第001話 不審者は春の風物詩


 春眠を誘う四月の初め。

 町を柔らかく彩っていた桜が散り、社会を舐めていた就活生の夢と希望も散るこの季節。


 多くの学生にとっては新学期だ。

 期待と不安に胸を打たせながら新しい学校生活を目指す学生たちが、花弁の残り香に彩られた街道をチラホラと歩いていた。


 そして並木道の端で塀にもたれかかり、端末を片手に髪をかきあげている青年。

 彼もまた、キラリと光る「一年」の年次章を胸に付け、今日から同じ高校に通うことになる二人の幼馴染を待っていた。


 青年の前を通り過ぎていく女子高生の二人組が、チラチラと青年の横顔を盗み見ながら囁き合う。


 青年は切れ長の目が際立つすっきりと整った容姿を持っており、それを強調させるように前髪を軽くワックスで固めていた。

 艶のある美男子、町征く人々の目を引く程には華のある容姿だ。

 しかし青年の落ち着いた瞳と、何処か余裕を感じさせる口元が、自らの美貌への自信を漂わせており、何処かプライドの高そうな雰囲気も否めない。


「おーい 水燈ミトウ、おまたせ」


 青年の立つ通学路の後方から、元気な少女の声が聞こえてきた。

 名前を呼ばれた青年は手首で弾くように端末を終い、優雅に声の主に視線を投げかける。


 青年の振り返る動作は、首を向ける角度から靡く前髪までが自分を最大限に「魅せる」ように計算されていた。

 普段から自分の容姿を自覚していなければ出来ない動作だ。


 青年に声を掛けたのは、青年と同じ年次章を胸に光らせる少女。

 彼女は嬉しそうに手を振りながら、青年に駆け寄って行った。


 少女は肩にかかった髪をミディアムくらいに切っており、その前髪から覗くアーモンド型の目が特徴的だった。

 キュッと締まった頬から顎のラインははっきりとした鼻筋と薄い唇を際立たせており、その容姿は美人というより可愛いと言われる部類のものだろう。

 華のある容姿と透き通った淡い薄氷色うすらいいろの髪が、なんとなしに周囲の目を惹く。


 スタイルも飛び抜けてるわけではないがバランスが良く、少女らしい魅力をもっていた。

 薄氷色の髪も珍しくはあるが、今時髪を染めているくらいでは異端という程のものではない。

 可愛らしいチェックの制服を纏うその姿は、所謂いわゆる普通の女子高校生というヤツである。



 もし、そんな彼女に、あえて普通と違う所を挙げるとすれば――――。



 …………制服を纏うその華奢な腕に、機械質な鈍い光沢を放つ外骨格型強化補腕機パワードアームを装着し、右手で茶髪をガッチガチの七三分けに固められた青年の頭を掴んで、キャリーバッグか何かのように地面に引き摺って歩いていることぐらいであろうか。


 少女の腕に光る金属質な光沢に、無機質な圧力感。

 外骨格の如く少女の腕を覆う金属質のアームは、女子高生が着るにはあまりにも無骨で不自然な物だった。


 漫画やゲームならともかく、年端もいかない少女が近未来的な装置を制服の上から装着しているというのは、現実で見るとかなりシュールであり、また、女子高生が男子高校生の頭を掴んで引きずっているという光景も、そのシュールさに拍車を掛けている。


