第004話 喋るカボチャと目つきがヤバイ
「うおっ」
空から降ってきた大ぶりのカボチャ。
相当な勢いで降ってきたそれは、鍋で沸騰していた熱湯の半分以上を周囲に撒き散らした。
近くに居た獣人達は熱々の湯を頭からモロに被り、阿鼻叫喚といった体で転げまわっている。
持ち上げられていた俺には、俺を持ち上げていた獣人が
――どんだけ高熱だよ。
この中に入れられそうになってたのかと思うと、ゾッとする。
この熱量では、煮物ではなくシチューになっていだろう。
初めは、突如飛来したカボチャは俺達と一緒に茹でるつもりだった具材を勢い良く入れ過ぎたのかと思ったが、どうも違うらしい。
獣人達も慌てふためいており、何が起きたのか理解できていないようだ。
――というかカボチャが空から降ってくるってどういう状況だ?
異世界だとよくあることなのか?
とにかく獣人達が混乱している内にと、俺が空楼を簀巻から助けだしていると、背後から凄まじい絶叫が響き渡った。
「熱っじいいいいイイイ!!」
この上なく切実な叫び声。
火傷患者が大量生産されたこの場に有ってしかるべきものだ。
しかしそれは、鍋の周りで転がっている獣人達からではなく、
ひっくり返っている大鍋から、ところどころピンク色に変色したオレンジ色の球体が勢い良く飛び出て転がった。
木にぶつかっては跳ね回ったり、ホイール回転を繰り返したりして縦横無尽に悶え転げる。
ただのカボチャにしては明らかに不自然な動きだが、その様子から相当熱かったのだろうことはよく分かった。
不気味でコミカルなそのカボチャをよく見ると、ハロウィンなどで見られるランタンのように、目や口をあしらった空洞が施されていた。
ちなみに悲痛な叫び声は、人間に見立てた時口に当たる部分の空洞から放出されている。
「ゼェ ゼェ ゼェ」
叫ぶカボチャは一頻り暴れた後、疲れ果てたようにぐったりと停止した。
一体どういう対応をしたら良いのか分からず、俺達も獣人達も動くに動けない状態で固まっている。
「ハア……カボチャの煮っ転がしになるところダッタヨ」
目の部分の穴を情けなく垂れさせ、息を切らせながらカボチャが呟いた。
擬人法を使っている訳ではない。
リアルガチでカボチャが喋っているのだ。
――俺、異世界に来たんだな……。
目の前で起きている珍妙な奇跡に、妙な達成感を感じた。
隣では空楼も、俺と同じ的外れな感動を感じているようだ。
これを別名現実逃避という。
未だ混乱する俺達と獣人族を他所に、カボチャが何やら蠢き始めた。
カボチャがゴロリと実を横に倒すと、ヘタの裏側――つまり、あの三つの穴を顔だとした時に丁度首に当たる位置から、ニョキニョキと蔓が生えてきてた。
蔓はトコロテンを押し出すように次から次へと実から生えてくる。
伸び出した蔓はお互いに絡み合い、巻き付くように二本の『腕』を形成した。
出来上がった植物の腕で地面を押し、カボチャが自身を持ち上げる。
それに合わせて蔓が絡まりながら伸び、『胴体』が編みあがっていく。
シュルシュル
カボチャが自身を持ち上げるのに合わせて、人の形を編んでいく緑の蔓。最後に『足』が巻き上がり、蔓で出来た体に実をくり貫いた頭を持つ、人型のカボチャ男が出来上がった。
「「「「……………………」」」」
――もう、もうファンタジー!
皆、呆気にとられて声も出ない。
さっきまで異世界だの魔法だの騒いでいた空楼も、あまりにもま魔法チックな出来事に、言葉が見つからないようだ。
獣人達までポカンとしてる。
この異世界で、空から降ってきた魔法のカボチャが急に人型になるのは日常茶飯事では無いのか?
……まぁもしこれが日常的な光景だったとしたら、この世界でやっていける自信が全くないが。
「なぁどこいったんだウィル。 私これ持つの結構しんどいんだが」
口を開けたままその場に棒立ちになっている者達の耳を、鈴の音のような美しい声が通り過ぎた。
決して大きな訳ではないにも関わらず、突っ立っていた人々の間を通り渡る澄んだ声音は、不思議なカボチャに釘付けられていた人々の視線を集めるには十分だった。
ガサガサ。
水燈が声の飛んできた方向を見やると、カボチャが飛んできた方の茂みから一人の少女が姿を現した。
恐ろしく整った顔立ち。
白と黒のマーブルの髪を背中に踊るに任せている。
透き通るような白い肌が、氷雪の白と融け合い、濡れ羽の黒が幻想的な雰囲気を生み出していた。
長い濡れまつげと魅惑的な唇が、白黒の髪と相まって、夢想をゆく妖精のようである。
薄手でシンプルな、肌を大きく露出した黒のチューブトップに、裾に隠れるかなり短めのホットパンツのようなモノを穿いており、その上から何故か、赤い斑点の付いた白衣を纏っていた。
ゆったりとしたダボつきのある白衣に包まれているにも関わらず、ひと目でその激しく女の子らしい均整の取れた優れたプロモーションが伺える。
「……神だ。美の神が舞い降りた」
その、美少女という概念の到達点とも言える存在を目にした空楼が何か悟りでも開いたような表情でほざいた。
しかし、周囲の人々も同じような感想を抱いていたため、誰もそれにツッコもうとはしない。
「ふあ……え、なに?」
眠そうに目を細めたまま、少女が自分に集中する視線に気づき、ビクリと一歩後ずさる。
それに合わせて、彼女の手にある
――なんだろう……羽? かな?
