第1章 二人の孫娘

第1話 女子と出会いたい!!

 春!!!!!!

 そう、それは出会いの季節!!!!!!!!!!!!!!


 心の中で気合いを入れて、この春無事に信田高校に合格した大島清明おおしませいめいは新たな(可愛い女子達)との出会いに期待で胸を膨らませながら、教室のドアを開けた。


「「「「「あ、清明おはよう〜〜〜〜!」」」」」

「………」

 爽やかなクラスメートたちの笑顔を見て、開けた教室の扉を静かに閉める。


 深いため息をひとつ。だって、そこには男子しかいなかったから。

「ウン、知ッテタ…。」

 知ってたけどさ、春麗らかな新学期の教室を開けたらむさ苦しい男共の声しか聞こえてこない、なんて悲しすぎるじゃないか。

 俺が求めているのは、可愛い女子達に可愛い声で「おはよう!」と言ってもらうことなのに…!


 このいないクラスの一員になってから一週間たった金曜日、俺は未だこの現実を受け止められないでいる。

 閉じた教室の扉の窓に映る自分の顔色は、どんよりと暗い。それとは対照的に、調子に乗って開けたピアスと染めたての茶髪だけは、朝日に反射して明るいのが悲しい。


 入学式の日の朝。

 張り切って朝一番で登校した俺は、ランダムに割り当てられた自分の席が窓側一番後ろという王道ベストポジションという偶然ラッキーと、これから登校してくるであろう(女子の)クラスメイトとの出会いに、ワクワクしながら外を眺めていた。


 ここ、一年F組は新校舎3階の一番端の教室で、ちょうど俺の席から窓の外を見下ろすと、学校横の空家の古びた屋根と庭が見える。


 俺が生まれ育ったこの信田町は、山に囲まれておりのどかな田舎町だ。少し不便だけど、ごく普通のこの町には唯一おかしなことがあった。

 何故か昔から桜の花が咲かなかったのだ。土が悪いとか気候に恵まれていないとか、そういうことではないらしい。というのも、桜以外の花は毎シーズン色とりどりに咲いていたし、花が咲かないだけで桜の木自体は元気に枝を伸ばし立派に成長していたからだ。


 このなんとも妙な話に興味を持ったお偉い学者さんやら、”桜を咲かせようの会”とかいうよく分からない団体やらが、以前からちらほらこの町に調査に来ていたのはもう見慣れたことだが、今年は少し違う。


 とある空家の庭の立派な桜の木にこの春、突如見事な桜の花が咲いたのだ。


 それからというもの、空家の周りには朝っぱらから報道陣や学者や野次馬がぞろぞろしている。桜が咲いてからずっとこんな具合らしい。


 桜が咲いたのは確か三月の頭、中学を卒業してすぐの頃だった。バイトも休みで家でだらだらテレビを見ていたら、そのテレビ画面に双子の弟の雨水うすいが写って…

「大島おはようっ!!!」

「はいいいいいっ!……て、あぁ、なんだ。ポンちゃんか。びっくりするじゃん」

「お前、なんでそんながっかりしてんだよ先生泣いちゃうぞ…。あとポンちゃんじゃんなくて本条先生な(´・ω・`)」


 どのくらいドアの前で突っ立っていたのか分からないけど、もうHRの時間らしい。

 後ろでこんな顔→(´・ω・`)をしてしょんぼりしているこれまたむさ苦しい大男、担任のポンちゃん(本条洋貴ほんじょうひろき)は、大柄で声もでかいのに繊細な性格で、担任になって一週間目にしてすでにいじられキャラが定着している。

 日に焼けた肌に角刈り、そして立派な筋肉を持つポンちゃんは端から見るとボディビルダーみたいだ。ちなみに担当教科は家庭科。


 ポンちゃんに促されて教室の扉を開けると、我が愛すべきクラスメイトの皆さんがこちらに一斉にいい笑顔を向けてくる。(けど心なしかその笑顔が引きつっている気がする)


 そう。大柄な男性担任に笑顔の男子生徒達、このF組は残念なことに男子しかいない。


 そんな男子男子何度も言わなくてももうわかったって?


 俺だってわかってる!!でも何度だって言ってやる!!

