第007話 管理職者の恐ろしさ

「「へ?」」


「おっと、すいません。口が滑りました」


 扉だらけの廊下を抜けた先、真っ黒な扉の奥にある管理者室マスタールームに入った途端、俺達はいきなり中年の男からギルティ認定を受けた。


 無表情のまま淡々と話すのは、サラリーマン風の落ち着いた印象の男だ。

 地味な眼鏡とキッチリ整えられた前髪が、管理職感を醸し出している。

 無感情に謝罪を述べる様は、本心から口が滑ったと思っているようには見受けられない。


 内容は全速力で滑走しているが。


「いきなり内乱の首謀者みたいな扱いを受けたのは何故だ?」


「まあまあ。紅茶でもいかがですか? 美味しいですよ」


 抑揚のない淡白な口調で男がそう言うと、いつの間にか、メイド服の英国風の女性が側に佇んでいた。

 俺と空楼の前に、紅茶の入ったティーカップを音もなく置かれる。


 ――分かり易いまでに話を逸しやがった。


「取り敢えず掛けて下さい。ずっと立っていられると鬱陶しいです」


 平然と言ってくる男の、不遜な言い草に俺は少しムッとした。

 しかし俺が何か言う前に、空楼が「じゃあ」と座ってしまった為、俺も渋々腰を下ろす。

 男の向かえに用意されていた簡素な黒い椅子に座ると、先ほどの発言の意図を尋ねた。


「なあ、さっき言ってたのってどういう意味なん――――」

「さて、早速説明に入りたいと思いますが……――」

「お、この紅茶おいしい。メイドさんが紅茶を入れると、それだけで倍以上は美味しく頂けるから不思議だよね」



 ――コイツら誰も人の話聞かねぇ!



水燈が仕切りなおして話しかけた途端、水燈が喋るのを待ち構えていたかのように男と空楼が好き勝手なセリフを被せてきた。

一拍間を置いて話しかけたのに全員のセリフが見事に重なった。


 俺はまず、優雅に紅茶を啜りながら尚鬱陶しい評論を続けようとする空楼の紅茶を奪い取って飲み干した。

 空楼が悲痛な声を上げるがお前が悪い。


 次いで、男が勝手に話を進めようとするので男の紅茶も奪い取ってやったが、中身は既に空だった。

 カップから顔を上げると、俺の目の前にはニヤニヤと嫌らしい笑顔を浮かべる男の顔がぶら下がっていた。


「あれあれ? そんなにこの紅茶が気に入りましたか? でももう飲んじゃったんですよ。ざ~んね~んでしたぁw」


 ――こ、こいつ……!


 初対面の癖に熟練2チャンネラー並の煽りを繰り返す男の態度に水燈は、「ぷぎゃー」といった表情の男に殴りかかりそうになるのを必死に押さえる。


 落ち着け! 落ち着け俺……! 