水少女の手に掴まれている、大きな白鳥の羽のようなものを見やった。
野鳥でも狩ったのだろうか。
俺は羽を鷲巣かむ少女に、以外と野性的なのかな、などといまいちピントのズレた感想を持ったが、獣人達は俺とは大分違った反応を見せた。
少女とその手にある物体を確認した瞬間、獣人達は一斉にその場に手にしていた武器を全て投げ捨た。
今までの軍隊のような振る舞いをかなぐり捨て、両の手を地面に走らせて獣のような格好で少女と反対側の森に向けて走りだす。
鍋も武器も俺達も一切振り返ることなく、全員が我先にと死に物狂いで森の奥へと消えていった。
獣人達が武器を捨てて森に消えるまで、この間僅か二秒。
後には俺達とカボチャ、妖艶な美少女だけが残った。
「な、なんなんだ……?」
突如逃げ出した獣人達の奇行に、俺と空楼は状況が全く飲み込めない。
――なんか最近、
俺が時代に乗り遅れているのか?
ここまで周囲に置いてけぼりにされたのは、二愛に2年ほど冷凍休眠カプセルに閉じ込められた時以来だぞ。
緊縛熱湯プレイの次は、放置プレイ。
釜茹でプレイや食人プレイよりはいいが、いきなり放り出されると疎外感が半端ない。
しかし獣人達は何を見て驚いたのだろう。俺は脱線しそうになっていた思考を再起動させ、彼等が突如逃走したきっかけとなった物――――獣人達が目を見張った、少女の手にある『羽』に目やった。
やはり、白鳥のような白くて綺麗な羽。
しかし白鳥にしてはかなり大きすぎるようだ。
「ん?」
羽の向こう、少女の足元の茂みの奥に、何かの大きな塊が見えた。
鷲掴まれている羽の持ち主だろうか。
目を細め、えらく脱力したその影も睨む。
茂みの隙間から覗いている、羽と同じ純白の塊。
それは少女が足を進め、茂みから引きずり出された時にその姿を露わにした。
白い祭服に白の
背には痛く見覚えのある大剣が背負われている。
少女の手にある羽から伸びるのは、血まみれでダラリと四肢を投げ出した、
「なっ!」
俺は驚きのあまり俺は目を見開いた。
茂みの先に居たのはあの忘れもしない忌々しい姿。
空楼を搔き切り、二愛を両断し、俺を切り裂いた存在だ。
コイツは何だ! どうしてこんなことになっている?!
俺は少女の顔に視線を戻し、彼女を問い詰めようと口を開こうとした。
――が。
俺はそこで、獣人達が逃げ出した気持ちを知ることになる。
完璧とも思える造形と、魅力的という言葉をも超越したプロモーション。
それに加え、彼女はもう一つ、とても目立つ特徴を持っていた。
目つきである。
目つきが、ヤバイのである。
眠そうな欠伸を飲み込み、閉じかけていた目を開いた時、それは露見した。
薄めていた時には切れ長なだけに見えた目尻はこめかみまで裂けており、逆三角形に釣り上がった目は、日本刀を連想させる蒼い輝きを放っていた。
瞳はすでに三白眼ではなく三黒眼と言うべきほどに絞られている。
灰色の虹彩も手伝って、相対しただけで般若面でも泣き出しそうな眼光を纏っていた。
――ヤバイ。
この人は絶対ヤバイ。
人殺しの目とかそういう次元じゃない。
もう死神とかそういうレベルの目だ。
俺が少女のチェーンソーの如く尖った眼光にあてられ、圧倒されている中、空楼がゆらりと少女の側に進み出た。
「お嬢さん、こんな森でどうしたのかな? お嬢さんのような可憐な女性には危険です、僕が送って行きましょう。ところで、森といえば物語の中では常に神秘との出会う場所として描かれますね。ああ、妖精のように美しいあなたは、もしかして迷える子羊たる僕を導く為に遣わされたのかもしれない。と、いうわけで僕とレッツフォーリンラブって、ブフォオ!」
少女の前蹴りが空楼の顔面に突き刺さる。
腫れ上がっていた顔の真ん中だけが陥没し、まるでつきたてのお餅のようだ。
――こ、こいつすげぇ!!
