作者の敵は登場人物です

「さて、今日は登校からの一日を書くとしよう」


 俺は気合いを入れてパソコンのキーボードを打ち付け、物語を書き始めた。


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「やっべ、寝坊した」


 学生服を着た一人の少年が急いで走っていた。シャツはズボンからはみ出し、ボタンを留めてないブレザーはヒラヒラと揺らめき、ネクタイはユルユルという状態だ。そんな着衣の乱れからこの少年の慌てぶりが垣間見える。


「くそ、あのオンボロ目覚ましが!」


 寝坊した理由は至極普通であった。ただ単にセットしていた目覚ましが鳴らなかったのだ。長年使用しているからか、たまに目覚ましの機能が働かないことがあった。


 息を乱しながら手首に着けた腕時計をチラッと見る。時刻は八時二十三分。


「ギリギリ間に合うか?」


 クラスの朝礼が始まるのは八時三十分。彼の担任の先生はその時刻と同時に教室に姿を現し、その時点で教室にいない者は遅刻扱いにしていた。しかも、遅刻者は放課後罰として一人で教室の清掃をさせられる。


「一人とかやってらんねぇよ」


 焦りを感じた少年は更に走る速度を上げる。しばらく走るとその先に交差点が見えた。


(よし、あそこの角を曲がればもう学校だ)


 少年は速度を下げることなく曲がり角に迫った。


「ヤバイヤバイ、遅刻しちゃう~!」


 しかし、曲がろうとした瞬間その曲がり角の反対から口にパンを食わえた少女が姿を現した。


 お互い自分の向かいから人が現れるとは思いもせず、さらには急いでいたことからも避けることは出来ず、二人は衝突――。


「――するかタコ!」


 すると少年は走る勢いを殺すどころか、その勢いのまま少女にタックルをかました。それを受けた少女は弧を描きながら吹き飛ばされ――。


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「ああぁぁぁぁぁぁ!?」


 バン! と、俺はテーブルに両手を打ち付けた。


 


 キーボードを打ち付け、俺は問題の人物に向けて物申した。


 ↓おい、何してくれてんだ一真!


 すると、パソコンの画面に返事が返ってきた。


『それはこっちの台詞だ! ギリギリ間に合うかってときに何アクシデント引き起こしてんだ!』


 ↓そのアクシデントから物語が始まるんだよ! これじゃあ話が進められないじゃないか!


『何がアクシデントだ。どうせ出会いから始まる物語でも書こうとしてたんだろ? でも他にもあるだろ。何が「パンを食わえた少女」だ』


 ↓いいだろ別に。王道だし一番書きやすいんだから。


『古すぎだアホ。今じゃその手の出会いは古いを通り越して腐ってるよ』


 ↓えっ? そうなのか? 


『知らねえのかよ。全く、ホント駄目な作者だな』


 呆れたような台詞を吐く一真。


 俺は今自分の書いている物語の登場人物である、「斑目一真」と会話していた。俺の打ち込む言葉に一真は答えてくる。


 端から見たらこの光景は変に思われるだろう。なにせパソコンに向かって一人で架空の人物と会話しているのだから。


 しかし、俺は頭が狂っているわけでも、妄想癖があるわけでもない。なぜなら、今までの会話は俺一人でしているのではなく、正真正銘、物語の中の一真と会話しているのだ。


 その証拠に……。


 ↓なあ一真。頼むから俺の書いた通りに動いてくれよ。


『断る。俺にも意思ってもんがある。お前の書く物語は性に合わん』


 ↓いや、そもそも「登場人物」に意思なんかないんだけどな、普通。


 一真が答えたが、その間


 「↓」はもちろん俺がパソコンで打ち込んでいるのだが、一真の台詞である『』は。勝手に画面に現れるのだ。


 もう理解してもらえたと思うが、作中の一真はどういうわけか自我に目覚めているのだ。その経緯は後程語るが、自我の目覚めた一真のせいで俺はここ最近、自分の思い描く物語を書けずにいた。今のように、物語を書いては一真が勝手に行動して邪魔してくる。


 ↓俺は一真を作り出した、いわばお前の生みの親だぞ。親の言うことには従えよ。


『作ってくれなんて頼んだ覚えはない』


 こいつマジムカつく!


