この世界は我々が占拠した! ~地獄の底からクーデター~
爆声
プロローグ
「「ヴゥ ヴゥ ヴゥウウ」」」
腹の底に響く唸り声。
喉の奥から押し出されるような重低音が、深い森の中に不気味な振動を放つ。
その振動の源に居るのは、獣の皮や荒い目の布を纏った原始人のような格好の人々だ。
彼等が一心に叫ぶ、抑揚を押し殺した声はその場に異様な圧迫感を醸し出していた。
「「「ヴゥ ヴゥ ヴゥウウ」」」
軍隊のように統制の取れた唸り声の合唱、その中心に置かれているのは、両手を背で縛られ呆けた顔をした青年と、抱き枕サイズの発情したイモムシのような謎の物体だった。
青年と物体をを睨みつけ、剣呑な顔つきでうなり続ける彼等は、イモムシのような物体が蠢く度にその表情を険しくする。
それに比例して唸り声も怒気が混じり、次第に周囲の熱気も高まっていった。
「「「ヴゥ! ヴゥ! ヴゥウウー!!」」」
□□□□
――何がどうしてこうなった。
簡素な衣服の人々にぐるりと円を描くように取り囲まれ、全方位から唸り声を浴びせかけられている青年が、呆けたまま真っ白な頭に純粋かつ最大の疑問を浮かべた。
青年が辺りを見渡せば、大樹から伸びる枝葉の天井が青年達を見下ろしている。
汗に濡れた地面から、むせ返るような土の匂いが青年の鼻を突いた。
濃厚な自然の香りが漂う森の中、青年――――というか俺、
俺がいるのは、見たことがないほど力強く大きな植物が鬱蒼とした森の中だ。
そして現状を四十字以内で纏めると、発情したイモムシのような物体と共に謎の部族に取り囲まれているところだった。――正直意味がわからない。
俺は自ら出した結論に頭を悩ませた。何の説明にもなっていないのだ。
この説明だけで「オーケイ分かった。もう十分だ」と言い出すのは、恐らくこのセリフを言った五分後に死体になる運命のハリウッド映画のエージェントくらいだろう。
彼等は自分の腕を過信しているため、碌に情報を耳に入れずにミッションを受けて殉職する特性がある。
いや、俺のハリウッド映画のエージェントに対しての偏見は今どうでもいい。
しかしこの状況でモブエージェントと同じ誤ちを犯す訳にもいかないので、俺は周囲の状況を落ち着いて観察した。
まずは俺達の周りで延々と奏でられる唸り声だ。――これは一体何の儀式なのだろうか。
うぅ うぅ言ってるだけのえらく手抜きの掛け声の割に、それを叫ぶ者達は皆、異常なほど鬼気迫った表情を浮かべている。
正直メッチャ怖い。
よく駅前とかで警察と大声で揉めている、ヤバメな新興宗教と同じ臭いがする。
俺は大声でお巡りさんを呼びたくなる心境を押しとどめ、周囲を巻き込んで自滅するタイプの宗教団体のような者達の観察を続けた。
俺をとり囲んでいるのは、唾を飛ばし謎の足踏みを続ける未開人じみた格好をした人々だ。
薄暗い森の下では目が慣れてくるまで分からなかったが、俺は彼らは明らかに普通と違う特徴をもっていることに気づいた。
――いやターザンファッションに謎の合唱、ハイテンションと、何処を見ても普通なところが無いのだが、そういう次元の話ではない。
俺が言っているのは、俺達を囲んで唸り声を上げている部族の人達に生えている物のことある。
間違いなく、本来人間にはついていないだろう『獣の耳』と『尻尾』。
めくれた口から覗く、どう頑張っても犬歯だとは思えない『牙』。
所謂ファンタジーに出てくる獣人然とした容貌である。
コスプレにしてはリアル過ぎるそれらは、彼らが人間とは違う何かであることを告げていた。
彼等は何者なのだろう? 新たに浮上した謎にますます俺の混乱は深くなったが、しかしその疑問は、獣人風の者達が新たにとった行動によってどうでもいいものになった。
彼等の正体、不思議な森に謎の儀式、俺の頭からそれら全てを吹き飛ばした存在。
それは俺の目の前に用意された大きな鍋だった。
縛られる俺の前――――獣人風の彼等の中心で、丁度人が二人ほど湯掻けそうな大きな鍋が、焚き火の上でグツグツと湯気を上げている。
「「「ヴオゥ! ヴオゥ! ヴゥオオオ!!」」」
一際大きな叫びと共に、焚き火の炎が更に勢いを増す。
皆、獲物に噛み付かんとする狼のように目をギラつかせていた。
唸り声は更に熱気を帯びていく。
「「「ヴゥオオオオオオ!!」」」
――……皆テンション高いな。
人数も多いし、鍋パーティーでもやるのかな。
俺も混ぜてほしいな。
メインディッシュはなんだろう!?
「俺等だよ! 何でだ! 脈絡がなさすぎるだろ!? 開始早々煮込まれるとか白菜か俺等は!」
犬耳と猫耳の女性がハム縛り状態の俺の縄を掴み、煮えたぎる鍋へと引きずっていった。
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