 ニコニコと手を振って青年に走り寄っていく少女。

 その手に握られた茶髪の青年は、結構な力でアスファルトに擦られているにも関わらず、一切の生命反応を示していない。

 掴まれているカチカチの七三だけが一切微動だにせず、プラプラと四肢を揺らしている青年の様子は、生気のないマネキンのようであった。


 あれ? 女子高生ってなんだっけ? と言いたくなるような少女の様態に、周囲の学生達は機械の腕を着けた少女を思わず二度見して、引きずられている七三男に三度見する。


 あまりにも謎な光景に、青年は名前を呼ばれたことを無視してそっと少女から視線を外し、流れ落ちる冷や汗と共に全力で逃走を開始した。





 □□□□





「ねぇ、何で逃げたのよ?」


「な、何のことだ? 別に逃げてないぞ?」


 道路の真ん中で、高校生男子二人の頭を鷲掴みにして吊り上げている少女がドスの利いた声を発した。


 ――その左手にぶら下げられているのがこの俺、みんなのアイドル鳴師 水燈ナルシ ミトウだ。

 只今、腕にメタリックな装置を装備したターミネーターおさななじみに捕獲されているとこだった。



 俺の頭をハンドボールのように掴んで居る少女は、幼馴染の苑路 二愛エンジ ニア

 今日から同じ高校に通う同級生であり、俺は彼女と幼少からの付き合いになる。


 しかし俺の知る限り、断じて普段から外骨格型肉体補助装置パワードスーツを着こなす、近未来の米軍特殊部隊みたいな女の子ではなかったはずだった。



 俺が最後に二愛に合ったのは中学の卒業式。

 一体何がどうなれば、中学生の女の子が二週間で超武装するようになるのだろうか。

 高校デビューにしても鮮烈過ぎるにも程がある。


 春休みの間に、彼女の身に何が起こったのか。

 ……まあ、大体の想像はついているのだが……。


「じゃあ何で目を合わそうとしないの? ……おい、こっち向けよコラ」


「じゃ、じゃあその手を放してもらえませんかね?」


「放したらにげるでしょうが」


「逃げない逃げない。っていうかどうしたんだお前?」


 俺は二愛の不機嫌そうな目を見ながら問いかける。

 久しぶりに幼なじみに会ったら腕が特殊金属に覆われていたという展開に、意味の分からない恐怖心から軽いパニックになっていた俺は、顔面を掴まれて宙吊りにされるという最早逃げようがない状況におかれ、逆に少し落ち着きを取り戻して根本的な疑問を混乱の原因たる二愛にぶつけた。


「しばらく見ない間に随分と逞しくなったな。肩幅も異常にでかくなってるし、第一なんなのそのメタリックな上腕二頭筋。なに? ボブ・サップにでもなりたいの?」


「誰が筋肉だるまボブ・サップだ!」


「痛い痛い痛い! 嘘だって、ごめん謝るから、ちょ、割れる! ミシミシいってるってマジで! いやもう本当スイマセンでしたから誰か助けてえええ!!」


 ――冷静になりすぎたからか、「乙女に言ってはいけないワード」第8位の、「お前筋肉やべえなw」を口走った俺が、二愛のリアルアイアンクローを食らう。


 公道のど真ん中で行われている鉄製制裁に、脇を歩いていた通行人達は、目を合わせないように歩き去った。

 学生は手元のタブレットに目をおとし、通勤中のサラリーマンは急いでますよと主張するように腕時計を忙しなくつついている。

 警察官はパトロールに向かうべく、慌ててパトカーに乗り込んだ。


 ――いや警察官おまえは駄目だろ。

 助けろよ。

 人の頭を生卵の如く握りつぶそうとしてる奴がここにいるんだけど?

