第005話 ハハッ 夢の無い世界へようこそ!(裏声)



「食ってきねぇ! ウンマイ肉、食ってきねぇ!」


 弾ける肉汁と香ばしいタレを匂わせる煙が、道行く人の胃袋を呼び止める。

 肉厚な身を香ばしく焦がす串肉が並べられている店の前で、俺と空楼は只々呆然と立ち尽くしていた。



 ……豚の頭をした舌足らずの店主が、香ばし匂いの豚を焼いて売っている。



 俺が直面した光景を率直に表すと、それ以外に言いようがないだろう。

 串肉を売る店主の顔には、あの特徴的な大きな潰れた鼻が付いていた。


 重感のある顔つきや薄桃色の肌は、先ほど森で遭遇した獣人とはまた違った亜人感を持っている。

 獣人達が獣の要素を持った人間だとすると、彼は豚を人間風にした感じだろうか。

 言ってしまえば、二足歩行する豚だ。


 飛べない豚は只の豚。


 そんなフレーズがつい頭に浮かんでくるような風貌であった。

 というか、先の描写よりもこの言葉が万事を形容できるだろう。

 そんな豚の店主が、店頭で香ばしく豚を焼いている。



 ――……もしかして自分の肉だろうか。



 などと俺が、チキンラーメンに鶏卵を落とす鶏のマスコットキャラに通じるようなブラックなことを考えている間に、俺と空楼の周りは串肉の香臭に誘われた人々に埋まっていった。


