
「いいえお館様。今回のコレ丨も《・》お館様のせいです」
物腰から口調まで高貴かつ洗練された上品なメイド――セルヴィが、その気品に似合わぬ悪辣なセリフを領主に吐いた。
いきなりの悪口に領主は驚きを示すが、ぎょっとしたのは俺達も同じで、ニッコリと優しそうに微笑んでいるセルヴィを思わずガン見してしまう。
横で空楼が「ど、毒舌メイドたん萌ぇ ハァ ハァ」等と鼻息を荒くして呟いているが、流石にここで好き勝手なことをさせるとハートがブチ切れるので、俺は空楼の首筋をしっかりと抑えこんでおいた。
セルヴィはそんな俺達の反応をスルーして、ハートに向かって話しかけた。
「うちの糞領主のためにご労足頂き誠に申し訳ありません。この腐れヴァンパイアが館を焼かれたのは獣人達が具申してきた「自由自治」を蹴ったのが、文字道理の火種です」
ぽかんとした表情でメイドを見ていたハートだが、セルヴィが口にした内容を聞き、即座に真面目な顔になった。
「獣人」というキーワードにハートが眉がピクッと跳ねる。
「『深森』で野生同然の生活をしている獣人達が――「自治」を要求だと?」
「はい。ハート様達がいらっしゃる数日前のことです――」
と、メイドは表情を神妙なモノに切り替え、館の火事に至るまでの顛末を語り始めた。
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