第008話
「まぁ、今の話は予備知識みたいなものですね。そこまで重要なものではありません。頭の片隅にでも留めておいていただければ十分です。《転生者》なんて善人だろうと悪人だろうとどちらにせよ碌でもない人間ばっかですから」
「お前みたいにな」
「貴方みたいにね」
俺と男がほぼ同時に言い放つ。
じぃっと睨み合った後、男が再び口を開いた。
「で、ここからが〚デスペナフ〛について私があなたに伝えなければならないことです。この世界では、亜人・怪物・魔物などに加え、《天使》という存在がいます」
「天使? 天使って、あのふわふわしたキラキラのヤツか?」
「なんとなく伝えたいイメージは分かりますが、表現が抽象的すぎるでしょう。原宿でギャル気取ってる頭空っぽな
ポヤッとしたイメージしか浮かばなかった俺に、男が凄く具体的なツッコミが入れらてきた。
「前世で信じられているような人を導き、愛を与えるような者達ではありません。彼等はこの世界に転生されてきた《転生者》を狩るために存在しているのです」
「《転生者》を……狩る?」
「はい。彼等の目的は「強い魂」を持つ人間を消し去ることです。魂というの常に循環し、その仮定で崩壊と再生を繰り返すものなのですが、「強い魂」というのはたとえ肉体が滅んでも、壊れることは無く、その形を保ったまま次の肉体に宿ります。そうして力を付け続ける魂は、天使達、ひいてはその主たる主神の脅威になります」
男は一度言葉を区切り、平坦だった表情に僅かな真剣味を浮かべた。
「彼等はそうした「強い魂」達を〚デスペナ〛に送り、抹殺しているのです。そのため、この世界は天使の処刑場、『地獄』や『魂の死刑場』と揶揄されることがままあります。――ハートを射止める矢ではなく心臓を射抜く大弓を携えているということですね」
男の話を聞き、俺はそういやウィルが初めて合った時、ここが『地獄』だとかいってやがったなと思い出した。
《転生者》っていうのは人類ヤバイ奴代表選手またいな奴らしい。
前世で好き勝手やってた奴らを、天使が
笑えねー。
――しかし「強い魂」の持ち主ということは、世に貢献した偉い奴や、神を崇拝する人畜無害な奴とかもいるだろうに。
それを一纏めにして皆殺しとか、天使思い切り良すぎだろ。
そいつら本当に天使なのか?
いや、でもよく考えたら、聖書や神話とかで神様や天使って割と悪魔なんかよりも躊躇いなく人間を殺したりしてるもんな。
確か、聖書で悪魔が人間を殺したのはたった10人だけだけど、神様は累計数億人以上は人間を殺していると聞いたことがある。
どこが神様だよと言いたくなる数字だが、宗教とは割とそういうものだ。
凄くて神秘的な現象を何でもかんでも神様のお陰だと言っていると、時代が変わって違う見方をした時に神様が尋常じゃない大罪者になってしまっていることはよくある。
とはいえノアの方舟とかに至っては、気に入らなかったから全部水没させて再制作とか二愛みたいなことしてるからな。
今、男が言ったようなことくらいはしかねないだろう。
俺が色々脱線しながらも今の話を噛み砕いていると、それを説明に疑惑を持っていると受け取った男が。
「突然、天使って本当は虐殺大好きなキラーマシーンなんだよ☆ と言われても、信じられないのは分かります。 実際に見てもらった方が早いでしょう。丁度活け〆にしたのがあるので持ってこさせましょう。――といっても、鳴師さん達はすでに天使に遭遇したことがあるようですが」
と言って、机の端に伏せられていた小さな
「は? 活け〆?」
リーンと澄んだ音が鳴り、奥の扉から、紅茶を入れてくれたメイドさんが台車を押して歩いてきた。
メイドさんは一流のホテルマンの如く、物音を一切立てない華麗な運びで台車をころがしてくる。
そして、その台車の上に乗せられたものを見た俺と空楼は、目を見開いたまま固まった。
全身を覆う、羽聖職者のような、白く、装飾の施されたた祭服。
頭から顔までをすっぽりとかくした不透明な白い顔布。
背中には血で汚れた、白鳥の羽を押し固めたような一対の薄ら白い塊を背負っている。
――白い不審者。
俺達を惨殺し、この世界に送り込んだ者だ。
動機が早くなり、額に汗が粒となって浮かび上がる。
手の平は固く握られ、爪が肉に刺さり込む。
俺は瞬きもできずに、台車の上で横たわっている白い不審者を見つめた。
脳裏には鮮明にあの時の記憶が蘇ってきていた。
あのカラカラと引きずられる錆剣の音。
ヴェールに覆われた無慈悲な顔。
そして、ヘタレた俺を見下ろしたあの巨体。
台車の上に伏した天使は、あの忌々しい大剣は無かった。
服やヴェールも土や血で塗れ、薄汚くなっている。
手足を無力に投げ出し、首が可動域を限界突破していることから、おそらく既に事切れているのだろう。
あんなに巨大に見えた白い不審者が、とても小さく見える。
あの大きな身体も小さな台車の上に軽く収まっており……。
――あれ? マジで小さくないか?