 そして、それらの人々も皆、店主と同じく明らかに人を逸脱した外見を有していた。

 街道を行き交うのは妖精、小人、亜鬼族オーガにゴブリン。

 大型の四足を持つ獣に車を引かせているのは、光沢のある鱗を持つ龍人ドラゴニュートだ。


 その背景では、美しい並木が石木造りの建造物の間で散在している町並みが、太陽に焦がされて熱気を上げていた。

 石張りのタイルを行き交うファンタジーの住民達が、喧騒の中でそれぞれの存在を主張している。

 様々な種族が入り混じり、一つの集合体と化している様は正に、異世界の見聞を体現していた。


「「…………」」


 男の子なら誰もが一度は思い描く魔種・亜人の町。

 それを、前情報無しで突然突き付けられた俺達の気持ちや如何に。



 ――言葉にできない。





 □□□□





 ・・・時は数時間ほど前に遡る。



 俺は獣人族に茹でられかけた森を抜け、大きく開けた草原へと到着していた。

 視界いっぱいに、低い葦系の絨毯が広がっている。

 黄金色の葉が陽光を反射して薄っすらと透けていた。


「ん、ん~」


 頬を撫でるそよ風が心地良い。

 俺は鬱屈とした木々から開放された気持ちよさから伸びをした。

 森の中を延々と歩かされたせいで、ポキポキという音が体中のあちこちから聞こえてくる。


「………………」


 色々超展開な体験もあり、青汁生活の如く濃い疲労に足が重い俺と空楼に対し、前を歩く奇っ怪な一人と一房の先導者は軽々と歩を進めていく。

 その背中をジトッと見つめた俺は、結局何も言わずに喉で固まったモヤモヤした気持ちをため息に包含させた。


 一体俺達は何処に向かってるのか。

 そもそも何でこんなところまで大人しく付いてきているんだろう。

 俺はここに来るに至った会話を思い返した。





 俺と空楼はカボチャ男に、今居る場所は異世界ではなく前世で一度人生を終えた者が送られる世界、『地獄』であると告げられた。


『厳密に言うと地獄では無いんだけどネ~』


『違うのかよ!』


 ――告げられて三秒で前言撤回されたが。


『マァ、ほとんど同じ様なモノだヨ』


『知りたいこともあるんデショ? 色々教えてあげるからついておいデ』


 俺と空楼は含みのある言い方でカボチャ男にそう言われた。

 不審者がちょっと引くレベルで怪しいこの人物(?)に付いて行っていいものか、躊躇いはややあった。

 しかし、この世界の知識を得る手段も、当てもない俺達に選択肢は無い。

 俺と空楼は、植物で構成された背中を追うことにした。 


 で、その結果、靴底が女子高生の「私達ずっと友達だよね!」くらいに薄っぺらくなるまで歩かされ、皮膚が新生物のようになる程藪蚊に襲われた。

 空楼に至っては、始めは怒涛のセクハラと口説き文句を目つきのヤバイお姉さんに繰り広げていたのに、疲労のあまり一時間ほど前からど全くの無言を貫いていた。


 普段、底無しにうるさい空楼がここまで静かなのも珍しい。

 確か旧ドイツ軍でも、農民兵を総統するために不満も恨みも考えられない程酷使し続けることで反抗の芽を摘んだという話を聞いたことがあったな。

 俺にも今ならその作戦の有用性が理解出来た。


 一方。

 ついて来いと言った癖に、カボチャ男と目つきのヤバイお姉さんは行き先を言わないどころかアレっきり一切会話をしてくれななくなった。

 一言、彼女が眼光を滾らせて自分がハートという名前であることを伝えた後は、コチラが何を聞いても一切無視。

 空楼のセクハラ発言の数々には拳で答えていたが、それ以外は反応らしい反応も返しては来なかった。


 この世界のこと、今カボチャ男の蔓に包められている白い不審者のこと。

 疑問は山のようにあったが、無言でスタスタと歩いて行ってしまうハートに最初はキレ気味に詰問していた俺も、諦めて大人しく付いて行くことを選んだ。


 俯いて歩く俺の足元に、鼻筋を流れる汗が水滴となって落ちる。

 自分の影を踏みつけながら歩く俺の頭に、フッっと涼しい影が降りた。


「あ?」


 見上げると、いつの間にか目の前に大きな建造物が立っていた。

 廃材を乱雑に積み上げ作られた、大きな薄汚い防壁だ。

 いや、防壁というよりも、巨大なバリケードといったほうが相応しいかもしれない。

 パイプや角材、何かの扉や大きな道具など、長く野ざらしにされていたのが一見して分かる廃棄物の壁が視界の端、数十㎞に渡って続いている。


 のどかな平原には、あまりに不自然な人工物。

 何かを必死に拒むような刺々しい空気を発している。


「――こっちだ」


 廃材の壁に圧倒されていた俺と空楼は、そんな二人の様子を全く気にすること無く進むハートの後を慌てて追う。


 ハートに導かれるままに廃材の隙間を通り、薄暗い通路のようになっている空間を、カボチャ男の持つランタンを頼りに進む。



 カツーン  カツーン  カツーン



 ハートの綺麗な湾曲線を描く脚が、廃材の中で足音を反響させた。

 小汚い鼠の鳴き声が、時偶そのリズムに合いの手を入れる。


 曲がりくねった廃材の隠れ穴を迷いなく進んでいくハートを必死に追っていくと、等間隔に鳴っていた足音が突然ピタリと止んだ。


 鉄骨から滑り落ちた空楼を引っ張り立たせ、ハートの立つ方向を向くと、チロチロと揺らめくランタンの火に照らされ、闇の中から古びた錆だらけの鉄扉が炙り出されていた。


 扉の横には石の壁が廃材の間から覗いており、コレより先には進め無さそうだ。

 ハートが懐から板状の物を取り出し、なにやら扉に働けかけた。



 ……――ゴン、ジャコンッ。



 監獄の様な鉄扉から鍵が開かれた音が鳴る。

 油の切れた蝶番ちょうつがいが、耳障りな悲鳴を軋ませながら鉄の羽を開いた。

 それに伴いゆっくりと、扉の先から眩しい光が漏れだす。


「入って」


 扉を押し開け、ハートが短く告げる。

 その表情は依然感情を映しておらず、明確な表情を読み取らせてはくれない。

 それは、この扉の先で待つ物への思いからなるモノなのだろうか。

 軽く唇を噛み、何かをこらえているようにも見える。


 埃臭い、他を拒絶するような、廃材の壁を抜け。

 廃材の壁の「内側」に入った。



 すると、そこに広がっていたのは――――。





 童話から切り抜いてきた様な、ヨーロッパ風の白い町並み。

 そして、路上を往く、獣人と同じ人外の存在達だった。


 冷たい灰色の廃材壁とは一転し、人々の体温が溢れる喧騒が俺達を包み込む。

 活気ある繁華街特有の賑やかさの中、人や亜人・幻獣の類が一緒くたになって行き交っていた。


 焼豚を頬張る狼男ウェアウルフ

 盗難を働いて手に入れたであろう黒いカバンを抱いて、塀を駆ける猫人ウェアキャット

 それを壁面から追いかけるのはスーツを着た壁を這う爬人だ。

 街道では教師っぽい服装の女性に、恰幅の良い父親モンスターペアレントが息子を従え襲い掛かっていた。


 どこを向いても化物・亜人のオンパレード。

 ゲームの中に入り込んでしまったような、ファンタジー溢れる情景だ。


「――……………は?」


 森で出会った、不気味で職質回避不可の外見の人物により、監獄やスラムのような冷暗な雰囲の壁に連れてこられ、カボチャ男が『地獄』と形容する場所に決意を固めていた俺は、ファンタジーたっぷりの情景に困惑のあまり抜けきった表情を晒した。