 高校一年目の春に、可愛い女子との出会いに期待してない男はいないはずだし、その上でこの現実に直面したらもうやけくそになるしかないだろ!?


(ぬあぁああああああ!!!)

(なんでこのクラスには男しかいないんだぁあああよぉおおおお!!!!)


 平常心を装い、席に向かいながら心の中で叫ぶ。多分今俺の顔は泣きそうに歪んでいると思う。



「おはよう、清明。今朝は5分45秒だったぞ、記録更新」

「おはよーさん善信よしのぶ…。キミは今日もイケメンですねぇ…」


 入学初日ワクワクしながら待っていた俺の隣の席に座ったのは、美少女ではなく精悍なイケメン、峰善信みねよしのぶだった。

 だらしなく制服を着崩している俺とは違い、きっちり制服を着て背筋を伸ばし、真面目にカバンの中の大量の手紙を整理しているこのイケメンのマイブームは、隣の席の残念なクラスメートが毎朝教室の扉の前で立ち尽くす時間を数えることらしい。


「お前も顔だけはいいと思うぞ。あと、そろそろ現実を受け止めろよ」


 微妙なフォローをありがとう。けどそんなのはここに女子がいないと解決しないんだよ善信くん。

 善信は女子に特に興味がないらしく、このクラスのことも特に気にしていない。

 けど、爽やかな黒髪短髪にザ・日本男児という顔立ちに女子は惹かれるとかで、こいつはモテる。下駄箱とロッカーから回収してきたであろうカバンの中の手紙の主はもちろん女子だ。


 女子、そう、女子だ。


 そうなんだよ!!この学校には女子がいる!!!いるんだよ!!!


 なのにこのクラスに女子がいない理由、まぁよくある話だけど信田高校は入試の成績順にクラス分けされているからだ。


 A組がトップの皆様で、そこからアルファベット順に成績が下になっていく。そして一年生の階の一番端のF組は最下位のクラスなのだ。

 残念なことにこの信田高校は、クラスごとの男女比率を揃える気はなかったらしい。そして男女別の成績を比較すると女子の方が優秀な割合が高いのは割と一般的なことだと思う。


 そう、すなわち、したがって、他のクラスは割と男女の比率が同じくらいなのにF組には女子がいなかったというのは、俺たちが単純に頭が悪かったのに原因がある。


 せめて担任は…!と思って各自様々な祈りのポーズで待ち構えた担任も男のポンちゃんで、最初のHRで善信を除く俺たち全員が机に突っ伏したのは当然のことだった。(その時もポンちゃんはこんな顔→(´・ω・`)をしてちょっとしょんぼりしていた。ごめんよポンちゃん)


 正直、ポンちゃんや善信を含めたクラスメート達とは仲良くやっている。けど俺を含めた大多数は、未だに女子の転校生が来るかもしれないという淡い期待で、教室のドアが開くたびにできるだけいい笑顔をしてそちらを向く癖がついているのが悲しい。


 どう考えてもこの時期に転校生は来ない、そうわかっていても悲しいことに期待を捨てられないのが俺たちだ。



「えーと、今日はみんなにお知らせがある(´・ω・`)」


「「「「「!!!!!!」」」」」



 まさか!!!???

 転校生!?美少女の!?



 こんなことが起こるなんて漫画みたいだ!

 俺を含めた全員の背筋がシュッと伸び、各自期待の表情でそわそわと身なりを整え始める。




「突然なことで申し訳ないんだが、娘が生まれたので来週から先生は育児休暇に入ることになりました(´・ω・`)」




 伸びた背筋が、空気の抜けた風船のようにシュゥ〜としぼむ音がするようによれていく。他のクラスメートも同じようにしぼんでいる。心の中で建ててきたつもりのフラグはどこかに行ってしまったらしい。そしてポンちゃん奥さんいたんだ…。




「というわけで来週の月曜日からみんなの担任を受け持つことになりました、信田佐保しのださほです。担当教科は数学です。よろしく」



 な、ぬ!!!???


