第009話 四つ巴の国

 

 

「オ、出てきタ出てきタ」


「あれ? ギルドの前? どうなってんだ?」


 白い扉に飲み込まれると同時に視界がパッと白照し、思わず目を覆った俺が次に目を開いた時、俺と空楼はギルドの裏口があった通りに立っていた。


 目の前にあるのは、ギルドの無骨な石レンガの壁だ。

 その壁からは、俺達がさっき通ったはずの裏口は跡形も無く消えていた。


「あん?」


 壁の表面を擦ったり叩いたりしてみるが、壁には僅かな隙間や継ぎ目すらない。

 完全に只の壁だ。


 突然外に放り出されたと思ったら、ギルドの裏口が扉ごと消失しているという不思議な現象に俺が首を捻っていると、ハートが後ろから声をかけきた。


「ギルドマスターと話してきたんだろ? お前らが退室させられたのも、扉が消えたのもあの男の魔法だぜ? 『裏口』は必要な時だけあの男が魔法で創りだされるものだからな」

 

 ハートの説明に、俺はなるほどと納得した。


 管理者室マスタールームの不思議な空間はあの男が魔法で創りだした空間だったらしい。


 ……しかし、一体どこからどこまでが魔法だったんだろう。

 あの扉の通路がギルドマスターの部屋に通じる魔法だったのか、それとも扉を潜ったところから中で体験したことは全て魔法で作られた幻だったのだろうか……。


 魔法――この世界で間違いなく重要になってくる要素だが。

 今しがた体験したあの男の魔法を見るに、相当色々なことができるようだ。


 魔法があそこまで自由なことができるなら、俄然期待が高まる。

 異世界の定番とは言え、男の子心を燻られるのだ。魔法は日本男子の浪漫ロマンである


「お前でも多分使えるようになるぜ?」


 俺が、ウズウズと前世の漫画に出てきた自分が使いたい魔法を思い浮かべながら妄想していると、ハートが俺の心の内を見抜くようなタイミングで声を掛けてきた。


 ――まさか相手の思考を読める的なチート魔法でも持ってるのか!?


 俺が驚愕に目を見張ると、ハートは。


「いや、初めて魔法を体験したら誰でもまずそう思うからな。そんなに驚くことでもないぞ」


 と、苦笑気味に言った。

 どうやら顔に出ていたらしい。


 ――-俺ってそんなに顔に出るタイプなのだろうか。

 思わず自分の絹のよううな手触りの美しい頬に触れる。

 ポカンと口を開けたまま、阿呆みたいな表情を晒していると。


「ははっ」


 と、余程俺の顔が面白かったのか、ハートが声を笑い声上げて微笑んだ。

 俺が笑われたことにムッとしてハートの方を睨むと、そこには――。


「――天使だ。美の天使がいる」


 笑って破顔したことで、ハートの唯一にして最大の欠点である鋭眼がフッっとその笑顔に溶け込み、自らの美しさに対して並々ならぬ矜持を持つ俺ですら、見とれてしまう程の魅力溢れる笑顔が咲いていた。

 おもわぬ不意打ちを受け、俺の口から無意識に言葉がこぼれる。


 〚デスペナフ〛で天使というのはむしろ悪口ではないのか、そもそもその文句は空楼すでに似たようなものを言っていなかったか等、普段の俺なら秒速でツッコミを入れるようなことを口走っても、今の俺にはそれを気にする余裕もなかった。


 白黒織り交ざった幻想的な艶髪、形の良いエロい唇、ありえないほど整った容姿、俺のほぼ理想とする美少女の笑顔が、目の前で咲き乱れていたからだ。


 この笑顔に出会った当初からの印象とのギャップもあって、俺は完全にハートを射抜かれた。


 ――ハートだけにな。


などと、しょうもないことを考えている間にもれの呼吸は乱れ、思考はハートの笑顔で埋め尽くされていく。



 ああ、この気持はまさか恋――。



 俺が完全に堕ちそうになったその時、一頻ひとしきり笑い終わったハートが口元を下げ目を開いた。

 世の大蛇の目を全て凝縮したような勁烈な眼球が姿を現し、今まで俺の心臓を早まらせていた笑顔が、違う意味で心拍を圧迫する顔に変わる。


 ――じゃないなこれ、生存本能的な圧迫感だわ。


 一瞬血迷いかけた俺が、ハートの本来の顔を見て急速に冷静になる。

 今まで熱に侵されたような蕩けた表情だったのに、一瞬で能面状態になっていた。

 失礼極まりない反応だが、あの笑顔と普段の表情との落差を考えると仕方ない気もする。


 カボチャ男のウィルは俺のその様子を見た後、一段落ついた一行に号令をかけた。


「じゃあ行こうカ」


「どこにだ?」


「『深森』の領主さんを訪ねに行くヨ。調査の協力をして貰うって話はもう聞いたでショ? しばらくボク達と一緒に活動して貰うことになるからネ。調査の委託をされてるのはボクタチだカラ」


