彼女は幽霊かもしれない。
武田ジョー
第0話 ある日の朝
プルルルルル プルルルルル
ガチャ
「はい、もしもし。…………え?」
リビングの電話の前で受話器から聞こえて来る声を聞きながら、頭の中では去年のことやついこの間のことがフラッシュバックしてくる。
受話器を取ってからまだ数分しか経っていないのに、まるで何時間も経ったかのように喉が渇き、足が軋む。
「…………嘘だろ」
誰にも聞こえないくらいのか細い声で呟き、苦しそうに眉をしかめ、受話器を放り出した彼は鬼のような形相で家を飛び出していった。
* * *
「さて、と」
家の庭で念入りにストレッチをした彼は、軽やかな足取りで洋風の小さな門を押して朝の町へ走り去った。
* * *
「本当に今日なのかな…」
昨日の夜に引っ越してきたばかりの町を歩き回る。
以前も住んでいたことのあるこの町は山と用水路に囲まれており、穏やかなこの町を歩きまわるのは彼女のお気に入りだった。
朝早くにあたりを散歩すると夜とは違っていろんなものが見えてくる。
「あ、桜木蓮だ。こっちは桜草」
朝早く、というより早朝のこの時間帯は、町全体が未だに眠っているように穏やかで静かだ。彼女は優しい春風が長い髪を梳いていくのを感じながら足を進める。
朝焼けに包まれる町を、彼女は道や隣家に植えてある植物を眺めながら歩いて回り、学校の前で足を止めた。
* * *
「志乃!しーの!起きて、遅刻するよ!」
「んー、姉ちゃんうるさい」
布団の中でぐずる小学生の弟を彼女は無理やり引きずり出す。
「ちょ、あんた布団の中にまで野球のバッド持ち込まないでよ!」
「いーじゃん別に、ねーちゃんには迷惑かけてないし」
「もぅ、屁理屈言って…」
まだ眠そうに目をこすりながらバッドを胸に抱く弟を、彼女は呆れた顔で見下ろす。
「ねーちゃんこそ、今日早く行くって言ってなかった?」
「あ、そうだ!もうこんな時間、行かなきゃ!」
弟の言葉にハッと我に帰り急いで部屋を飛び出していく。
「志乃も早く準備しなさいよー!」
「へいへーい」
玄関から聞こえてくる姉の声を背に志乃はバッドを胸に抱いて、布団の中へ戻っていった。
* * *
『お姉さんと約束、だからね』
ハッと目が覚めて勢いよく起き上がった彼は、さっきのが夢だったのだと気づき、小さくため息をつく。
気が抜けたようにもう一度布団に体を倒し、和室の天井に手をかざしてみる。
ごつごつした手の平に残る傷跡を見つめてから、それを握りつぶすように拳を作った。
* * *
「ん〜うるさいなぁ…」
誰もいない部屋の中で彼女はごろりと寝返りを打つ。
広い家の中は閑散としているが、通りからは朝っぱらからざわざわと人の声がする。
ただでさえ高校のすぐ近くのこの家は、常日頃から学生たちの声が聞こえて来るというのに、今日はいつもよりやけにうるさい気がする。
文句でも言ってやろうかと思い、縁側の戸に手をかけたところで、目の前に信じられないものが飛び込んできた。
「桜が…!」
ずっと昔からその存在だけは知っていた。
でも気にもとめていなかった咲かないはずの桜の木がその日の朝、突然満開の花を咲かせていた。
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