第15話 ももちゃんと阪急電車さん

 ももちゃんは一才。まだ「まぁ、ま」しか言えません。


 だのにママは「ママって言ったのよ」と言い。パパは「いや!パパって言ったんだよな、ももちゃん」と喜び。

 いやいや「ばぁば、と言ったのよ」とおばあちゃんは反論します。


 でもね、みんな知らないんです。ももちゃんの「まぁ、ま」はね。


「阪急電車さん、おはよう」と言っていることを、みんな知らないんです。



 ももちゃんが、阪急電車さんに初めて会ったのは半年前です。

 それまでは、いつもパパの車でお出かけしていました。

 その日、駅のホームには大学生のお兄ちゃんやお姉ちゃんがいっぱいでした。

 ももちゃんはママに抱かれて、初めて見る駅のホームの屋根をジーッと見ていました。


 すると、ガタン・ゴトンと音がして小豆色をした阪急電車さんがやってきました。


 ももちゃんは、ガタン・ゴトンと優しい音のする方に顔を向けます。

 それからシューと気持ちのいい音がして、緊張したママは、ももちゃんをキュッときつく抱いて阪急電車さんのお腹の中に入ります。


…ガタン・ゴトン…


『おはよう、おちびちゃん。お名前は、なんて?いうのかな』と優しい声がしました。


『ももちゃん!』と返事して、ももちゃんは優しい声のする天井を見あげます。


『そう、ももちゃんっていうの色が白くて、ピンクのふっくらしたほっぺが、ももちゃんにピッタリのお名前だね』と、ももちゃんを褒めてくれる阪急電車さんの優しい声がしました。


 ももちゃんは、嬉しくなってニコニコ笑います。


 すると!どうでしょう。

 いままで自分たちだけの輪になってワイワイ大きな声で話し、ももちゃんとママに気がついていなかった大学生のお兄ちゃんやお姉ちゃんが、笑うももちゃんを見て「可愛いね~」と話しかけてくれます。


