第003話 転生先は鍋パーティー

 


 緑豊か過ぎる森、というか樹海の中。

 俺は性獣おさななじみのせいでガッチガチに縛られていた。


 この状況の元凶である空楼は、俺の隣でイモムシのように簀巻にされて転がされている。

 しかも、あの後俺と獣人の方々によって散々リンチにされたため、簀巻から唯一露出している顔面は、潰れたじゃがいものようになっていた。


 まあリンチと言っても始めは踏んづける程度だったのだが、猫耳の女の子や犬耳の女性が踏みつけた時に、空楼が興奮して喜んだため、途中から獣人の屈強な男衆に全力で蹴られこうなった。

 自業自得である。

  




 獣人達はコイツが二度目の暴走をした時、俺達を危険な存在だと判断した。

 遺憾だが、とても賢明な判断だと思う。


 中でも猫耳の女の子は空楼に再び抱きつかれたことにブチ切れ、女の子としてどうなのかと思うほどの悪態を吐き出していた。


 空楼はそれすらも気持ちよさ気に聞いていたが、生憎そう言う趣向の無い俺は、彼女の罵声を聞いているうちに、何故かちょっとずつ罵詈雑言の内容が理解できるようになってきていることに気がついた。


 ――フ○ックって、あのファ○クだろ。


 言語が理解できるようになってきているのだろうか?

 俺の話す言葉は、空楼の所行せいで全無視されるので、こちらの言葉が通じるかは分からないが、周りのざわめき声も明瞭に聞こえるようになってきている気がする。

 それに身体も何故か、目覚めた当初に比べて少し軽くなったような感触があった。





 ――さて、そんな訳で空楼のせいで絶望的な隔たりができた訳だが、ついでに俺まで縛られてしまっていた。

 当たり前か。

 まあ、空楼を止められなかった俺にも非はあったしな。


 そして俺達は今、獣人達が俺達の処分を決めている間に、状況についてのすり合わせをしていた。


「――――というか僕、曲がり角で誰かとぶつかった後から記憶が無いんだけど、何でこうなったの?」


「え? ああ、そうか」


 空楼はいきなりあの白い不審者に切りつけられため、白い不審者の姿を見ていない。

 取り敢えず俺は、空楼に自分が見たものを簡単に説明した。

 もっとも、俺も殆ど何が何だったのか理解できていないのだが。


「はあ? 白ずくめの不審者ぁ? 頭沸いてるんじゃないのか?」


「……俺もそう思うけど、お前にその言葉を言われる日が来るとは思わなかったわ」


 下半身が年中発熱しており、頭が常時茹だっている奴に冷静に言われると若干傷つく。

 空楼は俺の目をじっと見た後、少し黙考しポツリと言った。


「――ふん。まあ分かったよ」


「え? 今ので納得すんの?」


「ずくめの不審者にやられたのなら、目が覚めると体がちっちゃくなってたりしてたら尚のこと信じたんだけどね。僕はむしろ、あの娘猫こねこちゃんのせいで、ここにきてからずっと大きくなってるよ。フフ」


「そうだな。顔が腫れ過ぎてて、どっかの菓子パンヒーローみたくなってるもんな」


「そこじゃないよ!」


「分かってるけど一々突っ込んでられるか!」


 また阿呆なことを言ってきた空楼の戯れ言を素気無く流す。


 ――しかし、絶対納得しないと思っていたんだがな。

 そもそも説明している俺だってワケが分からなすぎて混乱している状況なのだ。

 俺なら納得しないだろう。

 というか、未だに納得できていない。



 ……俺は護身として武術をある程度納めていた。


 空楼と二愛は全く荒事の心得もなく、通学中であったこともあって全くの丸腰……――いや、二愛はパワードアーム着てたな。

 それでも、あの状況では唯一あの白い不審者に立ち向かう力を持っていた俺が、あの二人を守れねばならない立場にあった。


 それなのに。


 足が竦んだ。

 頭が真っ白になった。

 目の前で二愛が切られるのをただ、馬鹿みたいに突っ立って見ていた。

 何も出来なかった。

 何もしなかった。


 俺には未だにあの出来事が、どういった意図によって引き起こされたモノだったのか分からない。

 しかし、あの血まみれの白い不審者の姿だけは、瞼に鮮明に焼き付いている。

 殺されたかどうかは問題では無いのだ。

 恐怖に震え、二人を守ろうと考えつきもしなかった自分が酷く矮小に思えた。

 