「だからあそこに居たのか」


「ソウ。天使と交戦中にふっ飛ばされたら茹でられたけどネ」


 ――なるほど。

 俺達が茹でられる所に居合わせたのは『深森』を探っていたからか。

 

 あの深い森で、たまたま獣人達に煮られそうになっていた俺と空楼に出くわしたとは考えにくい。森の中で怪しい動きを探索していたならそれも辻褄が合った。


「んだけどウィル、まずは『北区』に行く必要があんだろ。こいつらはまだこの世界に来たばっかだ。国家転覆級の犯罪者でも一応連れていかなきゃなんねぇだろ」


 ハートが少し冗談めかして言う。


「国家転覆級の犯罪者じゃねえよ。ずっと空楼とつるんでるから理不尽に犯罪者扱いされるのは慣れてるけど、ここまでのは初めてだわ」


「普通なら、訳も分からないまま異世界に送られてきた人間が獣人族を掌握・扇動とか考えられないことだけどネ。《転生者》はそういうのやらかしそうな人間が選ばれる訳だし、実際前例があるからネ」


「前例があんの?!」


「ウン。その人はそれをベースに国を創り上げて今でも統治してるカラ、〚デスペナフ〛で生きていくならいつか会うことに成ると思うヨ?」


 何やら意味ありげなセリフだ。

 どんな奴か知らないが、地獄に堕ちてまずマインドコントロールし始める人間とか死んでも会いたくない。



 ――一回死んでるけどな。



「それはそうと、一つ聞きたかったことがあるんだが……」


「なんダイ?」


「俺達、さっき言ってたように連れの薄氷色の髪した頭のおかしい女の子探してるんだけど、『深森』でそれっぽい娘を見たりはしなかったか」


「ウーン。『深森』で合ったのはキミ達だけだネ。連れってその娘も〚デスペナフ〛に一緒にきたのカイ?」


「いや……死んだのは一緒だけど、こっちではまだ一度も合っていない」


「……一応言っておくが、《転生者》に選ばれるほど「強い魂」の人間は精々、一世代に多くても数人程度しかいないぜ? 〚デスペナフ〛には来ずにそのまま死んでしまった可能性も高いぞ。ソイツは《転生者》になる程の奴なのか?」


「ああ、ピカチュウ育てるくらいの感覚で文明のレベル上げるような奴だからな。二愛が《転生者》に選ばれない何てことは絶対ないな」


「随分言い切んな。それ程の奴なのか。お前らを見ていると、あまり諸手を上げて歓迎できなさそうな人物な予感がするんだが……」


「間違ってねーよ。あと、俺のことはキミじゃなくて、水燈って呼んでくれていいぞ」


「む、そうか。なら私もハートと呼び捨ててくれ」


「ボクはウィルだネ」


「じゃあ僕は……空楼くん♡って呼んでくれたら嬉しいかな? ハートたんっ!」


「……次、私の名前を巫山戯た呼び方をしたら、手の先から順にみじん切りにするぞこの七三が」


「眼怖っ! そんなにいやだったの?! あと紳士とか変態とか呼ぶのはいいから七三はやめてっ」


「紳士と呼ばれることは絶対無いだろうが、変態はいいのか」


「キツめの女の子に、この変態がっ! って蔑まれるのって何か気持よくない?」


「お前が気持ち悪いわ」


 しかも、空楼のあのハートの容貌をさらりと「キツめの女の子」にカテゴライズしてしまうのは凄い。

 イケメンの矜持に賭けて俺も女性を見た目で差別するつもりは無いが、あのモンスターフェイスのハートを当たり前のように口説き続ける空楼の見境なさは正直尊敬を覚えるレベルだった。


 恋愛対象年齢が「ゆりかごから墓場まで」と豪語する空楼のセービングゾーンを逃れられる女性は存在するのだろうか。


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