俺達を切り殺した白い不審者は、立ち尽くす俺を見下ろしていた。
つまり、俺の身長から考えると、少なくとも190cm前後はあったはずである。
しかし、目の前の白い不審者はどう見ても160cm程度しか無かった。
「これは先程、ハートさんが狩ってきてくれた天使です」
「!」
白い不審者に釘付けになっていた水燈に、男は紅茶で一服入れながら言う。
俺はウィルがココに着くまでずっと白い不審者を引きずっていたのを思い出した。
他に驚くことが多すぎて白い不審者の存在を忘れかけていたが、よく考えればおかしな事だ。
血まみれの不審者を引きずって歩いて、町ではそれを気にする者が誰も居なかった。
それは、〚デスペナフ〛で殺されていてもおかしくない存在だったからだ。
つまり、白い不審者は《転生者》達の敵――天使という反目者なのだ。
――白い不審者が天使……――どういうことだ?
いや、白い不審者が天使であることは状況的に見ても矛盾点はない。
納得できる話だ。
なら、俺達は天使に斬り殺されたのか?
俺達が斬殺されたのは〚デスペナフ〛ではない。
前世――天使など居ようがない世界での話だ。
何故、天使はあそこにいた?
何故、俺達を殺した?
俺や二愛、空楼が「強い魂」を持っていたからか?
そうだとすれば、なんで俺はこの世界に居るんだ?
天使が俺達が前世に居る内に、俺達の「強い魂」を狩ろうとしたなら、〚デスペナフ〛で俺がまた天使に狙われる立場にあるのはおかしい。
この世界に送らずとも、その場で捕らえられたはずだ。
態々この世界に放ち、居場所から探してもう一度狩る必要性はない。
これでは盛大な二度手間になるだけだ。
「なあ、俺達は――痛っ!」
「?」
俺が男に自分達の境遇について尋ねようとした時、俺の足を空楼の踵が踏みつけた。
突然攻撃してきた空楼を睨むと、シーっと人差し指を立ててウィンクしてきた。
――ウィンクとかキメェ…………じゃないや。
天使に殺されたことは話さない方が良いってことか?
不思議そうな顔をしている男を見る。
確かに、コイツもまだ信頼出来る人間かは分からない。
むしろ胡散臭さで言うと、俺が今まで出会った中でも空楼、ウィルに次いで3位当たる程だ。
むぅ……気になることは止まないが、ここは黙っておくか。
空楼は名犬ハチ公並に性欲及び自分の本能に従順だが、人の感情の機微を読んだり状況を的確に把握できる頭の良さは持っている。
ここは従っておいた方が賢いのだろう。
彼はこの世に女というものが存在しなければ、とても理知的な知識人なのだ。
「? ……どうしましたか?」
「ん、いや、さっきの話だと、天使たちが《転生者》を一方的に狩ってるように聞こえたから、天使の死体があることにびっくりしたんだ。天使ってのは人間でも対抗出来るもんなのか?」
「ああ、――天使と人間には生物的に歴然とした差があります。その為、《転生者》が〚デスペナフ〛に送られ始めた頃は、正に『処刑場』――一方的な虐殺の世界でした」
男が差し出したカップにメイドに紅茶を注いだ。
穏やかに揺れる湯気が紅茶の香りと共に男の眼鏡に曇りをかける。
「しかし、「強い魂」の持ち主の中でも、前世で化物と呼ばれるような人達が来始めその情勢は変化していきます。ハートさんのように武に秀で、天使をも圧倒する戦闘力の持ち主や、この世界に適応し天使に対抗する者が表れ、狩られるだけだった《転生者》が天使と戦えるようになりました」
「個人で種族差をひっくり返す奴らが転生してきたってことか」
「今まで狩られていた《転生者》達も、前世では化物とまでは行かずにも、天才・超人と呼ばれていた者達です。追われながらも、天使に対抗出来る力を手に入れ、反撃に転じ始めました。次第に《転生者》達は勢力を増し、天使達に対抗する力を付けていった結果、この国が作られました」
「へぇ……。凄えんだな。敵だらけの世界の中で、自分たちの力だけで国を作り上げたのか」
「現在、この国は《転生者》だけでなく〚デスペナフ〛原住の者達も多く所在しており、天使と十分に戦えるだけの力を持っています。【四頭制
