第010話 ここからハートのだぜ口調まだ


 □□□□



 ――しかし、やはりあの場に二愛は居なかったのか。



 俺はさり気なく顎に手を当てながら、さっきハートに言われた情報について考える。


 俺は、白い不審者……――もとい俺達を殺した「天使」がこの〚デスペナフ〛と俺達になにかしらのしがらみを持たせていると考えていた。

 少なくとも偶々天使っぽい格好をした通り魔が俺達を殺して。その結果この世界に転生されたというのあ少しありえない。

 だから二愛が俺達と一緒でなく、一人でっこの世界で野放しであるという状況がとてつもなく心配だ。


 ――……ここで勘違いしないで欲しいのが、これは俺が二愛の身を案じているという意味では無い。


 勿論、少なからず二愛の無事は心配しているが、本当に不安なのは|二愛が(・・・)誰の制約も・・・・・受けずに・・・・このファンタジーの世界にいるということなのだ。

 忘れている人もいると思うが、二愛という人間は非凡を極めた天才であり、同時に狂人を極めた中毒者マッドサイエンティストである。



 ひとつ、彼女になった気持ちで考えてみよう。

 突然変な奴に袈裟斬りにされ、気がついたらファンタジー溢れる異世界に転生されていた。

 そこで感じるのは死の記憶に対する恐怖か?

 知らない世界に一人きりという絶望か?

 答えは否だ。


 二愛は前世において、自分の手で解き明かせる殆どの謎を解き明かしてしまっていた。

 それ故、彼女は未知に飢えている。

 分からないコト。

 理解できないコト。

 自分の想像の及ばないことを、常に欲していた。


 そして、出会ってしまった。

 普通ならその世界に存在しない未知に、どれだけ頭を働かせても仮説さえ立たない存在に、圧倒的なまでに「未知」に満ち溢れた世界に。


 そして、どんな状況にあったとしても、二愛は、自分が「分からない」こと許さない。

 魔法、転生、地獄という世界にエルフやドワーフといった未知の種族。

 世界の理を暴き尽くした二愛にとって、これほど知的欲求を刺激するモノもないだろう。

 どんな手段を持ってしても、地獄の全てを解剖し、検査し、実験し、暴こうとする。

 そう、例えそれが人間の道を外れた手段の先にあったとしても――――。


 ――……ヤバイ。思っていたより深刻だコレ。

 どう考えても碌なことにならない。 

 急いで二愛の身柄を抑えないと、取り返しがつかなくなる。



「何がなんでも二愛を見つけなければ!」


「ほう、よっぽど大切な者なのだな」


「まあ、僕らにとっては最重要人物だよね。普段は常識者ポジだけど、なんだかんだで一番ぶっ飛んでるの二愛だし」


「ソノ娘が本当に〚デスペナフ〛に来ているとすれば、まだ発見されていないのは地獄と前世との時差のせいじゃナイ?」


「時差?」


「地獄と前世とでは、かなり時間の流れ方が違うんダ。因みにキミ達何世紀から来タ?」


「世紀? ――……二十一世紀だな」


「おお……かなり先から来たんだな」


「先? ハートは二十一世紀より前の時代の人間なのか?」


「私は十八世紀だ」


「ボクは十六世紀だヨ」


「は? ……マジで? 時差っていうレベルじゃなくね? ――っていうかウィルお前人間なの!?」


「マジだヨ失礼だナ。ボクは人間サ。〚デスペナフ〛の時間軸と前世の時間軸には大きなねじれがあるらしいんダ。」


「そう、だから色んな時代の人間がバラバラの時期に転生してくる。確か、フィーアハルスで最古の《転生者》は、二世紀前半から来たっていう人だったはずだったな。水燈達より先の未来から来たという者は聞いたことがないが、探せばいるかもしれん」


「【人間連合】には一世紀代の《転生者》も居るだしいけどネ。キミ達と一緒に死んだっていうなら、水燈と空楼が同じ場、所同じ時間に飛ばされてきたことからそこまでの差は無いと思うケド、数日~数ヶ月くらい時間差があってもおかしくナイ」


「それは……逆に先に来てる可能性もあるよな?」


「ソレはその通りだネ」


「もしくは、同じ時にすでに『深森』の中の別の場所に送られた可能性もあるがな」


 時間に場所。

 そこまで差異が出ないとしても、色々厄介がでてくる。

 空楼が思案しながら先の予定を立てる。


「……どちらにせよ、ハート達がしている調査とやらと同時に二愛の消息も調べていくのが得策かな? 何か情報を手に入れるにもその方が都合がいいだろうし」


「……そうだな」


 まあ、先に来ている可能性は少ないだろう。

 先ほども述べたように、彼女がこの不思議溢れる世界に来て、大人しく震えているはずがない。

 もしかすると先に来ていて、現在進行形で面倒事を積み上げている可能性も無きにしもあらずだが、それはもう考えたくない。


「先行きが纏まったなら北区に向かうぞ。せめて国民登録ぐらいはしておかなくてはな」


「北区ってなんなだ?」


「ああ、この国のシステムなんかの説明は受けていないのか」


「よく考えたら最低限の説明とあっちの都合を押し付けられただけで、【フィーアハルス】とか魔法とかについての説明は一切受けなかったね」


 全くである。自分の都合と用件だけ伝えて強制退室させられたからな。

 嫌われる上司の典型例だ。


「じゃあ説明しないとネ。ハート、ヨロシク!」


 ウィルが放ると、ハートが指を立てて少し得意気に「えっへん」と胸を張って説明を始めた。

 仕草だけを見れば大変可愛らしい。


「この国――フィーアハルスは、四頭ギルド制という国家体制をとっていてな、国が北区・東区・南区・西区のの四区に分かれているんだ。それぞれの区画に一つずつ役割の違うギルドがあって、四区の代表がそれぞれ人ずつ集まってこの国の方針を決めてる。四つのギルドのかしらが国を治めるから【四頭制・・・反天使国家フィーアハルス】と名乗っているのだ」