 軽やかで凛としたの声にザッという音を立ててクラス中の顔が上がる。



 いつの間に教室に入ってきたんだろう。サラサラとした綺麗なストレートロングの黒髪をハーフアップにした美人が教卓に立っていた。ポンちゃんの横に立っているから小柄に見えるけどすらっとして背が高いのがわかる。どこか浮世離れした雰囲気だけどまだ若そうだ。



 信田先生に一瞬見とれたコンマ一秒後、クラスの温度が一気に上がる。


「ぅううぉおオオおおおお!!!ポンちゃん!!!赤ちゃん生まれたんだおめでとう!!!」

「大好きだ!ポンちゃん!!大好きだぁあ!!」

「ずっと育児休暇しててもいいよ!」

「おめでとう!!おめでとうポンちゃん!!!ありがとうポンちゃん!!!!」

「ぅおおおおおあおおあおあああああ!!」

「ポンちゃぁアァァアァァァァアアァアァアアアァア」


「みんな…っ、ありがとう…!(´・ω・`)」


 突然のみんなからの歓喜の言葉に、目を潤ませるポンちゃん。素直なポンちゃんは可愛い生徒たちの言葉の真意に気づいていないようだ。


「みんな、何かあったらすぐに連絡しt」

「信田先生!!佐保先生って呼んでいいですか??」

「彼氏いますか?」

「先生どこ住んでるんですか???」

「好きです!」

「質問したいことあるので連絡先教えてください!!」

「好きなタイプは??」


 すでに信田先生に夢中の生徒達を見て、またしょんぼりするポンちゃん。

 …どんまいポンちゃん。でも俺たちみんなちゃんとポンちゃんに感謝してるよ。ウンウン。


 …というわけで、

 これはあれだな!!生徒と先生の禁断の恋愛が始まるってやつな!


 ということで俺も早速先生の連絡先を…



「呼び方は何でもいいけど、私恋愛は興味がないの。あと質問は職員室で聞くね」


 あぁ、オワタ。



 フラグ建設に成功したはずが、さりげなく高い壁を作られてしまった。

 佐保先生の爽やかな笑顔に「身をわきまえなさい」と書いてある気がする。



 そして、F組全員の落ち込んだ空気が雨雲を読んだのか急に大雨が降り出し、どんよりしたまま午前の授業が終わり、昼休みになった。


「佐保先生はモテるんだろうなぁ」

 隣で昆布茶をすすりながら善信が感心したように呟く。

 へいへい、モテる人同士共感でも感心でもなんでもしてりゃいいさ。

 昆布茶とどでかい握り飯をもぐもぐするイケメンの隣で、俺はピアスをいじりながらお好み焼きパンにかぶりつく。


 俺みたいなただチャラいだけの男はやっぱり合コンとかSNSでテキトーな出会いを探すしかないのか。

 俺だけじゃない。このクラスにはF組という名にふさわしいお馬鹿、変人、チャラ男、変態、KY、そして例外のイケメンという珍妙な連中しかいない。

 ここのクラス内に女子がいないだけでなく、もともと女子との関わりの少なかった俺たちに、青春キュンキュンストーリーは永遠に無縁なんじゃないだろうか。


 ちなみに俺の中学時代は、女子のスカートをめくって先生の前に突き出された一年生、中二病にかかった二年生、そして不良ぶってた三年生…という具合にこじらせていた。我ながら痛い。そしてわかってる、自業自得です…。

 この学校にも同じ中学だった女子はいるけど、廊下ですれ違っても無視される。


「善信ぅ〜、誰か女の子紹介しろよ〜」

「俺は女友達もいない堅物だ。頼むならあいちゃんの彼女づてで紹介してもらえよ」


「ゴルァ!善信!愛ちゃんじゃなくて、い・と・し!!!」


「あ、いとし。やっと登校してきたか」

「おそよう、あいちゃん。午前のノート見るか?」

「見る!ありがと!でも愛ちゃんって呼ぶなって何回も言ってるだろ?あと身長分けろや、このイケメン野郎」


 大雨で濡れたのか制服のジャケットをバッサバッサと水をはたきながら、威勢良く教室に入ってきたのは大山愛おおやまいとし

 ふりがながなかったら完全に女の子の名前だけど、れっきとした男。

 愛とは同じ中学で、可愛らしい名前の反動で頑張って不良ぶっていた愛とは一悶着の後仲良くなった。高校で出会った善信にもすぐ懐き、善信は親しみを込めて愛ちゃんと呼んでいる。(愛に嫌がられているのも気づかないこのイケメンのメンタルはなんなんだ?)