 あ、ヤバイ、今頭蓋骨がピキッっていった。


 誰もが見ないふりをして去って行く中、俺の頭蓋骨のHPがガンガン減っていく。

 頭のなかで、ハ○プティ・ダ○プティーの歌が陽気に響きだした。

 何で今この曲なんだ。


 脳裏に、この歌の結末が朦朧と思い出される。

 散々自分の自慢をした後、一人でかってに塀から落ちたダンディーな卵が、破片になりながらも偉そうに叫んでいる絵だ。


 そうだ、ハ○プティ・ダ○プティーは確か、粉々になっても王様との約束で助けてもらえるんだったな。

 よし、それならもし俺が砕かれてもきっと王様が元に戻してくれるぞ。



 頭を掴まれて血管が鬱血し、不思議な思考展開に陥っている俺はハ○プティー・ダ○プティーの無事を喜ぶ。

 すると喜んだのもつかの間、俺の脳内で、集まった兵隊がハ○プティー・ダ○プティーの惨死体を見て、肩をすくめて首を振りながらマグロ拾いを開始した光景が浮かんできた。



 ――あれ? 全壊したら王様の保障って効かないんだったっけ……。



「チッ」


「がはっ」


 低い舌打ちが一つ。

 やっと開放された俺は、意識が朦朧としたまま地面に倒れこんだ。

 頭の中が押し固められてしまっている感覚がある。

 今まで自分の頭の中で謎の思考回路が展開されていた気がするが、よく思い出せなかった。

 立ち上がろうとしても、貧血を起こしたように力が入らない。


「……うう、気持ち悪い」


「自業自得よ。乙女の細腕をボブ・サップ筋肉の塊扱いするとかデリカシーがなさすぎるわよ」


「乙女は普通、通学に外骨格型強化補腕機パワードアームを着けてきたりしねぇよ……。つーか最近研究所に引き籠ってると思ってたらそれ、のか?」


「まあね、かっこいいでしょ」


 シャキンとポーズを決める二愛。


 ドヤ顔が無性に腹が立つ。

 自分大好きかコイツ。

 …………何処かからお前が言うなというツッコミが聞こえてきた気がした。


 二愛の腕には、電子的な蠢きを繰り返す外骨格型強化補腕機パワードアームがハマっていた。

 キラリと光る合金の機体。

 緻密に組まれた関節部分は一切の駆動音もせず、滑らかに部品パーツを走らせている。

 男の子なら目を輝かせて飛びついてもおかしくない、所謂金属腕部ロボットアームだ。

 もっとも、ついさっき頭を砕かれかけた身としては恐怖しか感じないのだが。


「確か外骨格型肉体補助装置パワードスーツってまだ世界中が力を入れて軍事開発してる段階の物だよな?幼馴染をシバくために使っていいもんじゃねえだろ」


「まだ腕の部分だけだけどね。重機械の工作のために作ってみたんだけど、……よく考えたらこれ、法律にも引っかからないし、かなり便利な護身具になるわね」


「いや普通に法律違反になるだろ。……――え? ならないの?」


「それに使用目的は開発者である私が決められるしね。幼馴染シバキ機とかって名付けようかしら」


「世界中の軍事開発者が泣くぞ」


 この、法律にすら縛られない凶器を装着した少女――彼女は高校生であり、同時に人類を代表する発明家でもある。


 2歳で部品からモンスタースペックのPCを組み上げ、去年には身近にあるものだけで、日本領空中の天候を自在に操作する装置を作るという実験を自由研究で成功させていた。

 天候・災害を自由自在に操るという、民事から軍事まで使用用途の計り知れないほぼ神に近い所行に世界が震撼したのは言うまでもない。


 正しく生まれながらの天才だ。


 彼女がいるかいないかで、その国の技術・軍事・科学レベルが一桁変わるとまでいわれていた。

 ――どんだけだよ。