「欠片も文字通りじゃねえだろ。反天使って天使から防衛するだけじゃなくて完全にクーデター思考なのかよ」
「基本的に《転生者》は、やられたら気が済むまでやり返した上で二度と逆らえないように捻り潰すような考え方の人が多いですからね」
「ヤクザでも昨今そこまでやらねぇぞ……」
《転生者》は天使に理不尽に魂を奪われる被害者だと思っていたが、軽く世界征服を掲げる程度には好戦的なようだ。
「来て数分で茹でられそうに成るような世界で、天使なんてのに一方的に殺し回られたら普通の人間なら絶望に跪いてしまうところだろうけど、そこで諦めも悲観も無く「仕返しだ! 皆殺しにしてやる!!」ってなるのは精神的に二愛レベルの強靭さを持ってる人ばかりが集まってるからなんだろうねぇ……」
「そうですね。前世で英雄や怪物と呼ばれていた人達は、それぞれに壮絶な人生を一回こなしてからこの世界に来ていますからね。絶望的な状況に耐性がある人が多いというのもあるでしょう」
「英雄と怪物と大犯罪者だけで構成された国ってどんだけだよ……」
空楼と男のセリフに水燈はげんなりする。
「ハハッ貴方もその中に入ってるんですよザマァ。まぁ才能が開花する前にこちらに来る方や、魂は強いけどそこまで特化した才能を持たない方、何の役にも立たない特技を持っている方も居ますから、化物クラスの人はそこまで多くはありませんよ」
「そうなのか、まあ魂が強いってことがイコール戦闘力があるってことじゃないのか……。確かに、俺達もそうじゃないしな……――――って、お前今なんて言った? あまりの暴言に一瞬流したけど、今何の含みもなく嘲ったよな」
――ザマァって言いやがった。
ザマァって言いやがった。
てか俺だけじゃなくてコイツもその中、しかもギルドマスターなんて中枢に入ってんだろ。
そして、段々コイツの煽りに慣れてきている自分がいる。
煽られ続けると段々楽しくなって来ているのは、我ながらこのままだとちょっとヤバイと思う。
「かなり色んな事を端折りましたが、これがこの世界とこの国の大まかな概要です」
「ところで結局僕達を呼んだ訳とは?」
「ああ、そうでした。それで天使と絶賛交戦中の我が国フィーアハルスですが、かなり戦力が集まって来てはいるものの、天使と真っ向から戦う力はまだありません。なので現在、様々な種族と同盟を仰ぐことに力を注いでいるのです」
自分達だけで足りないなら、他から借りてこようということか。
なるほど。合理的だ。
「しかし、【人間連合】や【帝国】などといった〚デスペナ〛の【フィーアハルス】
「天使なんてのがいんのに、《転生者》同士でまで争ってんのか?」
「主義や考え方の違いのせいでどうしようも無い所もあるのですが……やはり大人数の人間が集まれば、自然と対立が生まれてしまうのです。 全ての《転生者》が協力すれば、天使と五分以上に戦えるのですがね……」
「もどかしい話だな」
「そもそも戦うのが嫌だという人も居ますからね。私とか。全員が天使と戦うというのは結局困難でしょう。誰だって自分が可愛くて隣人は憎いんです。だって人間だもの」
「だって人間だものじゃねえよ。全人類に謝れ」
責任転換が果てしな過ぎる。
人間の中にも世のため人の為に生きてる人間もいるんだぞ。俺とか。核爆弾より危険な幼馴染の手綱を引き続けてきたんだぞ。
「さて、冗談はそこそこにして――鳴師様と千衆様をここに呼び立てた訳ですが……」
男は一度言葉を切って前かがみになった。
「ここ最近【深森】の獣人達が妙な動きを示していましているという報告が多く上がっていましてね。あ、【深森】というのは、貴方方が保護された森のことです。あの森は他の国との緩衝材になっている他に、もし敵対するようなことになれば結構な脅威になる勢力があります。あそこの領主は、天使と人間の中立を貫いている方ので、怪しい動きは他国による陰謀策か、もしくは新しく飛ばされてきた《転生者》がなにかしら働きかけていると考えているんですよ」
「なるほど、そこで【深森】で悪さをしていそうな、怪しさ満点の
