第23話「資本主義の魔法」


「へぇ〜っ!ミナちゃん岩手から来たんだぁ〜!すご〜い!寒そぉ〜!」

「いえいえ、それほどでは・・・」

大手ファーストフードチェーン「ワック・バーガー」四丁目支店の二階席で、若者三人は談笑していた。

いや二人だ。一人については、談笑と呼ぶにはあまりに態度が悪い。

西宮ヒルは、飲み干したコーラのコップをなおも執拗にストローで吸い続け、不機嫌で品のない音を奏でていた。


「ちょっとヒルち〜ん?仲直りするって言ったよねぇ〜?」

「そっちじゃねぇよ。」


ヒルはテーブルの上のハンバーガーを指差した。

「なんで食いモンが歩いてんだコラ」

ヒルに指差されたハンバーガーは、六足歩行で彼の指から逃れようとしていた。

「だからだって言ったじゃん。茶柱みたいなもんだよ。別に毒はないってば。」

「喰う気失せるんだよ。つか質問に答えろや。どうして歩いてんだっつってんだよ。」

「つかつか?ここ魔法界だし?バーガーが歩くくらい普通じゃん?まぁヒルちんのそれは魔法が切れてなかったってことだけど。」

葉月は当然といった様子で、淡々とヒルに答えた。

自動化オートメーションだよ西宮ヒルくん。人件費ってのは高いんだから、ワックジョブみたいな単純労働は魔法で自動化じどうかした方が効率的で、得でしょ?まっ、資本主義の知恵ってやつかな。」

「・・・何を言ってやがる・・・」ヒルには葉月の言っていることがよくわからなかった。

「わぁっ、葉月さんって頭がいいんですねぇ〜。すごい・・・」豊間根ミナと名乗った少女は感嘆の声をあげた。

「まねまね。これでもわたくし、今年から呪禁学校の生徒でありますから。」葉月はドヤ顔だ。

「うわぁ〜やっぱりすごいんだぁ・・・。呪禁師さんかぁ・・・。」

「ミナちゃんだってスゴいじゃんっ!さっきの魔法は驚いたよっ!アレが蝦夷流陰陽道トゥスなんだね!」

「へっ?私魔法なんて見せましたっけ?」

「さっき俺にバチッってやったろうがテメェ。・・・おい、コイツ捕まんねぇぞ。」ヒルは逃げ回るハンバーガーを捕まえようとしながら、口を挟んだ。

「ヒルちん手が汚いってさ。それ衛生魔法かかってるから。」葉月がヒルにお手拭きを渡しながら答える。

「ウソ、私そんな・・・・」

ミナは困惑した様子で指輪に何事かを唱え、左手の光の入れ墨を展開した。

「あーっ!儀式ソースが書き換えられてる!!」

ミナは光の入れ墨を眺めながら突然驚きの声をあげた。

「ごごごごめんなさい。あの、その、父が過保護なもので、東京は危ないからって、その、防御魔術プログラム組んでくれたんですけど、そんな物騒なのはいらないって私は断ったんですけど・・・」ミナは慌てふためきながら二人に説明した。

「ミナちゃんの知らないうちに勝手に組み込まれちゃってたわけだ。それも緊急事態のイベントで強制起動、みたいな?」葉月が補足した。

「そ、そうなんです〜っ!ごめんなさい〜!!」

「あははは、いいよいいよ。ヒルちんもいいよね?」

「別に俺は気にしてねぇけどよ。なんでお前が俺より先に了解してんだよ。」

ハンバーガーにかぶりつきながら、ヒルは無愛想に答えた。


「へぇ〜、噂では聞いてたけど、蝦夷流陰陽師トゥスクルって入れ墨を儀式言語にしてるんだねぇ〜。なんかカッコイイかも。」

葉月はミナの光の入れ墨を眺めながら言った。

「あはは、ありがとうございます。今は入れ墨シヌエも仮想化していますけれどね。昔はきちんと彫っていたらしいんですけど、やっぱり仮想入れ墨ヴァーチャルタトゥーの方が魔術プログラムの保守性は高いですから。」

