第012話 でっどおあきるど

 □□□□




「ああ……。――どうしてくれるんですか。ワタシが会談まで辿り着くのにどれだけ苦労したと思っているんですか。もうアレじゃあ話も聞いてもらえませんよ……」


「マジですいません」


 顔を手で覆って座り込むスタテスタに、俺は空楼の頭を床に擦り付けながら謝罪した。

 恐らくとても大事な交渉だったのだろう。空楼が抱きついたことで壊れてしまったのなら申し開きもない。


「大目に見てやってくれ。彼等はまだ〚デスペナフ〛に来たばかりなんだ」


「いや、異世界に来てすぐ名前も知らない女性に初対面で熱愛を迫るのがそもそもおかしいでしょう」


 ハートが空楼にフォローをいれてくれるが、スタテスタさんの言い分が正論過ぎる。

 しかし、話の流れを聞くと、空楼が求愛行動を行った女性はかなり立場の高い人だったようだ。

 また一人厄介な敵を増やしてしまった事実に頭が痛い。


「ハア……。それで、彼等が報告に有った新しい《転生者》ですか」


 パロッコがじろりと俺と空楼、主に空楼に目を向ける。

 とてつもなく胡散臭い者を見る眼差しだ。

 俺が学校が創立記念日で休みの時、昼間に幼稚園の柵から元気に遊ぶ女の子を眺めていた時に保育士さんから向けられた目と一緒だった。


 当たり前だな。

 俺達はパッコロさんと出会ってから胡散臭がられることしかやっていない。


「さっき連絡した新しい《転生者》の二人だ。取り敢えず国民登録だけさせておこうと思ってな」


「はあぁ。分かりましたよ。ギルドからの正式な依頼でもありますしね。報告の確認と合わせて簡単に説明をお願いします」


「ああ。私達が『深森』で天使と交戦した後で……――」


 疲労が色濃く浮かぶ表情で頭をがっくりと落とし、パッコロが溜息をついてハートに話を促す。

 炎髪の女性と話していた時と変わって、酷く疲れた感じだ。

 北区は苦労の多い区画、そのトップともなると溜まるストレスも半端じゃないのだろう。

 いつも空楼のとばっちりを受け続けている俺としては、どこか共感を感じる所があった。


「成る程、ギルドの方から説明はもう受けているんですね。で、これが彼等の個識板ステータスカードだと」


 パッコロが俺と空楼が差し出したカードを観察する。

 ひっくり返しながら確認すると、俺の方に返し、再び溜息をついた。


「確かにカードは本物ですので、天使や敵国の人間ではないでしょう。しかし先ほどの行為といい、カードに表記されてる職業といい……なんですか職業イケメ ンって? 職業じゃないでしょうこっちの彼は――ん? 職業変態? 種族も? …………とにかく北区では正直、面倒を見られませんよ」


「まあそこは多分西区か東区に入ることになると思う。人間性はともかく、根っからの悪人では無いからそこまで心配しなくても大丈夫だ」


「国家転覆級の容疑がかかってますけどね……。まあギルドの方も『深森』の件はほとんど気にしなくていい言ってましたし、ハートさんがそう言うなら大丈夫でしょう。法政ギルドウチでお世話になるような事にはならないでくださいね」


 法政ギルドのお世話になるなというのは、恐らく北区で商談をしたり交友を広めるなという意味ではなく、前世で空楼がよく近所の警察官さんに言われていたような意味だろう。

 やや嫌気けんきのある口調ではあったが、パッコロは手元の書類をまとめると、個識板ステータスカードに指で焼き印のようなモノを押してくれた。


「はい。これで一応、【フィーアハルス】の住民と認められました。まだギルドに正式加入することは出来ませんが、有害で無いと認められ現在あなた達に掛かっている容疑が晴れれば、四つのギルドのどれかに加入できます」


「空楼はこれなのにまだ有害判定じゃないのか」


「ハア。彼ぐらいの変人奇人は大勢いますからね。明らかにフィーアハルスに対しての害意が無ければ大丈夫です」


 マジか。 空楼が平均なのか。

 さすがは人類選りすぐりの奇人達ということなのだろうか。


「ギルドっていうのは好きなのに入れるのか?」


「はい。政治や文官の腕があるなら北区に、商売の心得があるなら南区に。それ以外は東区にといった感じでしょうか。西区は我々とは系統が別になりますが……。言っておきますが北区には入れませんよ?」


 俺は別に政治など欠片も出来ないのでそれは別に構わないが……。

 商売商売の心得もないので、東区に行くことになるだろう。


 東区は『冒険ギルド』だったか?