「あはははっ。――驚いたか? ようこそ、転生者の国、フィーアファルスへ」


 カボチャ男の横で、終始無言を貫いていた美少女、――ハートは白黒マーブルの長髪をフワリとゆらし、悪戯を精巧させた幼子のような、ニカッとした笑顔を見せて俺に喋りかけた。


 道中での冷徹な態度と獣人の異様な反応の様子から、ハートに対してピリピリと警戒心を忍ばせていた俺は、混乱の中にある心理状況も手伝って、いきなり向けられた無邪気で完璧な微笑みに思わず心を奪われ――。


 そうになったところで、ハートが細めていた目を開いた。

 笑顔で隠れていた、大蛇の瞳を濃縮還元しまくったような凶眸が姿を表す。


 赤くなりかけた顔が、バケツで液体窒素をぶっ掛けられたように一瞬で冷めたのを感じた。


 出会った直後といい、全ての要素が至上の美しさと神がかったバランスを持っているのに、目のパーツだけが明らかにおかしい。

 どう考えても、鬼とか邪神とかの別の凶悪な生物の部品パーツが混入してしまっている。


 ハートのナチュラル顔芸によって混乱の極地に達していた思考が少し冷静さを取り戻した俺に、ニヤニヤとした表情のハートと、カボチャ男――ウィルとが話しかける。


「悪いな? この世界に初めて来た人に必ずするドッキリみたいなものなんだよ」


「この世界を死後の世界――地獄だとだけ言ってこの景色を見せるんダヨ。さっき通った城壁は君が見せたヨウな顔を拝むためだけに物々しく装飾されてるんダ。驚いたロ?」


「驚いたっていうか……今正に驚いてる途中だよ。突っ込みどころが多方面に多すぎるだろ」


 どうやらここにくるまで一言も口を聞かなかったのは、俺と空楼をここで驚かせるためだったらしい。

 ――さっき扉の前で唇噛みしめて真顔になってたのは、笑いをかみ殺してたのか。……チクショウッ。おもいっきり引っかかった。


 完全にシリアスモードだった俺の気持ちをどうしてくれるんだというもどかしい憤りと、目の前に広がる異世界の光景への好奇心、街を目にした瞬間、ハート の説明に耳も向けずに、街角に立っている角が生えた亜人風の女の子に一直線に走りだそうとした空楼の始末など、様々な思考と感情が頭の中を駆け巡り、完全 に俺のツッコミ容量をオーバーしていた。