 そして制服を着崩し、日が経つにつれネクタイや靴や学年ピンなどの指定物を完全に無視した姿で重役出勤、じゃない重役登校してくる愛は一年生の中では目立っている方だと思う。


 約164cmの身長に大きなつり目の可愛らしい顔立ち、そして金髪とピアスという可愛らしい現役不良の愛と元不良の俺には決定的な格差がある。


 未だに会わせてもらえてないけど、こいつには彼女がいる。


 秘密主義なのか相当大事にしているのか俺が信用されていないのか、ほとんど教えてもらえないけど、彼女にもらったという愛に似合わない可愛らしい信田神社のお守りを常に持ち歩いているのを見ると、愛はしっかり惚れ込んでいるのだとわかる。


「で、何話してたんだ?」

「愛ちゃんの彼女に清明のために女の子紹介して貰えないかって話」

「いとし、な。あーごめん無理だぁ、そういうのは頼めないな」


 対して申し訳なさそうでもない顔であっけらかんと告げられる。

 ほのかに期待してしまった自分にこっそり落ち込む。

 そんな俺をよそに当の愛は愛ですでにこの話に興味をなくして善信と佐保先生の話で盛り上がっている。


 あーあ、女子と話したい。女子と遊びたい。女子とデートしたい。

 とりあえず出会うところから始めたい。

 そんなことを考えながらふてくされて机に突っ伏し、窓の外の空を眺める。ようやく雨が上がりかけて晴れ間の覗きだした空がなんだか恨めしい。


 校舎のどこかで女子が楽しそうにはしゃいでいる声がする。(もちろんクラスメイト達の野太い声はもっと鮮明に聞こえる)


「空から美少女降ってこないかな…」


 どうしてこうも人はたくさんいるのに、俺は女子と縁がないんだろうか。


 自分の中学時代を呪う。…いや、なんだかんだ楽しかった気もするから後悔はしてないんだけど。


 高校生になったら女子と遊びたい、けどガツガツ努力するのは格好悪い気がする、何て思うのは世の中の大半の男子高校生が思うことじゃないかな。



 そんな煩悩まみれの頭で午後の授業を乗り越えて、チャイムと同時に教室を出る。


 善信は日直で愛はバイトらしいし、貴重な金曜日をダラダラ過ごすためにそそくさと帰路につく。

 途中他のクラスの女子グループやカップルとすれ違って羨ましさに軽く舌打ちをしたら、近くにいた小柄な女子が「ヒッ」と小さく言って教室の中へ逃げていった。


 なんだかバツが悪くなり正門ではなく、人気の数ない裏門から校外へ出る。

 正門から出ないのは雨で濡れたグラウンドを通りたくないからであって、決して仲良く下校するカップルや部活動で青春する奴らを見たくないわけじゃないからな!


 例の空家の前も午前中から大雨が降ったせいか、人の気配が無くなってシンとしている。

 だいぶオンボロだけど高い塀から桜の枝が伸び、雨に濡れた桜の花が揺れている。

 小さい頃家族で何度か隣町にお花見に行った記憶があるけど、久々に間近で桜を見ると、らしくないけど少し感動する。



「もし今日帰るまでに女の子と出会ったら、その子が運命の子だな」



 不意にそう呟いてから、しまったと思い、恥ずかしくなってあたりを見回す。

 運良く誰も近くにはおらずホッとすると同時に、改めて恥ずかしくなる。厨二発言は心の中に留めないと世間的に恥を掻く、というのは中学で学習済みだ。


(さっさと帰るか…)


 今度はちゃんと心の中で呟いて足早に立ち去る。




 数メートル歩いてもう一度振り返る。



 当然のように誰もいない。もちろん女の子もいない。

 今度はなんだか虚しくなった。そそくさと家路につきながら小さく舌打ちをした。


(あ、そういえば今日は結局女子と会話すらしなかった…。)




 そもそも今日俺、何か意味のあることしたっけ?


 男子高校生なんてこんなもんなんだろうか。


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