第006話 異世界観光を敢行します


「食ってきねぇ! ウンマイ肉、食ってきねぇ!」


「……ウンマイけど、なんか凄まじい業を感じるな」


「限りなくグレーな商品だよね。ウンマイけど」


 俺と空楼は、豚の店主が焼く豚肉を頬張りながらフィーアハルスの町中を歩いていた。

 異世界の町を案内しれくれるというハートに連れられ、異世界観光を敢行しているのだ。



 ハートの説明によると、ここは異種族と人間とが手を取り合って暮らしている共和国らしい。

 街を往く人々は皆、多種多様な外見をしており、強靭なドワーフや麗美なエルフが肩が触れる程の距離を通り過ぎていく様は、なかなか感動するものがあった。


 改めて見る町並みはなんというか、中世ヨーロッパ風…………かな? っという印象だった。

 建物は石や木で建てられており、人々の格好も所謂それなのであるが、どうにも異物感のある建物や格好が目に入ってくる。


 例えば……ラノベやゲームで見られるような中世風の酒屋――――その横にあるレンガ造りのドイツ本場型バー。


 例えば……冒険者達が集まりそうな無骨な食堂――――の隣に構えを持つ中華料理店。


 例えば……ヨーロッパ風の鎧を着た男性――――に腕を絡ませるジーパンにTシャツの女性。


 美しい異世界の町並みに混ざりこんだ残念感――ちょこちょこ前世で見覚えのある文化が伺えた。

 恐らく《転生者》とこの世界の住民両方が住んでいるからこその風景なのだろう。

 この統一性も協調性も無い雑多な雰囲気は、どこか日本的な気もする。


「ほら、着いたぜ」


 デンッ と幅を大きく構えた石造りの大きな建物の前で、ハートは立ち止まった。

 堂々と吊り下げられる重感のある看板には、GUILDギルドの文字。

 これはまた…………。


「定番な感じだねぇ。もう地獄でも何でも無くないかい?」


「これは俺も知ってるぞ。入ったら絶対絡まれてバトルに突入するイベントが強制発生する場所だろ?」


「そうだ。お前らみたいな変わり種なら、尚の事絡まれること請け合いだぜ?」


「肯定するのかよ……」


「多分、実際にそうなるしネ」


「本来は、ここでちょっと洗礼を受けてもらった後に、ギルドでこの世界なり国なりの説明を聞いてもらうんだが、――今回はちょっとお前らを見つけた場所がややこしくてな、悪いが別口から説明を受けてもらうぜ」


「ええ~?! ギルドでビキニアーマーのお姉さんとかとお話したかったんだけどなぁ。なんで僕達がハート達の都合に合わせないといけないんだい?」


「……へぇ。文句があんのか?」


 ぶぅぶぅといった空楼の不満の声に、ハートが鋭利に目を細め、灰色の瞳孔を絞った。

 切れ長の目が更に切れ味を増し、冷たい眼光が冷気の如く瞳から漏れ出す。

 さっきまで調子に乗っていた空楼は「ひゅえ」と情けない声を出してひっくり返った。

 一瞬でハートを中心とした絶対零度の領域が出来上がり、ギルドを出入りしていた屈強な巨人や精錬の龍人達がハートの睨みを目にした途端、ムーンウォークで華麗に遠ざかっていく。


「「なんでもないっす! スイマセンっした!!」」


 ひと睨みで周囲の空気を制圧したハートに、俺と空楼は今後絶対に逆らわないようにしようと心に決めたのであった。




□□□□






「取り敢えず入れ。中で説明すっから」


「「イエス・マム!」」


 ギルドの裏側に周り、簡素な木の扉の前で、俺と空楼がハートに旧ソ連式の敬礼をきめる。


「ア、ハート待って待っテ。裏口だからパスが要るヨ」


「あ゛、そうだったな……」


パスって?」


「この世界では大体、どこかに出入りするにはパスが用意られるんダ。ギルドに登録してないキミ達ハ、。そこの建物で指個識板ステータスカードのを作ってから入ってネ。それがパスとして使えるから」