 現在でこそ世界レベルで周知公認されている化物だが、俺は出会った当初――――つまり子供の頃は、二愛のことを色々と面白い物を作るすごい奴程度にしか感じていなかった。


 しかし暇つぶしで世紀の大発明を量産する二愛。

 俺も歳を重ねていくにつれてこれはおかしいと気づくも、その時にはすでに腐れ縁が出来上がっていた。

 今では俺ももう一人の幼馴染と一緒によく実験台モルモットにされている。


 自作の薬品で染まってしまった薄氷色の髪を弄る二愛、その手には未だに七三の男がぶらさがっていた。


 さて、俺は今日、二愛ともう一人の幼馴染と待ち合わせをしていたのだが……。


「なあ、その手に掴んでるのって、もしかして空楼アロウか?」


「ん? ああ、これ? そうよ」


「……生きてんのか?」


「どうだろ」


二愛はズルズルと引きずっていた七三男を無造作に持ち上げ、思い切り胸を蹴りつけた。


「ゴハッ」


 男はビクリと身体を痙攣させ、息を吐き出した。

 真っ白だった顔が真っ赤になり、ゼヒュゼヒュと荒い呼吸を繰り返している。

 胸を押さえ、立ち上がろうとするも身体がついていかない。

 壊れかけのロボットのように道路の上で転がってのたうち回っていた。


 ――俺のもう一人の幼馴染の名前は千衆センシュウ 空楼アロウ


 俺と二愛の共通の幼馴染でもある。いや、少しだけ俺と空楼の付き合いの方が長いが、まあ些細なことだ。


 空楼も頭はいいが、二愛のような人外レベルの天才ではない。

 彼もあまり普通ではないが「高校生」の粋に収まる奴だ。「一般人」や「凡人」の粋には収まらないかも知れないが……。


 しかし、二愛が「おい空楼道路で寝転ぶな」と、折角立ち上がりかけた空楼を蹴っ飛ばしていても、俺は未だ足元で転がっているのが空楼だと確信が持てなかった。


「なあ、お前何したんだ? いくらなんでも生体実験とかはよくないぞ? なんだよこの茶髪。やたらトレンディになっちゃってるじゃないか」


「違うわよ。流石に生体実験なんてするわけないじゃない。砕かれたいの?」


「いえ、スイマセン。でも、それならなんなんだこれ? 見る影も無くなってるぞ」


 なぜなら、俺の知っている千衆空楼センシュウアロウ、彼は綺麗な黒髪をキッチリ纏めた髪型にメガネという似非えせ文化系男子の格好をしていた。

 ある思惑からファッションにかなりの執着を見せる彼は、間違っても茶髪に七三などというどっかのチャーリーみたいな髪型にはしないはずだ。


「ゲホッ ゲホッ ……し、死ぬかと思ったよ」


 やっとのことで起き上がった空楼。

 真っ白なその顔を見れば、どんな目にあったのか想像に難くない。

 いや前言撤回、二愛にどんな目に合わされたかなど想像もしたくない。



「お前、どうしたんだその髪型。オシャレで格好いいとかおもってんならやめといた方が良いぞ?」


「違う! そこのマッドサイエンティストに変な薬品で固められたんだ!」


 ガシガシと髪を掻き毟る空楼。

 しかしビッチリと決まった七三は、毛の一本たりとも微動だにしない。

 ワイヤーかなにかで編まれたカツラのようだ。必死に空楼が弄るも、髪型は完璧な七三分けを保ったまま変化してはくれなかった。


 ――えげつねぇ。


 俺は愉快な髪型で完全固定されてしまった空楼の髪を戦慄した目で見て、視線で二愛に説明を求めた。

 すると二愛は、別段慌てるでも無く淡々と口を開き。


「……今日の朝ね、空楼が研究所ウチの前で今日から同じ高校に通う娘をナンパしてたのよ。茶髪にドレッドヘアーの、凄まじく調子に乗った格好でね。『どうだい、格好いいだろ? 高校デビューなんだ! ね? 僕と一緒にあそこの休憩所で不純異性交遊の定義について語らないかい?』とか、早朝の住宅街でほざきまくてったから……」