「ま、言いたいことはあるだろうけど、取り敢えず案内するぜ? この世界〚デスべナフ〛一の転生者の国、【四頭制反天使国家フィーアファルス】をな」









△▼△▼△▼△▼△▼








 大樹の葉群が光を遮る薄暗い獣道。

 苔や寄生植物を取り込み多種多様な形状に進化した大樹を蹴り、森の中を全速力で駆け抜ける。


 駆けまわる鼠虫を蹴飛ばし、低空を飛び交う謳楽鳥を跳ね飛ばしながら、先程遭遇した化物から一歩でも遠ざかるために全速力で脚を動かした。


「ハッ ハッ ハッ」



 ――何でこの森にあのAAダブルエ-冒険者の《名無しの悪鬼リッパー》がいるんだ。

 しかも、我々の中でも上位に位置する《破壊の使徒》を野鳥でも絞めるように仕留めていた。

 隣りにいたカボチャも、見たことはないが明らかに尋常じゃない力を感じた。

 フィーアハルスが動くことは予想していたが、まさかこの段階でAAダブルエーを投入してくるとは……。


 「――うっ」


 先ほどの事象に思考を取られ、集中力が途切れた一瞬、もつれた脚を木の根に絡められて思わず体勢を崩した。

 すぐ後ろを付いていた鹿の獣人に抱きとめられ、何とか転倒の醜態を晒さずにすむ。


「大丈夫ですか? 隊長」


「ああ、済みません。――そろそろ村……いや、今はもう既に国ですね。到着までそうかからないでしょう。ペースを落とします」


「そうですね。――おい! 隊列を戻せ! 徒歩での移動に切り替えるぞ!」


「「「ハッ」」」


 鹿の獣人の号令がかかると、木の上や倒木の下を走っていた獣人達が地上に姿を表し、隊列を組みだす。

 皆びっしょりと汗をかいているが、息が乱れている者はいない。

 毛並みを張り付かせている冷や汗は《名無しの悪鬼リッパー》の重圧にアテられたためだ。


 自分の流す汗を周りの者の中に紛れ込ませ、口元を覆って荒い息をごまかす。

 肩が上下しそうに成るのを無理矢理押さえつけて戦闘を歩き出した。


 ――全く、獣人の運動能力は馬鹿げているな。

 呼吸をゆっくりと落ち着きながら、後ろを付いてくる獣人共を見て思った。


 足元が不確かで障害物だらけの森の中を走り通して疲労もしない。

 こちらはただでさえこの格好・・・・の時は動きにくいのだ。

 下手したら身体能力の差で正体が割れる危険性まででてくる。

 さっきも足がもつれて危うくバレかねなかった。


 ――にしても、《名無しの悪鬼リッパー》の元に置いてきた《転生者》の二人。

 「因子」と共に寄越された者達だから、煮込むに見せかけて手元に置いておきたかったが、《名無しの悪鬼リッパー》に拾わせたのは正解だったかもしれない。


 フィーアハルスの連中ならあの二人をまたこの森に向かわせるだろう。

 あの激情家と打ち合わせて利用させてもらおう。


「止まれ! ――おっと、隊長。如何なされましたか? やはりあのヴァンパイアの軍勢がなにか……」


 獣人の国の城門で、番兵に呼び止められる。


「いえ。別件です。しかし嬢王様に至急伝えねばならないことがあるので、取り急ぎ連絡を入れて下さい。私はこのまま直接向かいます」


「は、はい。了解です」


 調査の結果について喋りだそうとするのを遮り、用件を言いつけた。

 敬礼する番兵の横を抜け、嬢王のいる施設へと向かう。

 門を抜けて数㌔ほどにある施設で再び報告の旨を施設の門番に伝え、施設の中に入った。



 ――汗は……どうするか。



 廊下を抜けて、嬢王の居る間の扉に手を掛た所で少し考えた。

 火急の件であることをアピールするためにこのままにしておいてもいいが、嬢王にはあまり効果がないだろう。


 嬢王は自分で確実と思える情報以外は一切拾おうとしない。

 しかもその情報の選別も、異常な鼻の良さを持っており厄介極まりないのだ。



 ――返って、汗塗れだと不快感から理不尽な罰則を喰らうかもしれないな。

 どうせそろそろ24時間経つ。かけ直しておこう。



 嬢王の元に通じる扉の前に立ち止まり、小さく呟いた。


「――【神身投影フォルスセブランス】」


 身体が歪み、陽炎のように揺らいだ。

 汗だくだった服と毛並みが一瞬で乾き、ふんわりとした清潔感を纏った。

 服も干したばかりのようにパリッとしている。


「よし」


 扉を叩き、開いた部屋の中へと踏み入る。

 部屋の中央では相変わらずこの国の《嬢王》が奇っ怪な者を組み立てていた。


「嬢王様。報告にあがりました」


「ん? ああ、ちょっと待ちなさい。これをこうしてこうすれば……よし。完成ね」


「何ですか? それは」


「国の防柵の内側の堀に最後に設置する板よ。組み合わせて設置するだけだから取り付けも運搬も楽なはずよ」


 ――……相変わらずどんどんと非常識な物を生み出してくる。

 考え出す物は子供の妄想のそれなのに、それを実現する能力が十分に備わっているのが質が悪い。

 時間をかけるとどんどん厄介な物を作られそうだ。

 そろそろ計画を急がねば。


「それで、報告ですが――――」


 嬢王に一部情報を改ざんして今回の報告をする。

 《名無しの悪鬼リッパー》についてはぼかしておくが、《転生者》の二人についてはしっかり伝えておく。

 あの者達に対して嬢王がどのような反応を持つか知っておきたいからだ。


「へぇ。やっぱあの二人も来てたのね」


「如何なされますか?」


「放っておいていいわよ。そのフィーアハルスとかいう国の奴らが来ている通りなら、今のタイミングでちょっかい掛けても面倒なだけだし。あの二人はなんだかんだでしぶといから大丈夫でしょ。その内あっちから来るわ」


 嬢王は板を弄りながらぞんざいに言い放った。

 相変わらず大した観察眼だ。

 私が持っている情報の半分も知らないはずなのに、的確に情勢を把握している。


「御意に」


 まあ嬢王がどれだけ鋭かろうと、どうなることもない。


 全ては私達の計画の上なのだから――。

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