逃亡
その日、若狭屋老虎は劇場に向かっていた。運転するのは「飯塚さん」という初老の男性だ。先代から若狭屋の裏方として色々と骨を折ってくれている。
「しかし、大丈夫でしょうか?」
「ああ。あいつだって前よりはだいぶましになったもんだ。おいらもあきれるくらい勉強してるな。」と老虎は答えた。あいつとは九代目若狭屋真夏である。
しばらくして劇場に着くと老虎は車を出た。
その時、劇場の若い衆が数人劇場をでてきた。
「どうしたんだい?」
若い衆が老虎に声をかける。
「これは老虎師匠。なに、九代目の姿が見えなくなってしまいましてね。楽屋をのぞいたらもぬけの殻なもんでして。。。」
「そうかい、そいつぁすまないねぇ」老虎が頭を下げる。若い衆は恐縮してしまう。
ふとみると若い大学生風の集団が歩いてくる。最近は「昭和レトロ」とか言ってこの界隈も若者の人気が高い。
すれ違う、その瞬間。老虎は。声を出した。
「おい、小夏。」
「ひぃ」
一人の学生が足を止める。
ゆっくりと振り返ると「九代目 若狭屋真夏」その人であった。
「し、師匠、すみません。」
深々と頭を下げると走り出した。
若い衆が追う。
「まちな。」老虎の声が響いた。
「あいつだっていろいろあるんだろう。訳ぇ話さねぇでいったんだ。今日はあいつの代わりに俺がでるよ。」
しばらくして劇場は開いた。
なかなか出てこない「九代目」の姿に客はどよめいた。
しばらくして「こんぴらふねふね」の出囃子が聞こえる。
「やっと出てきた」と思ったが、「若狭屋老虎」の名前に驚いた。
しかし、「現在」でも名人の誉れ高く。若狭屋中興の祖といわれるほどの人物だからいまだにファンもおおい。最近はめったに高座に上がらないから、まだ老虎の落語を聞いたことがない若者も多い。
「よ。若狭屋」の声が響き、拍手に包まれる。
上手から高座にあがり座布団にすわり、深々とお辞儀をする。
「え~本日もお暑いところありがとうございます。まいど馬鹿馬鹿しいお話を一つ」となれた口調で語り始めた。
「馬鹿馬鹿しいお話」から始まったが老虎はさすが名人、観客をくるくると手で転がすように操り、最終的には怪談話で飲み込んでしまった。実は「若狭屋」のお家芸の一つがこの怪談話である。
みな、「ごくり」と唾をのんだ。
その時小夏は夜汽車に揺られていた。
行き先は故郷、宇和島である。
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