 ――ああ、俺ってあんなに弱かったんだ。



 思い返して、改めて凹んだ。

 グズグズとあの時こうすればよかった。ああすれば良かったと、後悔ばかりが頭に浮かんでくる。

 思考が泥沼に沈んでいく気分だ。


 俺は、このままだと自分が本当にどうしようもなくなりそうに感じて、無理矢理思考を切り替えた。



「空楼、結局ここってどこなんだろうな」


 乾いた声で今更な問を空楼に投げかける。

 一瞬間を空けて、空楼は明るい声で返しをいれた。


「それについては大体目星が付いてるぞ。ここは……異世界だ!」


「……――異世界なぁ。」


 ここは異世界である。

 普通に考えると馬鹿げた結論だが、周囲を取り巻く不思議な雰囲気や自分たちの置ける状況から、俺はそうではないかと半ば確信したような予想を持っていた。


 唐突過ぎる日常のエンドに、幻惑的な森、極めつけは『獣人』というファンタジーの存在。

 ここまでヒントを叩き突けられれば、サブカルチャーにどっぷりな男子高校生なら嫌でも感づく。


「そう、目が覚めたら知らない土地で異世界の住民たちに囲まれている。まさに異世界転生モノのテンプレートじゃないか! 僕らはRPGの勇者様さながら、これから異世界を旅するのさ」


 やたらテンションの高い空楼。

 頭を叩き過ぎたかなと少し不安になる。


「いや、状況的にはどちらかというと『攫われたお姫様』だけどな。縛られてるし。というか、やっぱりお前もあの白い不審者が何者なのかは分からないのか?」


「うん。心当たりはないね。過去にしつこく迫った女性の彼氏とかかも知れないけど」


「最低だな。――にしても、死んで目が覚めたら異世界でしたってか。ふざけた話だけど、もう状況的にはそれが一番納得できちゃうんだよな」


「フフ、そうだね。でも、異世界ならどうするかだね。普通チートとか、伝説の武器とか貰えそうなものだけど、そんなものは見当たらないね……――もしかして、死んだらそこから魔女の力でバック・トゥ・ザ・フューチャーとかのオプションがあるのかな?……もう一回死んでみるか……」


 なにやら怖いことをぶつぶつと呟き始めた空楼。

 しかし、異世界という男子としては憧れのシチュエーションに心が踊るのか、心なしかニヤニヤとしている横顔が気持ち悪い。


 それにしても――。


「なんかお前、冷静だな。ここが異世界で転生させられたとしたら、俺達一回殺されてんだぞ?」


 殺されたことに、恐怖心は湧いてこないのか。

 自責と苛立ちが積もった内心から、八つ当たりになってしまわないよう、俺は抑揚の無い口調で素っ気なく聞いた。


「ん? ここが異世界で、僕達が異世界転生したなら、その白い不審者とやらに殺されたのは、謂わばここに来るための手続きみたいなものさ。つまり敗北不可避イベントってやつだよ。あの場面であがいたってどうしようもなかったし、今からでもどうしようもない」