「いえ、怪しいのは貴方方両方ですよ? つまり貴方方には今、深森の住民達を扇動・掌握した首謀者の一味ではないか、という容疑がギルドからかけられています。始めに私が言ったのはそう言う意味です」
「その割には、この世界の説明をしたりこの国の情勢を喋ったりしてたけど、捕らえて取り調べとかした方がいいんじゃなかったのか?」
「いえ、この
「ふむ……それで、【フィーアハルス】は俺達をどうするつもりなんだ?」
「取り敢えず監視対象とさせて頂きます。ギルド……フィーアハルスはギルド制の国家なのですが、貴方方は
「ぶっちゃけたな」
「ぶっちゃけたました、まぁ――」
そこで男は息を区切り、背を起こした。
顎を引き、冗談の抜けた真面目な表情を作った。
「嫌だと言っても、鳴師様達に断るという選択肢はありませんがね。地獄の先があるかはありませんが、〚デスペナフ〛の次の世界に行くのを望むのでない限り、こちらの意思に従って頂きます」
瞬きもしない沈みきった瞳が俺の眼を捕らえ、離さない。
息をすることも忘れ、見つめ合う数秒が永遠とも思えるほどの圧迫感を受ける。
頬を流れた汗が、顎から雫として落ちた時。
今までずっと黙っていた空楼が空気を無視した軽い口調で男に問いた。
「えーと、話は分かりましたけど、差し当たっては僕らはどうしたらいいんですか?」
「はい。ハートさん達と一緒に【深森】の調査をしてもらいます」
停滞していた空気が動き出し、水燈の心臓が躍動を再開する。
――……ふぅ。
緊張が途絶え、今更のように背中が冷や汗でびっしょりと蒸れる。
心臓を握られていたような感覚が胸に残っている。
油断ならないな。
さっきの目は逆らうようなら水燈達を殺すことも厭わないと語っていた。
前世で天使に殺されたことはいわなくて正解だったかもな。
『地獄』か言い得て妙だな。
今まで空想なお話でも聞いてるような気分だったが、今、身にしみて感じた。
この世界にいるのは、コイツやハートみたいな奴ばかりなのだ。
一瞬の油断が致命的になりかねない。
もう少し気を引き締めていこう。
――しかし、俺達が茹でられかけた森の調査をしろ、か。
なるほど。
森で企み事をしている容疑者に監視をくっつけて、ボロが出ないか見はりつつも。
死んだ所でリスクの無い俺と空楼を、危険な調査の人員にあてる。
――なかなかいい性格をしている。
俺と空楼が白だろうと黒だろうと自分達にリスク無く利用する気だ。
「ま、しゃあないか」
「どうせ僕らあの森に行くつもりだったしね」
そうだ、二愛は結局この国にも居なかった。
ギルドまでの道中でハートに確認したが、ここ最近、二愛と思しき女の子は発見されていないという。
もしかしたら、この世界に来たのは空楼と俺だけなのではないかとも思っていたが、男の説明を聞いた今では確信を持っていた。
――二愛は、〚デスペナフ〛に居る。
あんなバグキャラが《転生者》に選ばれない筈がない。
そして、居るならば恐らく、俺達が移されたのと同じ【深森】の可能性が高い。
二愛を、この異世界で一人きりでいるなんていう危険な状況に置く訳にはいかない。
早く探しださなければ。
「では、細かい事はハートさんとウィルさんから聞いて下さい」
男は手に持っていたティーカップを、メイドの持つトレーに乗せ。
腕を机に置いて、水燈と空楼に向き直った。
「明るい報告を待っています。願わくば――二度と出会うことがありませんように」
チリーン チリーン――……
男が
部屋が遠くへと吸い込まれるように歪み、相対するように近づいてきた扉が俺と空楼を飲み込んだ。
「オ? ハート、出てきたヨ。説明は終わったようだネ」
「あれ? ウィル?」
パッと視界が白照し、思わず目を覆った水燈が、次に目を開いた時。
俺と空楼はギルドの裏口があった場所にいた。
俺達が入った筈の扉は跡形も無く消えており。
目の前にはギルドの側壁が広がるばかりだった。
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