「あ~…………なるほど、折檻されたのか」


「何が駄目だったのさ! 女子高生なんかDQNっぽい格好して、押せ押せで行けば、猿みたいに股開いて近づいてくるって聞いたのに……」


「そんなわけないでしょ! 女子高生舐めるのもいい加減にしろよこの変態が!」


「痛い痛い痛い、もげる! 首が分離する!」


 この性的錯誤者が俺の人間関係における汚点おさななじみ

 彼は、一言で言うとド変態である。


 顔もそこそこ整っているし、男性である俺からすれば凄く紳士的な奴なのだが、只一つ、女性に対するその身に潜む欲望を一切抑えようとしない厄介な性格を持っていた。

 果てしなく生来の本能と煩悩に忠実な性獣。

 神様がピンク色の成分をぶち込みすぎた駄作である。


 今回は高校に進学するにあたってまだ彼の本性を知らない女子を狙って色々画策していたようだが、犠牲者が出る前に二愛によって薬物投与おしおきされたのだろう。


 まあ、アレに引っかかる女はいないだろうが。

 それでもそういうことなら俺からも言っておいた方が良いな。


「ちょっと悪ぶっただけでモテるワケないだろ。大体、高校デビューの自爆率を知らないのか」


 俺は空楼に声をかけた。

 新しい高校生活にあたって、コイツを野放しにしておくと水燈たちにまで面倒なしわ寄せが来かねない。

 ここは町内イケメンランキング一位である、この鳴師水燈様が説教しておいてやろうと、俺はバックから板鏡をとりだし、空楼の前にかざした。


「そもそも、お前がモテないのはもっと根本的な問題だ。いいか、この鏡を見ろ。そして、その後で俺の顔を見てみろ」


「は?」


「いいから。何が見える?」


「……茶髪に七三にされた憐れな僕の顔と、水燈の顔が見える」


「な? 何が悪いか分かっただろ?」


「顔が悪いと?! どうしようもないじゃないか! っていうかよく自分で言えたな!」


「てか、なんでナチュラルに板鏡持ち歩いてんのよこのナルシストは。気持ち悪いんだけど」


 絶叫に近い突っ込みを入れる空楼。

 二愛はドン引きしている。 

 心外だな。板鏡は生活必需品だろうが。

 いつ何時も自分の美しさを確かめられないでどうする。


 お前の自分の顔への自信過剰さは、世界中が自分に恐怖していると勘違いしている北の偉い人並だとよく言われる俺は、二愛と空楼の反応に心底不思議そうな表情を向けた。


 俺にとしては自らの美しさを鑑賞することは息をするように自然なことであり、むしろ周りがそれに疑問や嫌気を持つことの方が理解できない。

 もっと言えば、日本国民全員で俺の顔を鑑賞する日を国務省が作ってもいいと思っている。





 ――ここでこの男、鳴師水燈の話も少ししておこう。



 水燈の親は父がホスト、母が世界を魅了した伝説の女優であり、水燈は子供の頃から両親にイケメンの素晴らしさを教え込まれてきた。


 今の世の中、イケメンであるというだけで大概の事が許される。イケメンとは世界を統べる資格を持つものなのだと。


 実際、水燈が教師にニコりと微笑めば単位がボロボロ簡単にとれたし、デパートに行けば必ず店台のおばちゃんに魚や野菜をオマケしてもらえた。


 父母の言うとおり、優秀な容姿に恵まれた水燈にとって人生とは、イケメンという武器を片手に笑顔と愛想というアイコンを連打し続けるヌルゲーだった。

 そのため水燈とって人間の価値とはイケメンかどうかであり、彼の中では両親を除き、自分こそがイケメンの頂点であるという認識があった。


 水燈は、世界中のあらゆる男を手玉に取り、彼女の一言で国が傾くとまで言われた傾国の美女たる母親に、何故、ホストの父などを選んだのか聞いたことがあった。

 金も地位も名誉も、全てにおいて父より優れ、母に熱烈な愛情を傾ける者母が女優を引退し、結婚した今ですら大勢居る。

 その中で何故、只のホストである父を選んだのか。


 不思議がる俺に、その時、母はにこやかに言った。



 ――男は、顔が全てであると。







「イケメン、それはこの世の全てを手に入れる資格を持つもの。――つまり俺だ!!」


「ドン引きよ。相変わらずのナルシストぶりね。生きてて恥ずかしくないの? あ、即身仏とか興味ない? 湯殿山の仙人沢とか最近流行りよ」


 二愛が呆れた顔で言った。

 皮肉にしては毒が多すぎる辛辣さであった。


「ちっくしょおお僕だってモテたいんだよ! なのになんでこんなナルシスト野郎の方がモテるんだ! 二愛博士っ、寝ているだけで女の子がベットに飛び込んでくる機械を創ってくれ!」


「アンタもアンタでドン引きよ。そんなんだから女子にゴキブリみたいな扱いを受けるのよ。その髪型、しばらく崩せないような薬品使ってるから、一度懲りなさい」


 鬼である。

 高校生活一発目に茶髪七三そんな髪型で登校すれば、少なくとも高校生活向こう三年間はアダ名がMrトレンディになるのは必至だ。

 打ちひしがれる空楼。


「というか、誰がナルシストだ。俺がイケメンなのは疑うまでもない事実だろ。反論があるならバレンタインで俺より多くチョコを貰えたら受け付けてやる」


「黙れ。チョコの数で男の価値が決まると思ったら大間違いだからね。それに今日からは是迄のようには行かないよ水燈。いいか、高校生っていうのはなあ、お約束テンプレで溢れてるんだよ!」


「テンプレ?」


「そう、例えば街角、放課後の教室、コミ系の部活、不良娘……。高校生には様々な女の子と仲良くなれるイベントテンプレが用意されているんだ。よって、僕は今から彼処の道角で女の子とぶつかる! そしてそこからラブコメルートを全速踏破するのさ、フハハハッ」