識別板ステータスカード……」


「個人の情報や能力を表示させるカードのことだ。色んな場所で証明証やパスの役割を持つんだよ。そこの建物で作れるから作ってこい」


「個人情報付きのマイナンバーみたいなもんか? 無くしたら駄目な情報の塊だな……。分かった、作ってくる」


 ウィルに促され、ギルドの横にある役所のような所で個識板ステータスカードを作る。

 役所の中に入ると役員は居らず、人の居ない窓口の上に、真っ黒な鏡板が設置されているだけだった。


「その板に触ると起動するヨ」


 ウィルに言われ、板にひたりと右手を当てた。



 ーヴゥゥンー



 という音がして、窓口上に画面ディスプレイが表示された。


 「おお……」


 ナチュラルに魔法的な反応を受け、なんとなく感動した。

 この世界にきて魔法らしい魔法を見たのはこれが初めてな気がする。


《種族 年齢 氏名 職業を述べて下さい》


 画面に文字が映し出された。

 パソコンやTVのような電子的な感じではなく、見えないペンが文字を書き連ねているような浮き出方だ。


「人間 15歳 名前は鳴師ナルシ 水燈みとう、職業はイケメンだ」


 文字に対して正直に答えると、画面がまた歪み、新たな文字が映し出される。


《鳴師 水燈(ナルシ ミナト)で個識板ステータスカードを制作しますか?》


「頼む」


鳴師ナルシ 水燈ミトウ。職業︰イケメンで簡易登録します》


 窓口から、名刺大の肌色のカードが手の平へと舞い落ちてきた。

 表面には俺の名前と種族、そして【イケメン】という文字が刻まれている。

 裏側には端に小さくF5という文字が入っていた。


《5等通行権の認可します。パスを必要とする場所を通過する際には個識板ステータスカードを所持しておいて下さい》


 俺はうん、と満足げに頷く。


「エ? 今職業イケメンとか言わなかっタ?」


「私もそう聞こえた気がしたが、……流石に聞き間違いだろ」


「次は僕だね」


 後ろで何か囁き合っているが、気にせず空楼が板に手を掛ける。


 ーヴゥゥンー


《種族 年齢 氏名 職業を述べなさい》


「人間 15歳 千衆センシュウ 空楼アロウ。職業は紳士ジェントルマンです》


 ーヴゥゥンー


《……千衆 空楼センシュウ アロウ 職業:変態アブノーマルで簡易登録します》


「あれぇ?! しかも決定権無し!?」


 窓口から、汚いものを扱うかのように、ピンク色の個識板ステータスカードがペイッと吐き出された。

 空楼の顔面に張り付いたカードは若干湿っているように見える。


 ――凄い高性能な魔法だな。


 空楼の個識板ステータスカードの表には「私は変態です」と大きく印字してあった。

 名前と種族は端の方へ追いやられている。因みに、空楼の種族も『変態族』になっていた

 画面の空楼に対しての的確過ぎる対応に水燈は軽く驚く。


「……個識板ステータスカードって種族ごとに色が決まってるんだったはずだよな? ゴブリンは深緑、人間は肌色みたいに。ピンク色なんて種族あったか……?」


「サァ……ボクも初めて見たヨ」


 少し、やや、かなり渋い顔をしつつも、ハートはコホンと軽く咳払いをし、


「まあいいや。取り敢えずその個識板ステータスカードで中に入って」


 と言った。


 今のを見てまだ空楼をギルドに入れるとは、相当肝が座っているな。

 水燈ですら、空楼を大女優の母がいる我が家に入れたことはない。

 うちの両親は二十から外見年齢を重ねないという不思議な体質を持っているため、空楼に合わせると何があるかわかったもんじゃないからだ。

 まかりまちがって弟でもできたら洒落にならない。


 なかなか器の大きいハートに、水燈が少し好感度を上げていると、ハートにさっきの裏口の方に連れて行かれた。


 俺は先程言われた通りに個識板ステータスカードを取り出し、確かに自分の名前が書かれていることを確認した。

 改めて木戸の前に立ち、ハートに倣って、今しがた手に入れた個識板ステータスカードを翳す。


 