 ママはなんだかホッとして「よかったね~」と言って、ももちゃんの顔をみて優しく笑っています。


『よかったね、ももちゃん』と、ももちゃんの耳に天井から優しい声が聞こえました。

 するとももちゃんは、キャッキャッと声を上げ、からだ中で楽しそうに笑いました。


 笑うももちゃんの周りには、黄色くて、大きなひまわりの花が咲いたようでした。



「今日、もも、電車で大人気だったのよ」

「あら、当然よ、ももちゃんは可愛いからね」と、ももちゃんを抱いたおばあちゃんは自信満々にこたえます。


 ももちゃんは、初めて乗った阪急電車さんで、おばちゃんの家にお出かけしたのでした。



 それから一才になったももちゃんは、おばあちゃんを連れて阪急電車さんに乗り、ももちゃんのお家に帰ります。

 でも、ここで、ももちゃん…、とっても眠くなってしまいました。


 梅田駅に止まっている帰りの電車の中では、みんなゆったりと座っています。


「まだ仕事帰りの人たちの時間には早いから、空いていて良かった」と嬉しそうなママが、おばあちゃんに話しています。


 でも、ももちゃんには不思議がいっぱいです。朝のように阪急電車さんは、ガタン・ゴトン、シューと言いません。


 静かです。


 どうやら阪急電車さんは眠っているようです。

 ももちゃんはジーッと天井を見ます。

 阪急電車さんの声が聞こえないかと顔を動かします。

 からだを動かします。


…聞こえません…


 ももちゃんは、からだを大きく後ろに反り返って「まぁ、ま」と天井にいる阪急電車さんを呼びました。


「もも、どうしたの?」とママがあわてます。

「私が抱くわ」とあわてたおばあちゃんが、ももちゃんを抱っこしました。


「よしよし」


 でも、ももちゃんは、おばあちゃんの「よしよし」より阪急電車さんとお話がしたいので、ドンドン背中を反らせて、今にも落っこちそうな勢いです。


「ももちゃん、どうしたの?」

ママとおばあちゃんは、周りの人に怒られないかとオロオロしだします。


 何にも言わない静かな阪急電車さんに対して、ももちゃんは、なんだか分からないけど、だんだん腹が立ってきました。


 そしてとうとう、お口をとがらせ顔を真っ赤にして「ぷ、ぷぅー」と大きな声で怒り出しました。


 ママとおばあちゃんは、おおあわてです。



 すると、プルン・ブルルン~ブゥー!とママとおばあちゃんが立っている、阪急電車さんの大きなお腹が揺れて『ももちゃん、眠いのかな?』といつもの声が聞こえました。


 ももちゃんは、おばあちゃんの腕の中でのけぞったまま天井をジィーと見ています。


 すると今度は歌うような声で阪急電車さんが『ボクが子守歌を歌ってあげよう!』と、ももちゃんに言いました。


 ももちゃんは「まぁ、ま」と嬉しそうに笑います。



 ママとおばあちゃんがホッとしたとたん。

 シュ~・パタン、とドアが閉まって、カタン・コトンと可愛らしい音を響かせながら阪急電車さんが優しく走り出しました。


『カタン・コトン♫カタ・コト♪コトン・カタン、おやすみぃ~♪ももちゃ~ん、カタカタ・コトン♬可愛い、ももちゃ~ん、お眠りも~もちゃん♬カタカタ・コトントン』


 阪急電車さんの身体がカタン・コトンとゆりかごのように優しく揺れます。


 いつの間にかお目が重くなってきて、ももちゃんは小さなあくびを一つしました。


 そして、おばあちゃんの胸の中に顔を埋めてイヤイヤをしだします。


「もも、眠いの?」

ママが、ももちゃんに聞きました。だから、ももちゃんはイヤイヤをします。


 だって、眠いけど。


 まだまだ阪急電車さんのカタン・コトンの子守歌を聞いていたいから。

 眠いけど、まだ眠りたくないから…、


 だから、ママの声にイヤイヤします。


「あら、あら、困ったわねぇー」とおばあちゃんが、ももちゃんを困った顔で見ています。


 なんだかももちゃんは、眠いけど、眠りたくないから…。


 だんだん、身体がふにゃふにゃになりだしました。


 ももちゃんは、おばあちゃんの腕の中で、ふにゃふにゃと揺れだしました。


 だけど、耳はしっかりと阪急電車さんの子守歌を聞いています。



『可愛い♪もぉーもちゃん♬眠っていいだよぉ~♫カタン・コトン・コトカタコトン』


 阪急電車さんの歌声にももちゃんは、一つ、二つ…、とあくびを繰り返して…、


 とうとう、気持ちよさそうに眠ってしまいました。


「良かった、寝てくれて」とママが安心したようにおばあちゃんに言いました。


「本当に、それに今日はなんだか電車の揺れが少なくて、まるでゆりかごみたいだね」とおばあちゃんが言いました。


「ほんと、人が少ないせいかしら?」とママが小首をかしげています。


…カタン・コトン…

 阪急電車さんの歌声が優しく響きます。

 ももちゃんの小さな寝息がスースー聞こえます。


 電車の中はなんだか分からないけど、みんな眠くなってしまったのか静かです。

 ママとおばあちゃんも、小さなあくびを一つしていました。



 それからももちゃんは、阪急電車さんのお腹に入るときは「まぁ、ま」と言います。


 眠くなったときは、カタン・コトンの子守歌を歌ってもらいます。


 だから、どんなに遠くに出かけても、知らないところに出かけても、梅田駅のホームに止まっている小豆色の阪急電車さんのにっこりした顔が見えてくると、とっても嬉しくて、ももちゃんはご機嫌が良くなります。


 そんなももちゃんを見て、パパは「おっ、ももは、女の子なのに乗り物が好きなのか?」と聞きますが。


 ももちゃんが好きなのは、阪急電車さんとお話すること。


 それから、子守歌を歌ってもらうことなんですが。


『ももちゃん、にっこり笑ってあげるとパパが喜ぶよ』と阪急電車さんが言うので、ももちゃんは素直にパパの顔を見て笑ってあげます。


 するとパパは「そうか、そうか」と大喜びします。


 だからね、なんでも知っている阪急電車さんは、ももちゃんの頼りになる一番のお友達なんですよ。



 今日もお出かけ帰りのももちゃんは、ママの腕の中で阪急電車さんが歌ってくれる、カタン・コトンの子守歌を聞きながら。

 ユラユラ優しいゆりかごみたいに揺られて、小さくあくびを一つしてから丸くなっておねむです。



 では、みなさん、カタン・コトンと…、

 おやすみなさい。

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