ミナは葉月と会話しながらも、何やら左腕を右手で触りながら、光の入れ墨の模様を書き換えていた。

「じゃあ、やっぱりそっちの指輪が本体なんだ。」

葉月はミナの左手の指輪を指差しながら問うた。

「ええ、入れ墨の情報ソースコードは指輪の記憶装置メモリに保存しています。左腕は指輪の入力装置と出力装置を兼ねているので、入れ墨を書き換えたい場合はこうやって左腕を操作すれば・・・」

ミナは自分の左腕を右手でいじりまわした後で、小さく「できた・・・」とつぶやいた。

「どっひゃあ〜!蝦夷の霊器タリスマンはハイテクだなぁ〜!こんなに小さい陰陽体おんみょうたいでねぇ〜・・・ムーアの法則ここに極まれりだね。」葉月は身を乗り出して、しげしげとミナの指輪を眺めた。

「きょ、恐縮です・・・。」

ミナは大いに照れて、はにかんだ。

ヒルにはわけがわからなかった。



 ヒルが二人の異次元的ガールズトークに困惑して隣の席へ目を移すと、そこではちょうど緑色のブタ顔の大男が席に着くところだった。

彼が席に置いたトレーの上には、巨大なハンバーガーと飲み物、そしてが収まっていた。

少なくともそれは、一見するとフライドポテトであった。

しかし目を凝らして見ると、ヒルの目には心なしかそれがうごめいているように見えた。

そして、しばらくヒルがそのフライドポテトを眺めていると、ポテトの先端から「のような隙間」が開き、ヒルの目を覗き返した。


「・・・医者から・・・・」緑色の大男が静かに口を開いた。

「血糖値が高いと言われてしまってね・・・・」

「ヒヒヒヒヒヒヒッッ!!」

緑色の彼の声は、その凶悪な顔つきに反して穏やかで紳士的であった。

そしてそれとは対照的に、はあまりに下品であった。

ジャンクフードの名に恥じない奇声を発するそれは、もはや食べ物フードと呼んでいいのかわからなかった。

少なくとも、西宮ヒルにはわからなかった。

「・・・そ、そっスか・・・・」

ヒルは大男にぎこちない返事を返すと、すぐに葉月の肩を叩いた。

「おい!お前コレ、俺が食ってるコレはだよな?」

「なぁに?ヒルちん。ちゃんと選んだよ。」葉月はヒルの方へ向かずに答えた。

(喰えねェもんも売ってんのかよッ!!)

ヒルは青ざめて、手に持ってるハンバーガーを食べかけのまま席においた。

そもそも、この女が質問に真実マジで答える保証なんてどこにある?

今もウソを演じてやがるこの女に・・・。ヒルの気分は悪くなるばかりだった。


「ありゃ?どこ行くの〜?ヒルち〜ん?」

急に席を立って歩き出すヒルに、葉月が呼びかけた。

「便所だよ。あぁ〜気分悪ィ・・・」

ヒルはぶっきらぼうに答えた。



「・・・ご気分を害してしまったかな。」

緑色の紳士オークが、申し訳なさそうな面持ちで、隣の席の葉月に問いかける。

「あぁ〜気にしなくていいですよ。メンドくさい魔法使いユーザーなんです、あいつは。」

葉月が苦笑いで紳士に答える。

「あ〜っ!そ、それ饑芋ヒダルイモですよね?た、食べてもいいんですか?それ・・・」

ミナは下品に笑うフライドポテトを見て、恐る恐る緑の紳士に問いかけた。

その芋は食べると「疲れる」とされ、ミナの故郷の村では毒として避けられていたものであった。


「はははは、君たちみたいな若者には縁のないことだが、ヒダルは私のような糖尿病患者には邪険に扱えないものなのだよ。ヒダルイモは血糖値を下げる効果があって、食事の前に摂れば、急激な血糖値の上昇を抑えてくれるからね。」

「ヒヒヒヒヒヒヒッッ!!」オークは苦笑いし、フライドポテトは哄笑した。

「へぇ〜そうなんですかぁ〜。知りませんでした、毒も場合によっては薬になるんですねぇ〜」

オークの解説に、ミナは感嘆の声をあげた。


 