「そういうものなのか?」


「そういうものだよ。――――だから……何も出来なかったとか、そういうのに責任を感じることなんてないよ」


「!」


 空楼の目が眼鏡の奥で、一瞬鋭くなる。



 ――……バレてたか。

 気を遣わせてしまったな。


 異世界だかなんだか知らないが、急にこんな環境に放り出されてなんともない奴なんてそういない。

 空楼は俺を慰める為に、気にしていないように装ってくれいたのだろう。


「……悪い」


「ん、じゃあこれからどうするかだね」


 空楼は変態性が半端では無いが、それ以外の部分では理知的で情が深い。

 昔から、俺や二愛が本気で凹んだ時はこうやって気を利かせてくれていた。


 だから、いちいち礼を言うようなことはしない。

 一言だけ呟いて切り替える


「そうだな。今知るべきなのは、ここがどういう場所なのかだ。まだ一応地球のどこかかも知れないし、異世界なら異世界でどういう世界なのかは知っておいた方がいい」


「だね。まあ異世界ならほぼ間違いなく中世ヨーロッパ風の世界だと思うよ。石器時代の異世界とか聞いたことないし」


「そうなのか? でも、それを知る手立てが無いんだよな。せっかく近くに現地の人がいたのに、敵認定されちゃったし」


「しかも縛られっちゃたから動けもしない。まったく、どうするのさ」


「いやお前のせいだろ、なんで不機嫌そうなんだよ。びっくりするわ」


「あと、二愛が居ないのが気になるよね」


「…………あ……」


 そういえば。

 俺は遅まきながらもその事に気づき、が辺りを見回すが二愛は見当たらない。

 二愛も確かに俺達と一緒に白い不審者に殺されていたはずである。

 しかし、何故か彼女だけこの場にいなかった。


「え、もしかして―――気づいてなかったとか、無いよね?」


「…………」


 空楼がジトっと見つめてくる。

 俺は視線を合わせないように目を逸らすが、額を滝のように流れる汗は隠せない。


「はあ……まあいいや。……二愛には黙っておいてあげるよ。兎に角、今後の方針は、二愛の捜索と現状把握だね」


「ハイ」


「といってもこれをどうにかしないと何も出来ないのだけど。ねえ、水燈。これ引きちぎったり出来ないの」


「ああ、さっきから試してるんだが、どうにも普通の縄じゃないらしい。びくともしない」


「普通の縄じゃないってどういう……――てか、普通の縄ならひきちぎれるの? 僕が言っといてなんだけど、普通、縄って人の腕力で引きちぎれるモノじゃないからね?」


「イケメンは普通の人じゃないんだよ」


 そんなことを話していると、俺達を縛り上げた獣人達が帰ってきた。

 手には各々槍や石剣などの武器を持っており、猫耳の女の子に至っては全身鎧の完全装備である。


 俺達の処分が決まったのだろうか。

 俺が牢屋に入れられたりしたら嫌だな、などと思っていると、獣人達はなにやら大きな黒い鉄の鍋を運んできた。


 男たちが薪を積み上げ、それに女性たちが筒で息を吹き込み火を育てる。

 轟々と燃え上がる焚き火の上に、大鍋が十人がかりで吊り下げられた。

 獣人達によってお湯が並々とと注がれ、朦朦と湯気が立ち上がる。



 ――嫌な予感がする。

 すっごく嫌な予感がする。

 なんでこのタイミングで丁度人が二人程湯掻けそうな鍋を焚き出したんだろう。


 俺は一応、空楼に気になったことを確認する。



「なあ、獣人って確か、みんなベジタリアンだったよな?」


「残念ながらバリバリの肉食主義だろうね」


 カチャカチャと木製の食器が運ばれてきた。

 獣人達の俺と空楼を見る視線が、無礼者に向ける嫌悪のモノから、食材を見る獰猛なモノに変わっている。

 ヤバイヤバイヤバイヤバイ。



 ――タベラレル。



「ちょっと待て! セクハラしただけで釜茹とか何時代だよ! つか俺はやってねぇし! 弁護士、弁護士を呼んでくれ!」


「異世界に弁護士なんているわけ無いでしょ。何言ってんの」


