第013話
人馬に踏み固められ、ある程度整備されたのどかな道が平坦に伸びていた。
道の両手には立派な大樹に溢れた森が広がっている。
雄大ではあるが長閑とは言いがたい、野生感溢れる森の小道を、俺はハートとウィルに並んで歩いていた。
因みに空楼はウィルに背負われている。
野放しにしておくといつどこで誰に襲いかかるか分からないことが北区で再確認された空楼は、簀巻に巻かれてガッチリと拘束された上で、文字通りお荷物となっていた。
〚デスペナ〛に来てから、既に普通に立っている時間より、簀巻状態の時間の方が長いんじゃないだろうか。
前世ならば空楼が暴走するたびに、二愛が動けなくなるまで制裁を加えていた。
あの、ガチ鉄拳(・・)制裁が懐かしい。
空楼を一人で相手するのがこんなに大変だとは思ってなかった俺は、精神的にかなり疲弊していた。
――居なくなって初めて知るありがた味というヤツか。
早く二愛に会いたい。
そんなことを思いながら、俺はチラリと自分の横を歩く同行者を見やった。
横顔でも分かる目つきのヤバさに、抜けた感じのカボチャ頭。
カボチャは被り物なのだろうか。
本人は自分が人間だと証言していたが、流石に身体が
俺は始め、彼等の外見と異世界転生という非常事態に、少なからず警戒心を抱いていた。
しかし出会ってから今まで、俺は元より変人丸出しの空楼にすら一切の危害も加えられていない。
ギルドで聞いた《転生者》の印象から言えば、多少なり暴力や強奪をされていてもおかしくなかったが、ハート達はむしろ俺達をちゃんと正規の手続きでギルドマスターやステタステさんに紹介してくれたりと、紳士的に扱ってくれてた。
もちろん俺達を警戒している部分もあるのだろうが、それでもあくまで対話による意思疎通を選んでくれていた。
俺は、出会ってからフィーアハルスを出発するまでの半日ほどの時間の中で、ハートとウィルにある程度の信頼と好感を抱き始めていた。
――それはそれとして。
俺は自分の身なりを見下ろし、出発前から気になっていた疑問を口にする。
「『深森』の調査をするって言ってたけど、なんの準備も無しに出発してきて良かったのか? 食料とか服とかもそうだが、俺達は武器を何も持ってない丸腰だぞ。あの獣人達や天使とやらと接触するなら、何かしらの装備はあったほうがいいんじゃないか?」
北区でスタテスタさんと分かれた後、俺と空楼はハート達に連れられ『深森』へと向かっていた。
俺は〚デスペナフ〛に来た時の制服姿のまま、空楼は制服+簀巻装備である。
流石にこの格好のまま森に入るのは心もとない。
自分を殺した天使や、釜茹でにされかけた記憶のある獣人達に警戒心を募らせている俺は、何か身を守れる物が欲しかった。
「大丈夫だヨ。ギルドの方でも聞いたと思うケド、コレって結構重要な依頼だんだヨ。国が傾くレベルノ」
「どう考えても転生して数時間の一般高校生を参加させてはいけないレベルのな」
皮肉混じりに俺が返す。
俺はこの依頼を男から聞いた時、国近くの森の状況偵察くらいのものだと思っていたのに、獣人達が反乱やらクーデターやらを企んでいるかも知れない所に突っ込んで、黒なら自分達だけでそれを阻止した上で弱みを握らねばならないらしい。
依頼について知れば知る程俺達のような一般人が任せられるようなものでは無い。
適当に受けずに、しっかり詳細を聞いておくべきだったと後悔する。
「そう僻むなヨ。わざわざ初心者のキミ達を調査に出したのは、それなりよ信頼と打算があったんじゃないノ?」
「信頼と打算?」
「キミ達ならきっとやってくれるっていう信頼と――面倒くさそうな奴らダカラ、有罪だろうが無罪だろうが死んでくれたら儲け物っていう打算」
「帰る!」
ギルドの男の腹黒いが瞼に浮かぶ。
空楼がこっちに来てからしたことを考えると、面倒臭い奴らであるという点においては反論の余地が無い。
しかも、今現在不穏な動きを見せている連中の本拠地で発見されたのだ。
客観的に見れば、厄介事の種でしかない。
それなら味方に引き込むべきかどうか吟味し、わざわざ爆弾を抱え込むよりも「調査に出して様子を見ようとしたら死にました」と言ってしまう方が断然楽だと判断する。
いかにもあの男の考えそうなことであり、至極現実味の強い話であった。
「待てっテ。冗談はともかく、ボクらはそれぐらい大事な依頼を任されるぐらいの実力があるってコト」
進行方向と真逆にダッシュをかまそうとする俺の襟首を捕まえ、ウィルが叫ぶように俺に言い聞かせる。
確かに、聞いている限りではかなりの重要度の依頼なはずである。
いくら森の危険度探索だとはいえ、殲滅まで視野に入れると下っ端に任せられるような依頼では無いだろう。
それを、俺や空楼等の監視もしながら行っているのだ。
それ相応の実力者であるということだろう。
――なら尚更、俺達がついていけるようなものではないだろうという話なのだが。
少なくともこの二人は、規模も実態も不明の敵だらけの森に送り出して、無双できる程度の実力は認められているということか?
このカボチャ頭も、おちゃらけているように見えて実際は――。
「フッフッ 冒険ギルドでも指折りの実力者なんだヨ。――ハートがネッ!!」
「お前じゃないのかよ」
「フッフ――ボクがハートより強い訳無いでショ。見た目で判断してヨ見た目デ」
――説得力が尋常じゃない。
煮え滾っている鍋にセルフダイブして勝手に茹でられそうになる奴が、手練なはずも無かった。
ハートの方は見るからにカタギでは無さそうな顔をしてるし、実は殺し屋かなにかでしたと言われても違和感も意外性も全く無い。
まあハートが見た目通りの実力者なのなら安心感は半端じゃない。
女の子に守ってもらうことを頼りにするのは正直どうかと思うが、俺自身も武術――と言っても所詮我流なのだが、自衛する術くらいは持っている。
少なくともいざという時に他の三人を庇わなければならないということが無いなら、死ぬことはまずないだろう。
――天使に殺されたから説得力は皆無かもしれないが、予め敵の脅威が分かっているなら遅れは取らない――…………多分。うん。
さて、生命の安全の目処がある程度たったのなら。
後は、今後俺達がすべき依頼のことだが――。
「森の調査って、今から何するんだ? 着の身のままでコレ。ゆとり世代としては野宿とか経験無いからご遠慮したいんだが」
「その心配は無い。大した装備を持ってきていないのは、これから向かう先に必要なものが揃っているからだ。拠点があるから森で夜を明かす心配はしなくてい い。第一、ここは獣人族の森『深森』。頭のおかし――……もといい常識が独特な者が多い、
――――ザザッ。ズダンッッ!
ハートが少し得意気にこれからの予定を俺と空楼に説明していたその時。
道脇の茂みがガサリと音を立て、四脚の大きな影が飛び出してきた。
飛び出してきたのは薄汚れた麦藁色の毛皮を纏った犬であった。
瘤ついた四つ脚に、包丁の如く大きな牙。
盛る背骨に、絡み固まった灰色の毛並み。
鋭い瞳孔を絞り、地鳴りのような唸りを上げる様は、狂犬そのものである。
しかし、そこらの犬とはサイズが桁違いだった。
獅子すら可愛く見えるような、乗用車サイズ《・・・・・・》の犬。
もはやモンスターの域にある。――というか
「…………魔犬」
「グロオオオッッッ!!」
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