「分立制国家……三権分立ならぬ四権分立ってとこかな?」


「そんな感じじゃないカナ? ちなみにここは東区『冒険ギルド』があるヨ。軍事・探求・情報収集なんかを司る区だヨ。西は『商業ギルド』経済・商業・資金調 達なんかを司っていテ、今から向かう北区に関してハ、『法政ギルド』国家及び国民の管理・法律・政治・裁判を司っている区になるネ」


「へぇ、でもそれ、法律も政治も裁判も一箇所にまとめていたら北区だけ権力が強くなり過ぎないのかな?」


 空楼が民政において至極基本的な疑問を浮かべる。

 前世では、その三つの権力を一つの機関が持ってしまうとその機関が肥大化して腐敗してしまうことが多々あった。

 絶対王政や、独裁などが実在したのはこのせいでもある。


「ここが〚デスペナフ〛っていう前提が無ければネ。《転生者》は我と能力ばかり高い人間がほとんどだから、軍事力や戦力的には冒険ギルドに固まりがちなん だヨ。だからあまりムチャクチャやると、冒険ギルドがキレて東北区間で内乱が起きかねないカラ、結構四方に気を使いながら政治運用しなキャならナイんダ」


「力関係が結構とれてるってことか。でも北区にも《転生者》は居るんだろ? そこまで戦力的に偏るのか?」


「【フィーアハルス】は国民の全員が《転生者》というわけではないからな。むしろ〚デスペナフ〛の民の方が多いぐらいだ。当たり前だろう、国民の全員が水燈の隣にいる性獣だと想像してみろ。国が回ると思うか?」


 国民の全員が空楼……。

 俺は言わたままに空楼塗れの国を想像してみた。


 ――空楼が好き勝手に国を作るとなると、考えるまでもなく方向性は一つだ。


 俺の頭に、フェミニストを名乗る七三分けの妖精さん達によって国内の様式がどんどんアレな感じに造り変えられていく映像が浮かんできた。

 またたく間に領地の全てが歓楽街になり、モラルが砂上の楼閣のごとく崩れ去る。

 行われる政策も子作りの促進と補助ばかりで、国民総出で国力の全てを男女の営みにつぎ込むだろう。

 妖精さん達の作った建物で、無数の空楼達が狂喜乱舞を繰り広げる。

 今のインドなど比べ物にならない速度で人口飽和が起こり、周りの領地を巻き込みながら〚デスペナフ〛をピンク色に染上げた。


「思わないし、回ってしまったら大変なことになるな」


「そういうことだ」


 俺は脳裏に浮かび上がってきた映像に身震いして答えた。


「アト、フィーアハルスの国民は皆何処かしらのギルドに所属しなくてはならないんダ。裏を返せば、仮でもギルドに登録された時点で国民と認めたっテことになるんだケドネ」


「国民登録はしておかなければ、町ですれ違う人にちょくちょく襲われる可能性があるぞ? 国民登録さえしておけば、少なくともフィーアハルスの国民に命を奪われたり、身ぐるみ剥がされたりといった犯罪から多少は守ってもらえるようになる」


「どんだけ治安物騒なんだよ。もう入国しちまった時点で登録するしかねえじゃねえか。改めてとんでもないトコに来ちまったな」


「なにせ地獄だからネ~」


「全くだよ……――ん?」



 ――そういえば……。



「南区は何の区なんだ? 軍事・法政・経済以外で、これらに匹敵するもんなんてあるっけ?」


「……南区は、他の三区とは一線を画している。四つのギルド頭によって行われる四頭会議の決定はフィーアハルス全体の掟となるが、唯一西区だけは例外とされているのだ」


「どういうことだ?」


「……『犯罪ギルド』、それが南区の全てだ。犯罪・暗事・汚業を司っている。南区には《転生者》の中でも本当にヤバイやつらが集まる。あそこは本物の地獄だ。何があっても南区だけには近づくな」


「お、おう」


 鈍い殺気を放つハートの眼光に思わず怯む。


 既にかなり地獄の異人達には危ないイメージがあるが、もっと危ないやつらがいるのか。ハートよりヤバイって怖すぎるだろ。間違って入り込んだりしないよう気をつけよう。

 自分の想像した西区のイメージに身震いし、俺はさっさと国民登録をしてしまおうと北区へと歩き出した。


 …………ちなみに、俺が歩き出したハート達の背からできるだけ離れたいようにくっついているのは、慣れない土地で道に迷わないようにしているだけであって、今の話にビビったからではない。

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