「お・ま・え・の・せ・い・で、こうなってんだろ!」


 俺が縛られた両手で空楼の首を締める。

 簀巻されているため、全く抵抗できない空楼が墜ちそうになって、慌てて口を開いた。


「お、落ち着くんだ。いいかい、ここは異世界だぞ?」


「?! 何か助かる方法があるのか?」


「フッフッフ 異世界といえば……そう、魔法だ! 異世界っていうのは殆どの場合魔法か、それに準するものがあるのさ。むしろ魔法のない異世界など異世界では無い!」


「なるほど。……どうやって使うんだ?」


「…………(汗)」


「オイ」


「あ、甘ったれるな! 水燈はイケメンなんだろ? 魔法の一つや二つ使えないでどうする!」


「はっ!!」


 俺の脳天に、雷に打たれたような衝撃が全身を走った。



 ――そうだ。俺はイケメンじゃないか。

 魔法? そもそもイケメンのの魅力は魔法のようなものなのだ。

 それぐらい使えない訳がない。


 俺は目を閉じ、体内を流れる力を感じる。

 胸の前に手をかざし、てのひらに意識を集中させた。

 

 魔法のイメージを起こし、獣人達に標準をあわせる。

 思い描くは美と情熱の炎。

 目を見開き、叫ぶように唱えた。


「炎よ、燃え上がれ!!」


 …………辺りがシンと静まり返った。


 手を翳してドヤ顔のまま固まっている俺を横目に、獣人達がザワザワと囁き合う。


 数人の獣人達が、一言二言言葉を交わし、走って行って焚き木に追加の薪を突っ込んだ。

 大きな蓮の葉のような物で風を送り火を大きくしていく。

 最後に猫耳の女の子が、大きく広がった火に油をぶちまけた。



 炎が燃え上がった。



「オイイ! 何やってんのさ、魔法使えって言ったよねぇ!? 誰が湯加減良くしてもらえって言った!!」


「しらねぇよ! いきなり魔法とか使えるワケねぇだろ、お前がやれや!」


 どこかららか獣人達がワラワラとさらに大勢現れ、

 俺達を円描くように取り囲んだ。


「ウオーー!!」


「「「ヴゥ」」」


「ヴゥ ヴゥ ヴゥウ!!」


「「「ヴゥ ヴゥ ヴゥゥ」」」


「ヴゥ ヴゥ ヴゥウウ!!」


「「「ヴゥ ヴゥ ヴゥウウ」」」

 

「「「ヴゥ ヴゥ ヴゥウウ」」」

 

 

 犬耳の凛とした女性の掛け声に合わせて、獣人達が叫び声を上げ始めた。

 偉そうな立場の犬耳の女性の気合の入り方がヤバイ。

 ――って、あ。

 あの犬耳の女性、見覚えがあると思ったら、猫耳の女の子が空楼に襲いかかられた時に隣にいた人だ。  

 空楼を尋常で無い形相で睨んでいた。


「「「ヴゥ ヴゥ ヴゥウウ」」」


 唸り声が地面を震わし、木々を揺さぶる。


 獣人達は俺と空楼を担ぎ上げ、鍋の方へと運んでいく。

 空楼は、犬耳の女性に担ぎ上げられた時に、簀巻にされているにも関わらず、ウネウネと自分の体を彼女に巻きつけ、シバキ回されてからムキムキの男性獣人に運ばれていた。


「「「ヴゥ ヴゥ ヴゥウウ」」」


 グツグツ熱気を放ちながら湯だつ大鍋が眼下にせまってきた。

 この位置からでも火傷しかねないほどの熱風を感じられる。

 この鍋の温度は相当なものになっているのだろう。



 ――俺の魔法のおかげで。



「「ヴオゥ! ヴオゥ! ヴゥオオオ!!」」」


 一際大きな叫びと共に、焚き木の炎が更に勢いを増す。

 皆、獲物に噛み付かんとする狼のように目をギラつかせている。

 唸り声は更に熱気を帯びていった。


「「「ヴゥオオオオオ!!」」」


「異世界転生にしてもこれは酷すぎるだろ! 開始そうそう煮込まれるとか白菜か俺達は!」


 全力で叫びながら暴れるも、縄が食い込み、たいした抵抗はできない。

 無情にも鍋に放り込まれそうになったその瞬間。


 ドボオオン!!


 空から・・・降ってきた・・・・・カボチャ・・・・が、大鍋に突っ込み、周囲に熱湯をぶちまけた。





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