 ――…………段々可哀想になってきたな。



「いや、もう分かった。ほら、俺も、お前が俺みたいなイケメンになれるよう手伝ってやるからさ、な?」


「そうよ、私も髪の色、薄氷色に染めてあげるから」


「急に優しくするな! っていうか薄氷色って二愛が間違えて調合した変色不可能の超危険染め具だよね? どさくさに紛れて被害者なかまを増やそうとしてんじゃないぞ!」


「まあまあ」


「どうどう」


「鬱陶しいわ! いいか、見てるんだぞ、絶対金髪ツインテールの美少女とごっつんこしてやるからね」


 涙を飛ばしながら走りだした空楼。

 憐れみの感が半端じゃない。


「あ、あ~。 ……俺、中年のおっさんとごっつんこに千円」


「私はトラックとごっつんこに千円」


「鬼畜過ぎるだろお前達! 怖いこと言うなよ。メッチャ不安になって来るじゃないか」


 俺と二愛のやり取りにぎょっとして、空楼がたたらを踏む。

 しかし走りだした勢いは止まらず、そのまま交差点に突っ込んだ。


 ゴツン


「ぶへっ」


 空楼ゴキブリが潰れたような声がした。

 どうやら本当に角から出てきた人とぶつかってしまったようだ。


 流石に他人に怪我をさせてはいけないと、俺と二愛が慌てて交差点に走り寄る。


「すいません。 大丈夫です……か……――あ?」


 交差点にはひっくり返った空楼と、ぶつかられたのであろう大柄な男が立っていた。


 馬鹿の暴走――周りを顧みずに騒いでいた俺たちのせいで、他人に迷惑をかけてしまった。

 通常なら、空楼ばかの恥行を平謝りに謝らなければならない場面である。


 しかし、俺達は、男のあまりにも「異常」な外観に思わず硬直していた。


 肩から羽織った聖職者のような、白く、装飾の施されたた祭服。

 頭から顔までをすっぽりとかくした不透明な白い顔布ヴェール

 背中には白鳥の羽を押し固めたような一対の薄ら白い塊を背負っている。


 そして、手に握られた、浅黒い錆を纏った大剣。


 それは、現代日本の公道において、明らかに不自然な存在だった。

 顔布ヴェールのせいで表情は見えない。

 しかし、切っ先をアスファルトに擦らせている錆びた大剣と、白い……不審者? 彼が放つ殺気とも言うべき謎の圧力が、決して笑って良いものでないことを告げていた。


 白装束に錆びた大剣?

 ヤクザかギャング?

 逃亡中の殺人犯?

 それともコスプレをした人? 

 もしくは、歪な天使?


 様々な考えが頭の中を飛び交うも、思考が纏まらない。

 非常識というにも非常識。

 突然現れた非日常。

 自分の前にいるのがなのか。

 男が発する謎の威圧感がその疑問を口にするのさえ許さない。


 日常から切り取られたような歪な空気、誰もが時が止まったかの如く動けないでいる中、男は突然、手に持った剣を無造作に振り上げ、





       振り下ろした。





 ――ザクッ



 鈍く、軽い音が響いた。

 同時に空楼の頭が砕け、鮮血が周囲に飛び散る。


 「は?」


 アスファルトの上に、鉄臭い水溜りが出来た。

 その水源は、今まで騒いでいた俺の幼馴染が居たはずの場所であった。そこには、濁濁と濁った赤い液体が流れるばかりである。その源では空楼が一度痙攣して、二度と動かなくなった。


 前後の出来事を一つに繋げるのに、数秒を要した。

 目の前で突如起こされた惨劇に、呆然とすることしかできない。


「えっ……え?」


「あえ? なんだこれ……」


 唐突状況に頭がおいつかない。

 白い不審者は無機質に剣を引き抜き、ゆっくりと歩を進め始めた。

 なにがなんなのか、目から入ってくる情報はそのまま頭を通り過ぎる。


 まるでたちの悪い、不出来な悪夢のようだ。


 白い不審者は二愛の前まで歩いていくと、剣にこびり付いた血を払うこともなく、

 再び剣を振りかぶった。


「……あ」


 二愛がつけていた外骨格型強化補腕機パワードアームが胸部で真っ二つになる。

 二つになった二愛が、ボトリと地面に落ちた。


 二愛の血粉を正面に浴び、水燈はやっと現状を認識する。

 二人が……殺され……た?

 目の前の……――この男が殺した?

 口に入ってきた二愛の血を舌で感じ、これが現実の出来事なのだと思い至る。


 え?

 なにが、なんでどうしてだれだ。

 死んだ?

 なんで? だれが? 二愛が? 空楼も?

 守れなかった。 

 どうする。

 どうするどうするどうするどうしよどうする。

 どうすればいいどうどうどうどうどうどうどうどう。


 後悔や怒り、恐怖と混乱が入り混じり、感情と思考が結びつかない。

 思考は空回りし続ける。



 ――今、こちらへ、ゆっくりと向かってくる。

 この白い不審者は一体何者なのか。

 何故自分達を殺そうとしているのか。


 分からないことにばかり頭が行く。

 逃げなければいけないと思い至った時には、白い不審者は目の前に佇んでいた。

 男は、もう一度大剣を振りかぶる。


「う、うわあああああ」


 足が動かない。

 自分の身体が人形のように感じる。


 振り下ろされる大剣。

 濡れる刃には呆然とした自分の顔が写っていた。



 グシャ



 最後に見たのは、純白の顔布ヴェールから覗く、嫌に穏やかな男の表情だった。


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