「東区の『冒険ギルド』はどんななんだ?」


「一言で言ってしまえば何でも屋ですね。薬草の採取や国周りの魔獣の討伐。天使などとの強制戦争などもありますが、武術の心得が無くとも働けます。ハートさんとウィルさんが加入されているのがここですね」


 パッコロに指をされたハートとウィルが胸を反り返らさる。

 ハートの薄いチューブトップでその姿勢は下から色々見えそうな上、形がハッキリ浮き出て何やら前かがみになりそうなものがあった。


 ――東区の冒険ギルドも前世での所謂冒険ギルドと同じような認識でいいのか。

 俺も武力なら多少腕に覚えもあるし、まあ何とかしろなるだろう。

 強い男ってカッコいいしな。元々カッコいい俺がにその要素が加われば二倍カッコいい。

 「俺は流離さすらいの冒険者なのさ」ってのもちょっと言ってみたい気がする。


「ところで例の件の方はどうなったんだ?」


 ハートが怒りの形相……にしか見えない、真剣な表情で問いかける。


「思ったより深刻ですね。獣人達が変化を見せた理由も目的も未だに不明。さらに、ハートさんが狩ってきた天使が、森の中をうろついていたと言う話が気になります」


「獣人達の動きは分からないのか?」


「……特に声明はあげていません。獣人達と交易のある『商業ギルド』に頼み込んで、情勢を調べて貰おうとしたんですが、そこに寝転がっている彼に邪魔されておじゃんになりました」


「…………」


 パッコロが恨みがましそうに空楼を睨む。

 俺とハートが何ともいえない視線を空楼に向けるが、空楼は頬を赤らめて体をクネクネと捩らせるだけであった。


「「「はあ」」」


 諦めたようにため息をついたパッコロがハートに告げる。

 パッコロは少々ため息が多い。目の下のクマからも分かるように苦労しているからなのだろうが、幸運が逃げてしまうぞパッコロさん。


「改めて依頼の確認です。完遂目標は、獣人達を動かしている思惑、もしくは黒幕を探り、有害ならこれを排除。――ついでに後ろがましい企みが有れば、それを脅しに『深森』の勢力をフィーアハルスに取り込むことです」


 ――……あれ、後半は初耳なんですけど。


 俺が聞いた覚えのない依頼の全貌がパッコロの口から告げられた。

 内容は、獣人族を調べて反乱でも考えていたらそれを弱みに握って下に敷こうってことらしい。

 ハートが任されている依頼は、東区と北区で提携して行われているらしい。

 パッコロが言っているのは政治的な駆け引きなのだろうが北区もそれなりにブラックだった。


 俺の脳裏に、ギルドで会った男の性格悪そうな顔が脳裏に浮かんできた。

 頭の奥で警鐘が鳴り響く。


 俺は〚デスペナフ〛に転生されてから居場所の確保が性急な現状、疑いが晴れるなら森の探検ぐらい請け負おうかと軽く考えていたが、排除だの取り込むだの血なまぐさい匂いがプンプンする。



 ――ヤバイ。すごい面倒な事に巻き込まれた予感がする。



「ハートさん達は、鳴師さん達を連れて森の調査を継続して下さい。『深森』の騒ぎが治まれば、鳴師さん達を正式にフィーアハルスの国民と認め、ギルドへの加入権を認めます。その代わり怪しいと思った場合は容赦なく斬り捨てて下さい」


「分かった」


 怪しければ即、処分――。それは致し方無いのも分かるが、本人達の前で言うこうではないとも思う。

 頷くハートの口元が心なしか緩んでいるように見えた。


 ――もうすでに俺等を殺そうとか考えてないよね?

 るにしても空楼だけだよね?


 どうやら俺達の命は彼等の想像異常にガタガタの天秤に乗せられているようだ。

 俺は憂鬱な気分が、転がっている空楼を見てさらに絶望的になった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る