 一方でヒルは、トイレを探すために店内を見回していた。

その際、カウンター席の窓から店外を覗く機会があったが、このことが、彼に深刻な問題を引き起こした。


「・・・あのヤロウ・・・ッ!!」

彼はその時、にハズされた肩の痛み、脂汗を思い出していた。

彼の口内に、血液の香りと、敗北の苦い味が甦ってきた。


 彼が窓の外に見たのは、あの日の姿だった。


「おい!ヒルちん!トイレはあっち!」

葉月がヒルの異常な様子に気づいた時には、彼は階下へと走り出していた。

「ったく、ホント面倒なヤツだわぁ、アイツ・・・」

「ど、どうしたんですか?西宮くん・・・」

「バカの考えることなんてわかんないって。とにかくさっさと追いかけ––––––」

葉月がミナに答え終わるより前に、二人の間に電子音が響いた。

その時ミナは、葉月のことを一瞬怖いと思った。その理由を、ミナ自身は自覚していない。

電子音が響いた時も、葉月の表情は変わっていない。そしておそらく、ミナが彼女を怖いと思った原因は、その「変わらなかった」ことにあった。


 葉月は、着信音を発するスマートフォンを取り出し、通話を始めた。

「は〜いもしも〜し?・・・うん、うん、おっけ〜。あんがと〜。」

短い会話の後、葉月はミナにまた向き直り、極めて自然な、おちゃらけた申し訳ない表情を見せた。


「ゴッメ〜ン!ミナっち!わたし急用入っちゃった;;。すぐに済む用なんだけど、ごめんっ!その間アイツのこと頼めないかな?」

「えっ?えっ!?」

困惑するミナに構わず、葉月は続けた。

「ホントごめんっ!!後できちんと埋め合わせはするからさ!今七時半だから、八時にアイツ連れてここに集合ね!!頼んだ!!」切羽詰まった様子で、葉月はミナに頼み込む。

「そ、それはいいんですけど!ここのお会計は!?」

ミナの返答に、一瞬葉月はフリーズした。

「・・・・プッ、ハハッ!!ミナっち!ジャンクフードは先払いだよっ!ここは私の奢りだからっ!!」

「えっ?えっ!?」

「じゃあ頼んだ〜!」

葉月はミナが反応を終えるのを待たずに、階下へと走り去っていった。

ワックには、ミナだけが取り残された。


「・・・元気なお友達だね。」

一連のやりとりを見ていた緑色の紳士オークが、ミナに微笑みかける。

「・・・トモダチに・・・なれたらいいな・・・」

ミナは小さく呟いて、緑色の紳士オークに礼儀正しく一礼すると、ヒルが食べ残したハンバーガーを掴んで、彼女も店外へと出て行った。


(・・・食事をおごってもらっちゃった・・・・それに「ミナっち」だって・・・・)

ミナの顔は、自然と綻んでいた。


 ミナは大きなリュックサックの中から「形代カタシロ」と呼ばれる白い紙を取り出した。

その紙は、心なしか鳥類に似た形を持っていた。


 ミナは指輪に何事かを唱えて、左腕に光の入れ墨を出現させた。

そして次に彼女は、その白い紙カタシロを燐光を放つ指輪で軽く叩いた。


 すると「カタシロ」は霧を纏って宙に浮き始め、瞬く間に「フクロウ」へと姿を変えた。

そのフクロウは、「式神しきがみ」と呼ばれる魔法だった。


「・・・唾液からの霊力情報だけで追跡できるかなぁ・・・・どう?式神ニワシヌ?」

ミナはヒルが食べ残したハンバーガーをフクロウに差し出しながら、不安そうにフクロウに話しかけた。

「・・・いや・・・でもどのみち、空から探したほうが見つかりやすいはず・・・・。・・・視覚情報を共有して・・・・うん・・・」

彼女の表情は、決意めいていた。


「・・・期待されてるんだもんっ!頑張らなくちゃっ!!」


ミナは気つけに一言呟くと、式神フクロウを夜空に解き放った。
























  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る