 ここで切れたら負けだ。

 舐められないように冷静に怒ってやればいい。イメージは顔に傷系のヤクザ幹部だ。


「フー。……なんなんだお前さっきからその態度。喧嘩売ってんのか?」


「いえいえ滅相もない。私は貴方方に説明をして、そのついでに面倒な仕事を増やしてくれた貴方方にストレスをぶち撒けたいだけです」


「それを喧嘩売ってるっていうんだよ!」


「ちょっ、水燈落ち着きなよ」


 ギロリと睨みを効かせるも、あっさりと煽り返された俺が沸騰する。

 ティーセットをひっくり返して立ち上がった俺を空楼が必死に羽交い締めで押さえつけた。

 はじけ飛んだティーカップと受け皿は、男に向かって飛んで行くも直前でメイドさんがフワリと手元に回収した。


「は~い残念で~す(笑)」


「ウガァッ!」


「煽らないでっ! なんで挑発するんだ!」


 男が更におちょくりを入れ、俺が咆哮を上げる。


 空楼が必死に俺を捕まえ、椅子に押しとどめた。

 なんとか宥められて落ち着くも、俺の男への認識は最悪であった。

 もう敵と言っても過言ではない。


「はぁ……この世界に来た人は皆あなたから説明を受けるんですか?}


「そんな訳ないじゃないですか。普通の人がワタクシみたいな者と話していたら、気が狂って説明になりませんよ」


「そこまで自覚あるなら何とかしろやゥラァァア!!」


「ああもう! 水燈も一々過剰反応しないでよ!」


 空楼が、再び立ち上がった俺を羽交い締めにして椅子に……(ry




 ――さっきから口を開く度に俺達をおちょくってくるこの男。

 人格形成の深い所から、人をおちょくる機能が初期設定としてインプットされているのだろう。

 こういった手合は、総じて自分の言葉で相手に癇癪を起こさせて楽しむのだ。

 一々怒りをぶち撒けていれば相手を喜ばすだけ。空楼は話がこれ以上拗れないうちに、聞きたいことだけさっさと聞いてしまうことにした。


「さて、何から訊きたいですか?」


「取り敢えず、僕達がここに連れてこられた理由と、ハートが引きずっていた白い不審者についてかな」


「白い不審者? ああ、のことですか。――なかなか面白い呼び方ですね。正式に採用したい程です。ですがまず、あなた方をここにお呼びした理由から話させて頂きます」


 男はそう言って切り出した。

 やはり、俺と空楼がわざわざ裏口から管理者室マスタールームなんかに直接連れてこられたことには理由があったらしい。

 ただ単に説明を施すだけなら別段ギルドでも事足りる。


「一つ目は、この世界についての大まかな説明をするためです。鳴師様はこの世界についてどれだけお聞きになられていますか?」


「いや、全く聞いていない」


「ハッ でしょうね」


「じゃあ聞くなよ!」


 俺の返答を軽く鼻で笑った男に、俺の額にピキッと青筋が更に一本浮かんだ。

 淡々とおちょくってくる男のスタンスが、俺の堪忍袋の耐久値を刻々と削ってくる。


「ここは貴方達が今まで生きてきたのとは別、〚デスペナフ〛と名付けられた世界です。ここに来る人間は皆、3つの共通点を持っています。

 ①「老衰」以外の死因によって「前世」で一度死んだこと。

 ②死んだ際に、七回目の誕生日を既に迎えていること。

 ③強力な『魂』を有していること。――――――――――――これら3つです」



「ちょっと待て、①と②はそうだが、③強力な『魂』というのはどういう意味だ?」


「はい。それを今から説明しますので黙っていてください」


「…………」


ハラハラと水燈を見ている空楼の横で、俺はティーカップの持ち手を砕いた。


 ――的確に鬱陶しいなこいつマジで。

 今切れなかった自分を褒めたい。


「強い魂の持ち主というものは、端的にいうと、前世で何かしらやらかした・・・・・人です」


「やらかした人?」


「魂というのは、謂わば生き物を構成する核です。この魂というのは個人差があり、その強さによってその人の能力が変化します。たまにいるでしょう、努力や訓練では到底辿りつけないような才能を持つ、『天才』と呼ばれる人が」


 人は生まれながらにして平等ではない。

 色々宗教理念やら立憲主義をひっくり返す事実であるが、二愛と長年一緒に過ごしてきた俺と空楼にとっては今更であった。

 誰でも努力だけであんな化物に成れるなら、とっくに人類は滅亡している。


「なるほど、「生まれつき超人的な力を持った者」っていうのが最後の条件か」


「半分正解、半分違います。もっとも、半分間違っていたらそれはもう不正解じゃないかと私は思うのですが……。――どう思いますか?」


「見事に一言多いなと思う。半分ってのは?」


「魂によって能力が変化するように、その人の能力によって魂もまた変化します。環境や生き様によって強い魂を後天的に手に入れる者も居るのです。勿論、魂 が大きく変化するほどですから、生半可な人生を歩んできた人達ではありません。気力や根性で常識を踏み潰すような、歴史に名を残すレベルの偉人・変人ばかり ですね」


 ――思ってたよりスケールが大きい……。

 でも、確かにここに来るまでに会った人間って空楼や二愛に負けず劣らずな個性派の奴らばっかだったな……。

 カボチャ男とか目つき異常者とか。


「先天的に魂が強い人は、放っておいても確実に何かしらやらかしますからね。文明改革とか革命とか。総括的に、前世で何かしらやらかした人・・・・・・というのが簡単です」


「なんでやらかした・・・・・なんだ? 歴史に名を残すような人達なら、普通に偉人・傑人でいいんじゃなか?」


「必ずしも良いことで歴史に刻まれるような人ばかりではないのですよ。大量殺人犯・犯罪組織のボス・独裁者・碌でもない物を創り出し世を混乱に陥れた研究者とかがいい例ですね」


「「強い魂」で才能を持っていても、それを良いことにばかり使うとは限らないってことか」


「むしろ、劣悪な環境や凄惨な人生に揉まれて、後天的に「強い魂」を持ってしまう人が多いですね」


 魂が強く変質するような人生。それは一体どれほど壮絶な物なのだろうか。

 頭の中で描いた想像に思わず身体を震わす。


 しかし、そういった経歴の者が少なからず居るということは、獣人のような〚デスペナフ〛原産の危険な住民だけでなく、同じ《転生者》にも気をつけないといけないということだ。


 ――……俺の場合、身内にも気を付けとかなきゃいけないけど。

 胃が痛いなぁ……。 

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