 俺は傍らの抱き枕に股がり、怒りのままに殴った。何かと一真は俺に反抗してくるので怒りが募ってくるのだ。一真が自我に目覚めてからは、この抱き枕はなくてはならない存在になっている。


 怒りをぶつけて少し落ち着いた所で、再びパソコンに向かう。


 ↓毎回毎回邪魔しやがって。少しは大人しくしろよ。


『お前が俺の好みの物語を書いたらな』


 ↓一真の好みの物語ってなんだよ?


『それは作者のお前が考えることだ。俺はあくまで登場人物。何のために小説なんか書いてるんだよ』


 グッ、と奥歯を噛み締めながら俺は唸った。たしかに一真の言う通りだった。


 俺は「作者」だ。作者が物語を作るのは当たり前だ。異世界、恋愛、ホラー、現代ドラマ……。様々なジャンルから選び、自分で考え出した登場人物を動かし、どんな物語に、どんな世界にするのかは作者が決めることだ。


 その理由からか、一真は俺の書く行動に反抗はするが、一真自身が物語を生み出すことはない。簡単に言えば、一真は今曲がり角に立っているのだが、作者である俺が文字を打ち込み、「歩く」とでも打ち込まなければ一真はそこから一歩も動くことは出来ないのだ。


 よって、一真のいる世界の物語は俺自身の手で作り出さなければならない。だが、今日までことごとく邪魔され、自分の思い描いた物語を完成できたことはなかった。


 登場人物に邪魔されるという奇想天外な事態に一度執筆を辞めようとも考えたが、その時一真に「そんな根性で小説なんか書こうとしてたのか。ダッセーなお前」と言われた。その言葉が俺のプライドに触れ、意地でもこいつが満足する物語を書いてやると誓った。


 今日こそは一真を思いのままに動かし、力作を書き出そうと意気込んでいたのだが、結果はいつも通りだった。


 あんなに苦労して組み立てたのに、これでもダメか……。


 俺はネタ帳に一つの物語を描いていた。何度も頭を捻っては書き直し、ようやく納得のいく作品が出来上がった。


 この行程は俺だけではなく、誰しもが背負う行程のはずだ。より面白い物語を作り出すため、作者は常に頭を抱えているだろう。


 ああした方がキャラが際立つ。

 こうした方が物語がもっと面白くなる。


 作者は物語を書いては消し、消しては書いての連続を繰り返して、ようやく一つの作品を生み出す。


 しかし、俺の書く物語はそれが通用しない。なぜなら……。


 ↓たしかに一真の言うことも一理ある。でもな、んだから邪魔はしないでくれよ。


 そう。執筆していると、当初の考えていた展開とは別の案が浮かび、そちらの方の展開が面白いと気付いた場合、普通ならその文字を消して書き直したりする。それは当然なのだが、バグなのか知らないが一真が登場する物語は書き直しが出来ないのだ。


 つまり、一真が少女を吹き飛ばした展開を無かったことには出来ず、そのまま話を書き進めなければならない。そのため、俺はネタ帳にあらかじめ粗方の物語を書いていた。


『何言ってんだよ。もし俺がタックルしなかったら逆に俺が吹き飛ばされて、道路に出てトラックに轢かれてたかもしれないだろ』


 ↓そんな展開にするつもりなんかさらさらなかったよ! 普通にぶつかるだけだよ! 一真のせいで彼女との物語がおかしくなったじゃないか!


『知るか。それに、パン食わえた少女との物語なんてろくなもんじゃない。たかが知れてる。もう終わったことだ、今さら混ぜ返すな。ほら、さっさと物語を進めろよ』


 カッチーン。


 ああそうかい。そういう態度に出るかい。どうやらお仕置きが必要のようだ。


 俺は一真の言う通り物語を進めるため、文字を綴っていく。


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 キーンコーンカーンコーン。


 少女との接触に呆然としていた少年の耳に絶望を告げる鐘の音が届いた。


 まさか……。


 少年は恐る恐る自分の腕時計の時刻を確認する。針は八時三十分を差している。つまり、遅刻が確定した。


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『あっ! テメー卑怯だぞ!』


 一真が何か言っているが、俺は聞かぬ振りをして勝ち誇ったように煙草に火を点け一吸いする。


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「ちくしょう、覚えてろよ!」


 少年は悪態を付きながら駆け足で目の前の学校へと姿を消した。

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