 ーヴゥゥンー



 まずハートが木戸のノブに手をかけると、木戸の上に先ほどの物より少し荒い画面ディスプレイが出現した。


《冒険者/医者:ハート 通行を許可します》


 ハートがドアを通った時、画面に文字が記された。

 ……ハートは医者なのか。

 あの目つきだと心臓の弱い患者は昇天してしまいそうだが、立ち位置的にはブラック・ジャック的なものなのだろうか。


 ――「地獄のブラック・ジャック」ってどう頑張っても患者を癒やす側じゃなくて生産する側にしか聞こえないな。凄腕の殺し屋みたいだ。


《冒険者/???:ウィル 通行を許可します》


《イケメン︰鳴師 水燈 通行を許可します》


《変態:千衆 空楼 この門をくぐる者は一切の希望を捨てよ……》


「なんで僕だけ地獄の門なの!?」


 ギルド裏口の画面ディスプレイがよほど空楼を中に入れたくないらしい。

 空楼が入る時、明らかに早すぎるタイミングで扉が閉まり、空楼の足首を切断しにかかっていた。


 中に入ると、ぼんやりとした落ち着いた照明が俺達を迎い入れた。


 床には赤と白を基調にした絨毯が敷いてある。

 大理石の壁や吊り下げられたランプなども合わさって、ちょっとしたホテルのような雰囲気だ。

 しかし、調度品などは一切無く、広さも二十畳程の狭さで、部屋の真ん中に扉と、側に小さな窓口があるのみの簡素な造りだった。


 ハートとウィルは、受付で何やらやり取りした後

 ウィルが背負っていた白い不審者を受付の奥の者に引き渡して俺達を手招きした。


「奥で説明があるから来てくれってサ」


 ――お偉いさんといきなり対面パターンか。

 ラノベでよくあるようなチートでやらかしちゃいました的なことはやってない筈だが……。


 ――――ハッ、もしや俺が伝説級のイケメンであることに目を付けて――。


「分かった」


 俺はキリリと引き締まった表情で答えた。


「何考えてるかわかんないケド、多分思っている案件じゃないヨ。ボク達は行けないから、二人で行ってきてネ。管理者室マスタールームってとこダカラ、真っ直ぐ進んでいけばたどり着くヨ」


 深刻な雰囲気で頷いた俺を軽く流し、ウィルは行き先を説明した。


 ――え、一緒に来てくれないの?


 ギルドマスターと言う恐らく大きな権力を持つ者に、俺達だけで放り出されることに少し不安に成ったが、よく考えたらこのカボチャも大して得体が知れなかった。

 俺は了承の意を示し、扉を押し開けて奥へと進む。


 扉を開けた先は不思議な空間だった。


 視界の先まで伸びる長細い廊下。

 そして、その壁、床、天井、至る所に『扉』が付けられていた。

 大きさから色、形まで全く違う『扉』達が、長く伸びる廊下を埋め尽くしている。


 扉の上を歩きながら、周りの扉を眺める。


『HOSPITAL;EAST』『FIELD』『MIT;SHOP』etcエトセトラ…………。

 様々な名称の刻まれたプレートがそれぞれのドアの上に掛かっていた。


 試しに『この扉をくぐる者は……』となんだかさっき見たようなことが書かれている扉のノブを回してみたが、鍵がかかっていた。

 他の扉も全て同じように鍵がかかっており、開かないようになっている。

 空楼が『WOMAN’S BOTH』と書かれた扉を必死に叩いていたが、ビクともしないようだ。


 ドアノブに躓かないように廊下を進んでいくと、突き当りに、『MASTER ROOM(管理者室)』と刻まれたプレートが下がっている、黒い、ノブの付いていない扉が出現した。


 俺がその扉をノックしようとすると、丁度俺の拳を躱すように、扉が ギィ と一人でに開き、奥から「どうぞ」という声が飛んできた。


 俺は空楼と顔を見合わせ、ドアの奥へと足を踏み入れる。


 中は清潔感のある水辺のような匂いが満ちていた。

 白い壁一面には、皇居や王宮を思わせるような複雑な文様が黄金で描かれている。


 真ん中には一つの簡素な机と、木製の古めかしい椅子。

 そこに眼鏡をかけ、スーツをキッチリと着こなした真面目そうな男が一人座っている。

 男は書類から目を上げ、湯気の立つカップを脇に置き、こちらに言葉を投げかけてきた。


「おまちしておりました。推定、国家転覆級の大犯罪者様」


「「へ?」」



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