ファンタジーなカボチャに、この世の存在だとは思えないヤバイ目つきの美少女。
常人なら頭がおかしくなるような状況に置かれて尚、全くブレずに仁王のような切れ目の少女を口説きに行った空楼に、俺は戦慄を覚えていた。
――頭おかしいだろ。
女性にはまず口説くのが紳士のマナーだとか、イタリアでしか通じ無さそうな紳士主義を日々掲げる空楼だが、この状況で、迷いなく一番ヤバそうな人を敵に回しにいける神経が凄い。
「ネェ、結構深々と行ったケド、大丈夫?」
カボチャ男に声をかけられ、呆然とノックアウトされた空楼を見ていた俺はハッとする。
「ウィル、こいつら誰だ? 反射的に蹴ったけど……」
「サア……さっき逃げてった獣人達と一緒に居たみたいだケド……今回の依頼と関係あるかもネ」
「獣人の方は、――……今から追いかけても見つからないかぁ」
「無理だろうネ」
「まあしょうがないな。――ところでキミ達、どこの所属だ? もしかして北の方の国の人じゃないだろうな」
ビキビキと目を吊り上げた少女が問いかけてきた。
――北の人? 葬儀屋のポイントカードとか持ってないよ?
少女の表情は壮絶に怒ってるように見えるが、それと裏腹に掛けられたのは、優しくて落ち着いた声音の恫喝だった。(どれだけ優しげでも、断じて問いかけでは無い。恫喝だ。)
雰囲気はすごくフラットなのに、目元のこわばり方だけ尋常じゃない。
もしかして彼女、フォーマルでこの目なのか?
どっちにしろ目をあわせると命を刈り取られそうな幻覚を覚える。
――怖ぇ……。
俺は内心かなりビビりつつも、彼女の目付きと似合わない穏やかな口調になんとかパニックで叫びだしてしまうことだけは我慢し、努めて落ち着いた声で答えた。
「い、いや。信じてもらえないかも知れねぇけど俺達、実は気がついたらここにいたんだ。所属って言われると、一応日本っていう国になるんだけど、分かるか?」
「ア~やっぱり《転生者》カ」
「そっちか。まあここらなら珍しくも無いな」
……あれ?
思ったよりすんなり受け入れられた?
しかし、転生者という言い方に引っかかる。
この状況でその言葉は、ある事実を示唆するものだのだ。
「ネイ、もしかしてキミ、
――瞬間、息が詰まり、時が止まったように感じた。
「…………ああ」
転生。死という体験とそれを言い当てたカボチャ男。
それらが示すのはここがすでに水燈が住んでいた世界では無いという暗示であった。
覚悟はしていても、やはり軽くないショックである。
ここはもう、俺達の生まれ育った世界では無いのだ。
「そうか、やっぱりここは異世界だったのか。――まあアンタみたいなのがいる時点でそりゃそうか」
「はぁ? 異世界? ……まぁ、異世界といえば異世界か」
やっと現実を飲み込み現状に理解を示した水燈の言葉は、何故かえらく微妙な反応をされた。
――もしかして、間違えた?
ここ異世界じゃないの?
だとしたらさっきまでの俺のテンションがメッチャ恥ずかしいことになる。
あと、やっぱり少女の目が凄い怖い。
軽く見られただけなのに心臓を掴まれているような圧力を感じさせられる。
特に「はぁ?」のところで顔をしかめられた時は、走馬灯が少し見えた。
「うぅ」
空楼が起き上がる。
やたらと回復早い。
普段から同じように殴られることに慣れているからだろうか。
殴られる理由も同じようなものなのだが。
「キミ達は一緒に
「あ、ああ」
「そして、ここ《・・》の話は何も知らナイと」
「そうだな、何でこんな変な森に居るのか全く理解出来ていない。」
「ボソッ――……【深森】の関係者どころか転生直後なのカ、外れダナ」
「え? なんて言った?」
「何でもないサ。キミ達はこの世界に来たばかりだったネ。なら、教えて進ぜヨウ。キミ達の身に何が起きたのカ、キミ達は何処に来てしまったのカヲ」
カボチャが道化掛かった口調で、芝居じみた仕草をとる。
「異世界じゃないのかい?」
空楼が俺と同じ疑問を口にした。
「異世界は異世界ダヨ? でも、キミが思っているような所ではナイ。ここは、死んだモノだけが来る事のできる世界。それも前世で大きな負債を背負ったモノ達の為の場所ダ」
ニタリとカボチャの口が裂け、暗い空洞の目が歪んだ。
カボチャ男は少女に手渡されたマントを持ち上げ、道化じみた仕草で言い放った。
「地獄へようこソ♪」
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